オーストラリアの時給は日本の2倍以上でもワーホリ人材横ばい、若者の“内向き化”が止まらない

4/17 18:02 配信

ダイヤモンド・オンライン

 日本人が新しい価値観のもと未来を切り拓いていくためには、海外からの視点が大きなヒントとなる。その際に留学の経験は非常に大事になってくるが、かつて多くの日本の若者を受け入れていたオーストラリアでは、いまや日本人留学生が年々減っているという。本稿は、デニス・ウェストフィールド『外国人には奇妙にしか見えない 日本人という呪縛 国際化に対応できない特殊国家』(徳間書店)の一部を抜粋・編集したものです。

● 日本の若者たちが 海外を敬遠する理由

 オーストラリア第5の都市、南オーストラリア(SA)州の州都アデレードは、バロッサバレーを擁するワイン産業や、航空・軍需産業で知られるが、もう一つこの都市を支える巨大産業に、教育産業がある。

 人口約140万人程度に過ぎないアデレードには、世界に門戸を広げる大学がアデレード大学と南オーストラリア大学(この2校は最近合併した)やフリンダース大学など5校もあるほか、ワインやフード産業の専門的職業訓練校や航空学校もある。

 筆者は先日アデレードを訪れる機会があり、アデレード大学の関係者らと外国人留学生の数について話をした。

 アデレードを中心とした南オーストラリア州への2023年時点の外国人留学生は約3万7000人で、コロナ禍からはほぼ回復したようだ。話を聞くと、アデレードは確かに、他都市と比べても教育環境は充実している。海外からの留学生に対して最もアピールできるのは生活コストの安さだ。シドニーなどの大都市と比べると24%も生活費が安いらしい。

 だがどの大学でも「かつては、日本人学生はもっと多かったのですが……」という言葉を口にした。彼らによると、留学生の数はコロナの時期を除いて順調に増えてはいるが、日本人の留学生だけは落ち込み続けているという。現在、日本人学生はわずか400人程度と、留学生全体の約1%にすぎない。

 また、オーストラリア最大のニューサウスウェールズ州にあるニューキャスル大学の2023年の卒業式には、当時の日本国大使だった山上信吾氏が呼ばれてスピーチをした。

 大学の卒業式に日本の大使が呼ばれるのは珍しいそうで、山上大使も意気込み、原稿を何度も練ったそうだ。スピーチは大変好評だったが、大使が卒業生を見ると、中国系や韓国系のアジア人学生は100人以上いたというのに、日本人学生は留学生を含めてなんと、たった一人もいなかったのだという。

 調べてみると、22年時点でオーストラリアへの外国人留学生は62万人いる。その内訳は、シドニーのあるニューサウスウェールズ州が24万4000人。メルボルンがあるビクトリア州が18万7000人。ブリスベンのあるクイーンズランド州が9万1000人。パースがある西オーストラリア州が3万8000人、アデレードのあるSAも3万8000人、などとなっていた。

 留学生の国別内訳では、中国人が最大の15万6000人。インド人が10万人。ネパール人が5万7000人。コロンビア人が2万3000人。ベトナム人が2万2500人などとなっている。

 ところが日本人は、韓国人の1万1400人よりも大幅に少ない8900人しかいなかった(国別ランキングでは17位)。

 それでもオーストラリアに留学する日本人学生が昔からずっと少なかったわけではない。約20年前の2004年のピーク時で1万6500人と、現在の約2倍はいた。その年は、オーストラリアへの留学生のうち、日本人学生の占める割合は約10%、10人に1人は日本人(ランキングでは第5位)だったのだ。

 それが2020年のコロナ禍で9400人と1万人を割り込んだ。不可解なのは、コロナが収束してからほかの国々からの留学生は回復しているのに、日本人はさらに落ち込み続け、2023年になると7000人も割り込んでしまった。割合では全体の1・2%しかない。

 一体これはどういうわけだろう。

 日豪関係は近年、貿易面や安全保障面でかつてないほど良好な関係を築いてきた。通常、日本との関係が良好になればなるほど、その国への留学者数も増える傾向にある。だが、オーストラリアではまったく正反対の結果になっている。

 オーストラリアはかつて、日本人の海外留学先として米国に次いで第2位だったが、近年はその地位を失ったということかもしれない。だがそれだけではない。日本人の若者自体に、海外で学ぼうという意欲が失われていると筆者には思える。

 ワーキングホリデーでオーストラリアに来る日本人の若者も減っていることもそれを裏付けている。最近はオーストラリアの時給が日本の2倍以上もあることが知られて、オーストラリアで働こうという若者は増えているようだが、それでもせいぜい毎年1万人前後で推移している。

 人口が日本の3分の1程度の韓国から、4倍以上の3万4870人が留学に来ているのを見ると、いかに日本の若者が内向きで、海外を敬遠しているかが分かるだろう。

 日本人留学生の落ち込みが始まったのは、スマートフォンが普及してから間もない頃で、当初は日本の大学関係者から、日本人学生が海外留学を敬遠する理由として、「日本のテレビ番組が見られないから」「海外だと携帯がつながらないから」などといった、まるで冗談のような話を聞いていた。だが最近はSNSやネット配信が発達してその問題もなくなったというのに、日本人留学生の減少は回復傾向にあるわけではない。

 日本人学生は世界に対する興味を失っているのだ。

● 必要な人材の授業料を値下げ オーストラリアの教育改革

 日本の教育に言及する際、その対極にあるオーストラリアの教育制度は非常に参考になると思われるのでここで紹介しておこう。

 オーストラリアの教育は、各州ごとに制度が異なる面が多い。

 例えば最大のニューサウスウェールズ州では、日本の大学入試センター試験に相当する、「HSC」と呼ばれる、大学入学のための統一試験がある。

 ただし日本のような一発勝負の試験ではなく、12年生(高校3年生に相当)の1年間で出される宿題や実習なども加味し、多面的に評価される仕組みになっている。HSCの試験科目は、自分が行きたい大学のコースが要求する10単位以上の試験科目を選択する。

 日本の大学入試と比べて最も特徴的な点は、試験選択科目の多さだろう。化学や世界史といった通常の科目はもちろん、演劇や音楽、美術や保健体育をはじめ、ホスピタリティー学、宗教学、社会福祉学など、実に100科目以上にわたる多彩な科目から試験科目を選べる仕組みになっている。これにより、幅広い生徒の個性や生い立ちを、学業選択で生かせる仕組みになっているのだ。

 科目数が格段に少なく、記憶力重視型の入試制度となっている日本の教育制度とは対照的だろう。

 さらに、オーストラリアは2021年に「教育制度改革」を実施している。その中で非常に興味深いのは、学部別に大学の学費を全面的に見直したことだ。オーストラリアに将来必要とされるエンジニアや農業などの選考科目の授業料を引き下げ、人文系の科目を逆に引き上げたのだ。

 これはまさに「国が将来どんな人材を育てていくのか」という国づくりの方向を示すものと言える。

 それによると、例えば、学費が最も安くなるのは数学や農業専攻の学生で、現在の年間9698豪ドル(約71万円)から3700豪ドルと約60%も安くなった。

 また、教育や看護、英語、臨床心理学を専攻する学生の学費は同3700豪ドルと46%、エンジニアリングやサイエンスなども21%それぞれ安くなった。

 これに対して逆に授業料が高くなったのは、人文学や社会・文化、コミュニケーション専攻で、学費は同1万4500豪ドルと、113%も上昇。また法律や経済、経営、商業の学費も28%引き上げられた。

 当時のテハン教育相は、「就職機会に関連した学科を専攻するインセンティブを高めることで、学生の就職を支援する」と説明していた。

 確かに、国が重視する科目に誘導するようなインセンティブを与えることによって、学生はそうした重点科目に間違いなく流れることになる。これは即ち、政府が描く国の将来像の方向性に若者を導いているということだろう。

 豪連邦議会の貿易・投資促進委員会は近年、サービス輸出機会に関するリポートを発表している。そのリポートでも、「オーストラリアは輸出立国であり、今後は保健、IT、金融といったサービス業で輸出の可能性が高まっている。……それなのに、オーストラリアはそうした分野の高等教育では海外からの学生に依存していることが露呈した」として、自国の学生が、国が将来必要とする業種スキルを学ぶことを奨励すべきだと提言している。

ダイヤモンド・オンライン

関連ニュース

最終更新:4/17(水) 18:02

ダイヤモンド・オンライン

最近見た銘柄

ヘッドラインニュース

マーケット指標

株式ランキング