「顧客の声を反映しても売れない」と悩む人に欠けた視点 購買意欲を喚起するための「インサイト」とは?

3/26 14:02 配信

東洋経済オンライン

市場が飽和し、モノが売れない時代に消費者の心をつかむためにはどうすればいいのか。「消費者のインサイトを刺激する商品開発や販売促進を行うことで、購買意欲を喚起できる」と語るのが、東大在学中にペンション経営を始め、現在はホテルの開発・運営や企業のブランディング・マーケティング支援などを手がける龍崎翔子氏です。では「インサイト」とは何か。その中身について、龍崎氏が解説します。
※本稿は龍崎氏の新著『クリエイティブジャンプ 世界を3ミリ面白くする仕事術』から一部抜粋・再構成したものです。

■魅力的な商品を生み出す「インサイト」

 どうすれば「思わず〇〇してしまう」ような魅力的な商品を生み出すことができるのでしょうか? 

 そのために必要なキーワードは、「インサイト(insight)」です。マーケティング用語として聞いたことのある方もいるかもしれませんが、実はインサイトの定義はまだ定まりきっておらず、十分に要点が理解されていない例も見られます。

 私の考えでは、インサイトとは、消費者の行動原理やその背景にある意識構造を見抜いたことによって得られる、「人々の無意識下にある、消費行動を刺激するスイッチ」のことです。消費者のインサイトを刺激する商品開発や販売促進を行うことで、購買意欲を喚起することができます。

 そのためには、「この人はこういうインサイトを持っているのではないか?」という仮説を持って世の中を眺めることが大切になってきます。

 人の意識はよく氷山に例えられます。自分自身で認識している(=海面から見える)顕在意識はほんのごく一部だけで、その他の大部分はほとんど自分自身でも何が起きているかよく説明できない(=海中に潜んでいる)潜在意識によって構成されているといわれています。

 特に、情報量の多い現代社会においては、人々の行動原理は多様化・複雑化しており、自身の行動の背景や動機を整理して分かりやすく説明することはほとんど不可能に近い状況です。

■無自覚の願望が、人を消費行動に駆り立てる

 例えば何か買い物をするときに、「なぜそれを選んだのか」を毎回論理的に説明できるでしょうか?  おそらく、「なんとなく」選んでいることが多いのではないかと思います。

 あるいは、とある旅館に宿泊した大学生に「なんでこの宿を予約したの?」と尋ねても「価格が手頃で、客室が綺麗で、食事が美味しそうだったから」といった凡庸な答えが返ってくるだけでしょう。往々にして人は、自分がどのような潜在意識に突き動かされて行動しているかを正確に認識できていないのです。

 そのうえ、人の心理は正直でもありません。そこにはしばしば「本音と建前」の二重構造があります。人は誰しも自分をよく見せたい、よく思いたい生き物ですから、認識している自分の感情と、本当の感情にはギャップができてしまいがちです。

 例えば、上記の大学生が旅館を選んだ本音の感情としては「仲居さんがいたり、部屋食が出てくるような旅館に恋人と泊まるのが大人っぽくてあこがれるから」かもしれません。その深層心理には「余裕があって大人っぽい自分を恋人に対して演出したい」「甲斐性がある人だと思われたい」という願望があるのかもしれません。

 あるいは、恋人をちょっといいレストランに連れて行くとき、顧客は「美味しい食事をしたい」「恋人を喜ばせてあげたい」「思い出をつくりたい」と自分では思っています。

 しかし、その潜在意識の中には「単価の高い食事をご馳走しておくことで、将来起こるかもしれないトラブルを回避したい」「自分の誕生日や記念日にはもっといいレストランに連れて行ってほしいので、それとなく期待水準を伝えたい」といったインサイトがあるかもしれません。

 このように、潜在意識下に眠っている、一見ギクッとしてしまうような無自覚の願望が、人を消費行動に駆り立てるのです。インサイトとは、潜在意識下にドロドロと存在する感情や願望を、消費行動として顕在化させるための噴出口のようなもの、ともいえます。

 インサイト(insight)の直訳が「洞察・発見」であるように、「この行動をする人々の中にはこのようなインサイトがあるのではないか?」という仮説をもって洞察し、見抜いていくことが重要になってきます。

 インサイトは、一見「ニーズ」と似ているように見えますが、似て非なる概念です。ニーズが、消費者自身が自覚している欲求そのものであるのに対し、インサイトはあくまでマーケターが洞察力を駆使して、ひとつの仮説として見出す「消費者が無自覚に抱いている欲求のツボ」です。

 ニーズは、消費者自身が自覚している欲求なので、参考の価値はありますが、(自分をよく見せたいという心理も働くため)信憑性には疑問が残ります。一方、インサイトは行動観察や解釈を通じて得られた消費者の行動原理への仮説であり、検証を通じてその妥当性が確認されるものとなります。

■「サラダマック」の失敗に学ぶ

 有名な話ですが、インサイトとニーズの違いを端的に説明する事例があります。

 2000年代初頭のマクドナルドでは顧客インタビューを通じて「マクドナルドは健康に悪そうだ」というイメージが持たれていることが課題となっていました。そこで、アンケートで多く寄せられていた「健康志向の高いサラダなどのメニューをラインナップに追加してほしい」という声を踏まえ、実際に野菜をたっぷり使った新メニュー『サラダマック』を発売。

 ところが、これが期待に反してまったくの不発で、あえなく販売終了となってしまったのです。そんなはずがない、あれだけアンケートにお客さんのニーズが寄せられていたのに……となっても後の祭り。

 でも、よくよく考えれば、健康的なものが食べたい気分のときはそもそもマクドナルドには行かないですよね。にもかかわらず、マクドナルドに来ている顧客は実際の行動原理とは違う欲求を伝えてしまっていたわけです。本当のインサイトとしては、「普段抑えているジャンクフードを食べたいという欲求を、多少の罪悪感を覚えながらも思いっきり解放したい」といったところでしょう。

 マクドナルドが本質的に提供している価値は、「ジャンキーさ」という健康とは対極の存在だったわけです。実際、その後に発売された、肉とカロリーを大幅に増量した『クォーターパウンダー』や『サムライマック』は、「大人を、楽しめ」「行きたい道を切り拓け。」という、ジャンクフードへの欲求を肯定するコピーとともに大ヒット商品となりました。

 このように、顧客が自覚しているニーズと、実際に消費行動に移るための行動原理であるインサイトはしばしばズレが生じます。「データは事実であるが真実ではない」という言葉があるように、ニーズは時としてうそをつく。

■「牛乳が飲みたい」と思うのはいつ? 

 最近の脳科学の調査によると、消費者は自分の好みや望みを明確に伝えるどころか、「認識すらできない」ともいわれています。だからこそ、顧客の声を鵜呑みにせず、そこから深掘りをして仮説を見出していくプロセスが必要になるのです。

 消費者の欲望のツボであるインサイトをうまくついて、顧客の行動を変容させたエピソードをいくつかご紹介しましょう。

 1980年代のアメリカ・カリフォルニア州では牛乳の消費量が年々下降線をたどっていました。焦る牛乳メーカーの組織「カリフォルニア牛乳協会」は、テレビCMを打って牛乳を飲むメリットを顧客に訴求します。牛乳は健康に良い、牛乳を飲むと背が伸びる、牛乳にはリラックス効果がある……。しかしながら、いずれも大きな成果にはつながりませんでした。

 それもそのはず、消費者視点で考えてみれば、これらはいずれも「牛乳を思わず飲みたくなる」ようなメッセージになっていません。では、どうすればそんな心理状態になるのでしょう? 

 牛乳協会は、その謎を解き明かすためにある実験を行いました。多数の協力者を集めて、たったひとつだけ、ルールを伝えました。「今日から2週間、何があっても絶対に牛乳を飲まないように」と。そして実験終了後、協力者たちに、牛乳を禁じられている間、痛切に「牛乳が飲みたい!」と思ったのはどんなときだったのかをリサーチしたのです。

 結果、明らかになったのは、牛乳を飲みたくて仕方なかったと多くの人が感じた瞬間は、健康になりたいと思ったときでも、背を伸ばしたいと思ったときでも、リラックスしたいときでもなく、「ボソボソのクッキーを食べているとき」だったということでした。これこそが、消費者が牛乳に対して抱えているインサイトだったのです。

 消費者は、パサパサのタルトやモソモソのパンを食べ、口の中の水分が持っていかれたときに、咀嚼物を流し込むために牛乳を飲みたいと思っていたのです。

 このインサイトを探り当てた牛乳協会は、牛乳の売り方を大きく転換させました。牛乳売り場ではなくお菓子売り場に「Got Milk? (牛乳も買った? )」と書かれた広告を掲示したり、ガールスカウトクッキー(スーパーなどの前でガールスカウトの少女たちが活動の資金集めのために手作りクッキーを売る行事、アメリカの春先の風物詩)の時期にボーイスカウトの少年たちが牛乳を販売するキャンペーンを行うなど、クッキーを美味しく食べるのに欠かせない相棒として牛乳のプロモーションを展開し、売り上げを大きく伸ばすことに成功したといいます。

 つまり、クッキーをトリガーに「牛乳を飲みたい」という無意識下の欲求のツボを刺激したのです。

■インサイトを刺して生まれた大ヒット商品

 あるいはこんな事例もあります。

 『Liquid Death(リキッド・デス)』というアメリカのスタートアップが売っているのは、ドクロがあしらわれたヘビメタ風のいかついデザインの缶に入った、100%ただの水。現代の若い世代はアルコールを嗜まない方も多く、かといってクラブやバーでペットボトルに入った水やジュースを飲むのはダサくて恥ずかしい……というインサイトを刺して生まれた商品です。

 『MURDER YOUR THIRST(渇きをぶっ殺す! )』というファンキーなキャッチコピーをはじめとしたユニークなクリエイティブも相まって、スーパーやクラブ、フェスなどに販路を広げ、にわかには信じ難いですが日本円にして年間190億円もの売り上げがあるのだとか。

 他にも、最近空港にずらっと並んでいるガチャガチャも、海外観光客のインサイトをうまくついた事例です。旅行が終盤に向かうにつれ、現地通貨を使い切りたいような感覚に駆られる方は決して少なくないでしょう。空港に着いてしまったら最後、外貨両替所で手数料を払って自国通貨に戻すしかないですし、何よりなんだか味気ない旅の終わりになってしまいます。

 そんなとき、空港にガチャガチャがあれば、小銭も消費できるし、お土産も手に入るし、日本でしかできないユニークな体験もできるしで一石三鳥です。実際、成田空港においてあるガチャガチャは400台近くにも及び、通常の機体の3倍近い売り上げがあるのだそうです。

 このように、生活者心理を理解し、インサイトを的確に捉えることで、事業に大きな確変をもたらすことができるのです。

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最終更新:3/26(火) 14:02

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