米株式市場の平穏に賭ける取引に巨額資金-2018年の二の舞いはないか

3/11 14:15 配信

Bloomberg

(ブルームバーグ): 人工知能(AI)の熱狂は忘れよう。今ウォール街で最もエキサイティングな取引は、退屈に賭けることかもしれない。

エヌビディアのようなAIブームの勝者の力で指標の株価指数が最高値更新を続ける中で、米市場の中心であまり注目されない現象が起きている。 投資家は、株式市場の平穏が続くかどうかが鍵を握る戦略に巨額の資金をつぎ込んでいる。

ショートボラティリティー取引として知られるこの戦略は、2018年初頭の株価急落時に重要な要因となり、一掃された。今、ショートボラティリティー取引は装いを変え、はるかに大きな規模で戻ってきた。

新しい形態は、リターンを上げるために株式や指数のオプションを売る上場投資信託(ETF)の形をとっている。グローバルX・ETFsがまとめたデータによると、このような商品の資産残高は2年間でほぼ4倍となり、過去最高の640億ドル(約9兆5000億円)に達した。18年には、予想されるボラティリティーに直接賭ける少数のファンド群があったが、急落前のその残高は約21億ドルに過ぎなかった。

現在のショートボラティリティー取引は、市場が平穏であれば確実な利益を生み出すことができる投資手法だが、この取引の規模が膨らみ、米大統領選のような大きなイベントリスクも控えていることから、一部の投資家は神経質になり始めている。

サスケハナ・インターナショナル・グループのデリバティブ戦略担当共同責任者、クリス・マーフィー氏によれば、「ショートボラティリティー取引とその影響は、今年最も一貫して寄せられる質問だ。顧客はよりうまく取引を組み立てるために、この取引が市場にどの程度のインパクトを与えているのかを知りたがっている」という。「しかし過去には、ショートボラティリティー取引は18年や20年のように、大きなショックが起こるまで拡大し続けた」と同氏は述べた。

不安な投資家にとっての朗報は、新しいファンドの構造だ。インカムETFは一般的に、株式のロングポジションを土台にオプションを活用している。つまり640億ドル全てがボラティリティー低下への賭けではないということだ。また、米市場の規模は6年前と比べて倍になっているため、広範な伝染を引き起こすハードルは18年よりも高いだろう。

悪いニュースは、このポジションが株価の変動を抑制し、その結果低ボラティリティーに賭ける取引を促進するという自己強化的なフィードバックループに陥っていると懸念する声があることだ。このループはいつか逆転しかねない。この戦略はまた、市場に新たな予測不可能性をもたらすデリバティブ(金融派生商品)の爆発的な拡大の一部でもある。

誰かが売らなければならない

昨年、米国株オプションの取引量は、「ゼロ・デー・オプション(ゼロDTE=ゼロ・デー・トゥー・エクスピレーション)」と呼ばれる24時間以内に期限が切れるオプションに関わる取引のブームによって、記録的な急増を見せた。

ボラティリティーヘッジファンドのロングテール・アルファ創業者、ビニア・バーンサリ氏は「基本的に、リテール投資家が宝くじ券のような短日数のオプションを使って投機を行っているため、オプションに対する需要が自然に高まっている」と話す。「誰かがオプションを売らなければならない」という。

そこで、多くのインカムETFの出番となる。ショートボラティリティーの前身ファンドのように意図的に市場の平穏に賭けるのではなく、デリバティブ需要を利用し、コールやプットを売って原資産の株式ポートフォリオから追加の利益を得る戦略だ。これは通常、ファンドの潜在的な上昇幅に上限を設けることを意味するが、株価が落ち着いていれば、オプションは無価値となり、ETFは利益を手にする。

近年のインカムファンド業界の成長は目覚ましく、そのほとんどはETFがけん引してきた。モーニングスター・ダイレクトがまとめたデータによると、19年末時点でデリバティブインカムファンドのカテゴリーには約70億ドルがあり、その4分の3は投資信託だった。昨年末には750億ドルで、そのほぼ83%がETFだった。

金額は大きくなったように見えるが、デリバティブの専門家やボラティリティーファンドの運用者は「ボルマゲドン」として知られるようになった18年の急落が再び起こるリスクがあるとは今のところ考えていない。

ゴールドマン・サックス・グループのデリバティブ調査責任者、ジョン・マーシャル氏によると、この戦略は市場が急騰したときにのみ圧力を受ける傾向がある。資金の大半はいわゆるバイライトETFにあり、株式のロングポジションを取りつつ収益のためにコールオプションを売る。相場が大きく上昇すると、これらのオプションがイン・ザ・マネーになる可能性が高くなり、オプションの売り手は原証券を現在の取引価格よりも安く引き渡さなければならなくなる。

「一般的に、市場が売られたときにプレッシャーにさらされることのない戦略だ。ボラティリティー急上昇による心配も少ない」とマーシャル氏は述べた。

18年の急落の前に、ロングテールのバーンサリ氏は、拡大するショートボラティリティー取引の脅威を正しく予見していた。今回のブームはボラティリティーの低下にレバレッジを効かせた賭けをするのではなく、単に小口投資家のオプション需要に応えた賢いトレーダーによって支えられているため、同じことが繰り返される危険性はほとんどないと同氏は考えている。

言い換えれば、ボラティリティーショートへのエクスポージャーそのものは、たとえそのような取引自体が混乱に弱いとしても、不安定化させる力にはならないということだ。

「確かに、市場が大きく動けば不安定になる可能性はある。しかし、誰かがオプションを売ったからといって、ヘッジされていないショートが大量にあるとは限らない」という。

とはいえ、潜在的なリスクを定量化するのは難しい。ショートボラティリティーの取引規模を正確に把握することさえ難しいからだ。戦略は比較的単純なインカムファンド以外にもさまざまな形をとることができ、多くの取引は情報が公開されないウォール街のトレーディングデスクで行われる。

多くの人々にとって、インカムETFブームは、水面下で起きている何か大きな出来事の兆候だ。

ボラティリティーヘッジファンドのQVRアドバイザーズでポートフォリオマネジャーを務めるスティーブ・リッチー氏は「歴史的に、公に何かが進行しているのが目に入っているとき、恐らくその5倍から10倍は、直接目にすることのない非公開の場で進行している」と述べた。

銀行がクオンツ取引を模倣して販売する仕組み商品であるクオンツ投資戦略(QIS)のかなりの部分は、平穏への賭けだ。

銀行18行のQISを追跡調査しているプレミアラブによると、昨年の米国における株式ショートボラティリティー取引のリターンは8.9%で、同プラットフォームに追加された新規戦略の約28%を占めた。コンサルタント会社アルボーン・パートナーズの昨年の推計によると、約3700億ドルの資産がQIS取引の下で運用されている。

ショートボラティリティーのエクスポージャーがどれくらいあるのかを知るために、市場関係者はしばしばベガと呼ばれるものを合計する。これは、オプションがボラティリティーの変化にどれだけ敏感かを示す指標だ。

ボラティリティーヘッジファンドのアンブラス・グループでは、S&P500種、CBOEボラティリティー指数(VIX)、SPDR・S&P500ETFトラスト(SPY)のオプション活動をベガという内部指標で集計している。クリス・シディアル共同最高投資責任者(CIO)によると、1月のネットショート・ベガ・エクスポージャーは18年の急落前の2倍だった。

つまり、ボラティリティーが1ポイント上昇すれば、6年前の2倍以上の想定損失が発生する可能性がある。大きな懸念は、パニックに陥った投資家が損失を拡大させながらポジションを解消することで、ボラティリティーがさらに上昇し、損失が拡大し、売りが増える可能性があることだ。

このようなシナリオでは、デリバティブ取引の反対側にいるディーラーやマーケットメーカーが、別の下げ要因になる危険性がある。ディーラーやマーケットメーカーは市場について独自の方向性を持っていないため、株式、先物、オプションの売り買いを相殺することで中立的なスタンスを維持することを目指している。

市場が大きく下落した場合、つまりディーラーが恐怖に駆られた投資家にオプションを売ることになった場合、ディーラーはいわゆる「ショートガンマ」の状態に陥りがちだ。この力学は複雑だが、結局のところ、ディーラーはエクスポージャーを中和するために、下げの流れに売り込む必要があり、下げをさらに加速させることになる。

2つの大きな地政学的対立が続き、米連邦準備制度が過去数十年で最も積極的な金融引き締めを実施したにもかかわらず、VIXが過去1年間、不気味なほど低水準にとどまっている理由の一つとして、ショートボラティリティー取引の普及と、それによってディーラーが置かれた「ロングガンマ」ポジションが挙げられている。このポジションでは、市場の中立的なスタンスを維持するためディーラーは株価が下がれば買い、上がれば売る。

落ち着いている理由はほかにもある。この1年、米連邦準備制度も米経済も市場に大きな衝撃を与えなかったため、株式相場は着実に上昇してきた。VIXは約1カ月先の契約を使って算出されるため、現在では多くの取引が短期オプションを使って行われ、VIXがすべての動きを捉えきれなくなっている可能性がある。

しかし、QVRアドバイザーズはボラティリティー売りブームの痕跡を見ている。S&P500種オプションに織り込まれている変動の度合い、いわゆるインプライドボラティリティー(IV、予想変動率)は、指数が実際にどの程度動くかに対して、長年にわたって低く推移していることが、同社のデータで示されている。この説は、オプション契約が増えることでIVが抑えられているというもので、結局のところ、IVは事実上オプションのコストの指標となる。

RBCキャピタル・マーケッツのデリバティブ戦略責任者、エイミー・ウー・シルバーマン氏は「新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)後、ボラティリティーが抑制されるファンダメンタル的、テクニカル的な理由が見られた。それは今後も続くと思うが、ここからボラティリティーをショートするのはますます難しくなる」と話した。

ウクライナおよびパレスチナ自治区ガザで続く戦争、長引くインフレ、米大統領選挙など、株式市場の順調な上昇を乱す可能性のあるマクロ要因は多く存在する。また、ボラティリティーショート戦略は歴史的に投資家に利益をもたらしてきたが、損失を拡大させるという説もある。

最も有名なエピソードは18年2月に起こったもので、S&P500種の下落がVIXの急上昇を引き起こし、数年間の比較的平穏な時期に蓄積された低ボラティリティーに賭けた数十億ドルの取引が一掃された。

同じことが繰り返されるようなきっかけはまだ現れていない。昨年10月のイスラム組織ハマスによるイスラエルへの攻撃をきっかけとする大規模な戦闘や、予想を上回る1月の米インフレ率にも市場は平静を保っていた。VIXは歴史的な平均値である20をほぼ5カ月間下回っており、これを超える長さの平穏期は18年以降2回しかない。

ボラティリティーヘッジファンド、トゥルー・パートナー・キャピタルの共同CIO、トビアス・ヘクスター氏は、平穏の持続でも安心感はほとんどないと指摘。「過去1年半の間にそのリスクが顕在化しなかったからといって、リスクが存在しないということにはならない。もし何かが市場を動揺させれば、ボラティリティーが抑制されていた期間が長ければ長いほど、その反応は激しくなる」と述べた。

原題:A New Short-Volatility Trade Is Booming Across the ETF Complex(抜粋)

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最終更新:3/11(月) 14:15

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