ブラザー工業が撤退見込みのローランドDGを巡る「TOB競争」 DG側に立ったファンドのCEOが意義を語った

5/15 5:51 配信

東洋経済オンライン

産業印刷機中堅のローランド ディー. ジー.(DG)を巡る買収合戦はこれで終幕を迎えるのか。
ローランドDGに対抗的TOB(株式公開買い付け)を予告していたブラザー工業は5月9日、発表済みのTOB価格を引き上げないと発表した。ローランドDGは、投資ファンドで大株主のタイヨウ・パシフィック・パートナーズと組んだMBO(経営陣が参加する買収)を目指している。ブラザーはそこに「待った」をかけていた。
MBOの一環としてタイヨウが行っているTOBの期間は5月15日まで。この間、タイヨウはTOB価格を一度引き上げ、ブラザーの提示価格を上回る1株5370円とした。タイヨウのCEOでローランドDGの社外取締役でもあるブライアン・K・ヘイウッド氏に、これまでの経緯などを聞いた。

 ――ブラザー工業は、TOB価格を引き上げなかったことでローランドDGの買収を実質的に断念したとみられています。どう感じましたか。

 相手の判断なのでこちらからはコメントを控える。ローランドDGとブラザーはそれぞれ強みが異なる。それぞれが自社の強みのある領域に注力していくことは日本にとってプラスになる。

 ――ブラザーが対抗TOBを予告してくることは想定できましたか。

 ブラザーかどうかはともかく、どこかが手を挙げてくる可能性は念頭にあった。競争があること自体はよいことだ。経済産業省が「企業買収における行動指針」を策定したことで、日本の株式市場がより活発化している。これまでは競争にならないM&Aの事例が多かった。競争環境が活発化することで、株主はメリットを享受できる。指針のコンセプトには大賛成だ。

 株主からするとTOB価格が上がれば上がるほど嬉しい。しかし、私にとってローランドDGは、長く投資を続けてきた大好きな会社だ。買収されてだめになってしまっては悲しい。価格はもちろん重要だが、買収後に会社を強くするための計画も重要だ。

■経産省指針は企業価値も大事と言っている

――ローランドDGが主張する「ディスシナジー」の話ですね。ただブラザーは、ローランドDGがディスシナジーを盾に過度な説明などを求めたとし、経産省の指針に沿わない行為だと指摘しています。これについては? 

 私は交渉の場にいなかったので、開示された内容から想像するしかないが、過度な説明を求めていたという印象はない。

 印刷機の基幹部品(インクジェットヘッド)の主要サプライヤーに今後の取引に関する考えを確認するなどして、ローランドDGがディスシナジーについて具体的な説明をしていた以上、ブラザーも具体的で真摯な説明が必要だったのだろう。

 また、そもそも経産省の指針をしっかり理解する必要がある。指針は、株主価値(株主共同の利益)をしっかり検討するように求めているが、企業価値がどうなってもいいとは言っていない。

 「両方大事だ」「両方しっかり検討しなさい」というのが経産省の指針で、そこは日本らしさを打ち出したところだと理解している。ローランドDGの取締役会として、企業価値に深刻なダメージを与える懸念を確認するのは当然だ。

 ――ブライアン​さんにはブラザーの対抗TOBがどのように見えていたのでしょうか。

 「現金を十分に持っているからいくらでも出せる」とブラザーが考えているように正直感じた。ブラザーに限らず、企業価値を上げることなく現金をただ貯めている大企業は多いが、(十分に現金があるから高い金額でも出せるという)その判断にはリスクがある。

 ブラザーがローランドDGに何か悪いことをしようとしているとは全然思っていない。ただ、2つの懸念点があった。

 1つ目は、過去にこの2社は両社にとってプラスとなる取り組みを検討したものの、私の知っている限りでは大成功とはいえない結果に終わったこと。2つ目は、ディスシナジーをどうすれば解決できるかについて具体的な返事がなかったことだ。

 ブラザーに買収されれば主要サプライヤーとの関係が変わってしまい、ローランドDGの事業の継続性自体に疑問符がつく。またローランドDGの労働組合の調査によれば、9割に近い従業員がブラザーによる買収に反対の意思を示した。社員が逃げてしまう頭脳流出が起こる危険性もあった。

■最初の価格がフェアだと思っている

 ――ブラザーの対抗TOB予告もあって、タイヨウはTOB価格を1株5035円から5370円に引き上げました。

 いちばん最初に出した5035円がフェアな価格だと思っている。悪い数字ではなかった。しかしマーケットには競争がある。ブラザーが5200円を提示したことを受けて、タイヨウの投資リスクやローランドDGが抱えることになる負債などのバランスを勘案して改めて価格を出した。

 タイヨウとしてはローランドDGの海外展開を一層サポートしていく。ローランドDGの海外売上高比率は約9割。マーケティング戦略にしても本社のある浜松市で練っているだけでは不十分。SKU(商品の最小管理単位)ごとに営業利益がわかるようにするなどの「見える化」も必須だ。

 MBO後のイグジット(出口戦略)は完全に決めていない。(かつての親会社で)楽器のローランドと同じように再上場することは考えられる。経営者の賛同のうえでだが戦略的なバイアウトを検討することもあるだろう。

 ――MBOの狙いは短期間に集中して成長投資を行うためと、ローランドDGは説明しています。

 深い変化を遂げるには、上場したままだと難しい。四半期ごとにいい数字を出さなければ、株価を下げるという形で市場から「バツ」がつけられるからだ。構造改革やリストラ、海外企業の買収などを行うと利益創出までに時間がかかる。非上場にすれば、そのような改革を強く推進できる。

 資本主義を応援しているアメリカ人がこんなことをいうのはおかしいと思われるかもしれない。だが市場にはいい面もある一方で、短期的にしかものをみないという危険性がある。

■ローランドDGに「待つ」選択肢はなかった

 ――上場企業の多くは、たとえ株価が下がっても上場したまま成長投資や費用のかかる改革を行っていませんか。

 株主がみな長期視点の投資家なのであればそれでもいい。しかし、経産省の指針にもあるとおり、敵対的でも積極的に企業買収ができる環境になっている。

 経営者と会社にとって(株価を顧みないことの)リスクが上がっているのではないか。もちろんそのリスクがあるからこそ、日本の企業がより強くなる可能性が高まっていると思う。

 ただローランドDGとしては、同意なき買収の提案をブラザーから受けている以上、そのまま待つという選択肢はなかった。

 ――ブラザーからの買収提案を受けてローランドDGはMBOに踏み切ったということでしょうか。防衛のようなMBOに問題はないのでしょうか。

 2023年9月にローランドDGの取締役会がブラザーからの買収提案を受け取った際、私はこれを真剣に検討するべきだと助言した。確かにそれまでのブラザーとの協業は失敗だったが、ブラザーの提案が真摯な提案である以上、絶対に棚ざらしにしてはいけない。

 また、取締役会は真摯に株主利益を追求するために、ブラザーからの買収提案だけではなく、ほかの提案も比較検討すべきだと思った。

 私は早い段階で検討メンバーから外れたが、取締役会はすぐに真摯な検討を始め、ローランドDGとその株主にとって何がベストかを複数の選択肢から議論したと理解している。その結果、われわれのMBO提案が企業価値と株主共同の利益の両方に優れていると取締役会は判断したのだと、考えている。

 ディスシナジーの詳細などかなりの開示が今回なされたことは、日本の資本市場にとってプラスであり、経産省指針の成果だと思う。

 ――経産省の指針は日本企業にさらなる影響を与えると思いますか。

 日本の資本市場がより効率的なものになるきっかけになると思う。そうでないと日本の競争力が失われると心配している。

 今の日本はアメリカの1980年代の状況に近い。アメリカの市場の歴史を振り返れば、1960年代に多くの合併買収があり、コングロマリットのような巨大企業が出現した。しかしそれらの企業は次第に経営が非効率となった。その状態を変えるため、1980年代に敵対的買収をやり始めた。

 この時代には「敵対的買収がたくさんあった」というイメージがあるが、実はそうでもない。マーケットが活発化していく中で自発的な合併買収が増えた。日本も最初は敵対的な買収からだろうが、その後のフェーズではいろんな会社が自発的に合併買収を積極化していくのではないか。

■YFOが資金面でサポート

 ――タイヨウも任天堂創業家の資産運用会社であるヤマウチ・ナンバーテン・ファミリー・オフィス(YFO)に買収されました。

 YFOは過去にはアメリカのビッグテック企業に投資していたが、2019年ころから日本市場に参加する方法を探していた。「敵対的な提案はせず、日本の企業をサポートしたい」というビジョンがタイヨウと一致していた。タイヨウの手法を学びたい、ということで買収に至った。

 ローランドDGの件もYFOがいなかったらやりにくかったと思う。MBOを行うとなると短期で資金を集めないといけないが、YFOと一緒だったので助かった。

 日本は海外からは入りづらいマーケットですよ。文化や言葉、会議中に居眠りしているおじさんをどう理解すればいいのかとか(笑)。われわれは日本のことを深く理解しているコンビ。今後はYFOと協力した案件が増えるだろう。

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最終更新:5/25(土) 23:34

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