外国人労働者が日本を働き先として選ばない理由

5/18 8:32 配信

東洋経済オンライン

 「近所のレストランに行ったら、席は空いているのに着席できず長時間待たされた」「ホテルの宴会需要はあるが、人がいなくて受注できない」「介護施設の入居依頼があるものの、入居者がいないフロアがあるほど人が足りない」

 こういった言葉がよく聞かれるようになりました。レストランや介護施設では、配膳ロボットなど自動化を駆使したところもありますが、業務すべてを任せるまでには至っておらず、やはり人手に頼らざるをえない現実があります。

 そして、人を募集しても集まらない。結果、利用者に不便をもたらし、企業には売り上げ減につながるという状況が相次いで発生しています。

■2030年には63万人の外国人労働者が不足

 総務省統計局の発表によれば、2023年10月1日現在の総人口は1億2435万2000人で、前年に比べ59万5000人減で、13年連続で減少しています。

 出生数から亡くなった人の数を引いた「自然増減」では83万7000人減、17年連続減少していますが、一方で「転入・転出」による人口の増減、すなわち「社会増減」では、24万2000人増で、2年連続の増加となっています。増加要因をみると、日本人は2000人の増加ですが、外国人は24万人増となっています。

 2022年3月31日、独立行政法人国際協力機構(JICA)の研究機関である「緒方貞子平和開発研究所」は、「2030/40年の外国人との共生社会の実現に向けた取り組み調査・研究報告書」を発表しました。

 この報告書は、日本がさらなる経済成長を達成するため、2030年と2040年時点での外国人労働者を送り出す国の人口動態と産業構造の変化・労働市場を予測。そのうえで、将来の外国人受け入れに関するものです。

 この報告書によれば、2030年時点で必要な外国人は419万人ですが、実際に外国人の労働供給の潜在力からすれば63万人が不足すると見通しています。

 なぜ不足するのか。その要因としては、労働者を送り出すアジア各国が経済成長していくことで日本との賃金格差が縮小することや少子化が列挙されています。一方で、日本国内では「日本人だけでも成長を達成することができるのではないか」といった声も多いと感じています。

 この報告書は国籍別の来日外国人労働者を予測していますが、ベトナムは2030年までは大きく増加するが、それ以降はほぼ横ばいで推移。一方、カンボジアとミャンマーは2030年以降も大きく増加すると報告しています。

 この報告書は2022年3月に発表されたものですが、その1カ月後の同年4月時点でのアメリカドル・円相場は115円前後。現在(2024年5月)時点では、160円に迫るレートで推移しています。

 来日外国人労働者の主な目的は「お金」です。自国で働くよりも稼げるから海外で働く。これが現実です。

 そのため、日本で稼いだお金を自国通貨に計算して「いくら稼げたか」が大切で、当然円安になればなるほど、日本円建ての給料は同じでも自国通貨に換算すれば目減りします。となると、日本で働く意欲が減退し、日本を就労先として選択することにも影響を及ぼします。

■ミャンマー人にとって日本は人気があるが…

 今後、外国人が日本で本当に働くのか、との不安もあります。2030年以降も日本で働く外国人として大きく増加するとされているミャンマーは、2021年2月1日にクーデターが発生し、国内経済が低迷して雇用情勢が悪化。そのため、海外に就職先を求める若者が急増しています。

 ミャンマー国内で求人し、海外就労する手続きを行う「送り出し機関」は2020年11月時点で285ありました。2023年3月時点では547。うち日本への送り出し許可を持つ企業は445と拡大しています。

 ミャンマー労働省によれば、日本に紹介した実績があり、実際に稼働している日本向け送り出し機関は142と見ていますが、それでも日本を就業先として選んでいる人気ぶりがわかります。

 2023年12月、全世界で一斉に行われた「日本語能力試験」(日本語を母国語としない外国人の日本語力を測定)には、ミャンマー人は中国に次いで2番目に多い約10万人が受験しました。

 ベトナムでは約3万人、ネパールでは約3500人であり、ミャンマーでの日本人気は目を見張るものがありますが、だとしても、手放しに喜べる状況ではありません。

 ミャンマー労働省によれば、2022年4月から2023年3月まで、ミャンマーから海外へ正式に就労を申請した人数は20万8311人。うち日本は1万5010人と全体の約7%にとどまっています。トップはタイの約13万人、次いでマレーシアの約4.2万人で、3番目に多いのが日本です。

 ただ、日本の人気が低いというわけではありません。そもそもの求人数が少ないことに加え、語学力を求められるため、ある程度勉強ができる層が日本を目指します。同じような状況は、韓国にも当てはまります。

 2022年4月から2023年3月中の数字では日本より少ないですが、韓国政府は早くからミャンマー政府と労働者受け入れの契約を行っており、2008年からEPS制度(低熟練外国人労働者の受け入れ制度)を開始し、ミャンマー人労働者が合法的に韓国に入国し始めました。

 当時、ミャンマーでは「サフラン革命」と呼ばれる大規模なデモがあり、デモを取材していた日本人ジャーナリストの長井健司さんが銃撃され死亡し、日本でも報道されました。そのような大混乱の最中に、ミャンマー政府と韓国政府が労働者に関する「2国間契約」を結んだことには大いに驚いたものでした。

■「日本より韓国に親近感がある」

 EPS制度はEPS-KLT(韓国語試験)に合格した人々に韓国で働く機会を与えるものです。これは、ある程度の日本語力が求められる人でなければ日本に行けないという点で、日本と韓国は「新たに語学を学んで渡航しようとする人材層」はまるっきり被ってしまっています。

 日本とミャンマーは歴史的に深いつながりがありますが、ミャンマーでも韓国ドラマやK-POPなどの「韓流」の人気は根強く、とくに若者にとっては強い親近感を持つ国になっています。そのため、韓国での就労を目指しEPS-KLT受験者が急増しています。

 2024年3月19日から始まったEPS-KLTの申し込みには、朝4時の申請開始時間に間に合わせるため、前日の午後6時から受験者が並び始めるなど、連日すごい人が殺到しました。正式発表はないものの、地元メディアによれば10万人をはるかに超えたとの報道があります。

 「日本語検定試験を受験した友人が、今回の韓国語テストにも受験していた」と私が経営する会社の社員からも聞けるほどの人気です。私の会社が運営する日本語学校には、日本での就労を目指して随時300人ほどが学んでいますが、最近入学する生徒に「なぜ日本語を学び始めたのか」と聞いたことがあります。

 日本に行きたい理由を聞くために質問したのですが、実は「当初は韓国語を勉強しようと思ったが、韓国へ行ける人数が少なかったので日本を選んだ」と話す生徒もたくさんいたほどです。

 では、ミャンマー人にとって、日本と韓国はどのように捉えているのでしょうか。

 どちらで働くにも、それぞれの言葉を覚えなければなりません。一般的に、ミャンマー語と日本語は文法がほぼ同じで覚えやすく親和性も高いとされています。

 実は韓国語やモンゴル語も、その点では同じ言語です。日本語は韓国のハングルと比較すると、「カタカナ」や「漢字」など覚えるものがたくさんあり、日本語学習者のやる気を削ぐことがあります。

 文化面では、アニメなどを通じて日本の文化を知る機会はあるのですが、仕事の特殊性や会社の成り立ちがよく伝わっているわけではありません。一方、韓国ドラマやK-POPは生活に入り込んでおり、実際の韓国人の生活や文化が浸透し「親しみやすい国」という印象を相対的に持つ人が多いとも言えます。

■最低賃金:日本8.5ドル、韓国9.5ドル

 労働面でも、例えば税制からいえば、日本で働く外国人は、働いて一度退職して帰国するとそれまで納付していた5年分の年金が返ってくるという還付制度があります。これは、外国人を採用している日本企業から「なんとかならないか」と相談をよく受ける問題で、就労から5年経つと辞める人材が多いということです。

 企業からすれば、5年も働いてようやく育ってきたところで退職されてしまうというデメリットが大きい。一方、韓国ではミャンマーと租税条約を結んでいることもあり、ミャンマー人からすれば年金に加えて納税した金額の多くの部分が還付されていると聞きます。5年近く韓国で働いたミャンマー人によれば「100万円相当が帰国後に還付された」と話していました。

 このように、海外で働く人にとっては「賃金」がどうなのか、が一番のポイントになるのはいうまでもありません。日本と韓国の最低賃金をアメリカドルベースで比較すると、2018年を境に韓国が日本をすでに上回り、2022年には日本の8.5ドルに対して韓国は9.5ドルと差が開いています。

 海外就労を希望するミャンマー人にとって、韓国のほうがお金が稼げるという事実はとても魅力的です。日本では「韓国は給料はよいが、職場環境が悪いから」という声をよく耳にします。

 しかし、一部ではそういったブラック企業があるかもしれませんが、韓国で働くミャンマー人は日本同様、その現場の様子は母国ミャンマーへSNSなどで細かく伝わっており、職場環境や仕事内容も理解したうえで韓国を選んでいるようです。

 私が経営する日本語学校では、全生徒に次のように伝えるようにしています。

「日本では1年で100万円を貯金できるかもしれません。10年働けば1000万円になります。今の皆さんにとっては大金ですが、今のミャンマーで1000万円で何が買えるでしょうか。ヤンゴン郊外の小さなアパートがやっと買えるぐらいです。それを買えば何も残りません。日本に行って少し給料の高いところに転職しても、例えば1000万円が1500万円になれば金額は大きいと感じるかもしれませんが、一生お金に困らない金額にはなりません。目の前の賃金に惑わされず、長い人生の中で自ら稼げるようになるよう、日本で働き、生活してほしいと願っています」

■日本を理解してもらう努力こそ必要

 日本の厚生労働省は「賃金引き上げ特設ページ」を公開するなど、ベースアップを推進していますが、現実的に賃金を上げることは企業にとって簡単なことではありません。

 日本で働く魅力や生活を、ミャンマーをはじめ海外の方々にもっと知ってほしいのですが、日本人が思っているほど海外の人たちは日本を知りません。日本の国際交流基金など、日本の魅力を伝える活動を行っている機関はありますが、韓国に比べれば予算が1桁も2桁も違うと聞きます。

 日本のことを理解していないような外国人を受け入れるだけでは、日本国内でも受け入れを理解されず、ひいては治安の悪化にもつながりかねません。日本の魅力を理解し目的意識をしっかり持った外国人に日本を選んでもらえるような努力を、日本も十分にすべきではないでしょうか。

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最終更新:5/18(土) 8:32

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