コスパ重視、職場で「ファスト・スキル」求める若者 働く若者が抱える「挑戦と保身」のジレンマ

3/13 13:02 配信

東洋経済オンライン

会社は自分に何をしてくれるか――。今、職場でこう考える若者は多い。その背景には、知識やスキル、能力の取得に対する「ファスト化」があると指摘するのは、令和の若者を研究する金沢大学教授の金間大介氏だ。本稿は、金間氏の著書『静かに退職する若者たち』を一部抜粋・再構成のうえ、若者が抱える「挑戦と保身」というジレンマの実態を明らかにする。

■今の若者が会社を辞める4つの理由

 いま現在、体調不良やパワハラ被害、ブラック企業からの脱出などの理由を除き、若者が退職を考える今風の理由は、大きく分けて4つある。

 1つ目は、当然のことだが、仕事は楽しいことばかりではない。多くの若者は、「普通の職場環境」「普通の待遇」「普通の上司」を想定し、職に就く。そして、自分がそれまで「普通」と想定していたことが、実は極めて恵まれた「天国」だったことを知る。

 現実は「理不尽な職場環境」「不公平な待遇」「意味不明な上司」の3貫セットだ。これらが1つか2つある程度が「普通」であり、毎日ギリギリのところでがんばる。事前の想定が甘い人ほど、このギャップを強く実感することになる。

 2つ目は、「ゆるブラック」企業からの退職だ。日本企業の多くは、残業を含めた労働時間を着実に減らすとともに、ハラスメントへの対策を強化することで、職場を働きやすくクリーンな場に変えてきた。

 もうどの職場でもタバコをぷかぷか吸うことはないし、若手女性社員を「カワイ子ちゃん」と呼ぶこともない。新人がピッチャー片手に上司にビールを注いで回ることもないし、「24時間戦えますか」というセリフは、一周回ってむしろカッコよく聞こえるくらいだ。

 が、そんな全国クリーン化計画が、逆に一部の若者にとっては「成長」の機会が奪われていると感じられるわけだ。

 若い世代における「働きやすさ」と「働きがい」は反比例している、という分析結果も散見されるようになった。貴重な人材に配慮し、「働きやすさ」を追求することで、結果的に働きがいが低下しているとなれば、これは皮肉なことだ。

■希望通りにならないと「ガチャに外れた」

 3つ目と4つ目は、やや趣向が異なる。

 3つ目は、配属が希望通りにならなかったときの退職だ。そんなことなら昔からあっただろう、と思われる人も多いと思うが、昔と異なるのは若者のリアクションだ。

 昨今の特徴として、その若手に対し、なぜ希望通りの配属にならなかったかをしっかり説明しなければならない。理不尽でないことを、時間をかけて理解してもらう必要がある。

 そんな一連の努力を重ねてようやく「わかりました。ありがとうございます」という返答が返ってくる。翌週の退職願いとセットで。

 「わかりました」って言ったじゃないか! 

 というツッコミは通用しない。彼or彼女がわかったのは「会社の考えと自分のそれとは違う」ということなのだ。

 かつて若者はこのことを、「配属(異動)ガチャに外れた」と表現してきた(もう誰も言いません)。しかし、経営者や上司にしてみれば、異動や配属には当然、意味がある。決して偶然ではなく、あみだくじで決めているわけではない。

 つまり、配属も異動もガチャではない。親ガチャや国籍ガチャ、見た目ガチャとは、本質的に全く異なるものだ。配属や異動には根拠があるのだ。にもかかわらず、若者は「ガチャに外れたんで、会社辞めるわ」となる。

 昨今の若者の潮流として、会社や組織のことを、自分からは遠く離れた大きな流れのようなものと見なす傾向が強くなっている(実際には自分とたいして変わらない人たちが働いているだけなのだが)。

 そして4つ目は、会社は自分に何をしてくれるか、という考えが、若者の間で強くなっていることだ。今の若者は、会社あるいは経済社会を「固定化された仕組み」と見なす傾向が強い。というより、そういうものを理想としている、と言った方が近いかもしれない。

 したがって、スキルや能力向上の機会についても、会社や上司が「仕組み」として用意すべきものであって、それがない(あるいは自ら作らなければならない)会社は理不尽だ、ということになる。

 僕はこの背景に、知識やスキル、能力の取得に対する「ファスト化」があると考えている。

■「おすすめの資格」を尋ねる若者の真意

 大学教員として高校生(あるいは大学1年生くらいまで)と接すると、度々訊かれることがある。

 「どんな資格を取っておくといいと思いますか?」(同業者の皆さん、あるあるって感じですよね)。

 先日、入学したての大学1年生の前で、企業から内定をもらった大学3、4年生を集めた就職活動に関する座談会を開いたときも、Q&Aタイムで同じ質問が出ていた。

 僕の場合、そういう質問を受けたときは、いったん、逆質問をさせてもらうと断ったうえで、「あなたの目標は何ですか?  もちろん今の時点で」と訊き直す。

 逆質問の形となっているが、これが事実上の僕の答えだ。つまり、「資格の有効性は目標による」。

 極めて当たり前のことを伝えているわけだが、素直でまじめな日本の若者は、そうは捉えないらしい。逆質問の答えで最多となるのはこんな感じ。

 「いや、特にまだ目標とかは決めてないんですけど、現時点で何かおすすめの資格とかがあればと思いました」

 言い方は若者らしく、たどたどしいが、言葉づかいは丁寧だ。僕以外の多くの教員は、ここでいくつかの資格をあげるなど、何らかの回答をしてくれる。人によっては、自分の体験なども交えて話したりして、とても素晴らしい。

 ただ、僕は原則を記憶に留めてもらうよう努める。資格はあなた自身の能力のほんの一部の証明に過ぎない。資格自体が決定的な武器になる時代ではない。少なくとも、資格が取れそうだから、という理由だけで進学先を選ばないでほしい。

 結果的に突き放す言い方になるから、質問した新入生は少し苦い顔をする。それを見ながら話す僕のメンタルも、少し削られる。

 ストーリーはここで終わりではない。むしろ、ショックだったのはここからだ。僕の返答は、つまるところ「資格は活用するあなた次第」ということだ。

 ちなみに、こういった対談イベントや座談会には、アンケートが付き物だ。そこには、追加で訊きたいこと、なんていう項目もある。そこにこう書かれていたことがあった。

 「資格は目標次第というお話、ありがとうございました。では、どういった目標のときに、どういった資格が有効か、わかるような一覧表や解説書があれば教えてほしいです」

 マジか、今の若者よ。

 と、苦笑いすることは簡単だ。だが、若者がそう思うようになった原因は何か。誰のせいか。それを考えると、ちょっと怖くなる。

 あくまでもこの世を効率的に生きる上で有効なテンプレートを1つでも多く欲しがる若者たち。それを得ることで、なるべく少ない努力で、周りと同等か、そのやや上の安定した生活を得ることを意識している。

■若者が求める「ファスト・スキル」とは何か? 

 2022年9月にレジー著『ファスト教養 10分で答えが欲しい人たち』(集英社新書)という本が出版され、若者を中心とした教養の取得に対するファスト化が話題となった。

 簡単に言うと、手っ取り早く仕事に役立つ教養を身につけたいという若者が増えている、という主張で、僕も全く同感だ。

 入門書や専門書を何冊も読んだり、大学の講義に参加したりすることは、コスト負担が大きいし、効率も悪い。それだったら、「〇分でわかる□△解説」といった動画はたくさんあるし、何なら詳しい人にさっと教えてもらえれば十分、という考えが強くなっている。

 こういった、いわゆるコスパやタイパを計算した行動が目につくようになった。

 僕は、ファスト化の対象は教養だけではなく、スキルや能力にまで及んでいると考えている。そして今の若者の多くは、それらが得られる機会は会社側から提供されてしかるべきであって、それがない会社は良くない会社と考える、というのが僕の主張だ。

 仮に若手に与える仕事を、誰にでもできるような作業に限ってしまえば、身を切られるようなストレスを感じることはないし、彼らから「理不尽だ」、「ブラックだ」、「搾取だ」と訴えられるような状況にはならない。

 少なくとも着任初期の若手の定着率は上がるかもしれない。それだけなら、とにかく若手を大事にしたい上司や会社にとっては一安心だろう。

■不安や危惧を覚える若者も

 ただし、そのような職場環境に身を置くと、新たな仕事に対する知識やスキルが身につかないのは明白だ。一部の若者は、ここに不安や危惧を覚える傾向にある。

 仕事にも会社にも「ファスト・スキル」の獲得機会を求めるこの点は、実際にパーソル総合研究所「働く10,000人成長実態調査2022:20代社員の就業意識変化に着目した分析:過去6年間の変化からみる2022年の20代社員像」でも、以下のように指摘されている。

 20代前半正社員の仕事選びの重視点は、休みの取りやすさ、人間関係、収入などが減少する一方で、社会貢献や、知識・スキルが得られるといった「自己成長」に関する項目が上昇傾向。今後のキャリア形成を考えて、自身を成長させてくれる会社を選びたいという意向が強まっていることがうかがえる。

 ここでも、やはりポイントは「ファスト・スキル」にあると考えている。

 今の若者の多くは、成長を実感したい、職業人として通用する能力を身につけたい、という気持ちは確かに強い。

 かといって、批判が飛び交うような職場や、がむしゃらに働かなければならないような業務を求めているわけではない。じっくり3年、5年とかけて身につけるような職人的下積みも、求めているわけではない。

 要するに、今の若者の多くは、なるべく手軽に成長を実感したい、周りに遅れないよう効率的に職業人として通用する能力を身につけたい、という気持ちが強い。これが正確な表現だろう。

 だからスキルや能力向上の機会を無視してこき使う職場を「ブラック」、逆に仕事量が少なく、身につく知識やスキルが少ないと感じる職場を「ゆるブラック」と評することになる。

■矛盾を内包して生きる若者たち

 また、「仕事でバリバリ稼ぎたい」、「やりがいを持って働きたい」というポジティブな理由ではなく、「日本の経済成長は見込めないから、若いうちからスキルや経験を求めなければ生き残れない」という、日本経済に対する期待感の低さも影響しているのでは?  と考える人も多い。

 検証してみよう。

 確かに、今の若者にとって、長引く低成長の日本に対する期待感の低さや諦念感は強い。

 また、先のパーソル総合研究所の調査では、「上の年代と比べ、従来の企業従属型ではなく主体的なキャリア形成を目指す価値観を身に付けている」と解説されている。

 もし仮に、本当に多くの若者がそう考えているのだとすれば、もっと大勢の若者が日本を離れてしかるべきだ。大学に勤めている人間ならよくわかることだが、昔と比べて今の大学では海外留学支援の機会は多い。

 にもかかわらず、そんな支援に学生が殺到している、といった状況を聞いたことがない。むしろ、支援提供者たちの方が、積極的に人集めしている印象だ。

 もし仮に、パーソルの調査結果が言うように、多くの若者が日本や企業の未来に期待せず、主体的なキャリア形成を目指しているのなら、もっと元気でチャレンジ精神を持った若者が世に溢れていてしかるべきだ。

 固定化された既存企業を破壊対象と見なし、新たなビジネスを仕掛ける若者が席巻してもおかしくない。だが現実としては、そのような若者はほんの一部に留まる。

 簡単ではあるが、僕の中で検証した結果、導き出された考察はこうだ。今の若者は、多くの矛盾を内包したまま生きている。

■今の若者を特徴づける4つの事実

 彼らが、長引く低成長の日本の未来に危機感を感じていることは事実。

 先輩世代と比べ、主体的なキャリア形成が大事だと思っていることも事実。

 それと同時に、正解主義で、いち早く皆が思う答えを知ろうとすることも事実。

 リスクの伴ったチャレンジはせず、周りの様子ばかりうかがった行動をしているのも、やはり事実なのだ。

 このように、一見相反するような概念を、今の若者は抱えたまま生きている。特に強いギャップとして存在しているのが、彼らの「認識」と「行動」の矛盾だ。

 上で述べた4つの「事実」のうち、前者の2つは認識に関するもので、後者の2つは行動に該当する。

 主体性が大事だと認識しつつ、自らチャレンジはしない。日本の未来に危機感を持ちつつ、行動は控えめで横並びの正解主義。

 これでは、先輩世代の皆さんが混乱するのは当然だ。この「矛盾を内包する若者たち」は、現在、多くの調査結果において観測されていて、 僕も引き続き深耕したいと考えている。

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最終更新:3/13(水) 13:02

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