財務省の信用を失墜させかねない「一枚の資料」 これこそが「日本経済凋落」を招いた真因だ

5/9 11:02 配信

東洋経済オンライン

本来であれば格差問題の解決に取り組むべきリベラルが、なぜ「新自由主義」を利するような「脱成長」論の罠にはまるのか。「令和の新教養」シリーズなどを大幅加筆し、2020年代の重要テーマを論じた『新自由主義と脱成長をもうやめる』が、このほど上梓された。同書著者の一人でもある中野剛志氏が、経済成長と「財政支出」「政府債務」の関係について論じる。

■日本経済の停滞30年の真相が凝縮された一枚

4月9日の財政制度等審議会財政制度分科会において、財務省提出資料「成長、人口・地域等」が配布された。

その資料の中に、目を疑いたくなるような、驚くべき一枚が挿入されていた。同資料の6ページである。

 この資料は財務省の信用を失墜させかねないものだったが、国会でもマスメディアでも問題視されることはなかった。

 しかし、30年に及ぶ日本経済の停滞の真相が、この一枚の資料の中に凝縮されていると言っても過言ではないのである。

 そこには、こう書いてある。

〇拡大する財政出動の結果、過去20年で政府債務残高は約2倍となったが、名目GDPはほぼ横ばい。積極的な財政運営が持続的な成長にはつながっていない面もある。

〇先進国の債務残高(対GDP比)と実質経済成長率の関係性を見ると、必ずしも正の相関関係は見られない。
 この資料を示すことで、財務省は、いったい何が言いたかったのであろうか? 

 おそらく、財政支出を拡大しても経済は成長するとは限らないことを示すことで、積極財政論者を牽制しているつもりなのであろう。

 もし、そうだとしたら、笑止である。

 まず、財務省は、「積極的な財政運営」を示すデータとして、「政府債務残高」を持ち出しているが、それがもう間違いなのだ。

 財政運営の積極性を示すデータは、言うまでもなく「財政支出額」である。政府債務残高ではない。

 財務省が反論しようとしている積極財政論とは、財政支出の拡大を要求する議論であって、政府債務の増大を要求しているのではない。政策的な効果があるのは、あくまで財政支出であって、政府債務ではないからだ。

 念のため確認しておくと、「財政支出の拡大」と「政府債務の増大」は、同じことではない。財政支出が拡大しても、税収が増えて財政が黒字化すれば、政府債務が減少することもあり得るからだ。

 だから、例えば、不況による税収減で政府債務が増大しても、政府支出をいっさい拡大しなければ、それは「積極財政」とは言わない。これは、「積極財政」の定義の問題である。

 したがって、政府債務の増大が成長につながっていないことを示したところで、積極財政論者への反論になるはずもないのである。

■「政府債務」の規模は直接操作できない

 そもそも、政府は、財政支出の規模を直接操作することはできるが、政府債務の規模は直接操作できない。なぜなら、財政赤字の規模は税収次第であり、税収はGDPに依存するが、GDPは政府が政策によってコントロールできない要因によって変動する。したがって、政府が政府債務の程度を直接操作することはできない。

 ちなみに、政府は、税収も直接操作できない。「税収=GDP×税率」であるから、税収もGDPに依存する。政府が直接操作できるのは「税率」である。

 基本的には、政府が直接操作できるものが政策手段となる。だから、財政運営は、政府債務ではなく、政府支出の規模や税率を操作するのだ。そんなことは、財務省自身が最もよくわかっているはずであろう。

 したがって、「積極的な財政運営が持続的な成長にはつながっていない面もある」ことを示したければ、政府債務ではなく、政府支出と成長の関係について示すべきだったのである。

 だが、財務省は、そうしなかった。なぜか?  その理由は、後ほど明らかにする。

 さらに驚くべきは、「先進国の債務残高(対GDP比)と実質経済成長率の関係性を見ると、必ずしも正の相関関係は見られない」という記述である。

 信じがたいことに、財務省は、「債務残高」ではなく、「債務残高/GDP」と実質GDP成長率の相関関係を見ているのだ。

 そんな相関関係を見ることに、いったい、何の意味があるというのか。

 もはや言うもバカバカしいのだが、債務残高をGDPで割った値は、GDPが大きくなれば小さくなるに決まっているではないか。

 ところで、なぜ財務省は、「債務残高/GDP」ではなく、素直に「債務残高」と経済成長率の相関関係を示さなかったのだろうか。

それは、経済評論家の三橋貴明氏が明らかにしている。彼はブログで、OECD諸国の政府債務残高と実質経済成長率の間には正の相関関係があるという、財務省にとってはまことに不都合なデータを示したのである。

 もっとも、先ほど述べたように、重要なのは、政府債務ではなく、政府支出の規模と経済成長との関係である。

これについては、すでに朴勝俊・関西学院大学教授による論文がある。その中で朴教授は、OECD各国の政府支出の伸び率と名目・実質GDP成長率の間に強い相関関係があることを示したばかりではなく、政府支出から名目GDPへの因果性の検討まで行っている。

 特に、この論文の中で、1997年から20年間のOECD諸国の政府支出の伸び率とGDP成長率の相関を示した「図表1」における日本の位置に着目されたい。

 この20年間で、OECD諸国の中で最も低成長であるだけではなく、最も政府支出の伸び率が低かった国、それが日本である。

 要するに、財政出動が成長につながるか否かを議論する以前に、日本は、1997年から20年間のゼロ成長の中で、ほとんど財政支出を拡大していなかったのである。

 財務省の資料には「拡大する財政出動の結果、過去20年で政府債務残高は約2倍となったが、名目GDPはほぼ横ばい」などと書いてあったが、冒頭から虚偽を記載している。

 正しくは、「財政出動を拡大していないにもかかわらず、過去20年で政府債務残高が約2倍になった」のだ。

■経済財政に関する見識のなさ

 だが、この財務省提出資料の問題は、財務省が悪いなどという話にはとどまらない。

 なぜなら、これほど間違いだらけの資料が公開されたというのに、出席していた財政審の委員たちはもちろん、経済学者など有識者の誰からも、この問題点を指摘する声が出てこなかったからだ。

 この経済財政に関する見識のなさこそが、日本経済の「失われた30年」の真因である。そう思わざるを得ない。

 おそらく、「経済学者・経済官僚の知的水準」と「実質経済成長率」との関係には、強い正の相関があるに違いない。

東洋経済オンライン

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最終更新:5/9(木) 11:32

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