「妊娠したら辞めて」教育委員会のマタハラを“証言” 都のSC大量雇い止めは「女性差別の問題」だ

3/22 10:02 配信

東洋経済オンライン

東京都の非正規公務員であるスクールカウンセラー(SC)250人が3月末で“雇い止め”にされる。働き続けることを希望して試験を受けたSCのうち5人に1人が不合格。中には勤続10年、20年で、学校からの評価も高い「ベテラン」も少なくない。SCらが加入する労働組合は「これだけの規模の非正規公務員の雇い止めは全国初ではないか」と懸念する。不登校やいじめ、発達障害、自殺未遂、ヤングケアラー、宗教2世などさまざまな問題に対応するSCの突然の“大量解雇”は学校現場にも大きな混乱を招きかねない。その背景と影響を全3回でリポートする。

*1回目:都の学校カウンセラー「250人雇い止め」の衝撃

■毎年、東京都教育委員会から念押し

 「妊娠したら辞めていただきます」

 年に1度、東京都のSC(スクールカウンセラー)を対象に開かれる東京都公立学校スクールカウンセラー連絡会。都教育委員会(都教委)の担当者らがSCの役割や関連事業について説明するのに併せ、繰り返し念押しされてきたのが「妊娠したら辞めて」という指示だった。

 会場には1000人近いSCが参加しており、その大半は女性。会合の帰り道、SCたちの間で「マタハラですよね」「都がこんなことを言うなんて……」「大問題ですよ!」といった非難の声が上がるところまでが恒例の光景だったという。

 今回雇い止めとなった時任聖子さん(仮名、50代)は都のSCとして19年間、働いてきた。都教委の発言について次のように証言する。

 「私の記憶では、初めて採用されたときから、(SCが)会計年度任用職員になるまで言われ続けてきました。連絡会には(職能団体である)東京公認心理師協会の担当者も参加していましたが、誰一人、この発言を問題視する人はいませんでした」

 そして、「私が子どもを産むのをやめたのは、都教委のこの言葉が大きかったです」と打ち明ける。

 夫が自営業で収入に波があり、時任さんがSCの仕事で得る賃金が収入の柱。都のSCになる前は家賃の支払いが心配になることもあったという。子どもを産むことも考えたが、そうすると世帯収入は激減する。SCに復職できる保証もない。夫とは「無理だよね」「もういいよね」というやり取りをぽつぽつと交わすうちに、出産できる年齢が過ぎていった。

■学校からの業績評価はオールA

 SCの仕事は意外と忙しい、と時任さんは言う。「子どもや保護者との面談や、先生との打ち合わせを合わせると多いときで1日で10件の約束が入ることもあります。中には部活が終わってからでないと時間が取れない先生もいる。そんな日はトイレに行く暇もないほどです」。

 夜間、時任さんの仕事が終わるのを待っていた管理職と一緒に最後に学校を出ることもあるという。学校からの業績評価はオールA。雇い止めを伝えた保護者たちは一様にショックを受けていたという。

 「『ここでしか話せないのに』『4月からだれに相談すればいいんですか』と言われました。『教育委員会に電話します。PTAでも問題にする』とおっしゃってくれた人もいました」と時任さん。子どもや保護者と面談を重ね、もう少しで専門機関につなげるための提案ができそうだったケースもあったが、それもご破算だという。築いてきた信頼関係まで、新しいSCに引き継ぐことは難しいからだ。

 ほかのSCたちと同じく時任さんにとっても雇い止めは寝耳に水だった。

 「新しいSCを育てることは必要だと思います。でも、だからといって学校から信頼されている力のあるSCをこんなに大勢切る必要があるんでしょうか。それによって一番困るのはだれなのか。都教委は考えてほしい」と訴える。

 20年近くSCとして歩んできた半生について、時任さんはこう振り返る。

 「子どもを産まなかったことを後悔しているわけではないんです。でも、その分仕事だけは続けたいと思ってきました。SCは私の生きがいです」

 時任さんは2つの小学校を受け持っている。雇い止めによる減収は約340万円になる見込みだ。

 SCは女性の割合が高いとされる。SCたちが加入する東京公務公共一般労働組合「心理職ユニオン」が今回の大量雇い止めを受け、X(旧Twitter)とはがきの郵送によるアンケート調査(回答数728件)を実施したところ、全体の76%が女性だった。総務省の調査でも、非正規公務員である会計年度任用職員は8割が女性。都のSCに女性が占める割合とほぼ同じである。

 非正規公務員の賃金水準の低さや身分の不安定さはこれまでも社会問題となってきた。一方で会計年度任用職員制度そのものには、任用方法や賃金水準、休暇制度において直接的な男女間格差はない。しかし、この制度を“平等”に運用した結果、不利益を被るのは圧倒的に女性である。これを「間接差別」と呼ぶ。

 「妊娠したら辞めていただきます」という言葉はマタニティハラスメントであると同時に、都のSCの大量雇い止めは女性差別、間接差別の問題でもある。

■有給休暇を活用して出産した

 こうしたプレッシャーの中、出産を試みたSCもいる。

 勤続13年の小林理恵さん(仮名、30代)は4歳と7歳の子どもを育てている。都教委が毎年開く連絡会で「『妊娠したら辞めてください』という指示はたしかにありました」としたうえで、「その理由として『みなさんの仕事は妊娠出産して、その間を誰か別の人に任せ、また戻ってくることができるような替えのきくものではないから』という説明をされました」と話す。

 それでも、小林さんが1人目の子どもを妊娠したとき、真っ先に思ったことは「退職はしたくない」。小林さんにとってSCが大切な仕事であると同時に、妊娠を理由に辞めるとSCそのものへの信頼度が下がってしまうような気がしたからだという。

 当時の勤務校は2校。このころは「妊娠出産休暇」も認められていなかった。このため、それぞれの学校の管理職らと相談して、溜まっていた有給休暇を活用すると同時に、週1回のペースだった出勤を出産の前後にまとめることで、なんとか最低限の“出産休暇”をつくり出した。

 2人目のときは初産以上に不安だったという。出産前、最後の勤務の数日前に出産の兆しである「おしるし」があったのだ。しかし、すでにぎりぎりスケジュールで出勤調整をしているので休むわけにはいかない。小林さんは「どちらの出産も綱渡りでした。特に2人目は、学校で陣痛が来たらどうしよう、万が一のことがあったら後悔してもしきれないと思うと、あのときは本当に怖かったです」と打ち明ける。

 もともとは教員を目指していたという小林さんは、教育実習先でいじめに遭っている子どもと出会ったことで公立学校のSCを志すようになる。資格取得後に働いた福祉施設で、多くのアルコール依存症の人たちとかかわる中「子どものころにもっとよい出会いがあれば、違った人生があったのでは」と感じたことで、その意思はより強くなったという。

 臨床心理士の多くは経験を積むために学校だけでなく、福祉施設や病院、自治体などさまざまな職場で働く。その中で自身の専門を極めていく人もいれば、幅広い分野で活躍する人もいる。小林さんは小児科病院や大学でも働いているが、自らのアイデンティティはSCにあるという。

 ほかのSCたちと同じく学校からの評価は高かったといい、「『あなたがいてくれてよかった』と言われるよりも、『SCがいてよかった』と言われることのほうがうれしかったです。学校にSCが必要な存在として定着してほしいと思ってきたので」と語る。

 しかし、小林さんのひたむきな思いとは裏腹に出産後、2校あった勤務校は1校に減らされた。その後、2校勤務に戻れるよう希望を出し続けたが、かなうことはなかった。そして今回の雇い止めである。「SCの仕事が大切だから何としてでも続けてきたのに。これではまるでやりがい搾取です。せめて不合格の理由を教えてほしい」という小林さん。かかわってきた子どもや保護者たちに思いを寄せると同時にこうつぶやいた。

 「『お仕事は何ですか?』と聞かれても、もう『SCです』と言えなくなってしまう」

■1校当たりの年収は約170万円

 取材する限り、子どもか仕事かを迫るような指示は、会計年度任用職員制度が導入された後はなくなったようだ。しかし、こればかりは現在は問題がなくなったからよいという話にはならない。都のSCは平均週1回の出勤で、日当は4万4100円、1校当たりの年収は約170万円。収入の相当部分を占めるという人も多く、簡単に辞めることは難しかっただろう。10年、20年と働き続けてきたSCの中には、時任さんのように厳しい選択を迫られた女性はほかにもいるのではないか。

 都のSCの賃金水準はほかのカウンセラーの仕事と比べると高いとされる。一部には都の待遇は手厚すぎるという批判の声もあると聞く。持論にはなるが、これは都の水準が高すぎるのではなく、ほかの心理職が低すぎるのではないか。批判するエネルギーがあるなら、都のSCの待遇を切り下げるのではなく、ほかの心理職の待遇を押し上げるために使うべきだろう。私自身は日当4万4100円が高いとは思わない。それが専門職というものである。SCたちは専門知識を身に付け、好待遇を得るだけの努力をしてきた。

 いずれにしても妊娠中の女性が別の仕事を探すことは極めて難しい。都教委の指示は彼女たちに無職になれと言うのと同じことなのではないか。

 都教委指導企画課は「会計年度任用職員に移行された後は『妊娠出産休暇』を利用することができるようになりました。それ以前に(妊娠出産について)どのような説明をしていたかはわかりません」とする。

 取材では、不本意ながら妊娠のたびに仕事を辞め、公募試験を受けなおしたという女性にも出会った。都のSCは、長年にわたってさまざまな理不尽を飲み込みながら働き続けた女性たちによって支えられてきた。その中には多くの「時任さん」や「小林さん」がいたのではないか。「妊娠したら辞めていただきます」という言葉の呪縛は重い。

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最終更新:3/22(金) 10:02

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