「インドネシア国産電車」に見る日本企業の存在感 中古車や新造車両に東洋電機製造の機器搭載

4/26 4:32 配信

東洋経済オンライン

 「ポスト中古車両時代」の幕開けにふさわしい車両の登場だ。インドネシア通勤鉄道会社(Kereta Commuter Indonesia:KCI)の国産新型通勤電車が4月下旬、中部ジャワでの試運転を経て、ついにジャカルタに姿を現した。

 これは、2023年3月に国営鉄道車両製造会社(INKA)とKCIの間で契約された12両編成16本・192両(契約額は約3.83兆ルピア)のうちの1本目で、INKAによると2025年内に8本程度が落成する。アフターコロナの車両不足を短期間に補うため、KCIでは国産車両導入とともに緊急的に輸入による車両調達も進めており、中国メーカーの中国中車青島四方が製造した車両も年内に11本導入する。

■「日本仕様」の国産新型電車

 折しも2025年4月でインドネシアの鉄道は電化100周年の節目を迎え、4月22日にジャカルタコタ駅で実施された記念式典は、国産と中国製の新型車両のお披露目の場となった。待望の新車登場は、歴史の1ページに花を添えた。

【写真】インドネシアの鉄道電化100周年イベントの華となった国産の新型電車はデザインも規格も、そして機器類も「日本式」。インドネシアの鉄道では中古車両で信頼を築いた日本メーカーの電機品やパンタグラフが多数使われている

ジャカルタ首都圏の鉄道は1970年代以降の政府開発援助(ODA)による設備改良と車両導入、そして2000年以降の中古車導入と、日本と密接に関わってきた。しかし、国産新車の登場でインドネシアと日本の鉄道産業界の関わりが途絶えるわけではない。INKA製国産通勤電車CLI-225型には、日本の設計思想や技術がふんだんに盛り込まれている(2025年4月5日付記事『実は日本技術の結晶「インドネシア製電車」の中身』参照)。

 それだけではない。前面デザインを見れば、明らかに山手線などを走るE235系のオマージュであり、車内のつり革も山手線のタイプにそっくりだ。

 KCIは、総武快速・横須賀線のE217系の中古車輸入計画が頓挫した後、輸入によるE235系の新車導入を画策した。結局、中国中車が落札し、果たされない夢となってしまったが、KCIはこの思いをCLI-225型に託したと言える。

 かつては日本側からもタブー視された中古車両の輸出であるが、日本の仕様、規格を現地に根付かせ、新車にバトンを引き継いだという意味で、中古車両が残した功績はあまりにも大きいものがある。

 過去20年間の中古車両調達、保守整備、そして今回の国産新型車両の導入に至る一連の流れは民間ベースで進められてきた。そして、国産新車は結果的に日本企業にとって有利な条件の車両仕様になった。KCIは新車導入にあたり、仕様として欧州のEN規格でなく日本のJIS規格を推した。もしEN規格であれば、当初の予定通りスイスのシュタッドラーが受注していただろう。

■民間ベースで「コアジャパン」実現

 本来であれば、このような規格の売り込みなど日系企業が参入できる道筋を作ることこそが日本政府の役割であると考えるが、本件に関しては現地大使館すらも一切関わってこなかった。まさに民間外交の勝利と言うべき事象である。

【写真】ジャワ島中部での試運転後、機関車に牽引されてジャカルタに輸送中のCLI-225型
 政府主導のオールジャパン輸出は、「必要以上の日本品質の押し売り」であり、価格が高すぎると各地で批判の対象になっている。最終的には、現地の意向に沿って無理やり価格を抑え(入札参考価格を下げ)ざるを得ず、日系企業も離れていった。護送船団方式による親方日の丸の鉄道インフラ輸出は、日本、そして借款被供与国、双方が不幸になる結果に終わった。

そんな中、民間ペースで「コアジャパン」(2023年6月3日付記事『鉄道輸出「オールジャパン戦略」の時代は終わった』参照)を実現したというのは何という皮肉だろうか。インドネシアの国産通勤電車開発の成功は、日本の鉄道システム輸出のあるべき方向性を示している。

 鉄道の海外輸出というと車両メーカーが注目されがちだが、プロパルジョンと呼ばれる電車のシステムを供給する電機メーカーは必要不可欠な存在で、鉄道システム輸出の隠れた主役である。インドネシアで存在感を示しているのが、日本の電機メーカー、東洋電機製造だ。

 同社は1918年創立。鉄道車両用電機品などの交通事業が売り上げの約7割ほどを占め、同社製品は新幹線を含むJR各社や大手私鉄から地方私鉄、路面電車まで幅広く採用されている。インドネシアでの展開は、日本の中古車両が大量に輸出されたことで、車両に搭載された製品が一緒に「輸出」されたことが追い風となり、メンテナンスパーツや予備品供給においてKCIとの取引が始まった。

 2018年からJR東日本の元武蔵野線205系5000番台(8両編成36本)が輸出されると、同社製のVVVFインバーター装置も車両と共に大量に「輸出」された。また、同時期には日本のODA案件であるMRTジャカルタ(地下鉄)向けの制御装置、主電動機、パンタグラフを車両製造元の日本車輌製造に納入している。

【写真】武蔵野線カラーのまま試運転を行う205系。行き先表示はカタカナで「ジャカルタ」

■国産新車の電機品一式を受注

 そして今回、インドネシア国産通勤電車CLI-225型192両の電機品一式(VVVFインバーター装置・主電動機・補助電源装置・歯車装置・パンタグラフ等)を受注した。約55億円という大型案件だ。これにより、インドネシアのVVVFインバーター制御車両の大多数が同社製品を搭載している状況になった。

 また、パンタグラフも日本でのシェアが高いことから、結果的にインドネシア在来線を走る電車のパンタグラフも多くが同社製品となっている。中古車だけでなくINKA製車両でも、ボンバルディア(当時)との共同受注で2017年に製造されたジャカルタ・スカルノハッタ空港鉄道用車両、ドイツ借款にて製造されたKFW型電車に対する改修案件(2019〜2020年)に東洋電機製造のパンタグラフが採用されている。

 同社の経営企画部長、大塚明裕氏に、インドネシアでのビジネス展開と海外事業について聞いた。

 ――今回のインドネシア国産新車192両の電機品受注は、どのようなきっかけで決まったのでしょうか。

 日本の中古車両が大量に輸出され、長く使用されているのはJR東日本をはじめとした鉄道事業者が車両メンテナンスなどに協力してきたという背景がある。日本の技術仕様を受け入れやすい環境になっていることが当社の受注に有利に働いた側面があると思うが、当社を含む日本のメーカーに提案要請があり、複数社によるコンペを経て選ばれた。

 INKAでは基本的にヨーロッパの規格(EN規格)が採用されているが、1年というかなりの短納期だったこともあり、EN規格では難しいところがあり、JIS規格でもいいのかというやり取りがあった。また、今回は技術移転契約が付随していたので、その中身、条件に合致した。あとは、当然価格もある。そういったところで採用いただけたと思っている。

■短納期、どのようにして可能に? 

 ――1年という短納期をどのように実現したのでしょうか。

 すでに製品としてあるものをスペックとして提示し、これを取り付けられるような設計にしてもらえないかというような形で合意できた。例えばVVVFインバーター装置は日本国内の鉄道会社向けのものをベースにするとか、補助電源装置も同様に、すでに設計が完了しているものを若干手直ししたという形になっている。

【写真】CLI-225型はつり革もE235系を模したデザインだ
 もちろん、インテグレーションに関わるところはどうしても変えなければならず、実はそこだけでも結構大変だ。INKAからの仕様提示遅れや変更もあり、設計に見直しが発生するなどの苦労があった。

 ――車輪と車軸については中国メーカー(太原重工)が受注しています。主電動機や歯車装置の組み立てはどのように対応しているのでしょうか。

 過去に別の中国メーカーと取引があったので、同じような形をとった。車軸の素材にギアとギアケースをはめていかなければならない。よって、車輪・車軸は一旦、中国から当社へ支給され、組み立ての上でインドネシアに出荷する。

 その際、支給品の品質が当社組み立て作業に影響しないよう(支給品メーカーと当社間に契約関係はないが)、メーカーに出向いて出荷前の状態を確認し、こういう状態であれば私どもの方に発送していいということを打ち合わせして、当社に支給品が届いた段階ですぐに作業に取りかかれるようにした。

■技術移転はどう進めるか

 ――INKAは技術移転を求めていますが、人材を派遣して、現地で教育を行うのでしょうか。

 10本目までは完成品を出荷し、残りの6本のうち一部は現地でのノックダウン生産となる。当社から主要部品を供給して、現地で装置として組み立て予定である。主電動機、歯車装置は全数当社の製作となる。5月までに9割ほどの出荷を終える。技術移転契約も締結(約6億円)し、組み立てに必要な技術指導や設備納入、装置として完成した際の試験要領の指導などを日本、インドネシアで実施している。

 箱の中の配線や電線を現地で調達し、電線の両端に端子をつけたり、コネクターに組み込んだりとか、非常に細かい作業をINKA側で実施する。そのほか試験機も輸出し、現地で作れるものは作ってもらっている。その使い方やデータの取り方なども技術移転に含まれていて、品質の確認を行えるようにしている。

 ――主要装置の設計諸元を差し支えない範囲で教えてください。試運転時に走行音を聞いたところ、日本の同世代のIGBT VVVFインバーター制御車とは異なる感じの起動音がしたが、何か理由はあるのでしょうか。

 VVVFインバーター装置は4M1C方式で編成に6台搭載している。SIVは12両編成に4台搭載と多くなっている。エアコンの編成当たりの容量が日本の標準的通勤電車の倍近い搭載量になっているので、その影響だと思われる。

 そのほか、VVVF関係でフィルタリアクトル、高速度遮断機、母線ヒューズ箱、スイッチ箱など。SIV関係で整流装置(ICD)、受給電箱など。また、ブレーキチョッパ(BCH)およびBCH用リアクトル、ブレーキ抵抗器が、当社製品として車両床下に設置されている。スペック的にはMRTJ車両に近似している。起動時の音(モーターから発する電磁音)は、特別なことは行っていない。制御ソフトも日本国内向けと同じで、車両性能に合わせて定数変更している程度である。

【写真】インドネシアの電車のパンタグラフは東洋電機製造のシェアが高い。日本の中古車両だけでなくドイツ借款で製造された車両の改修でも採用された
 ――ジャカルタの既存中古車両のレトロフィット(改修)案件の進捗状況や、今後の新車8本の増備案件などについてはどうでしょうか。

 (元東京メトロ)05系のレトロフィット2本24両はVVVFインバーター装置、主電動機、補助電源装置を随意契約で受注しており、2025年夏ごろから出荷が始まる予定だ。新車のほうと基本スペックは同じだが、全く同じにはできなかった。台車と歯車装置は、元々のものを再利用すると聞いている。新車8本の追加について計画は承知しているが、まだ受注には至っていない。

 ――今後、メンテナンスを請け負ったり、駐在事務所を開設したりする計画はあるでしょうか。

 具体的な計画はないが、そういったことは視野に入れていくことになると思う。

■ほかの海外展開は? 

 ――東洋電機製造の海外事業全般については、どのような戦略で展開しているのでしょうか。

 大手総合電機メーカー(日立、東芝、三菱)と同じような全方面対応は難しいため、地域や案件を絞り、リソースを集中して、最大限の効果を出せるよう展開している。

 ――東洋電機製造というと、中国案件のイメージが強いです。

 中国に関しては1990年代から進出している。当時は地下鉄の案件が盛んに計画されていて、大変な苦労の後に採用に至ったと聞いている。地下鉄の電機品に限っていえば、当社が最初に出たことになる。その後すぐに大手電機メーカーも進出して、各社がそれぞれ現地メーカーと合弁を組んだという経緯がある。そこを足がかりにして、その後高速鉄道網が形成されたこともあり、海外事業の中では現状、中国が大きくなっている。

 ところが、中国は急速に力をつけており、入札の仕様が国産となっていて、早々にほかの大手は手を引いた。私どもも価格的にも厳しいということで合弁を1社解消して、地下鉄案件での新規参入は、ちょっと難しいかなと思っている。

 ――中国向けの輸出は徐々に減っていくということでしょうか。

 モーターや制御装置などに関しては、以前の合弁元が独力で国産として作って納めるという図式になっている。一方、別の会社を起こしてメンテナンス関係を引き受けて受注している。そこに使う部品やユニット品は、まだ中国でも作れないものが一部あるので、当社から輸出し、そのメンテナンス会社で販売するというような形になっている。

 高速鉄道に関しては、元々ギア関係がメインだったが、一部を引き受けて輸出することは継続している。

 ――そのほかの国ではどのような案件に関わってきたのでしょうか。

 古くはアメリカのワシントンDC地下鉄にモーターを納め、ダラスの交通局やロサンゼルスの交通局なども車両メーカーと共に取り組んだ実績がある。パナマ運河の機関車という案件もある。運河の両岸にレールが敷いてあり、そこに小さい機関車が配置されているのだが、これを2代目に更新するときに当社が受注し、2000年代に3代目に更新するときも受注して今も走っている。

 そういう意味で、特殊な技術、仕様など特定のニーズに対応して、そこでアドバンテージを発揮するというところを海外戦略と考えている。

 ――インドネシアは今後の重点市場となるのでしょうか。

 2025年5月期の第2四半期決算時点での海外売り上げ比は、前期比+8.2ポイントの28.5%に拡大した。INKA案件の存在が大きく、今期に限ってみるとインドネシアの割合が中国より大きくなっている。インドネシアは初の地下鉄(MRT)案件を受注したことも併せて、重点市場とする足掛かりとしたいと考えている。今後INKAと協力して車両の国産化を進め、需要を取り込めるよう活動していく。

■「日本式」根付くジャカルタ

 さかのぼれば、ジャカルタに多数の車両が渡り、現在の主力となっている旧国鉄205系の界磁添加励磁制御装置、直流直巻電動機主電動機の原設計は東洋電機製造の手によるものだ。当時はまさか海を渡るなど想定もされていなかったはずだが、これが電力環境がいいとは言い切れないジャカルタの路線事情に非常にマッチした。他形式に比べ、運転、メンテナンスの面で抜群のパフォーマンスを見せている。

【写真をもっと見る】インドネシアの新型国産電車や、すでに活躍中の中古車両に搭載された日本製機器類。武蔵野線205系のインドネシア上陸時や試運転などの貴重な場面も
 そんな中、ジャカルタの新時代を担う新型車両に同社製品が多数採用されたことは何たる因果だろうか。国産新型電車は、民間ベースで積み重ねてきた日本の鉄道輸出の、まさに好事例だろう。

 とはいえ、手放しに喜ぶことはできない。国営企業副大臣は電車100周年式典の新型車両入線のシーンで「もう日本からの中古車両は導入しないとKCIと約束した。新車はまもなくやってくる。一つは中国から、そして最も期待しているのがINKA社製のもう一つの新車だ。100年を経て、ついに国産化を果たした」と発言した。

 日本から新車の立ち上げに加わっている複数の関係者が参列している中、あまりにもがっかりさせられる一言だ。過去50年来の円借款援助を含む、日本との協力関係の上にこの新車があるという文脈が欠落している。こういうシーンこそ、日本政府、大使館の出番ではないだろうか。

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最終更新:4/26(土) 4:32

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