ネット広告を荒らす「悪意」に社会は勝てるのか 広告市場は過去最高でもメディアが暗い理由

3/11 10:02 配信

東洋経済オンライン

 インターネット広告費が順調に伸びている中、新聞と雑誌のデジタル版の広告費が下がっているという異変が起きている。ネット広告の成長から、旧来のメディアが振り落とされようとしているのではないか――。

 2月27日、電通が前年の日本の広告市場を集計する「日本の広告費」を発表した。2023年は日本の総広告費が過去最高の7兆3167億円になった。もちろん牽引役はインターネット広告費で、3兆3330億円と前年から7.8%も増えている。

■テレビ広告費とインターネット広告費の関係

 私は例年、数字として大きいテレビ広告費とインターネット広告費の関係に注目してきた。2023年は地上波テレビ広告費が1兆6095億円と、前年から4%下がった。ネット広告費はその2倍以上だ。地上波テレビ広告費がネット広告費に抜かれたのは2019年だったが、それからたった4年で倍以上に膨らんだのは衝撃だった。

 だが他のメディアについて見ていくと、それより驚いたことがある。新聞デジタル・雑誌デジタルの数字だ。

 電通の「日本の広告費」の中に、2018年から「マス四媒体由来のデジタル広告費」という項目ができた。新聞・雑誌・ラジオ・テレビそれぞれのメディアのデジタル版の広告収入を抽出した数字だ。元々の紙や電波媒体の広告費より金額は小さいが、どれも順調に成長していた。

 特に「雑誌デジタル広告費」は注目だった。紙媒体の雑誌広告費の減少を補う勢いが出てきたのだ。特にコロナ禍でガクンと雑誌広告が減少した一方で雑誌デジタルは大きく伸び、2021年には紙媒体の収入源を補って、紙とデジタルを合計すると雑誌全体では広告収入がプラスに転じている。

■「紙とデジタルの両翼」になるはずが…

 マス媒体はデジタルを活用することで、広告収入減少をカバーできるはずだからDXを進めるべきとの論がメディア業界にはあった。雑誌メディアはその成功例と言えた。新聞デジタルは2022年でもまだ221億円で、紙の新聞の広告収入3697億円の10分の1にも満たない。だが雑誌デジタルは2022年には610億円に達し、紙の雑誌は1140億円に落ちたものの、このまま進めばデジタルと紙が雑誌広告の両翼となる気配だった。

 ところが2023年の雑誌デジタルは611億円とほぼ横ばいだった。幸い、紙の雑誌広告が1163億円と20億円以上回復したので合計では上がった。だが、「紙とデジタルの両翼」になるはずが違ってきたように見える。

 そして、新聞デジタルは208億円と前年から下がってしまった。紙の新聞広告も例年通り下がって3512億円だったので、両方とも落ちた。新聞も雑誌に倣ってデジタルを伸ばせばいいと多くの人が思い描いていただろう。

 だが雑誌デジタルは横ばい、新聞デジタルは下がった。

 インターネット広告費が順調に伸びている中、新聞と雑誌のデジタル版は一緒に伸びるはずだ。それなのに下がったのは、大異変と言っていい。いったい何が起こっているのか。

 ネット広告を今、悪意が侵しはじめている。その典型が、MFAサイトだ。Made For Advertisingの略で、文字通り「広告収入のために作られたサイト」のこと。

 MFAは、コンテンツとして、例えばYouTubeの動画を転載し、その周りを広告枠が埋め尽くして安易に広告収入を得ようとする。真っ当な事業者ではなく、得体の知れない何者かが運営する、怪しいサイトだ。ただ、コンテンツ自体は危険なものでもなく、一見すると法には触れない。

 これまでのネット広告で広告主が問題にしてきたのは、極端に政治的に偏ったコンテンツや、怪しいビジネスを呼びかけるページに広告が掲載されるとブランドが毀損されることだった。あるいは、広告のカウント数を水増しするページは「アドフラウド(広告詐欺)」と呼ばれ問題視された。

 ところがMFAにはそんなあからさまな問題は見つけにくい。広告が多すぎるだけで、ブランドセーフティを危うくするとは言いがたい。だがやはり真っ当なメディアビジネスの場ではなく、質の低いコンテンツで広告収入を言わば収奪するためのサイトなのだ。社会的に許されるものではない。

 しかも、昨年あたりからはコンテンツをAIで安易に生成するMFAが出てきて加速度的に数が増えてきた。あっという間に世界の広告市場で問題になった。

 またSNSも油断のならない場になってきた。Facebookではお友達の楽しい投稿の次に、著名人の名前と写真を使った投資商品の広告が平気で流れてくる。世界的アニメ作家が投資を呼びかけるはずがない。ベテランジャーナリストが金融商品の広告をするわけがない。誰がどう見ても詐欺広告なのに、いっこうになくならないのだ。運営会社のMetaは2022年の業績悪化から一転、2023年は高収益を上げたが、詐欺広告によるV字回復かと疑いたくなる。

■画面が広告だらけでどれが記事かわからない

 だがもっと問題だと私が感じているのは、真っ当な媒体社であるはずの新聞社や出版社が運営するデジタルメディアで、広告が溢れかえるほど表示されることだ。アドフラウドならぬアドフラッド、広告の洪水だ。

 記事を読もうにも、画面が広告だらけでどれが記事かわからない。ページをめくるとまず全面に広告が表示され、×ボタンを探して閉じないと次のページに行けない。記事を読んでほしいのか?  広告を見せればそれでいいのか?  まともな媒体社なら前者のはずだが、後者としか思えない。これではMFAと大して変わらないではないか。そう言いたくなるメディアが増えている。前は普通に読んでいたメディアなのに、広告洪水で萎えてもう二度と開きたくなくなっている。

 最新の日本の広告費を見て、その背景がわかった。MFAや詐欺まがいの広告に押されて、真っ当なはずのメディアも一線を超えようとしている。メディアの矜持をかなぐり捨ててでもMFAまがいに広告を大量に表示しないと売り上げが追いつかないのではないか。広告洪水は、そんなメディアの悲鳴と受け止めた。

 このままでは、メディアの崩壊が待っているだけではないか。この「悪意の汚染」を止めることはできないのだろうか。

 3月5日に開かれた総務省の有識者会議「デジタル空間における情報流通の健全性確保の在り方に関する検討会・第11回」で、解決のヒントが示された。クオリティメディアコンソーシアムの長澤秀行氏と、デジタル広告品質認証機構(JIQDAQ)の小出誠氏がそれぞれの活動をプレゼンしたのだ。

 ネット広告はメディアが無限に増え、広告がどこに表示されるか把握できない点に問題が生じやすい。これは「運用型広告」と呼ばれる、ターゲットに広告が表示されるように広告を「運用」する手法で、だからどこに出るかを問えない。

 それとは別にPMP(Private Market Place)と呼ばれる、広告が表示される媒体をあらかじめ限定しておき、その中でターゲティング広告を展開する手法もある。これなら、怪しいページに広告が表示されることはない。

■ネット広告を健全な場にしていこうとする取り組み

 クオリティメディアコンソーシアムはそのひとつで、旧来の新聞社や出版社、テレビ局、ラジオ局が参加し、それらが運営するデジタルメディアのみでPMPを構成している。デジタル広告に長く携わってきた長澤氏が、荒れる市場を改善しようと設立に加わった。プレゼンでは、ネット広告の課題の数々を取り上げ、解決策のひとつとしてのPMPの価値を力説した。

 JIQDAQはネット広告に関わる複数の業界団体が設立した広告認証を出す組織だ。ネット広告を扱うメディアと広告会社に対し、広告を安心安全に扱うためのさまざまな条件を出し、それをクリアした事業者に「認定マーク」を授与する。JIQDAQには広告主も参画しており、認証を得たメディアや広告会社とだけ取引するようにする。これによってネット広告を健全な場にしていこうとする仕組みだ。

 小出氏は大手企業宣伝部に長く在籍し、業界団体でネット広告の課題克服にも取り組んできた。やはりネット広告の問題点を挙げていき、解決策としての認証システムを熱く語った。ちなみに、東洋経済新報社はクオリティメディアコンソーシアムの参加社であり、JIQDAQの認証も得ている。

 長澤氏と小出氏が強調するのは、広告にお金を出す企業の側がネット広告の問題点をまだまだ認識していない点だ。ネット広告はこれまで、マスメディアに出稿するより安くて使いやすいことばかり強調され、危惧すべき点について経営レベルで語られてこなかった。

 長くこの問題を憂慮してきた両氏だからこその、力の入ったプレゼンだったが、PMPと認証機構さえあればすべて解決するというものでもない。放置しておくと、悪意がますますネット社会を侵し、まともなメディアが悲鳴をこえて崩壊しかねない。

■安心して楽しめるメディア環境はみんなでつくる

 今はその分岐点ではないか。両氏が言うとおり、企業はこの問題が今や社会そのものを脅かしていることを認識し、人手や予算がかかっても決然と対処する判断をトップレベルですべきだ。広告は強引に表示しても効果はない。また企業のブランド価値を支える重要な活動でもある。その認識を、ネット広告の世界でも忘れてはいけない。

 読者の皆さんにもぜひこの問題に関心を持ってもらいたい。特に安易にお金が儲かりそうな投資に誘う広告には気をつけ、場合によってはしかるべき通報をしてもいいかもしれない。広告はコンテンツを安価で楽しむことができる仕組みで、企業と読者を健全に結ぶシステムでもある。悪意を駆逐し、安心して楽しめるメディア環境をみんなで整えたいものだ。

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最終更新:3/11(月) 10:02

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