「このメニュー、そこまで有名ではないけど自分は好きだなあ」「定番や看板ではないかもしれないけど、好きな人は結構多いと思うんだよな……」――外食チェーンに足を運ぶと、そう思ってしまうメニューが少なからずあります。店側はどんな思いで開発し、提供しているのでしょうか。
人気外食チェーン店のすごさを「いぶし銀メニュー」から見る連載。今回は回転寿司チェーン・くら寿司の「純みそ汁」を取り上げます。
飲食チェーンには「代名詞」「定番」というべきメニュー以外にも、知られざる企業努力・工夫を凝らされたものが数多く存在します。本連載では、そうした各チェーンで定番に隠れがちながら、根強い人気のある“いぶし銀”のようなメニューを紹介していきます。
■「具なし」ストロングスタイルみそ汁の衝撃
今回のテーマは、回転寿司チェーン・くら寿司の「純味噌汁」です。回転寿司といえば、何といってももちろん「寿司」が代名詞。その名の通りにクルクルとレーンを回る寿司を見ることは少なくなりましたが、多くの人が大好きな寿司を安価で提供するビジネスモデルは、今や国内だけでなくインバウンド観光客など海外からも支持を集めています。
一昔前は郊外のロードサイドで見かけることが多かった回転寿司ですが、今や都心部でも当たり前に目にするようになりました。そんな中でくら寿司は、寿司自体の味はもちろん、豊富なサイドメニューや5皿で1回楽しめる「ビッくらポン!」などのエンターテインメント要素にも注力しており、老若男女問わず人気のチェーンです。
ラーメンに天ぷら、うどん……といったサイドメニューがたくさんある中で、回転寿司の「いぶし銀」といえば、みそ汁でしょう。魚の身が入ったあら汁にあおさ、あさりといったみそ汁を、シメに注文する人も多いはず。くら寿司では、そうした定番のみそ汁はもちろん、具が何も入っていない、いうならばストロングスタイルのみそ汁も販売しています。
その価格も絶妙です。1皿115円~の店舗では、「あおさ入り 味噌汁」が210円に対して、純味噌汁は190円。その差はわずか20円で、良いところを突いた値付けに感じます。
■香りでノックアウト まさに「純」
実際にくら寿司の店舗に行って、純味噌汁を食べてみましょう。今回訪問したのは、「グローバル旗艦店」の浅草ROX店です。
くら寿司はグローバル攻勢を強めており、日本らしさを強調したり、多言語対応したり、はたまたSNSで拡散したくなるような仕掛けをしたりで食とエンタメ性を訴求する店舗をグローバル旗艦店、としています。浅草ROX店は、その1号店であり、4月下旬にオープンを予定する銀座店で国内6店舗目となります。
確かに浅草ROX店は、ふだん筆者が使うような店とは違い、入り口から「和」のテイストを感じさせます。浅草ROX自体の入り口とは少し離れた場所に入り口があり、エレベーターで4階に上がって通路を右に進むと、広々とした空間。待ち受けスペースには歌川広重の浮世絵があり、射的や輪投げといった縁日スペースもありました。天井も高く、やぐらをモチーフにしたデザインが特別感を演出しています。
回転寿司に行ってみそ汁だけを味わうだけにもいかず、王道中の王道である「まぐろ」をいただきます。「ふり塩熟成まぐろ」は、くら寿司独自の「ふり塩加工」によって、水分を飛ばしながら旨みを凝縮されたまぐろで、醤油は1滴だけで十分なほどに味わい深い1皿です。
その他、サーモンやはまちといった定番を食べた後に、いよいよ純味噌汁の登場です。お椀のふたを外した途端、だしのたまらない香りが一気に広がります。具がない、純粋なみそ汁。そう聞いたときに物足りない気もしましたが、もう味わう前のこの時点で、かなり満足感を覚えるくらいの魅力的な香りです。
口に含むと、その満足感がさらに高まります。先ほどまで嗅覚で予期していた「これ絶対にウマいやつ」という期待が確信に、さらに味覚によって実感に変わります。
そこから一足遅れて、みその味と風味が追いかけてきて、ホッと一息。だしとみそ、みそ汁の構成要素をまさに純粋に味わえる、そしてくら寿司のだしに対する自信を感じられる1品でした。
■1年で生まれる商品アイデアは3000種類 「面白さ」もポイント
ここであらためて、くら寿司の紹介です。1977年に大阪・堺で創業し、会社を設立したのは1995年でした。その後、1996年に皿を洗い場まで水で運ぶ「水回収システム」、1997年に「時間制限管理システム」、2000年にビッくらポン! と、数々の仕組みを生み出してきました。
安価で高品質、そして「無添」をうたった安全性に加え、独自のエンタメ性を武器に店舗を拡大し、2023年10月末時点で店舗数は649を数えます。そのうちアメリカに50店、アジアに53店を展開している通り、昨今は国外にも旺盛に店舗網を広げています。
くら寿司の辻明宏さん(広報・マーケティング本部 広報部 マネージャー)によると、国内の人気トップ3はまぐろ、サーモン、はまちとのこと。中でもまぐろは年間で7000万皿を売り上げているそうです。
特に工夫しているのが「熟成」。2013年から取り組んでおり、通常のまぐろから熟成まぐろにしてから売り上げが1.5倍に伸びるなど、消費者の支持を集めています。2019年からは東京大学大学院の農学生命科学研究科「健康栄養機能学」社会連携講座と共同で、最適な熟成時間の研究などを実施。「極み 熟成まぐろ」や「ふり塩熟成まぐろ」といった商品を生み出してきました。
商品開発で特に意識しているのが、化学調味料などの添加物を使わないこと。かつて「無添くら寿司」として店舗を展開していたことから、「くら寿司=安心・安全」のイメージを持っている人も多いかもしれません。
「安心・安全以外では、エンタメ性も重視しています。今や外食が安くておいしいのは当たり前であり、さらに付加価値をどう生み出すべきか。当社の社長も『外食業である前に、サービス業である』とよく語っており、いかにお客さまを驚かせるかは意識しています」(辻さん)
商品開発でも、回転寿司ならではのインパクトを重視しているそうです。辻さんによると、くら寿司が行っている商品開発のうち、商品開発部が主導するものでは、年間で3000ものアイデアが生まれているとのこと。6~7人で行っているそうなので、1人当たりに換算すると、1日に1個以上のアイデアが生まれていることになります。
「生まれたアイデアは、まず商品開発部で検討した後、社長を含めた幹部が出席する会議で販売するかどうかを決めていきます。『おいしいかどうか』はもちろん、『面白いか』もポイントです」(辻さん)
■具なし「シンプルだし」の商品化がきっかけ
くら寿司では、創業時からみそ汁自体は扱っていました。辻さんが入社した20年ほど前は、会社が関西にルーツを持つこともあり、赤だしのみそ汁で、三つ葉と角切りのサーモンが具に入っていたそうです。その後、店舗網が広がり、現在は「静岡より東」(辻さん)と九州の店舗で合わせみそ、それ以外の関西エリアでは赤だしを提供しています。そのため、関西・中京・四国・中国(山口県を除く)では、純味噌汁ではなく「純赤だし」です。
純味噌汁と純赤だしが登場したのは2023年4月ですが、きっかけとなったのは、同じ「具なし」のストロングスタイルなメニュー「くら出汁」でした。
「もともと当社はだしにこだわっており、冬場に合わせたフェアとして、2017年に『くらだし丼シリーズ』を実施しました。丼にだしをかけて食べるメニューとともに、オプションでだしのみの提供もしていたのですが、フェアが終わった際に、お客さまからだしに対するかなり多くの意見をいただき、だしを商品化することにしました」(辻さん)
シンプルなだしがあるなら、みそ汁もあっていい。水産物の価格が上昇して商品も値上げせざるをえない状況にある中で、こだわっただしを味わえるメニューを少しでも増やそう。こうした思いから、純味噌汁の発売に至ったと辻さんは話します。
あおさやあさりといった定番のみそ汁には負けるものの、売れ行きは極端に少ないこともなく「予想通り」(辻さん)で、みそ汁の根強い人気を感じさせます。
みそ汁のベースにもなっている、くら寿司のだしは、昆布やかつお、煮干しやさば節など7種類の魚介を使い、店舗で仕込んでいます。オペレーションの面からフリーズドライを検討したこともあるそうですが、だしの文化を重視している社長の声で、店舗で仕込む方法に決まったそうです。
「昨今は家庭などでだしをとる機会が減っています。こうした和食の文化を当社が残すことで、子どもたちなどにおいしさを知ってもらおうと思い、取り組んでいます。5リットルのだしを仕込むのにも30分ほどかかりますし、当社が厨房で行っている調理では、最も時間がかかる作業です」(辻さん)
■だしは「ラーメン」「うどん」のベースにも
こうして仕込んだだしは、みそ汁だけでなくラーメンやうどんのベースになって、くら寿司のサイドメニューを支えています。ちなみに「くら出汁」は、仕込んだだしを基にアレンジしたうどん用のだしを提供しており、だしそのものではないそうです。
くら寿司では、店舗仕込みのだしとは別に、茶碗蒸し用のだしも存在します。茶碗蒸しはサイドメニューの中でも圧倒的な人気メニューであることから、こちらは国内に3つある自社工場で仕込み、店舗に配送しているそうです。
筆者の大学時代、みそ汁は、不足している野菜分を補う存在でした。取りあえず安い野菜を買って、何でもみそ汁に入れて1日に2~3杯は食べていたくらいです。次第に、みそ汁は具がメインだと認識するようになっていました。
そのため、くら寿司が具のない純味噌汁を提供していると知ったときは衝撃を覚えました。しかし、実際に食べてみると満足感が高く「だしも具になる」と感じさせられた1杯でした。さすが「無添」をうたうくら寿司、余分なものをそぎ落とした引き算の美学です。
東洋経済オンライン
最終更新:3/29(金) 10:02
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