「マイナ保険証」に見た“日本の国際競争力”低下し続けている理由、なぜ世界経済の変化に対応できないのか
日本の国際競争力は、世界的に見て極めて低い水準にある。しかも、時間を追うごとに低下する傾向がある。このような低落過程は、GDPなどの経済指標で見る日本経済の停滞過程とほぼ一致している。これは、日本が世界経済の大きな変化に対応できていないことを示している。
昨今の経済現象を鮮やかに斬り、矛盾を指摘し、人々が信じて疑わない「通説」を粉砕する──。野口悠紀雄氏による連載第135回。
■日本のデジタル競争力は、世界31位
スイスのビジネススクール国際経営開発研究所(IMD)は、11月14日、「世界デジタル競争力ランキング2024」を発表した。日本は前年調査の32位から1つ順位を上げ、第31位だった。
昨年より順位が上がったとはいうものの、31位ではあまり大きな改善とは言えない。日本のデジタル競争力は、極めて低い水準にあると言わざるをえない。
なお、世界第1位はシンガポール、第2位はスイス、第3位はデンマーク、第4位がアメリカだ。アジアの中でも、韓国(世界第6位)、中国(世界第14位)が日本よりずっと上位にある。
上で見たのはデジタル競争力だが、これより広い項目を対象とした「国際競争力ランキング2024」を、IMDは2024年6月18日に公表している。世界第1位はシンガポール。2位がスイス。第3位がデンマークだった。
一方、67カ国・地域中で、日本は第38位だ。2023年には64カ国・地域中で第35位だったので、さらに順位を落としたことになる。
この調査での日本のランクは、2019年に初めて30位台に転落して以来、30位台で推移している。アジアの中でも、香港(第5位)や台湾(第8位)、中国(第14位)、韓国(第20位)などに比べると、かなり低い。そして、日本の次の第39位に、インドが迫っている。あと数年すれば、日本はインドに抜かれる可能性がある。
GDPなどで見た日本のランキングも低下しているが、これには円安の効果も働いている。円安が進むために、日本の国際的地位が低下するのだ。しかし、ここで見ているランキングは、円安の直接的影響は受けていない。
■国際ランキングは報道されなくなった
こうしたニュースは日本人にとっては愉快なものではないので、あまり見たくない。事実、最近では、国際ランキングのニュースは、報道でもあまり大きく取り上げられることがない。しかしこれは重大な問題だ。
なぜこのように低下してしまうのかを考える必要がある。
なお、このランキングでは、人口の少ない国・地域が上位に来る場合が多い。そこで人口2000万人以上の国・地域を対象にしたランキングを見ると、第1位が台湾、第2位がアメリカ、第3位がオーストラリアとなっており、日本は第15位だ。これは、上で見たのとはだいぶ印象が異なる。
しかし、そうだからといって安心するわけにはいかない。人口の少ないことが特殊なケースなのではなく、むしろ人口が2000万人を超えるのが非効率な国家形態なのだと考えることもできる。国のサイズとしてどの程度が最適なのかという問題は大変興味深いものだが、ここでは取り上げず、別の機会に論じることとしたい。
「国際競争力ランキング2024」では、国・地域の競争力を、「経済パフォーマンス」「政府の効率性」「ビジネスの効率性」「インフラ」の4つのカテゴリーの項目について、スコア付けしている。
日本は、国内経済や雇用、科学インフラの項目は高く評価されている。しかし、「政府の財政状況」が第64位であることや、「企業の経営慣行」が65位となっており、これが日本の順位を下げる大きな要因になっている。
「企業の経営慣行」で低評価になるのは、上位の管理者に国際感覚が乏しく、世界経済の変化に迅速に対応できないからだ。
■ランキングが低下し続けている背景
「国際競争力ランキング」が開始されたのは1989年だ。そして、1989年から1992年まで、日本は世界第1位だった。その後も、1996年までは5位以内だった。しかし、1997年に17位に急落。ただし、その後は、第20位程度で推移してきた。ところが、2019年に第30位となり、以後は、第30位台から脱却できないでいる。
この推移は、日本のGDPや賃金などの推移と見事に一致している。
日本の経済指標は、1980年代まで急成長を続けてきたのだが、1990年代の後半になって急に頭打ちになり、その後、長期の停滞が続いている。
注意すべきは、「国際競争力ランキング」で日本のランキングが急低下を始めた1997年という時点は、バブルの崩壊よりは少し遅れていることだ。
バブル崩壊は、株価については、1990年であり、地価については1992年頃だ。株価のバブルが崩壊してもなお、日本の競争力のランキングは高かったことになる。これは、日本企業の競争力を低下させた原因が、バブルの崩壊ではなく、別のものだったことを示している。
競争力低下の大きな要因は、1980年代に生じた世界経済の大きな変化に対して、日本企業が適切に対処できなかったことだ。とりわけ、中国の工業化とIT革命に対応できなかったことの影響が大きい。それが日本の製造業の成長を抑えた。そして、雇用が生産性の低いサービス産業で増加した。それによって、日本経済の効率性が低下したのだ。
それに加え、政策の誤りもあった。とくに、デジタル関係での政策だ。これについて、次項で述べることとしよう。
日本のデジタル政策は、迷走しているとしか言いようがない。それを象徴するのがマイナ保険証だ。今年の12月から従来の保険証が使えなくなると思っていたのだが、いつの間にか、「2024年12月2日から新規発行はされないが、資格喪失をしない限り2025年12月1日まで利用可能」ということになっていた。つまり、従来の保険証でも使えるという。
紙の保険証の廃止には反対が強く、マイナ保険証の利用は進んでいなかった。このため、デジタル庁は方向転換し、紙の保険証も使えるという方向に転換しているのだ。マイナ保険証への転換は失敗に終わったと考えざるをえない。
■何がメリットかはっきりしない「マイナ保険証」
マイナ保険証の利用が進まなかったのは、患者の立場から見て、何がメリットなのかがはっきりしなかったことだ。その反面、誤った情報が紐付けられるなどのケースが発覚し、情報管理に対する不信が強まっていた。
マイナ保険証への切り替えは、患者のためというよりは、マイナンバーカードの普及自体が目的だったと考えざるをえない。
そもそも、マイナンバーカードの利用価値がない。私が便利だと思ったことは、一度しかない。それは、印鑑証明書を、近くのコンビニエンスストアでマイナンバーカードを用いて取得できたことだ。確かに便利だと思ったのだが、よくよく考えてみると実におかしい。
なぜなら、これは印鑑を用いる仕組みを便利にするというサービスだからだ。では、マイナンバーカードとは、アナログ事務処理の代表である印鑑システムを継続させるためのものだったのか?
しかし、脱印鑑は、デジタル政策の大きな目標だったのではないだろうか?
こう考えると、頭が混乱してしまった。
以上で見たように、日本のデジタル政策には、そもそも方向性の選択の点で大きな誤りがあるとしか思えない。こうしたことが、デジタル競争力の低下に結び付いていくのであろう。
東洋経済オンライン
関連ニュース
- 日本人はビッグマック410円の貧しさを知らない
- 「マイナ保険証」トラブル続発が示すポンコツ実態
- 日本の1人当たりGDPを大きく下げた「真犯人」
- 日本人は「円安」がもたらした惨状をわかってない
- あまりに強引な保険証廃止、医療の混乱は不可避
最終更新:12/8(日) 6:02