「セクシー田中さん」悲劇を受けた春ドラマの現実

5/18 11:02 配信

東洋経済オンライン

 春ドラマがようやくそろい、連日メディア記事やSNSのコメントが飛び交っています。

長谷川博己さん主演の常識を覆すような弁護士ドラマ「アンチヒーロー」(TBS系、日曜21時)
広瀬アリスさん主演の名曲をモチーフにしたラブストーリー「366日」(フジテレビ系、月曜21時)
石原さとみさん主演のラブサスペンス「Destiny」(テレビ朝日系、火曜21時)
山下智久さん主演の自然災害から人々を守るチームの活躍を描いた「ブルーモーメント」(フジテレビ系、水曜22時)

 など、全作がそろって各作品のコンセプトや全体の傾向が見えた今、注目したいのは、“原作のある”ドラマがどれくらいあり、どんな関係性なのか。

 日本テレビは4月末の定例会見で、「セクシー田中さん」の制作経緯などを調べる社内特別調査チームの結果公表時期が、当初の“ゴールデンウィーク明け”から延期することを明かしました。

 「セクシー田中さん」(日本テレビ系、昨秋放送)の悲しい出来事から約4カ月が過ぎ、新たなクールに入った今、どんな変化が見られるのでしょうか。また、何らかの再発防止策は見られるのでしょうか。

■今春も過去1年間も全く同じ割合

 まず今春のゴールデン・プライム帯(19~23時)で放送されているドラマで、「原作あり」の作品はどれくらいあるのか。

 まず、「原作なし」のオリジナルは、

「366日」(フジテレビ系、月曜21時)
「Destiny」(テレビ朝日系、火曜21時)
「くるり~誰が私と恋をした? ~」(TBS系、火曜22時)
「特捜9」(テレビ朝日系、水曜21時)
「Believe -君にかける橋-」(テレビ朝日系、木曜21時)

「Re:リベンジ -欲望の果てに-」(フジテレビ系、木曜22時)
「ダブルチート 偽りの警官 Season1」(テレビ東京系、金曜20時)
「イップス」(フジテレビ系、金曜21時)
「9ボーダー」(TBS系、金曜22時)
「街並み照らすヤツら」(日本テレビ系、土曜22時)
「アンチヒーロー」(TBS系、日曜21時)
「ミス・ターゲット」(ABC・テレビ朝日系、日曜22時)
 の12作。

 一方、「原作あり」の漫画原作は

「アンメット ある脳外科医の日記」(カンテレ・フジテレビ系、月曜22時)
「ブルーモーメント」(フジテレビ系、水曜22時)
「ACMA:GAME アクマゲーム」(日本テレビ系、日曜22時30分)
 の3作、小説原作は「花咲舞が黙ってない」(日本テレビ系、土曜21時)の1作。

 計16作中オリジナルは12作(75%)、漫画原作が3作(19%)、小説原作が1作(6%)でした。漫画原作は5作に1作程度、小説も含めた「原作あり」全体でも4作に1作程度と、さほど多くないことがわかるのではないでしょうか。

2月に東洋経済オンラインで、「『セクシー田中さん』報道で多発する意外な勘違い 現在のドラマは本当に漫画原作ばかりなのか?」というコラムを書きました。この中で過去1年間・4クール分のデータをあげましたが、計63作中オリジナルは40作(63%)で、そのうち漫画原作は12作(19%)で、今春と同じ割合でした。 ※小説・海外ドラマ・ノンフィクションなどを含めた「原作あり」全体は計23作(37%)

 この結果から、ゴールデン・プライム帯には漫画原作のドラマがさほど多くなく、「セクシー田中さん」のようなケースは頻発しづらいことがわかるでしょう。

■「原作者の理解」をネット上で公表

 次に現在放送されている漫画原作の3作は、どれくらい脚色されているのか。また、「セクシー田中さん」の悲しい出来事を受けて、何らかの対策は施されたのか。

 「アンメット ある脳外科医の日記」は、主人公を漫画の脳外科医・三瓶友治(若葉竜也)から、記憶障害のある脳外科医・川内ミヤビ(杉咲花)に脚色。作品の印象やコンセプトに影響しかねない大きな変更ですが、原作者・子鹿ゆずるさんは、この変更を「面白そう」とポジティブに受け止め、数社のオファーからあえて選んだことを明かしました。

 さらに「ドラマ化にあたり、製作スタッフの皆様ならびに杉咲花さんはじめ実力派俳優の方々により、原作を超越した見事なドラマに仕上げて頂けそうで大変感謝しています。本ドラマが、一般視聴者の方々のみならず、当事者・ご家族の皆様、医療福祉関係者の皆様への応援になれば幸いです」と前向きにコメントしたほか、自身のXでもドラマをPRしています。

 これは「スーパー脳外科医・三瓶の活躍をフィーチャーすること以上に、後遺症を抱えながら前を向いて生きていく術後の姿までを描く」というスタッフの制作姿勢と杉咲さんや若葉さんらの熱演によるところが大きいのでしょう。また、番組ホームページ内に子鹿さんと米田孝プロデューサーの対談が掲載されているように、しっかりコミュニケーションが取れているようです。

 次に「ブルーモーメント」は、漫画の魅力に“チームドラマ”としての要素を大胆に加えました。ドラマのSDM(特別災害対策本部)は、主人公の晴原柑九朗(山下智久)と助手・雲田彩(出口夏希)に加えて、消防班チーフ・佐竹尚人(音尾琢真)、消防士長・園部優吾(水上恒司)、ドライバー兼料理人・丸山ひかる(仁村紗和)、情報班チーフ・山形広暉(岡部大)、医師・汐見早霧(夏帆)でチームが結成され、「プロ集団が自然災害から人々を救う」という物語に脚色されています。

 高田雄貴プロデューサーは原作者・小沢かなさんに、「チームドラマという、もう1つの軸を加えることをご了承いただきました」と脚色の承諾を得たことを公表。一方の小沢さんも、「今のこの時代に、映像作りのプロ中のプロの方々の手によって新しい形に生まれ変わらせていただき、多くの方の目に触れる機会に恵まれたことを幸せに思います。あとはもう打ち合わせでいただいた製作陣のみなさまの熱い言葉を信じてお任せしました」などとコメントしていました。

 その他、雲田彩の得意な言語が漫画の英語から中国語に変更、SDMの医師が精神科医から脳外科医に変更などの脚色もありますが、「気象庁、国土交通省、東京消防庁の全面バックアップ」を取り付けるなどスケールの大きい映像を実現させていることも含め、小沢さんが制作サイドに信頼を寄せている様子がうかがえます。

■Xで自らドラマをPRする原作者も

 「ACMA:GAME アクマゲーム」は、主人公・織田照朝(間宮祥太朗)の年齢を漫画の高校3年生から27歳に変更。さらに「悪魔の鍵」の設定や父親の死など多くの変更点がありますが、原作者・メーブさんは自身のXで「全て任せています。つまり脚本やドラマの進行に口出しや注文を一切していません。よって揉め事のようなものも現状何も起きていません」などと明言しています。

 さらに「終了して何年も経つこの作品を見つけていただいて、ドラマ化したら面白い、と判断していただけたことに心から感謝しています」ともコメント。撮影現場を訪れ、セットのスケール、俳優の演技、スタッフの人数などに驚き、CGのクオリティにも満足しているようであり、Xに各話の感想などをつづっています。

 ここまであげてきたように今春の3作は、「主人公の人物を変更」「チームドラマの要素をプラス」「主人公の年齢を大幅に上げる」と、いずれも漫画から大きく変えたものの、原作者との関係性は極めて良好。原作者がXなどでドラマを自らPRしているほか、制作サイドと原作者が密なコミュニケーションを取っていることなどもあえて明示されているように見えます。

 「ACMA:GAME」原作者・メーブさんは自身のXに、「僕は、自分の作品は漫画であり(もちろん作画の先生との共同作品という意味です)、自分が責任を負う範囲も漫画までだと考えています。ドラマ化に関しては、(多くの役者さんやスタッフさんが関わっていることを承知した上で)その監督(演出)さんの作品だと考えています」とコメントしていました。

 もともと制作サイドが原作者や漫画と真摯に向き合ってコミュニケーションを取り、「絶対に変えてほしくないところ」さえ押さえておけば、このように理解を得られるケースのほうが多いものです。さらに「セクシー田中さん」の悲しい出来事を受けて、制作サイドがより慎重に対応していることは間違いないでしょう。

 また、原作者との関係性の次に重要なのは、原作ファンを納得させるものなのか。少なくとも落胆させるものにならないか。その点、今春の3作は多少の批判的なコメントこそあれ、原作ファンを怒らせるような事態には至っておらず、ここまでは問題ないように見えます。

■深夜帯では相変わらずの漫画依存

 ここまで書いてきたようにゴールデン・プライム帯のドラマはオリジナルが多く、漫画原作の作品でも、原作者の理解を得るための丁寧な対応が見られます。

 しかし、深夜帯のドラマに目を向けると、相変わらず漫画原作の作品が量産されているのも事実。今春も、

「お迎え渋谷くん」(カンテレ・フジテレビ系、火曜23時)
「からかい上手の高木さん」(TBS系、火曜23時56分)
「肝臓を奪われた妻」(日本テレビ系、火曜24時24分)
「RoOT / ルート」(テレビ東京系、火曜24時30分)
「君とゆきて咲く ~新選組青春録~」(テレビ朝日系、水曜24時15分)
「好きなオトコと別れたい」(テレビ東京系、水曜24時30分)

「25時、赤坂で」(テレビ東京系、木曜24時30分)
「君が獣になる前に」(テレビ東京系、金曜24時12分)
「おいハンサム!! 2」(東海テレビ・フジテレビ系、土曜23時40分)
 と、深夜帯の過半数が漫画原作に頼っているという状態が見られます。

 深夜帯のため見る人が少なく、ネット記事やSNSのコメントも少ないから影響力が限定的なのは確かであり、実際に大きなトラブルはありません。ただ、配信の利用者が増え続ける今、前期の「離婚しない男-サレ夫と悪嫁の騙し愛-」(テレビ朝日系)のようにクチコミで一気に視聴者が増える作品もあります。今後はゴールデン・プライム帯と同じレベルでの丁寧な対応が求められていくのではないでしょうか。

 最後に話を「セクシー田中さん」に戻すと、日本テレビの調査は2月23日にスタートしました。局内のドラマ班や脚本家など関係者への聞き取りを行っているほか、同作だけでなく過去の漫画原作ドラマの関係者からもヒアリングするなど、広く意見を求めているそうです。

 これは「絶対に再発させないためにじっくり調べる」というスタンスであり、発表時期の延期はポジティブに考えればいいのかもしれません。しかし、一度失ってしまった世間の信頼を回復するためには長年にわたる地道な努力が必要なだけに、局を越えて業界全体が制作姿勢を問われていることは間違いないでしょう。

東洋経済オンライン

関連ニュース

最終更新:5/18(土) 11:02

東洋経済オンライン

最近見た銘柄

ヘッドラインニュース

マーケット指標

株式ランキング