専門医がいない航空自衛隊に戦闘機開発はできない やる気のある医官が次々に辞める自衛隊の内情

4/3 11:32 配信

東洋経済オンライン

 現在、わが国はイギリス、イタリアと共同で次世代戦闘機開発を行うグローバル戦闘航空プログラム(GCAP)を進めている。

 だが当初は防衛省、航空自衛隊(空自)、三菱重工やIHIなどの防衛産業界、そして政治やメディアでも「国産開発で世界トップレベルの戦闘機開発が可能だ」という声が強かった。

 それは誇大妄想にすぎない。個々の技術もそれを統合して戦闘機に仕上げる技術も日本は二流以下だ。その現実が見えない「専門家」がテクノナショナリズムを振り回してきた。今回イギリス主導の共同開発になったのは妥当な着地点であった。

 戦闘機は単に機体やエンジン、レーダーや火器管制装置などの個々のシステムや技術要素だけはなく、幅広い業際的な知見や技術が必要である。だがわが国ではそれが軽視されている。戦前の日本軍で機体設計やエンジンだけが重要視されて、艤装や通信機などが軽視されたのと同じだ。

■自衛隊で軽視される「航空医学」

 その軽視されている分野の1つが医学、とくに航空医学だ。例えば空自も採用したF-35のヘルメットは、従来とはまったく異なり、開発には医学の知見が必要不可欠だ。F-35のヘルメットはバイザーに各種情報や映像を投影するシステムを搭載しており、パイロットは機体を“透かして”後ろや下などの状況を目視できる。

 さらに飛行や作戦に必要な情報を、昼夜、天候に影響されずに視認しやすく表示できる。機体外部に搭載された6台の赤外線カメラで撮影した映像をバイザーにリアルタイム投影する。パイロットは機体を透過して周りを見回せる。このような革新的な機能はパイロットの身体にも大きな影響を与える。

 またアフターバナーを焚かずに超音速飛行ができるスーパークルーズ機能なども従来機とは異なる影響を身体に与える。これらの開発には医学的なサポートが必要だ。

 またよく事故の原因となる操縦者が平衡感覚を失い、空と海を混同するようなバーティゴ(空間失調)への対策や解析、さらに急激な加速に耐えるための耐Gスーツなど、周辺装備の開発にしても医学的な知見が必要なことは言うまでもない。

 後述するが航空機やサブシステムの開発に関わる航空医学実験隊では装備開発は行っておらず、完成品の確認のみ行っているにすぎない。

 防衛省や自衛隊は医学、自衛隊の言う「衛生」を長年軽視してきた。例えば護衛艦や潜水艦の定数に医官が入っているが、現実には乗艦してない。例外は海外派遣任務などだ。部隊の医官の充足率は2割強にすぎない。筆者は歴代の防衛大臣にこのことを質問してきたが、「自衛隊病院に医官や看護官はいるから大丈夫だ」という。

 だがそれは医官という「血液」が欠乏しているために部隊という「手足」を縛って血流を止めて、自衛隊病院という「胴体」に血液を集中しているにすぎない。

 3月7日の空幕長会見で筆者は「空自にはどの程度航空医学の専門家がいるのか」を質問した。後ほど広報室から「現在約120名いる」という回答があった。だが、空幕が言う約120名は単に航空医学を履修してパイロットの健康診断などが可能な医官数だった。

 この120名は約6週間の航空医官課程を履修した医官で、部隊等で通算しておおむね2年以上、航空衛生業務に従事し、航空幕僚長より航空医官に指定された医官の人数である。だがそれはパイロットの診察という航空医学の専門診療ができる資格を有しているだけであって、「専門医」ではない。

■一般の医大からみればありえない話

 これは運転免許を取得するための最低限の講習と似ている。運転免許を取ったからといって即座に教習所の教官になれないのと同じだ。通常「専門医」とは、専門診療に必要な基本的な講習を受講後、3~4年の専門的な診療を経験し、筆頭での論文執筆や学会発表を行い、試験や審査に合格した者に与えられる資格である。

 筆者は「航空機の開発や現在の搭乗員に関する検診の改定などを担当できるような専門知識をもった『航空医学の専門医官』は何名いるのか」と再び問うた。

 それに対する回答は次の通りだった。「国内においては、質問のような航空医学に関する学会認定専門医制度は存在しない。航空自衛隊においては、航空業務に関する医学適性や航空身体検査業務等に従事する医官を航空医官として指定しているが、各航空医官の専門性も多岐にわたることから、問い合わせのような医官の人数を提示することは困難である」。

 実は防衛医大の教授や研究のレベルも大変疑わしい。実は防衛医大では論文がゼロでも専門研究の実績がない医官を教授に据えたり、専門医や医学博士も持っていない医官を1佐や将官にしてしまう「医学組織」だ。一般の医大からみればありえない話である。

 筆者の取材によれば、航空医学を数年専門に診察、あるいは研究して海外の学会などにも出席し航空医学の進歩に寄与できる、航空医学専門医に相当する医官は、空自では現在1人だけ。他の機関だとJAXA(国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構)に数名、JALと ANAに数名といったところだ。

 現在空自で残っている最後の1人もこの3月で空自に見切りをつけて中途退職したという。つまり4月以降、航空医学の専門医とよべる医官はゼロ、となる。

 航空医学実験隊は航空医学および心理学上の各種調査研究や、救命装備品等の実用試験、航空身体検査、航空生理訓練、防衛装備庁の研究所などへの航空医学に関する技術協力などを行う部隊だが空洞化している。

 航空医学実験隊の研究にはまともな研究実績の修士や博士号保持者がおらず、そのレベルは、一般人でもできる程度の調査研究がほとんどだ。ここにその分野の専門医は配置されていない。

■航空医学の進歩はまったく期待できない

 例えば加速訓練の担当医官は循環器内科や脳外科など気絶を扱う専門医が適任だが、現在は消化器内科医で3月中に退職した。空間識訓練の担当は、めまいや乗り物酔いを扱う耳鼻科医が適任だが、現在は整形外科の医官だ。

 低圧訓練の担当は低酸素症状を扱う呼吸器科が適任だが、現在は皮膚科医である。訓練部の部長は眼科医(専門医なし、眼科専門研修未経験)で医学的なアドバイスはほとんどできない。これで航空医学の進歩はまったく期待できないし、他国から取り残されていくことになるだろう。

 このような現状で戦闘機や他の航空機の開発を医学的に支えることは不可能だ。GCAPの共同開発のパートナーであるイギリスやイタリアに期待するしかない。

 冒頭に述べたように防衛省や空自、三菱重工の開発関係者は自分たちが世界先端の戦闘機は国内で十分に開発できると豪語してきた。航空医学に関するリソースがない状態で、そのような主張をすること自体、現実が見えていない。三菱重工がスペースジェット旅客機(旧MRJ)の開発に失敗したのもそのような過剰な自信が原因であろう。

 また海自や陸自でも航空機の開発をしているが、同様に航空医学の観点からの能力は低いといっていい。実は海自の潜水医学の分野においても同様に専門医がほとんどいない。これでまともな潜水艦や救難システムを開発し、潜水医学を発展させることができるだろうか。

 このように防衛省、自衛隊の衛生は極めて貧弱である。筆者は自衛隊の衛生組織は統合して第4の軍種として独立させ、その陣容を立て直して強化すべきだと考える。アメリカ軍、イスラエル軍、かつての南アフリカ軍など、実戦を多く経験した国の軍隊は衛生の分厚い基盤を有している。

 厳しく言えば、衛生を軽視している自衛隊は戦争で隊員が死傷することを想定していないといってよいだろう。

■能力があり、やる気のある医官が次々と辞めている

 いわゆる防衛3文書(国家安全保障戦略、国家防衛戦略、防衛力整備計画)には衛生の強化がうたわれており、衛生機能の変革(国家防衛戦略)や防衛医科大学校を含めた自衛隊衛生の総力を結集できる態勢を構築、研究の強化(防衛力整備計画)を掲げるが、その実現は容易ではない。

 能力があり、やる気のある医官が次々と辞めているからだ。筆者の取材では2023年度はすでに空自医官の中途退職は8名、年度末に少なくとも3名が退職した。定年退職を含めると少なくとも13名が年度内に退職した。

 対してここ数年、防衛医大卒業後、空自医官になるのは10名程度で医官は減少している。すでに空自は脳外科、心臓血管外科はゼロの壊滅状態だ。

 いくら防衛費を増やそうと戦車や護衛艦を並べようと、このように衛生基盤を軽視しているのでは仮想敵からその実力を見透かされて、抑止力としても機能しないだろう。また航空機に限らず、実戦を想定した優秀な装備を国内開発すること自体が困難だ。

 最大の問題は衛生軽視が自衛隊の組織文化となっており、その文化を変えることが大変難しいことにある。

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最終更新:4/3(水) 11:32

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