「世界の鉄道をAIで変革」日立の野望と現実 エヌビディアと連携、保守作業は劇的改善だが導入費用がネック?
国際鉄道見本市「イノトランス」が今年もドイツのベルリンで9月24~27日に開催された。世界中の鉄道関係者が注目するイベントであり、このタイミングを狙って世界各国の鉄道関連メーカーが新製品や新技術の発表を行う。
日本国内トップ、さらに世界でも中国中車、アルストム、シーメンスと並び大手の一角を占める日立製作所は、営業最高速度時速350kmを誇る国際高速列車ETR1000の実物を会場に持ち込んだ。イタリアの鉄道運営会社トレニタリア向けに30編成導入することが決まっており、そのお披露目である。
■エヌビディアと連携しAI活用
そして、開催初日の24日、日立はもう1つの発表を行った。アメリカの半導体大手メーカー・エヌビディアと鉄道の運用や保守事業で連携するというものだ。鉄道業界全体に関係するという点で高速列車よりもインパクトは大きい。
製造現場における生産整備などの保守作業においては、状態をつねに監視し、劣化状況に応じてメンテナンスを行うCBM(Condition Based Maintenance:状態基準保全)の導入が進んでいる。これは定期的にメンテナンスを行うTBM(Time Based Maintenance:時間基準保全)に対比する考え方である。
CBMでは各種センサーによる常時監視とコンピューターによるデータ解析により、故障の予兆を検知して事前に修理や部品の交換を行う。そのため故障を未然に防ぐことができるだけでなく、不必要な修理や部品交換がなくなる点でコスト削減にもつながる。
CBMの考え方自体は1970年代から存在していたが、センサーやコンピューターなどの導入費用が高額であることや、データ通信速度が遅い、解析技術が不十分といった理由からなかなか普及しなかった。しかし、近年はデジタル技術やIoT技術の急速な発達により導入費用が安価になり、さらに高い学習技術や解析機能を持つ人工知能(AI)が登場し普及への環境が整いつつある。
鉄道業界では、例えば東海道・山陽新幹線のドクターイエローに代表される検査車両が架線や線路の状態をチェックしている。しかし、ドクターイエローの走行は約10日に1日であり、在来線の検査車両となるとその頻度はさらに下がる。そこで、鉄道各社の間では営業車両にセンサーを搭載して、営業運行しながらインフラを点検するという動きが進む。これなら検査頻度を増やすことができる。JR東日本は山手線E235系の車両を使って線路や車両のCBMを行っている。
日本に限らず、欧州でも鉄道業界の人手不足が指摘されており、近年はストライキによる列車の遅れも目立つ。人手に頼る作業を機械に置き換えるという点でCBMのメリットは大きい。
■リアルタイム解析で故障の予兆発見
日立の今回の発表のポイントは2つある。まず1つ目は、これまでにも日立はデジタルを活用した鉄道の保守サービスを行っていたが、今回のタイミングで「HMAX(エイチマックス)」というソリューション群にまとめ直したということだ。エイチマックスはすでに欧州で走る2000編成、8000両の日立製車両に導入済み。イノトランスで展示したETR1000にもパンタグラフ部にカメラが、台車部には振動を検知するセンサーが設置されている。
AIはデータを蓄積すればするほど学習効果が高まっていく。従ってエイチマックスを導入する鉄道事業者の数が増えれば増えるほどAIは頭が良くなる。「ある顧客のデータをそのままほかの顧客に横流しするといったことはしないが、機械学習による改良により、エイチマックスは成長していくので、エイチマックスを導入したすべての顧客がメリットを受けられる」というのが日立の説明だ。さらに、人間が目で見るよりもAIのほうが検知力は高く、日照時間帯や気象条件にも左右されない。精度は飛躍的に高まるという。
2つ目のポイントがエヌビディアとの協業だ。日立は今年3月、エネルギーやモビリティーなどの分野でエヌビディアとの協業を決めており、その一環として、エヌビディアのエッジAIコンピューティングと日立のソフトウェアエンジニアリングを組み合わせた統合デジタルプラットフォームをエイチマックスのラインナップに組み入れ、今回の発表に至ったというわけだ。では、エヌビディアとの協業によるメリットは何か。
「車両の屋根にカメラを載せてパンタグラフと架線の状態を確認することは多くの顧客がやっている。そのデータをクラウドに入れてAIに自動解析させている顧客もいると思う。しかし、このデータの解析には丸1日かかっていた。それがリアルタイムで解析できるようになる」
イノトランスの会場で、日立レール車両部門チーフテクノロジーオフィサーの我妻浩二氏が説明してくれた。エヌビディア製GPU(画像処理半導体)はAI向けに強みを持つ。大量のデータを端末側でリアルタイムに処理できるため、オペレーションセンターには必要な情報のみを送信すればよい。そのため、鉄道事業者がデータ分析結果を得るまでの時間が飛躍的に向上するのだ。
これまでは1日どころか、メンテナンス拠点でデータが処理されるまでに最大10日間かかることもあったという。「しかし、リアルタイム解析によって重大な故障の予兆を発見できれば、次の列車が来る前に列車を停めることができる。事故を未然に防ぐことができるわけです」。
エヌビディアとの協業によるエイチマックスは「今は架線の映像解析だけだが、将来は線路、車両、駅にも展開したい」と我妻氏は意気込む。エヌビディアのホームページでは、従来のデジタル保守サービス導入前と比較したエヌビディアとの協業によるエイチマックスの効果について、「旅客運用や保守運用などの車両運用にかかわる遅れを最大20%削減、車両のメンテナンスコストを最大15%削減、オーバーホールにおいて交換する部品の30%削減、車両基地における無駄なアイドリングをやめることでアイドリングによる燃料消費を最大40%削減」といった点を挙げている。
■エヌビディアが鉄道に着目した理由
では、エヌビディアはなぜ鉄道分野で協業したのだろうか。自動車は鉄道よりも業界規模がはるかに大きいし、航空業界は非常に精密な保守作業が行われている。この点について、エヌビディアでデータセンタービジネス担当バイスプレジデントを務めるヨゲシュ・アグラワル氏は、「鉄道を車両単体でなくインフラも含めたシステムと考えると、自動車や航空よりもはるかに複雑であり、その維持には困難がつきまとう。そこでわれわれの出番があると考えた」と話す。
その点において、エヌビディアが協業するのは日立だけではない。シーメンスやドイツ鉄道とも協業して車両・インフラの保守、エネルギー消費量の削減など運行効率の最適化に取り組んでいる。鉄道分野はビジネスチャンスの大きい市場だと考えているのだ。
日立レールグループのジュゼッペ・マリノCEOは「今後5年で、エイチマックスによる収入を日立レールの収入の全体の1割になるようにしていきたい」と話す。たとえば、2024年度における日立の鉄道事業の売上高は1兆円超えが予想されている。この数字を当てはめれば、5年後にエイチマックスがもたらす収入は1000億円ということになる。なかなかアグレッシブな目標である。
9月27日には、日立はコペンハーゲン市内の地下鉄を運営するコペンハーゲンメトロに対してエヌビディアの技術を活用したエイチマックスを提供する契約を締結したと発表した。日立はコペンハーゲンの地下鉄ネットワークの設計、製造、構築を請け負っており、同社の技術により無人運転システムが実現している。そこへエイチマックスも加わった。2025年末までに導入する計画だ。
こうした日立の果敢な動きに、イノトランスの会場にいた競合メーカーの社員は、「日立さんにかなり先行されてしまった。私たちは会場でメンテナンスビジネスの話ができないかもしれない」と、苦笑混じりに話していた。
だが、鉄道業界の未来が日立の思い描く通りになるとは限らない。エヌビディアとの協業によるエイチマックスの導入を阻む壁、それはコストの高さである。
日立はその金額を公表していないが、エヌビディアのジェンスン・フアンCEOは、6月に台湾で開催されたコンピューター国際見本市「コンピュテックス」の会場で、「(同社製GPUを導入すれば)スピードアップは100倍だが、電力は3倍、コストは50%増えるだけだ」と語っている。100倍のスピードアップは確かに魅力的だが、その能力をフルに使いこなさないと1.5倍のコスト増と3倍の電力費増が重くのしかかる。
■AI活用に懐疑的な声も
エヌビディアだけでなく、AI導入などのデジタル投資そのもののコストは無視できない。実は、イノトランスの会場で鉄道業界におけるデジタル化の流れに冷や水を浴びせるような発言があった。それもオフレコではなく、開会式で行われたシーメンス、アルストム、そしてスペインCAFという大手鉄道メーカーのCEOが一同に介したパネルディスカッションでの出来事である。
シーメンスモビリティのマイケル・ペーターCEOは前述のとおりエヌビディアと協業していることもあり、AI活用のメリットを積極的にアピールしていたが、アルストムとCAFはそうでもなかった。
CAFのジャヴィエ・マルティネス・オジナガCEOは「すべてのケースでAIが必要とされているわけではない。AIに何ができ、何ができないのかを見極めなくてはいけない」。アルストムのアンリ・プーパール・ラファルジュCEOも「AIにも電力は必要で、AIが鉄道の電力使用量を最適化したとしても、AIの活用で電力がさらに使われるようなことがあれば納得がいかない」と話した。
我妻氏は「導入コストよりも効果のほうが高くないと誰も買ってくれない」として、効果が高いことを強調する。さらに「カメラなどの機器になるべく汎用品を使ってコストも抑えている」という。しかし、問題は安全に関する鉄道事業者の考え方だ。データ解析に数日かかっても構わないのか、コストが増えてもいいからその日のうちに解析結果を知りたいのか。そこは鉄道事業者の経営体力によっても違ってくるだろう。よもやとは思うが、何をしたいかという理念もなくメーカーの言いなりにデジタル化を進めたら、コスト削減どころか高い買い物になりかねない。
東洋経済オンライン
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最終更新:11/5(火) 4:32