フェラーリが2024年5月3日に、12気筒エンジン搭載の「12(ドーディチ)チリンドリ」を発表した。「12気筒」をあえて車名に使った2人乗りで、クーペとスパイダーが同じタイミングで登場。ボディデザインは往年のフェラーリGTを意識したものとか。いま、あえて12気筒を手がけたのには理由があるという。
アメリカ・マイアミでの正式発表を前に、フェラーリはイタリアの本社にジャーナリストを招いて、事前にクルマを公開した。スマートフォンやカメラは取り上げられ、発表媒体からは事前に公開日を守るという誓約書を取り付ける、いつも以上の厳戒体制での発表会だった。
■812スーパーファストの進化系
ベールをはがされ姿を現したのは、フロントエンジン後輪駆動(FR)のGTだった。2017年から2022年にかけて生産されていた「812スーパーファスト」の後継にあたる。
一方、スタイリングは独自性が強い。コッファンゴ(上顎)とフェラーリが呼ぶボンネットと一体型のフェンダーは、3次曲面による凝った造型だが、雰囲気的には1967年に発表された「365GTB/4」を思い起こさせるものだ。
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「1950年代から1960年代にかけてフェラーリが送り出してきたGTにインスピレーションを受けたデザイン」とは、ヘッド・オブ・デザインのフラビオ・マンツォーニ氏が発表会で行ったスピーチの中の一節だ。
もちろん、デザインは往年の雰囲気を感じさせるかもしれないが、性能はさらに先へ進んでいる。
65度のバンク角をもつ6.5リッターV型12気筒エンジンは、基本的に812スーパーファストと同じものだが、新設計のバルブトレインで燃焼効率を上げるとともに、チタニウム製コンロッドやアルミニウム合金製ピストンなどで慣性質量の低減と軽量化を実現。
「最高回転数は驚異の9500rpmに引き上げられました。最大トルクの80%をわずか2500rpmから発生します。その結果、最高のスロットルレスポンスと、レッドゾーンまでパワーが無尽蔵に湧き上がる感覚が実現しました」という意味のことがプレスリリースでうたわれている。
最高出力は、812スーパーファストの588kW(800ps)から610kW(830ps)に上がっている。静止から時速100kmへの加速性能(0-100km/h加速)も、3.0秒から2.9秒へとアップした。
■後輪左右が別々に「バーチャル・ショートホイールベース」
スペック上の特徴は、ホイールベースを812スーパーファストより20mm短くしたこと。目的は「回頭性を向上させコーナリングスピードを上げるため」だと、発表会場でエンジニアリングのトップであるジャンマリア・フルゼンツィ氏は説明した。
さらに、12チリンドリには、左右の後輪が別々の角度で動く後輪操舵システムも搭載。「バーチャル・ショートホイールベース」を採用した812スーパーファストの場合は同じ角度で操舵されるので、これは同様のシステムを採用した812コンペティツィオーネゆずりといえる。
「たとえば、コーナリング時は外側のタイヤを積極的に操舵します。すると、ホイールベースが(812スーパーファストより)50mm短くなったのと、同じ効果が得られるのです。一方、高速走行時は、ロングホイールベースと同様の安定性が得られます」
フルゼンツィ氏による説明だ。もうひとつユニークなのは、リアスポイラーのデザインである。
「機能とフォルムの折り合いをつけるのが、開発チームのもっとも大事な仕事です」とフルゼンツィ氏は前置きしたうえで、12チリンドリの電動リアスポイラーは、左右に分かれたセパレート型であることを紹介する。
「一体型のスポイラーにすると、リアウインドウの意匠を損なってしまううえ、荷室へのアクセスが制限されてしまいます。そこで左右に振り分けました。動きは同時です」
ここで出てきた「リアウインドウの意匠」とは、「デルタ翼」とマンツォーニ氏が表現するもの。デルタ翼とは、「コンコルド」や「サーブ37ビゲン」など、1960年代後半から1970年代にかけての航空機の翼形状のことだ。
「クーペのコクピットに超音速機のイメージを与えようと考えて、デルタ翼を参考に造型しました。同時に、ガラスでこのリアウインドウの形状を作ることで、ドラマチックな印象を作りたかったのです」
さらにマンツォーニ氏は、「フライングブリッジ」について語る。
「フライングブリッジと名付けた、ルーフまで回り込むようなリアクオーターパネルは、ダイナミックな造型にしました。(812スーパーファストより)サイズがコンパクトなので、それをおぎなうのも、デザイナーの仕事だと考えたのです」
マンツォーニ氏は、クーペのデルタ翼型リアウインドウの意匠をとても気に入っているようだ。では、これから出るモデルにもこのデザインテーマが反映されるのだろうか。
「いえ。私たちはデジャビュ(既視感)が好きではないのです。一度試したら、次はもうやらない。それがフェラーリのデザインです。フライングブリッジという意匠は、以前のモデルにもありますが、解釈がまったく違います」
■「12気筒」と名付けた真意
では12気筒のエンジンはどうだろう。「これが最後の12気筒モデルになるのでは」というメディアもあり、実際に会場では「このモデルがスワンソングか」なる質問も飛びだした。スワンソングとは「最後の作品」という意味で使われる英語の表現だ。
「フェラーリでは、将来のモデルについて語らないことになっています」。マーケティング担当重役のエンリコ・ガリエラ氏は、そう答えた。
「でも、私たちが投資家向けのキャピタルマーケットデイで説明したのは、私たちはこの先も、内燃機関、ターボ技術、ハイブリッド技術、電気、あらゆる技術に投資を続けていくということでした。世界を見ると、状況や規制にフレキシブルに対応していくのが重要ですから」
車名をずばり12気筒(チリンドリ)にしたことに対して、「ここで打ち止め、という記念的な意味が込められているのだと思ったが」という質問もあったが、ガリエラ氏は「むしろ逆」だという。
「今の12気筒エンジンは、ユーロ6eの規制をクリアしています。そのため、2026年までは今のままで作り続けることができます。その先について、この場で言うことはできませんが、さまざまな規制から12気筒エンジンの継続生産をあきらめるメーカーが多い中、私たちはそれを作りつづける技術を持っています」
■フェラーリの伝統はこれからも守られる
フェラーリは、1947年に送り出した「125S」なるモデル以来、連綿と12気筒エンジンを作ってきた。もちろん、今は量産モデルに6気筒もあればプラグインハイブリッドもあり……と、パワートレインの多様化が進んでいるのは事実だ。
しかし、12気筒は12気筒。上記のような事実もあり、フェラーリにとっては特別なエンジンであり続けている。
「市場からの『12気筒モデルをなくさないでほしい』という声も大きく、私たちはむしろ今、12気筒の可能性をさらに追求しています。12チリンドリという車名は、私たちの12気筒への愛を再確認するためのものなのです」
CO2
規制をはじめ、パワートレインにまつわる規制がどんどん厳しくなる中でも、「12気筒エンジンでサーキットも速く走れるクルマ」というフェラーリの伝統は守っていくのだ。
技術者やデザイナーが、その仕事を楽しんでいるのか、それともたいへんな困難を乗り越えながらやっているのか、そこは私にはわからないけれど、市場が歓迎していることは間違いない。
12チリンドリのクーペ39万5000ユーロ(VAT税込み・1ユーロ=約168円で約6600万円)、スパイダー43万5000ユーロ(同約7325万円)という価格だって、市場に歓迎されていなければ、実現できなかっただろう。
【写真】クーペとスパイダー「12チリンドリ」の内外装(80枚以上)
東洋経済オンライン
最終更新:5/23(木) 10:32
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