納得の「サプライズ社長人事」が映すドコモの現在地 新体制に「iモード時代の復活」期待する声も

5/16 5:21 配信

東洋経済オンライン

 ドコモの“これから”が垣間見える、サプライズ人事だった。

 NTTグループは5月10日、主力事業会社のNTTドコモ、NTTデータグループ、NTTコミュニケーションズ(コム)の3社トップが6月中に交代すると発表した。近年の大規模なグループ再編を主導したNTT持ち株会社の澤田純会長の代表権も外れることになり、「新世代に次の戦略を構築してもらいたい」(島田明社長)との期待が込められた体制刷新となった。

 中でも注目を集めたのが、グループの稼ぎ頭であるドコモだ。井伊基之社長(65)が退任し、スマートライフ事業(金融・決済等)を統括する前田義晃副社長(54)が次期社長となることが決まった。

■リクルート出身だが「ほぼプロパー」

 「通信分野とは違い、いろんな領域のビジネスに取り組んできた。『当事者意識を持つ』、『チャレンジをする』、そしてたくさんのパートナーの方々とビジネスを行ってきたので、『リスペクトをする』。この3つを自分は大事にしている」

 5月10日の記者会見で、新社長に就任する前田氏は自身の強みを問われ、そう答えた。前田氏は新卒で入ったリクルートを経て、「iモード」が一世を風靡していた2000年にドコモに入社。インターネット、コンテンツ、プラットフォームビジネス畑を歩み、共通ポイント「dポイント」や決済サービス「d払い」事業などに携わってきた。

 携帯電話料金が値下がりし、国内消費者の携帯利用も伸び悩む中、ドコモは金融や法人といった、個人向け通信以外の分野に注力している。前田氏は昨年のマネックスとの資本業務提携を牽引するなど、ドコモが成長領域と位置づけるスマートライフ事業をとりまとめる責任者だった。

 “初の転職組トップ”という肩書が関心を集めたが、固定電話が主流だった1991年に移動体通信の会社として誕生し、もともとベンチャー色が強かったドコモにとって、社を代表するサービスとともに歩んだ前田氏は「実質的にほぼプロパー」(ドコモ関係者)ともいえる。

 別のドコモ関係者は「iモード時代を経験し、イケイケドンドンの勢いがある。仕事に厳しいが、ゼロからイチを生み出し、新しくビジネスを作る力は間違いない」と評する。

 ふたを開けてみると、今回の人事には納得感が広がった反面、現社長の井伊氏から一回り若返る世代交代となるだけに、グループ内外では驚きの声も上がった。

 もともと関係者の間では、国際事業や財務を統括する栗山浩樹副社長(62)を次期社長と本命視する向きがあった。総務省の関係者は「如才なく、発信力にも優れている栗山氏が社長になるとの予想が多かった。思い切った人事だ」と話す。

 栗山氏は持ち株の新ビジネス推進室長を経て、2020年にコム副社長、2022年6月に前田氏と同じタイミングでドコモの副社長に就任。経歴と年齢面から、栗山氏の社長昇格が「順当にいけば既定路線」(NTT関係者)との下馬評も高かった。しかし今回の人事で、栗山氏は7月にドコモが新設する海外事業統括会社のトップに就くことが決まった。

 持ち株会社で中枢を歩んできた栗山氏ではなく、前田氏が社長に就任することは、3年半ぶりにドコモ出身者がトップへと復帰することも意味する。ドコモ関係者は、「コンテンツを中心に勢いがあったiモード時代のドコモに、再び近づくのかもしれない」と期待する。

■改革の裏で溜まっていた“不満”

 現・井伊社長はNTT東日本での勤務経験が長く、持ち株会社の副社長を経て、2020年に澤田会長(当時社長)の懐刀としてドコモに送り込まれた。同12月、持ち株による完全子会社化のタイミングで社長に就くと、コム、NTTコムウェアの事業会社2社を子会社化し、グループのシナジー発揮に向けた大規模な組織再編に着手。カンパニー制導入、ドコモショップ統廃合などと、実務面で大ナタをふるってきた。

 ただ、思い切った改革を進めた分、内部の不満も生む結果となった。「もともとドコモは持ち株から独立心の強い会社だったが、完全子会社化され、外から来た井伊社長がトップになった。ドコモが変わることを残念に思うプロパーは多かった」(先述のドコモ関係者)。

 もっとも、ドコモ出身者ではない井伊氏だからこそ、憎まれ役を買いながら持ち株会社主導の抜本的再編を実現できたとの見方もできる。

 井伊氏は会見で、「経営は、現状変革だ。変革すると必ず批判を受け、反対意見を受ける」と述べたうえで、「前田さんはそういったことに臆することなく、信念を持って貫き通せる」と語った。改革を進めてきた井伊氏の実感がこもった言葉だろう。

 ドコモグループの再編後の状況については、「井伊氏の時代にフォーメーションや組織の形は変わったものの、中身がまだ伴いきっていない」(通信業界関係者)とも指摘される。井伊氏自身も、「具体的な成果を結実するステージは次期社長の前田さんに託したい」と説明した。

 今後、前田氏にとくに期待される役割が成長領域の拡大だ。「スマートライフ、グローバルと、新たな事業分野でのドコモの挑戦は続く。新たな事業を牽引してきた前田さんが、それをさらに飛躍していくことが非常に重要だ」(持ち株の島田社長)。

 ドコモは2021年秋に発表した「新ドコモグループ中期戦略」で、金融や法人などの事業を成長領域に位置づけ、2025年度に営業収益全体に占めるスマートライフ、法人事業の比率を50%以上、法人事業単体の営業収益を2兆円以上とする目標を掲げた。

 前2024年3月期決算では、柱の個人向け通信が減収減益となる一方、全体の営業収益は6兆1400億円(前期比1.3%増)、営業利益は1兆1444億円(同4.6%)と、2期連続で増収増益だった。

 うち、法人の営業収益は1兆8817億円(中期戦略を発表した2022年3月期実績は1兆7195億円)となり、2年後の「2兆円」は射程圏内だ。スマートライフの営業収益は1兆0908億円(同9604億円)、全体に占める法人とスマートライフの割合も48.4%(同45.7%)に高まり、堅調に目標水準へと近づいている。

■立て続けの他社提携に銀行参入説も

 法人事業については、組織再編でコムにその機能を集約したことが奏功している。一方、前田氏が主導してきたスマートライフは積極的なM&Aを進めながら、規模の拡大を図る戦略だ。

 昨秋以降、マネックス証券やオリックス・クレジットといった金融事業者を連結子会社化する巨額投資を行ったほか、4月にはアマゾンとのdポイント連携も発表。業界では、銀行事業に参入するのではないかとの見方も多い。

 7月からは、個人向け通信とスマートライフを一体運営する組織改編も実施し、前田氏は今後、こうした施策を着実に業績へと結びつけられるかが問われそうだ。

 今回の社長人事によって、成長領域に邁進する姿勢を改めて明確にしたドコモ。一方、グループ内や総務省の関係者が不安視するのは、本業であるはずの個人向け通信だ。

 昨年はドコモの通信品質をめぐり、「つながりにくい」といったユーザーの声が相次いだ。コロナ禍で減少した人流の回復を見込みきれなかったことや、競合他社と違って4G向け周波数を5Gに転用する戦略をとらず、5G基地局の整備が遅れたことが原因だった。

 競合するKDDIの高橋誠社長は同じ日に開いた決算会見で、「(非通信の)『グロース領域』に強い前田さんが社長になるということは、しっかり注目していかないといけない」と警戒感を示しつつ、「やはり、ベースは通信なので、われわれとしては通信を充実させる。今後の5G展開、衛星との連携が重要だ」と強調。対ドコモを念頭に、通信品質面での差別化を図りたいとの考えをにじませた。

■通信品質問題に前田氏も言及

 非通信分野の成長は、経営戦略として重要性を増しているとはいえども、国民生活にも直結する根幹の通信事業がおろそかになってしまえば本末転倒だ。国内最大の携帯キャリアであるドコモにとって、通信品質で競合他社に差を広げられることになれば、ブランドイメージを大きく損ないかねない。

 前田氏も記者会見の場で、通信品質の問題に自ら言及した。「いま一度当たり前に立ち返り、お客様起点での事業運営を進めたい。通信品質へのご不満やサービスの使い勝手など、1つひとつの声と誠実に向き合い、解決していく。もっと支持、信頼されるドコモグループにしていく」。

 強みとする非通信事業の成長だけでなく、本業でのドコモユーザーからの信頼回復を両立できるのか。前田氏には、バランスを意識した難しい舵取りが試されることとなる。

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最終更新:5/16(木) 10:17

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