アップル「EV開発から撤退」の意味と、次なる探索 「iPhoneと車との連携強化」は新たな段階に入る

3/25 5:11 配信

東洋経済オンライン

 アップルが、電気自動車(EV)の開発から撤退するとのニュースが流れた。EVの成長鈍化が伝えられ、世界の主要市場であるアメリカの自動車市場でもシェアが伸び悩んでいる中での巨大テック企業のEV撤退は、モビリティの電動化移行に冷や水を浴びせるインパクトがあった。

 本稿では、アップルのEV開発の経緯と、中止の理由、その先に訪れるアップルの将来について、考えていこう。

■iPhoneの次を求める「探索」としてのEV

 「iPhoneの次」となるビジネスを探すことが急務だった……。アップルのEV開発への参入には、そんな「探索」のような意味合いを見ることができる。

 アップルは2007年に携帯電話市場に参入し、「Apple Computer」という社名から「Computer」を取り除いた。コンピューターだけの会社ではない、という意思表示を、共同創業者のスティーブ・ジョブズが示したわけだ。

 その後アップルは、2010年に「タブレット」という新しいPCのカテゴリーを定義するiPad、2015年にiPhoneと組み合わせて使うスマートウォッチ「Apple Watch」をリリースし、いずれも業界トップのシェアを確保するに至った。しかし、iPhoneのようなアップルのビジネス変革を担うほどのインパクトがある製品ではない。

 そこでアップルは、Mac、iPod、iPhoneの「次」の可能性を探索したのだ。

 ここで単純な試算をしてみよう。アップルの主力製品であるiPhoneは、400ドルからという価格レンジだ。これに対して、EV専業メーカーで唯一利益を上げているテスラのEVの価格は、4万ドルから。

 現在iPhoneを年間2億台販売して得られる収益を、200万台で得られる計算になる。現在の世界の乗用車出荷台数は7530万台を基に考えると、シェア2.6%でiPhoneと同等のビジネスに成長することになる。

新規参入する市場として有望であるとの判断があったことは間違いないだろう。

■なぜアップルはEV開発をやめたのか? 

 Bloombergによると、複数あったアップルのEVのプロトタイプの1つは、かつてヒッピー文化で象徴的だったフォルクスワーゲンのバン(Type 2)をイメージした車体だったという。

アップルは、完全な自動運転(レベル5)を実現する電気自動車の製造を目論み、年間10億ドル(約1500億円)を投資してきた。その過程で、テスラやメルセデス・ベンツ、BMWといった自動車メーカーから人材を雇い入れ、160万キロを超える試験走行にも取り組んできたという(ブルームバーグ)。

 しかしアップルはEV開発を中止した。その理由は、
1. 利益率の低さ
2. 優位性の欠如
3. 次世代CarPlayという解決策

 の3つが考えられる。

 まず1つ目の利益率の低さについて。現在のアップルの利益率は、直近の2024年第1四半期(2023年10~12月)で、なんと45.9%を記録し、昨年までのターゲットだった35~38%に比べて大幅に上昇している。

 その要因はiPhoneの中でも価格が高いProモデルが好調だったこと、67%の利益率を誇るサービス部門の売上比率が上昇したことが原因だ。

 これに対して、EVメーカーの利益率は振るわない。利益を出しているアメリカのメーカーはテスラだけで、利益率は18.2%。リビアンの利益率は-45.8%、ルシッドは-225.2%というのが現状だ。

 加えて、アップルには、すでに携帯電話、コンピューター、タブレット、ウェアラブル、サービスといった確固たるビジネス部門があり、クルマだけに集中できる環境ではない。その点で、EV事業をリードする人材が不足していたと言えるかもしれないが、これは異業種参入の難しさだろう。

■アップルはテスラに追いつけなかった

 特に重要だったと思われる要因は、アップルらしさを発揮するチャンスがなかったことではないだろうか。

 簡単に言うと、アップルが自動車を完全に再発明し、人々の行動変容を起こす未来像が描けなかったということだ。

 現在のEVの核となる価値は、バッテリーと充電ネットワーク、制御ソフトウェア、自動運転機能の3つだ。そこに、アップルの強みである情報通信やエンターテインメントはなく、前述の3つにアップルが優位性を発揮できる領域はなかった。

 2022年モデルのテスラ・モデル3を日々運転していても、実感するところだ。

 例えば東京から冬の苗場のおよそ200km往復では、95%で出発し、往復の道中、高崎で5分充電するだけで、15%のバッテリーを残して帰宅できた。雪道での修正は素早く、少し姿勢を崩しても破綻しない制御の優秀さに驚かされた。アップルカーが出るまでもなく、iPhoneとの連携は完璧だった。

 iPhoneがテスラのカギとリモコンとなり、乗り込む前にエアコンとバッテリーを暖めておくことができる。iPhoneを持って近づけばカギが開き、iPhoneのカレンダーに登録されているホテルのチェックイン予定から、乗り込んだときに自動的にナビをセットしてくれる。

 移動中は車載の大画面だけでApple Musicを楽しみ、iPhoneに届いたメッセージを音声で聞き取り声で返信しながら、同行する友人と連絡を取り合った。

 テスラ車は、iPhoneとの十分な連携が実現しており、アップルカーを待つまでもない。現在の世界で最も人気のあるEVの現実であり、アップルが発揮しうる強みも、顕在化しないと考えている。

 アップル自身はEV計画から撤退したが、iPhoneと自動車との連携強化は、2024年に新たな段階に入る。

 今年発売されるポルシェ・マカンやアストンマーチンに実装される次世代CarPlay(iPhoneとクルマのインフォテインメントシステム=情報取得と娯楽体験を連携させる機能)は、自動車メーカーのデザインや雰囲気を前面に押し出しながら、iPhoneとコラボレーションする仕組みとなった。

 より自動車のことを理解するという点においては、アップルが自分たちでEVを作ろうとしたことは、完全なムダではなかったかもしれない。

■次に待ち構えるのは? 

 少し中途半端な存在だったアップルカーの計画がなくなったことで、アップルは本業であるスマートフォンとコンピューター、ウェアラブル、ホーム、サービスから、次のビジネスの柱を生み出すことになる。

 Apple Watchでは、「健康」というあらゆる人の関心事により深く踏み込みながら、早期に症状を察知し、スムーズに医療につなげていく。これにより、iPhoneとApple Watchのセットが、生活に欠かせないものとしての存在感を強化する。

 3月8日に発売したM3搭載のMacBook Airでは、「AI PC」というインテルのマーケティングワードを用いて、クラウド側ではなく手元のマシンでのAI処理を、Macの優位性としてアピールし始めた。ネットワーク不要、プライバシーを守りながら、高度なAI活用を進める環境を打ち出していく。

 同様に、2024年のiPhoneやiOSの最新版でも、より明確にAIを普段使いする方法を提示することになるだろう。

 そして2024年2月に発売されたApple Vision Proは、1984年登場のMacintosh以来、iPhoneが登場してもなお、「画面の中」にとらわれていたコンピューターの利用を、「空間」に解放する存在だ。

 これにより、コンピューターを使う「場所」である家庭やオフィス、学校などの空間への影響が広がっていくことが考えられる。

 EVの探索は失敗に終わったが、ニーズやトレンドへの対応を行いながら、着実で優位性を作れるチャレンジを、アップルは今後も行っていくだろう。

東洋経済オンライン

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最終更新:3/25(月) 5:11

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