人質解放「33対2000」を受け入れたイスラエルの思惑、自国の治安リスクよりも自国民の奪還を優先

1/23 7:32 配信

東洋経済オンライン

 2025年1月19日(現地時間11時15分)、パレスチナ自治政府ガザ地区を実効支配するイスラム武装組織ハマスとイスラエルの6週間(42日間)の停戦が発効した。この時点でハマスに拉致されたままのイスラエル人人質は97人、うち35人はすでに死亡していると推測されている。

 ハマス・イスラエル戦争が始まってから471日目のこの日、停戦発効に伴い人質3人が解放された。残る人質94人のうち生存者は59人。今回の停戦協定では合計33人が解放されることになっている。その全員が帰ってきたとしても、死者を含め64人は残留することになる。

■トランプ大統領のSNS投稿

 停戦協定によると、次は2025年1月25日に4人の女性を解放し、その後は土曜日毎に3人を解放、そして停戦最終日の3月2日には14人を解放するという合意になっている。

 2024年12月3日、アメリカのトランプ大統領(当時当選者)は、自身のSNS「Truth Social」で、次のような主旨のポストを公開した。

 「私がアメリカ大統領に就任する2025年1月20日までに人質が解放されなければ、中東と人類に対するこれらの残虐行為を犯した責任者は、地獄の報いを受けることになる。今すぐ人質の解放を!」

 この圧力が背景にあったのは間違いない。ハマスは人質解放合意に積極的に動き始め、大統領就任前日というタイミングで停戦が発効した。そして同日、イスラエル人女性3人が解放され、パレスチナ囚人90人が釈放された。

 解放されたイスラエル人は、ロミー・ゴネンさん(24)、エミリー・ダマリさん(28)、ドロン・シュタインベルヘルさん(31)の3人。

 残された人質の中には、生存している成人女性は少なくともあと7人いるとみられている(うち5人が女性兵士)。キブツ・ニール・オズから拉致された2人の子どもアリエル・ビバス君(5)とクフィール・ビバス君(1)は今も帰還していない。

 ハマスは33人の解放予定者リストを公表しているが、父ヤルデンさん(34)と母シリさん(32)とともに、ビバス一家4人は全員リストに記載されている。ただ、解放する順番は不明で、前日の金曜日ごとにハマスがリストを提出することになっている。

■停戦・人質・囚人交換の概要

 今回カタール、アメリカ、エジプトを介して合意に至った「停戦および人質・囚人の交換に関する協定」の概要は次のとおりである。

▋第1段階(42日間)

【戦闘の休止と支援物資】
・双方の軍事行為を一時停止する。
・上空からの監視を毎日10時間停止する(人質解放日は12時間)。
・IDF(イスラエル国防軍)の段階的撤退とガザ住民の帰還。
・人道支援物資の搬入(毎日トラック600台)。
【人質と囚人の交換】
・解放対象の人質33人は、女性(兵士を含む)、子ども(19歳未満の非兵士)、成人男性(50歳以上)、病傷者(非兵士)。
・ハマスが女性および子どもを1人解放するごとに、イスラエル刑務所に収監されているパレスチナ囚人30人(女性および子ども、ハマスが指定)をイスラエルが釈放する。

・ハマスが成人男性を1人解放するごとに、イスラエル刑務所に収監されているパレスチナ囚人50人(残る刑期が15年未満の成人および病人、ハマスが指定)をイスラエルが釈放する。
・ハマスが女性兵士を1人解放するごとに、イスラエル刑務所に収監されているパレスチナ囚人50人(終身刑の30人および残る刑期が15年未満の20人、ハマスが指定)をイスラエルが釈放する。ただし第2段階で論じられることが合意されたパレスチナ囚人(少なくとも100人)は除く。

・釈放された囚人のうち、合意された人数は国外あるいはガザに移送される。
【人質・囚人交換の手順】
・停戦初日、ハマスは3人の女性民間人を解放し、7日目に4人の女性を解放する。その後女性(民間人および兵士)から順に、7日毎に3人を解放する。
・ハマスは生存している人質から順に解放し、その後に亡くなった人質の遺体を引き渡す。
・6週目にハマスはこの段階に含まれる残りの人質全員を解放し、イスラエルは刑務所に収監されている囚人(ハマスが指定)のうち合意された人数を釈放する。

・ハマスは各7日目までに解放する人質の情報を伝える。
・6週目にイスラエルはシャリート取引で釈放された後に再逮捕されたパレスチナ囚人47人を釈放する。
・6週目にイスラエルは、2023年10月7日以降に逮捕したすべての女性および子ども(19歳未満、非戦闘員)を釈放する。
・本段階で解放される生存人質が33人に満たなかった場合、ハマスは欠けた人数を亡くなった人質の遺体で埋め合わせる。
・イスラエルは釈放したパレスチナ囚人を、同じ容疑で再逮捕してはならない。

・釈放されるパレスチナ囚人について、釈放の条件は設けられない。
【ガザ地区の支援】
・国連および関連機関はガザ地区全域で人道支援を行う。
・戦争によって破壊されたガザ地区内の住居、民間施設、公共インフラなどの復興や負傷者への支援は、エジプト、カタール、国連などの国や機関の監督下で開始される。
・ハマスが女性兵士全員を解放した後、ラフィアフ検問所を越えて治療を受けられるハマスの負傷戦闘員の人数が決定される。

【次段階のための交渉】
・双方は遅くとも停戦16日目までに第2段階についての条件を論じ始め、5週目の終わりまでに合意を形成する。
・実施条件に関する交渉が続く限り、戦闘休止という本段階の手続きは第2段階でも継続される。
・カタール、アメリカ、エジプトは、「双方が第2段階実施の条件について合意に達するまで、間接交渉が確実に継続されるようあらゆる努力を行う」ことで合意している。
▋第2段階(42日間)
持続可能な休戦(軍事行為と敵対行為の停止)が布告され、その後に人質・囚人交換を開始する。本段階で、生存する人質全員が解放される。それは、イスラエルに収監されているパレスチナ囚人の釈放およびガザ地区からのIDF完全撤退と引き換えに行われる。

▋第3段階(42日間)
・身元の確認がなされた後、両当事者間ですべての遺体が交換される。
・エジプト、カタール、国連などの国や組織の監督下で、ガザ地区内の住居、民間施設、公共インフラなどの復興や負傷者への支援を含む3〜5年間のガザ復興計画を開始する。
・検問所を開放し、人や物の移動を促進する。

■人質解放のスケジュール

 〈停戦第1段階〉

 1月19日 3人、1月25日 4人

 2月1日 3人、2月8日 3人、2月15日 3人、2月22日 3人

 3月2日 14人

 〈停戦第2段階〉

 3月2日〜4月13日 29人(残りの全生存者)

 〈停戦第3段階〉

 4月13日〜5月25日 35人(死者)

 第1段階は3月2日に終了、第2段階は4月13日まで、そして第3段階まで停戦が履行されたなら5月25日が最終日となる。人質解放に応じて釈放されるパレスチナ囚人は合計約2000人となる。

 停戦協定の中に「シャリート取引」という文言が出てくる。2006年6月、ハマスに属するテロリストがIDF兵士のギルアド・シャリート曹長を拉致した事件が発生した。粘り強い交渉の末、イスラエルは2011年10月にシャリート曹長を取り戻した。

■1人対1027人「シャリート取引」

 シャリート解放の条件は、1027人のパレスチナ囚人の釈放だった。1対1027の取引である。このとき釈放された囚人にはテロリストが多くいた。その1人がヤヒヤ・シンワルだった。

 彼は釈放された後にハマスの活動を再開し、ハマス政治局のトップになった人物である。2023年10月7日、イスラエルへの越境テロ攻撃を主導したのがシンワルだった。

 イスラエルは今回も33対2000という取引を受け入れた。2023年11月下旬の停戦協定では、人質1人に対して囚人3人の取引だったことを考えると、今回は数十倍の開きがある。

 釈放した囚人が再び自国の治安を脅かすリスクを抱えたうえで、イスラエル政府が自国民を取り戻すことを優先した結果である。

東洋経済オンライン

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最終更新:1/23(木) 7:32

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