関東圏を中心に計50室の賃貸経営を行っている大家の飯野(いいの)さん。
今年2月、物件の管理を任せていた会社からの家賃の振り込みが突然ストップした。未回収の家賃を保全しようと奔走するものの、すでに管理会社は営業停止の状態に。社長の消息も不明になってしまった。
飯野さんといえば5年前、家賃を滞納するアパートの入居者との攻防を描いた楽待チャンネルの動画が累計再生回数460万回を超えるヒット動画となった。
悪質な滞納者と忍耐強く交渉する姿から「お人よし大家さん」の異名が付いた。そんな飯野さんが、今度は不動産管理会社との新たなトラブルに見舞われたのだ。
直接会って事情を聴くため、社長の捜索を開始した飯野さん。粘り強い追跡の末、ついに居場所を突き詰めることができたのだが―。
■突然届いた1通の手紙
「空室もすぐに埋めてくれて、信頼していたのですが…」
今年2月中旬のある日突然、物件の管理を任せていた管理会社から、飯野さんのもとに1通の手紙が届いた。
家賃の支払い延期のお知らせだ。
「これはおかしいぞと思って管理会社にすぐ電話したんですけど、管理会社の社員も(支払い延期について)全然知らないと。社長の携帯にかけたけど全然つながらなくて…」(飯野さん)
この管理会社に2棟計10室の家賃回収を任せていた飯野さん。状況から管理会社が倒産する可能性もあると判断し、すぐに行動を開始した。
まず行ったのは、翌月以降の家賃の振込先から管理会社を外すことだった。直接入居者に電話で事情を説明するほか、関係各所にも連絡を入れた。
飯野さんの場合、家賃の入金経路が複数パターンあった。1つは、入居者から家賃保証会社を通して管理会社に振り込まれる形、もう1つは入居者から管理会社に振り込まれる形だ。いったん管理会社を経由して最終的に飯野さんに振り込まれる形になっていた。
また、生活保護受給者の場合、行政から管理会社に振り込まれるパターンもあったため、飯野さんは区役所にも電話をかけて管理会社への振り込みを止めてもらったそうだ。
こうした迅速な初動対応の結果、なんとか翌月以降の家賃は管理会社に振り込まれないようにすることができた。
しかし、2月分の家賃60万円はすでに管理会社に振り込まれた後だったため、飯野さんのもとには返ってきていない状況だ。
なんとか家賃を取り戻す方法はないのかと、不動産取引に関する相談を受け付けている宅建業協会にも相談。そこで飯野さんは「分別管理」というキーワードを聞いた。
賃貸住宅管理業法16条では、管理会社が自己の財産と家賃、敷金、共益費などを分別して管理することを定めている。
「分別管理が守られていれば、仮に会社が倒産した場合でも家賃は大家のもとに戻ってくるはずだと言われたのですが…支払えないってことは、社長さんが横領したということになるのでは」(飯野さん)
■消えた社長の行方は
社長に直接会って詳しい事情を聴きたいと考えた飯野さんは、社長の捜索に乗り出した。
まず向かったのは東京都内にある本社。
平日だが周囲に人の気配はなく、すでに営業している様子はうかがえなかった。
手がかりを得ようと、飯野さんは周辺で聞き込みを開始。本社の入るビルのオーナーにも、話を聞いてみたところ、管理会社からのテナント代の支払いも止まっていることがわかった。だが、それ以外に社長の消息につながる情報は得られなかった。
実は社長の居どころとして目をつけていた場所がもう1つあった。法人登記簿に本店所在地載として記載されていた場所だ。
「グーグルマップで調べたら、普通のマンションなのでおそらく社長さんの自宅なんだろうなと予想はしているんですが…」
千葉県内にあるマンションの一室。飯野さんはダメ元でここにも足を運んでみることにした。
「あーここですね」
さっそくインターホンで呼び出すが、応答はない。表札もかかっていないため、ここで本当に社長に会えるか確信はつかめなかったが、飯野さんは周辺でしばらく様子をうかがうことにした。
車内で張り込みを続けること約2時間。現場に動きがなく諦めかけていた時、マンションの廊下に社長と背格好が似た人物が現れた。
急いでマンションの玄関に駆け寄り、インターホンで呼び出すが、応答はなかった。
「社長のような感じはしましたね。すぐそこの部屋に入っていったんですが、全然出てこないですね」(飯野さん)
飯野さんは諦めきれず、隣の部屋の人への聞き込みを試みた。インターホンで呼び出したところ、幸い隣人に話を聞くことができた。この隣人は社長と面識はないというが、建物内に入ることができた飯野さんは、社長の自宅とみられる部屋をノックしてみた。
すると、今度は部屋の中から反応が。
■いざ直接対決
飯野さん「飯野ですが、ちょっと話聞いてもらえます?」
社長「すみませんが、本当に申し訳ないんですが、説明しますんで、警察一回呼びますんでちょっと待っててもらえますか」
飯野さん「来たらちゃんと説明してくれます?」
社長「しますよ、警察立会いのもとでお願いします」
飯野さんともめることを恐れた社長が、自ら警察に通報。現場に警察官が駆け付ける事態となった。
双方が警察に事情を説明。警察の説得で社長が渋々応じてくれることになり、ついに直接交渉が実現した。
飯野さん「分別管理されるはずの家賃がなんでなくなっちゃったんですか」
社長「会社が破綻した時にぐちゃぐちゃになってしまいました」
飯野さん「なんでぐちゃぐちゃになっちゃったんですか」
社長「経営破綻するときに使っちゃいけないお金なのはわかっていたんですが、それがぐちゃぐちゃになってしまいました」
飯野さん「大家さんたちの家賃を使っちゃったってことですか?会社として」
社長「一部、はい」
飯野さん「それはもう横領ですよね?」
社長「横領って言葉が的確かもしれない」
飯野さん「分別管理されているべき家賃を使ったのは横領じゃないですか」
社長「そういうんだったらそうなるかもしれません」
続いて返金交渉を試みる飯野さん。
飯野さん「できれば返してほしいんですけど無理ですか」
社長「申し訳ないけど無理です。全部資金を弁護士の方へ移しているので」
すでに社長は破産に向けた手続きが始めており、個人での債権回収は難しい状態となっていた。
飯野さん「僕としては今日返してほしいですけど、返す金がないというならしょうがないですね、どうしようもできないですもんね、社長が返す意思がないなら」
社長「それは本当に申し訳ない」
今後は、破産手続きの中で残った資産が整理され、債権者に分配されることになる。
しかし破産事例の多くの場合、会社にほとんど資産は残っていない。飯野さんに失われた家賃が戻ってくる可能性は極めて低い。
「ちゃんと説明してほしかったなっていうのが僕の思いですけどね。ちゃんとした会社にみえていただけになおさら残念ですね。同じような会社があればまたお願いしたいぐらいですけどね」(飯野さん)
こう語りかける飯野さんを前に、社長は表情を変えず虚ろな目で佇んでいた。
■家賃60万円を回収できる見込みは
その後、飯野さんの元に破産手続き開始を知らせる書面が届いた。担当する破産管財人に電話で確認したところ、管理会社の抱える負債の総額は1億3000万円。しかし、会社に残っていた資産はわずか数百万円だったという。
「ほぼほぼ戻ってこないでしょう、債権者の数も多く税金払って社員の給料払って、その後が大家さんたちとなるのでほとんど戻ってこないだろうとは管財人さんも言ってましたね」(飯野さん)
飯野さんに改めて教訓を聞いた。
「出来る方はやっぱり自主管理が一番いいんだろうなとは思いますね。管理会社に任せるなら家賃の振込先は自分にして本当に管理だけ任せるか、倒産リスクも覚悟してやらないとダメなんだろうなと」(飯野さん)
実は、管理会社が倒産し預けていた家賃が回収できなくなるケースは珍しいものではない。
こういった場合に、大家はどのように対処するべきなのか―。不動産取引の問題に詳しい関口郷思弁護士は次のようにアドバイスする。
「管理会社から大家への家賃支払いが止まるのが最初の段階です。この時点で管理会社に問題があることを疑い早めの行動に出ることが大切です」
具体的には、管理会社との管理委託契約をただちに解除し、入居者からの振込先を別の信頼できる管理会社に移管するか、いったん大家さん自身の口座に移す方法があるという。
「管理会社との契約が続いていると家賃が延々と管理会社に振り込まれることになってしまい、時間が経てばたつほど損失が拡大してしまいます」と指摘した。
◇
自主管理の大家さんでない限り、管理会社からある日突然家賃が振り込まれなくなり、実は倒産の危機に陥っていたという事態はいつかは起こり得る。
そのような場合、被害を最小限にとどめるためにどのような行動をとればよいか、今回の事例を参考にシミュレーションしておくのもよいかもしれない。
不動産投資の楽待
最終更新:4/5(金) 11:00
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