エンタメ公演トラブル「金返せ」はどこまで可能か 帝劇「ジョジョ」の公演中止で気になる返金の条件

3/4 5:51 配信

東洋経済オンライン

 演劇の殿堂と謳われる日比谷の帝国劇場。開場は1911年(明治44年)で皇居のお堀に面した千代田区丸の内の一等地にある東宝が運営する伝統ある大劇場(客席数約1800席)だ。その2月公演はミュージカル『ジョジョの奇妙な冒険 ファントムブラッド』だった。2月6日から28日まで全30公演が予定されていた。

 しかし、初日の2日前の2月4日になって東宝は急遽、2月6日から8日までの合計4公演を中止すると発表した。コロナ禍で演劇やコンサートの中止が相次ぎ、それ自体めずらしいことではないが、中止の理由に世間の注目が集まった。

 その理由を東宝は以下のように説明した。

 「弊社製作体制のもと、その複雑な演出プランに対応するための確認作業が想定以上に必要となったことなどから、稽古の進行が予定より遅れておりました。予定通りの初日に向けて一同で力を尽くして参りましたが、さらなる修正・見直し等が発生するなどしたことから、進行の遅れを挽回することができず、スタッフ・キャストの安全確保の観点からも、初日を延期し、4公演を中止せざるを得ないという判断に至りました」(6日の正式発表内容。一部割愛)

■上演準備が間に合わなかった

 要するに不可抗力ともいえる災害や演者等の病気等が理由ではなく、上演準備が間に合わなかったというのだ。演劇界最大手の興行主である東宝とも思えぬ大失態だ。

 しかも、トラブルはそれだけで終わらなかった。もともとの休演日である9日の翌日の10日から開演と宣言したにもかかわらず、再び延期したのだ。

 8日になって、東宝は再度以下の発表を行った(一部割愛)。

 「その後、2月10日からの公演実施に向けて一同鋭意舞台稽古に取り組んで参りましたが、スタッフ・キャストの安全確保に努めながらの準備に更なる時間を要し、誠に苦渋の決断ではございますが、2月10日、11日の3公演も中止とさせていただき、2月12日の公演より上演させていただきます。

 弊社といたしましては、弊社の本公演製作の見通しの甘さ、製作体制の不行き届きにより、お客様に多大なるご迷惑をお掛けしたこの度の事態を重く受け止め、再びこのようなことを引き起こさないようその対策を徹底して参る所存です」

 結局、開演は6日遅れ、7公演が中止となった。振替公演もなかった。当然、約款(チケットの裏書)に基づく公演中止の場合の返金が行われるべき事態だ。ただし、劇場に来るための移動費や宿泊費等のチケットの額面を超える補償はしないと約款にある。したがって、今回の場合もチケット代の返金だけで済ませることは規約上可能だが、東宝の対応は異例だった。

 「振替公演につきましては、鋭意調整を試みましたが、この度は残念ながら実施することが難しいとの判断に至りました」とし、「公演中止発表以前にご手配済の交通費および宿泊費のキャンセル料、またはキャンセルが叶わなかったお客様は上記交通費および1公演日につき1泊分の宿泊費を、弊社で負担をさせていただきます。また、上記公演回の入場券をお持ちのお客様につきましては、本公演の配信を無料視聴いただけるよう検討しております」としたのだ。

 つまり、チケット代の返金に加えて、交通費、宿泊費(1泊分)を補償し(高額であった場合に全額補償しているかは不明)、かつ無料で公演の配信を提示したこととなる。東宝はそれだけ興行主としての責任を重く受け止めたのであろう。

■舞台上で主催者がお詫び

 事実、ようやく開幕となった12日の公演の舞台上、主催者としてお詫びがなされ、それがホームページでも公開された。その内容は下記の通りだ(冒頭部の抜粋)。

 「私は、本公演を主催製作いたしております東宝株式会社で常務執行役員演劇本部長を務めております池田篤郎と申します。本公演の責任者でございます。

 この度、私ども東宝株式会社の製作体制における見通しの甘さ、また不行き届きによりまして、公演の初日を本日まで遅滞させましたこと、こちらにいらっしゃるお客様はもちろんのこと、特に中止公演に当たり、ご観劇いただけませんでした大変多くのお客様に、この場をお借りして、心よりお詫び申し上げます。誠に申し訳ありませんでした。

 お客様のご信頼にお応えできませんでしたこと、誠に痛恨の極みでございます。この度のような、決してあってはならない事態を再び引き起こさぬように、再発防止を徹底してまいります」

 こうした謝罪も異例中の異例だ。そもそもなぜこのような事態になったのか。東宝はその理由を詳しくは説明していないが、演出が複雑で「スタッフ・キャストの安全確保の観点から」中止したと述べている。

 演出上危険が伴うのは舞台装置の利用である。大劇場の装置は大掛かりで、帝劇の場合、直径16メートルほどの廻り舞台があり、その中には大小4つのセリ(役者や大道具などの昇降装置)がある。構造物としては高さ22メートル、地上1階から地下6階までを貫くという。

 演出によってはワイヤーによるフライングもあるし、大道具を移動させての場面転換もある。一歩間違えれば大事故につながる。殺陣(たて)も手順を間違えたら危険だ。当然、準備・稽古は周到に行う必要がある。

 ここ10年ほどでも大きな事故が起きている。2017年10月に新橋演舞場での「スーパー歌舞伎Ⅱ ワンピース」に出演していた市川猿之助が花道にある“すっぽん”と呼ばれるセリで姿を消す瞬間に衣装の左袖が装置に巻き込まれ、骨が皮膚を突き破る左腕開放骨折の重傷を負った。2012年8月には市川染五郎(現・松本幸四郎)が国立劇場での舞踊公演中にセリから約3メートル下の奈落に転落し、右側頭部等を強打した。かなり出血し、最悪の事態を覚悟したほどだったという。

 「ジョジョ」の演出上の問題については明らかではないが、公演中に人身事故でもあれば取り返しはつかない。準備不足はお粗末であるが、その社会的批判や交通費・宿泊費を含む金銭的な補償を覚悟しての東宝の中止の決断は評価してよいだろう。

■ほかに返金されたケースとは

 一般に興行の中止等での返金条件はどのようなものなのだろうか。通常は、観劇券の裏に書いてある規約(約款)では公演の中止の場合のみ返金し、その他の場合は、配役や演出の変更等があった場合も含めて一切返金しないとしている。これについて実際のケースをみてみよう。

 最近では2023年10月の水戸での山崎まさよしのコンサートで、山崎が「今日はあまり歌いたくない」などと言って、長話を続け、数曲しか歌わなかったことで観客のクレームが殺到し、所属事務所が返金対応をした事例がある。法律的な契約論でいえば、山崎のこうした態度が「債務不履行」(契約上の約束を果たさないこと)に該当するか否かだが、同事務所は「当初予定していた内容と異なる公演」になったとして返金を行った。

 筆者自身の経験だが、2023年の明治座創業150年記念の公演で2回トラブルに遭遇した。1回目は、5月の市川猿之助奮闘歌舞伎公演だ。メディアを騒がせた猿之助自殺未遂事件での主役の突然の降板だ。

 夜の部・「御贔屓繫馬」(ごひいきつなぎうま)は事件当日から中村隼人が代役を務めた。隼人は公演日程終盤に猿之助に代わって主役を務める予定だったため素早い対応が可能だった。昼の部・歌舞伎スペクタクル「不死鳥よ 波濤を越えて―平家物語異聞―」はわずか事件日の2日後から猿之助の甥にあたる市川團子が主役・平知盛を演じた。

 公演が代役で開演された場合は、規約上は返金されないが、さすがに「猿之助奮闘歌舞伎公演」で猿之助が出演しないことは問題と考えたのであろう。明治座は希望者への返金に応じた。ただし、当日に代役を務めた隼人、19歳の若さで47歳のベテラン猿之助の代役をわずかの稽古期間で務めた團子に注目が集まり、むしろ観客が殺到した。

■主演者の体調不良で内容が一部変更

 2回目は6月の水谷千重子50周年記念公演だ。水谷千重子(友近)が主演の2部構成の公演で、第1部はお芝居ステージ「大江戸混戦物語 ニンジャーゾーン」で、第2部は歌謡ステージ「千重子オンステージ」だった。しかし、水谷が風邪ゆえか声がれとなり、かなりのハスキーボイスとなっていた。それでも第1部の芝居はほぼ通常通りに続けられた。

 問題は第2部の歌謡ステージで、幕間に公演内容の一部変更があるとアナウンスされたが、実際にはまったくの別物と言ってよいほどで、水谷はほとんど歌わず、そのためバンドのメンバーはまったく舞台に現れず、急遽しつらえられた共演者とのトークショーで終わってしまったが、返金等の提示はまったくなかった(個別に苦情を言えば対応されたのかはわからない)。

 最近では、2月、3月に新橋演舞場で上演中の「ヤマトタケル」で市川團子が高熱を出し、2月9日から数日間、團子は休演したが、公演自体は続けられた。この公演は中村隼人と團子の主役「ヤマトタケル」の交互出演であったが、團子が演じる予定の回は、隼人主演で演じられた。したがって、この場合も公演中止ではないので、規約上返金の対象ではなく、興行主の松竹からも返金対応の提示はなかった。

 しかし、交互出演の公演は双方の役者を見比べたいということで、両方の公演チケットを入手している観客もいるし、またそうしたことを期待して興行主も交互出演としていることもあるだろう。筆者自身も双方を観劇した。その場合、観客からすれば返金や振り替えに応じてほしいと思うのは当然だ。松竹はそうした申し出をした観客には対応をしたようである。

 以上のように規約上は公演の中止以外に返金はせず、返金の場合もチケットの額面だけということになっているが、興行主も客商売だ。規約(約款)上の法的責任(消費者契約法上、規約の有効性について検討の余地はある)を超えて、補償等の対応をする場合がある。こうしたトラブルにあったらはじめから諦めずに、まずは興行主、劇場側に対応を求めてもよいだろう。

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最終更新:3/4(月) 5:51

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