中国政府の「不動産買い取り政策」はそう簡単には行かない

5/25 6:32 配信

東洋経済オンライン

 つい先日、実に6年ぶりで上海に出張してきた。

 コロナが明けたとはいえ、中国に入国する際には今はビザが必要になる。これを取得する作業がまことにシンドイので、今回は招待先の上海日本商工クラブさんに「アライバルビザ」なるものをご用意いただいた。

■「ちゃんとした招待」でも、入国審査官はやたら神経質

 虹橋(ホンチャオ)空港の「イミグレ」(入国審査)に向かう途中、体温検査のサーモグラフィーがある手前に、ビザ発給の窓口がある。

 ここで持参したアライバルビザの書式を提出すると、10分ぐらい待たされるけれども、ちゃんとパスポートにビザを張り付けてくれる。この間、写真1枚と現金206元(約4120円)を用意する必要あり。

それでもイミグレの係員が、パスポートを神経質にチェックする様子には少々驚いた。筆者が最後に上海を訪問したのは2018年夏のことで、そのときの見聞もこの連載の「上海『シェア自転車』ブームはもう去っていた」(2018年9月1日配信)で取り上げている。

 その頃はイミグレの雰囲気はきわめてあけっぴろげで、「さすがは上海、外国人に対してフレンドリーだなあ」と感心したことを思い出す。「彼は昔の彼ならず」、といったところだろうか。

 思えば、あれからいろんなことがあった。特に2022年春の「上海ロックダウン」は、人々の心に深い傷跡を残したのではないかと思う。人口約2500万人という巨大都市が完全封鎖され、皆が「家から出られない」状態が2カ月間も続いた。ただしその頃には、新型コロナウイルスは弱毒型のオミクロン株に入れ替わっていたから、あそこまで「ゼロコロナ政策」にこだわる必要があったのだろうか。

 ともあれ、心を病む人が出たとしてもまったく不思議はない過酷な状況であった。現地駐在員も、お酒が入ったときなどはつい「あのときはねえ……」という言葉が漏れたりする。他方では、ロックダウン期間中は住民同士が配給品を交換するなど、同じマンション内でも「自治の精神」が強まったという証言も耳にした。

 さっそく上海市内を見物して回る。高速道路を行き交うクルマの群れを観察すると、「目の子」で3割から4割程度のクルマがグリーンのナンバープレートである。これすなわちEVを意味している。普通のガソリン車のプレートは濃いブルーなのである。

■EV高普及率に納得、今はバッテリー交換業者が乱立状態

 6年前の上海の路上は、グリーンのナンバーはせいぜい全体の1割程度にすぎなかったから、いかにEVが増えたかということになる。この間にいったい何が起きたのか。

 上海でクルマを手に入れるときには、ドライバーはクルマに乗る権利を10万元程度(現在のレートで約220万円)で買う必要がある。それに加えて車両価格を払うわけだから、クルマの保有はまことに高くつく。ところがEVを買う場合は、その権利金がいきなりタダになってしまう。それなら誰だってEVを買いますわなあ。しかも当たり前の話だが、燃料費はガソリン代よりも電気代のほうが安いのである。

 ただしEVがここ数年で急に普及したせいで、「充電装置の前にクルマの行列ができてしまう」なんて現象も起きている。充電装置が足りないということで、上海のような大都会はともかく、地方都市ではEV離れが起きている、なんて話も聞くところだ。

 筆者などは、「EVは中古車価格が心配」と思ってしまうのだが、そもそも中国人ドライバーには「クルマは資産」という発想が薄いらしい。ただし電池が劣化したときのことはさすがに皆が考えるので、すでに「バッテリーの交換業者」が乱立しているとのこと。機を見るに敏とはいえ、何でも過当競争になってしまうのは中国経済の常である。

 お上が「次はこの産業だ!」と言えば、民間企業がどっと参入してきて、EVでも電池でも再エネ事業でもすぐにレッドオーシャンになってしまう。「中国経済の過剰生産能力」は、こんな風にして生じるのである。

 5月22日、アメリカの通商代表部(USTR)は中国製EVに対する制裁関税を8月から100%に引き上げると発表した。「秋の大統領選挙目当て」「『もしトラ』に対するバイデン政権の対抗措置」といった観測もあるけれども、「とにかく中国と競争するのはご勘弁」という思いがあることは想像にかたくない。

 久しぶりに歩く上海の街角はあいかわらずの賑わいで、とても景気が悪いようには見えなかった。ただしよくよく見ると、ショッピングモールなどでは閉鎖している店舗も目立つ。地元の人たちに尋ねてみると、これは皆さん「スマホで買い物」に慣れてしまい、わざわざ店舗で買い物をしなくなったからだそうだ。デジタル化が進んだのみならず、各家庭に低料金で商品を届けてくれるバイク便のサービスが急成長しているのである。

 たまたま夕方の時間帯に、市内の某高級タワマンのロビーをのぞく機会があった。そこにはひっきりなしにバイク便がやってくる。晩飯どきが近づくにつれて、住民たちが注文したケータリングが届くのである。ゆえにドアマンはほぼ5分おきに、彼らをエレベーターまで案内しなければならない。いくらデジタル化が進んでも、「ラストワンマイル」は結局、人力に頼らざるをえないのだ。やっぱり日本では真似ができないことだけは間違いがない。

 などと、今回は短期出張の見聞ベースの話が多くなるのだが、中国経済といえばやはり不動産問題に触れないわけにはいかない。中国の大手不動産ディベロッパー、恒大集団や碧桂園が経営破綻しているのはご案内の通りだが、4月に中国広東省・深圳に本拠を置く万科企業が格下げになったことが注目されている。同社は政府系なので、「いよいよ不動産問題の解決に向けて、中央政府が重い腰を上げるのではないか」との観測が飛び交っている。

■不動産買い取りは、やっぱり一筋縄ではいかない

 「7月に開催されるという三中全会において、政府による不動産買い取り策が論じられる」との期待もある。売れ残り住宅を政府が買い上げてくれるのなら、ようやくこの問題にも薄日が差すというものだ。しかるにその場合に生じるのは、1990年代日本の不良債権問題を記憶している人にとっては、馴染みのある「懐かしい」選択となる。それは買い取り価格をどうするかという問題だ。

 仮に在庫の住宅を簿価で買い取るとなれば、ディベロッパーは大助かりだろうが、膨大な財政資金が必要となるし、「悪徳業者を救うのか」との世論の反発も覚悟せねばならない。逆に時価で買い叩くならば、財政資金は少なくて済むけれども、不動産業者にとってのメリットは小さい。むしろ実勢価格が明らかになることで、「バブル崩壊」という現実を誰もが直視することになる。やっぱりこの問題は、簡単ではないのである。

 今回の出張は、上海日本商工クラブさんの公認20周年記念イベントに、講師として呼んでもらったもの。この団体、名前は「クラブ」だが、実態は在外日本人商工会議所組織である。法人会員2162社(個人会員100名)は文字通り世界最大だ。当日は長年にわたる友人である陳子雷教授(上海対外経貿大学)との対談企画もあり、筆者にとってはまことにありがたい機会であった。

■中国渡航は「大冒険」にはあたらず、今こそ海外へ出よう

 当日の出席者は、来賓も含めて220人。交換した名刺の枚数は膨大なものとなったが、面白かったのは「双日さんの出張者が来てくれたんだから、ウチでも呼ばなきゃ」という声を聴いたこと。最近は中国出張を忌避する人が多くて、駐在員たちも困っているらしい。しかるに上海在住の邦人は3万7315人(外務省、2023年)もいる。あんまり怖がっていては、彼らが気の毒ではないか。

 マジな話、筆者も出張前にはいろんな方から、「上海出張ですか。気をつけてくださいよ」と言われたものである。特に「君に必要なのはアライバルビザではなくて、エグジットビザ(出国査証)ではないのか」という某先輩の「ツッコミ」には大笑いしたが、とはいえ、当方もそんな大冒険をしているつもりはない。まるで「ファーストペンギン」みたいに言われるのはいささか心外である。

 ちょっとショッキングなデータがある。日本人のパスポート取得率は今や17%に低下している(外務省、2023年)。日本人が6人集まって、うち5人はパスポートを持っていない計算となる。

 「世界の田舎者」と呼ばれるあのアメリカ人でさえ、人口3.4億人のところ1.6億人分のパスポートが発行済みだそうである。コロナ禍で切れてしまった人が少なくないだろうし、最近は「円安」という事情もあるにせよ、ちょっと寂しくなるデータではないだろうか。

 わが国のパスポートの有用性は、独・仏・伊・西・シンガポールと並んで世界第1位である。なんと194カ国がビザフリーなのである。これを使わない手はないですよ。いつの時代も「百聞は一見に如かず」。今こそ「SNSを捨てよ、海外に出よう」と申し上げたい(本編はここで終了です。次ページは競馬好きの筆者が週末のレースを予想するコーナーです。あらかじめご了承ください)。

 ここから先はお馴染みの競馬コーナーだ。

「(日本)ダービーは特別なレースだ。仮に、仕事も私生活もうまくいかないとしても、『来年のダービー馬を見たい!』というその理由ひとつだけで、競馬ファンは1年を生きるモチベーションを持つことができる」

 当欄の仲間で、今年の元日にこの世を去った山崎元氏は、よくそんな風に言っていた。昨年、がんが再発して病魔と闘っていたときも、きっと「来年のダービー馬を見る」ことを念じていたに違いない。あいにくそれは果たされないことになった。

 幸いなことにわれわれはまだ生きていて、26日の日曜日はダービー馬が誕生する瞬間を見届けることができる(東京競馬場の第11レース、芝コース2400メートル、G1)。なんとありがたいことだろうか。かくなるうえは、「三連系の馬券で大きく当ててやろう」などいう欲深なことは考えず、単勝で絞って勝負してみたい。

■ダービーは「皐月賞5着馬」の巻き返しに賭ける

 皐月賞をレコード勝ちしたジャスティンミラノ(7枠15番)はかなり強そうだ。しかし「皐月賞ベストタイムの馬はダービーで勝てない」とのジンクスもある。実際に皐月賞で負けた馬がダービーで逆転した例は、ワンアンドオンリー(2014年4着)、マカヒキ(2016年2着)、ワグネリアン(2018年7着)、タスティエーラ(2023年2着)と結構多いのだ。

 敗者復活があり得るのであれば、ここは皐月賞で5着に終わったシンエンペラー(7枠13番)にもう1回賭けてみたい。「ダービーは運のいい馬が勝つ」という。世代の頂点に立つためには、実力プラス何かが必要ということだ。今月、ケンタッキーダービーで騎乗したフォーエバーヤングがハナ差3着に終わるという「悔し過ぎる体験」をしたことで、坂井瑠星騎手が何かをつかんでくれていることに期待している。

※ 次回の筆者は小幡績・慶應義塾大学院教授で、掲載は6月1日(土)の予定です(当記事は「会社四季報オンライン」にも掲載しています)

東洋経済オンライン

関連ニュース

最終更新:5/25(土) 15:38

東洋経済オンライン

最近見た銘柄

ヘッドラインニュース

マーケット指標

株式ランキング