なぜ人はカレーから大便を連想してしまうのか…「カレーを食べている時にトイレの話」に不快感を覚える理由

4/21 8:17 配信

プレジデントオンライン

カレーライスを食べる際にトイレの話をされると不快感を覚えるのはなぜなのか。名古屋大学の川合伸幸教授は「人間はモノに対して別のモノを投影することがある。塩化ビニールでできた食品サンプルにも食欲を覚えるのと同じ原理だ」という――。

 ※本稿は、鈴木宏昭・川合伸幸『心と現実』(幻冬舎新書)の第4章「意味に彩られた『モノ』」の一部を再編集したものです。

■食品サンプルに本物の食品を重ね合わせる

 この章では表象がモノへ投射される事例を見ていく。

 プロジェクションは自身や他者だけでなくモノに対してもなされる。これまでに述べてきたように、目の前のコップの表象は自分がそれに対して持っている信念(それの重み、その中に入っている液体等々)と一緒になって、目の前の実物のコップにプロジェクションされる。すでに知っているモノを見るときには、それまでの知識や経験が多少なりともモノに反映されて見ているのだ。

 本物と見まがうほど精巧にできた食品サンプルを見ておいしそうと感じるのは、私たちが塩化ビニール(かつては蝋(ろう)で製作された)に食欲がかき立てられるのではなく、そのサンプルが表している「本物の食品」に食欲を感じるのである。つまり食品サンプルに、本物の食品のフィルタを重ね合わせている(プロジェクションしている)のだ。

 このようななんでもない日用品に対して、多くの人が同じように行うプロジェクションもあれば、形見や思い出の品のように、それぞれの人に固有なプロジェクションもある。また、食品から食品サンプルへというモノからモノへのプロジェクションもあれば、形見や遺品のようにある人の属性や思い出がモノへプロジェクションされるようなものもある。

 この章では、さまざまな種類のモノが関わるプロジェクションを整理し、その後、それらのプロジェクションの詳細について述べる。

■カレーを食べるときにトイレの話をしたくない理由

 あるモノは他のモノの表象を併せ持つことがある。たとえば、愛知県常滑市の大蔵餅が販売する「トイレの最中」は、便器の形をした最中種(最中の外側)に、茶色いドロドロの餡を流し込んで食べる菓子だが、これを食べるのに抵抗を感じる人は少なくない。この最中は、「もなか」と読むが、「さいちゅう」とも読めるところに洒落が効いている。

 また、便器の形をした皿にカレーライスを盛って食べるのも同じように抵抗を感じる。これは、そのカレーライス(モノA)がカレーの表象だけでなく、皿から生じる便器や糞尿(モノB)の表象と重ね合わさることで、カレーライスが穢れたものであるように感じるために抵抗を覚えるのだと考えられる。

 完璧に洗浄されたハエ叩きでかき混ぜられたスープを飲みたくないのも、同じプロジェクションによるものだと考えられる。

■「連想による伝染」が起こっている

 嫌悪に関する研究の権威であるロージンたちによれば、アメリカの大学生は「毒」というラベルが貼られたコップから水を飲むことを躊躇した。さらには、たとえラベルに「毒ではない」と書かれてあっても躊躇する気持ちが消えることはなかった。

 同様に、外山紀子らが行った研究では、日本の大学生もゴキブリと水が実際には接触していないにもかかわらず、コップにゴキブリを連想させる文言が書かれた水を飲むのを躊躇した。これらの心理的な伝染は、汚染源を連想させるだけで生じるので、ロージンたちは「連想による伝染」と呼んでいる。

 これはモノからモノへのプロジェクションと考えることができる。

 このような現象は、ヒトだけでなく類人猿のボノボにも観察される。川合の研究室でポスドクをしていたフランス人研究員のサラビアンは、大学院生の頃にアフリカで保護区にいるボノボに何枚かのバナナのスライスを与えた。

 バナナのスライスは横一列に並べられた状態で提供される。ただし、一番端の一つは大きな糞の上に載っていた。そして、その隣のバナナのスライスは糞と近接しているが、実際には触れていなかった。以降、他のバナナスライスは、糞の上にあるバナナスライスから等間隔で糞から離れて置かれた。

 ボノボは、一番糞から遠いところのバナナスライスから取り始め、糞の隣にあるバナナスライスを触ったが、結局それと糞の上に置かれたバナナは取らずに帰った。

 糞の上に載っているバナナは病原菌を持っているかもしれない。しかし、糞の「すぐ隣」にあるバナナは糞とは接していないので病原菌が付着しているとは考えられない。もちろん、糞そのものもついていない。

 それにもかかわらず貴重なバナナを取らなかったのは、外山の実験の参加者のように嫌悪の対象である糞がすぐ側にあることで、汚染を連想したためだと考えられる。だとすれば、このようなモノからモノへのプロジェクションはヒトの誕生以前に進化したのかもしれない。

■食品を落とすと「別の食べ物」に?

 俗説で、食べ物の「3秒ルール」というのがある。食品を落としても3秒以内に拾えば食べても問題ない、というものだ。実はこれと似たような習慣が海外にもある(秒数は異なるが)。

 床や地面が持っているばい菌(の表象)が、ある一定時間以上経過すると食品に伝染し、その食品はそれまでの食品とは異なるものになると考えるのだろう。こうしたことを検証しようとしたイリノイ大学のインターンシップで来ていたシカゴ農業科学校の高校生2人が、実際に食べ物の汚染状況が変化するかを実験したところ、5秒で微生物が移行したことが判明した。この発見で彼女たちは2004年のイグノーベル賞を受賞している。

■不浄なものが伝染すると考える「エンガチョ」

 鎌倉時代から続く民俗風習のエンガチョは、誰かが不浄なものに触れると(たとえば糞便を踏む)、その不浄なものが当事者に移行すると考える。すなわち、モノの属性(不浄)が、それに接触した人に移行し、当該の人は不浄な表象を引き受ける(プロジェクションされる)と認識する。

 面白いのは、当該部位を別の者にこすりつけることで、当人は穢れから解放されると考えることだ。またこすりつけられた側は、穢れを引き受けるとも考えられる。

 移された方は、まったく穢れに接触していないにもかかわらず、さも自身が穢れに触れたかのように感じる。これはヒトからヒトへのプロジェクションと考えられる。一方で、当然だが自己からモノへのプロジェクションも存在する。モノや場所は、ある人にとって特別な意味を持つことがある。たとえば他人にとってはただの指輪にしか見えない結婚指輪も、当事者にとっては特別なモノと見なされる。

 イスラム教やユダヤ教の聖地であるエルサレムは、それらの宗教を信仰する人にとっては、きわめて重要な場所である。エルサレムは、その機能によって価値があるのではなく、それぞれの人や文化集団の経験や歴史によって価値が生じている。したがって、その価値観を共有しない人からすれば、特別な意味を見いだせない。

 このように自身の所有物や深く関わる対象に価値を見いだし、まるで自身と深く関わりのあるモノのように扱うことを、1950年代にウィニコットは「自己の延長」と呼んだ。

■肉体だけでなく、所有物まで含めてが「自己」

 人間がモノに対してまで自己を延長して考えるということは、すでに19世紀の後半に哲学者で心理学者でもあったアメリカのウィリアム・ジェームズが次のように指摘している。

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ある人間の自己というものは、彼のモノと呼ぶことができるすべての集合なのである。自身の身体や精神だけでなく、衣服や家、妻や子ども、祖先や友人、評判や仕事、彼の土地やヨットに銀行口座、これらすべてのモノがその人に同じ情動を与える。それらに益々磨きがかかれば意気揚々とするし、それらが目減りしたり無くなってしまうと、その人の気持ちも萎えてしまうのだ。
[James W.『The principle of psychology』NY: Henry Holt(1890)pp.291-292]
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 すなわち、自分の肉体と意識だけでなく、所有物や自分に関係があるモノすべてを含む、その人が影響を及ぼすコト・モノすべての総和が、自己なのだ。そして、意識していようといまいと、多くの人は所有物を拡張された自己の一部と感じる。

 他者の本質(根幹をなす性質)も接触によってモノへ伝染すると考えるように、物理的な接触によって自身の本質も実際に所有物に染み込むと考える。このように自己の本質が所有物に染み込んでいると感じる心の働きは、モノに対する「愛着」の根底にあるように思われる。



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鈴木 宏昭(すずき・ひろあき)
認知科学研究者
1958年、宮城県生まれ。88年東京大学大学院教育学研究科を単位取得退学。東京工業大学大学院総合理工学研究科助手、エディンバラ大学客員研究員などを経て、2009年に青山学院大学教育人間科学部教授となる。13年から15年まで日本認知科学会会長を務める。主な著書に『教養としての認知科学』(東京大学出版会)、(講談社ブルーバックス)、『私たちはどう学んでいるのか 創発から見る認知の変化』(ちくま新書)など。23年3月8日逝去。
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川合 伸幸(かわい・のぶゆき)
名古屋大学教授
1966年、京都府生まれ。2005年第1回文部科学大臣表彰・若手科学者賞、23年同科学技術賞、10年日本学士院・学術奨励賞、日本学術振興会賞を受賞。23年から日本認知科学会会長。主な著書に『ヒトの本性 なぜ殺し、なぜ助け合うのか』(講談社現代新書)、『凶暴老人 認知科学が解明する「老い」の正体』(小学館新書)など。
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最終更新:4/21(日) 8:17

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