「旧ジャニーズ問題」がまだ解決とはほど遠い理由

4/16 14:32 配信

東洋経済オンライン

 旧ジャニーズ問題は今後どこに向かうのかーー。

 4月10日、旧ジャニーズ事務所のタレントをマネジメントするSTARTO ENTERTAINMENT社(以下STARTO社)の公式サイトが開設され、同日に東京ドームで、初イベント「WE ARE!  Let’s get the party STARTO!!」が開催された。

 一方、同日にはジャニー喜多川氏の性加害に関するドキュメンタリー番組を制作した英BBCのモビーン・アザー氏、メグミ・インマン氏による記者会見が行われた。会見では、問題はまだ解決していないことが強調され、SMILE-UP.社、およびSTARTO社の対応に対して、厳しい批判がなされた。

 BBCのドキュメンタリー放映から1年あまり。旧ジャニーズ事務所は解体を経て、再生へと向かいつつあるはずだ。しかしながら、依然としてアクセルとブレーキが同時に踏まれているような、スッキリとしない状況と感じる人も多いのではないか。いまだ先行きは不透明なままだ。

■旧ジャニーズ事務所の再生に不可欠な3つの要素

 現時点の状況を整理しておこう。まずはSMILE-UP.社の発表では、被害者への補償について。2024年3月29日時点の補償受付窓口へ申告した人973人に対し、補償内容を413人に通知、補償金の支払者数は324人となっている。なお、4月15日の発表では、支払者数は354人まで増えている。この数字をどう見るかは人によるところだろうが、これだけの数の人への補償が進んでおり、着実に対応は進んでいるようにも見える。

 しかしながら最近、ジャニー氏による性加害について、英BBCの2本目のドキュメンタリーが発表されている。また、直近で行われた記者会見でも批判されたように、ジャニー氏以外の2名の性加害者への対応、被害者に対する誹謗中傷の問題など、解決できているとは言いがたい問題も残されている。

 一方のSTARTO社については、4月に新会社が本格的に立ち上がったが、ファンクラブや版権、資本の問題など、SMILE-UP.社との関係でいまだクリアになっていない点も多々残されている。

 旧ジャニーズ事務所が“過去”を清算し、所属していたタレントが新たな場で活躍をするためには、下記の3つの要素が整う必要がある。

1. SMILE-UP.社が被害者の補償と救済を誠実に行うこと
2. STARTO社がSMILE-UP.社と完全に切り離されること
3. STARTO社のビジネスが順調に立ち上がること
 現時点ですべてがクリアできている必要はないが、少なくとも方向性は明確に示される必要がある。しかしながら、上記3点のいずれにおいても、解決困難な課題が残され続けているのが実際のところだ。

 以下、それぞれについて考察してみたい。

■被害者の補償は進捗するも、困難な課題が残されている

 1つ目のSMILE-UP.社側の問題だが、被害にあったことが確認できた元タレントへの補償は、誠実に行われていると考えられる。補償金額は明示されてはいないが、一部報道による被害者からの情報では、通常の性加害の補償金を上回る金額が提示されているようだ。進捗状況も適宜公表されており、SMILE-UP.社は一定の説明責任も果たしている。

 しかしながら、被害にあったかどうかわからない申告者への対応には課題が残っている。申告者すべてに補償すべきとは言わないが、被害にあったと申告しているにもかかわらず、補償の対象外とされた人の失望は大きいだろう。現時点ではそこまで手が回らないのかもしれないが、そうした方としっかり対話を行って、事実関係を見極めていく必要がある。

 また、被害者への誹謗中傷の防止という点でも、対応は不十分だ。3月30日にBBCの会員専用チャンネルで「捕食者の影 ジャニーズ解体のその後」が配信されたが、BBCモビーン・アザー氏の誹謗中傷に対する対応に関する質問に対し、東山紀之社長は「言論の自由もあると思うんですね」とコメントしている。

 これは適切な発言とは言いがたい。SMILE-UP.社、あるいは東山氏は、被害者への誹謗中傷をやめるようにと、数度にわたって呼びかけを行っている。しかし、誹謗中傷はいまだに止まらない状況だ。SMILE-UP.社の力だけで止めることは不可能にしても、呼びかけは続けるべきだし、BBCに対しても報道された際に「誹謗中傷は許されない。当社としても全力で対応を講じる」くらいのことは言ってもらいたかった。

■ジャニー喜多川氏以外の加害者への対応が不十分である

 上記のBBCの番組の中で、東山社長はジャニー喜多川氏以外にも2名の加害者が確認できていると述べている。「警察に報告すべき」というアザー氏からの提言に対して、東山社長は「法的なことを考えると、僕らには権限がないと思いますので、当事者の人たちがそれに対して刑事告訴したら、僕らとしたら全面的に協力する」と解答している。

 「権限はない」というのは事実ではなく、被害にあった当事者でなくとも、警察に報告することくらいのことはできるはずだ。

 ジャニー喜多川氏以外にも性加害を行ったスタッフがいたことは、文春が以前に報じていたし、再発防止特別チームの報告書にも記載されている。つまりは既知の情報だ。

 再発防止特別チームが行った聞き取り調査は、43名(内、被害者等23名、事務所関係者18名)に過ぎない。1000人以上の被害者がいることが想定されている現状で、全貌が明らかになっているとは言いがたい。

 しかしながら、日本では「徹底的な調査を行うべき」という論調にはなっていないし、政府も介入する気配は見られない。ジャニー喜多川氏以外の加害者の存在が問題視されることはなかった。SMILE-UP.社が警察に報告をして、警察が本格的に捜査を行うとなると、まだ明るみに出ていない事実が明らかになる可能性もある。

 対応が適切かどうかはさておき、SMILE-UP.社としては、「自分から寝た子を起こすことはしない」ということなのかと感じてしまう。

■STARTO社はSMILE-UP.社と切り離されているとは言いがたい

 そして、2番目の論点だ。STARTO社はSMILE-UP.社は、いずれも旧ジャニーズ事務所だが、2社は完全に「別物」である必要がある。筆者は、事態を収束させる方法は別会社を設立することしかなかったと考えており、この困難な道を選択したことは、英断だったと評価している。

 STARTO社はSMILE-UP.社は2段ロケットのようなもので、SMILE-UP.社を切り離すことによって、STARTO社が推進力を得て、エンターテインメント企業として離陸することが可能になると思う。

 ところが、以下の点において、両社が完全に切り離されているのか?  あるいはいずれ切り離されることになるのか?  という点が不透明に感じている。

① ファンクラブの運営主体
② 知的財産の所在
③ 人員体制

④ 資本関係、資産調達
 ① のファンクラブの運営主体については、STARTO社がSMILE-UP.社とライセンス契約することで運用すると表明されている。これは、芸能ジャーナリストの松谷創一郎氏が詳しく論じ、批判もしているが、経営が完全に分離しているとは言いがたいのが現状だ。

 ② の知的財産権については、原盤権やグループ名やロゴなどの商標が知的財産にあたるが、これの所在が不明であり、依然としてSMILE-UP.社が保有しているとみられる。

 4月15日、SMILE-UP.社は同社のサイトで、ファンクラブと版権に関する方針を発表した。ファンクラブは、本年夏にSMILE-UP.社から分社化すると発表。当初は同社が株主となるが、段階的に株式の保有割合を減らしていくとしている。音楽原盤などの版権に関しては、現在はSMILE-UP.社と株式会社ブライト・ノート・ミュージック(旧ジャニーズ出版)が共同保有しているが、段階的に保有割合を減少させていくとしている。

 ファンクラブや知的財産からの売り上げは、旧ジャニーズ事務所の大きな収入源であった。補償に特化して営利事業を行わないはずのSMILE-UP.社が、旧ジャニーズ事務所に所属していたタレントの芸能活動から利益を上げるという構造では、完全分離できているとは言えない。

 ③ の人員体制については、STARTO社の取締役の大半は、旧ジャニーズ事務所ではない外部から招聘している。しかしながら、旧ジャニーズ事務所でジャニーズジュニアの育成をしていた井ノ原快彦氏が、STARTO社の取締役となっていることの是非については、議論の分かれるところだろう。

 STARTO社のスタッフの多くは、旧ジャニーズ事務所に所属していたとされている。性加害に加担していないことを確認したうえで受け入れているとのことだが、どこまで確認が行われていたのかは明確でない。

 再発防止特別チームの報告書では、スタッフの多くがジャニー喜多川氏の性加害を知りながら、見て見ぬふりをしたり、性加害を容認するような言動を取っていたりしたという。どこまでを「加担していない」と見なしているのか、基準は不明なままだ。

 ④ の資本関係についてだが、資本金の1000万円は経営陣や従業員が出資したとされているが、運転資金はそれで足りるはずがない。SMILE-UP.社から資金提供を受けたという話は出ていないが、どこから資金調達を行ったのか、いずれ説明が必要になってくるだろう。

■まだ見えていないSTARTO社のビジネスモデル

 先述の初イベントは大過なく行われたようだが、最終的にはSTARTO社が安定的に収益を上げ、タレントの芸能活動が継続し、発展をしていく必要がある。

 STARTO社の初イベントの同日、タレントグループの嵐が新会社の立ち上げを発表した。グループとしては、STARTO社とエージェント契約になるという。TOKIOおよびメンバー個人が所属する株式会社TOKIOも同様にSTARTO社とエージェント契約を締結している。

 ファンクラブの運営や版権が依然としてSMILE-UP.社側に属し、稼ぎ頭の人気グループがエージェント契約となっている現状は、旧ジャニーズ事務所の「一番おいしい部分」を手放しているといえる。

 STARTO社の公式サイトをみると、各タレント、グループがさまざまな活動を始動しているようだが、コストに見合った十分な収益が上げられるのか、外から見る限りは明確ではない。上述の懸念事項である、ファンクラブや版権のSTARTO社への移管は、STARTO社が継続して大きな収益を上げられるようにならないと実現は難しい。

 筆者はSTARTO社の福田淳CEOとは面識はないが、メディアでの発言や、直接面識のある人からの情報から判断すると、かなりの切れ者であり、明確な問題意識を持っていることがうかがえる。

 故ジャニー喜多川氏の性加害、故メリー喜多川氏の性加害の隠蔽工作や、メディア・他事務所のタレントに対して圧力をかけた行為は、許されるものではないが、2人が傑出したプロデュース力と経営手腕があったことは紛れもない事実だ。

 福田CEOの手腕は未知数の部分も多いし、時代も大きく変わっている。加えて、メディアや他事務所、対処したタレントへの圧力など、旧ジャニーズ事務所時代のやり方は現在では禁じ手であるし、メディアの目も厳しくなっており、批判を受けやすくもなっている。旧ジャニーズ事務所時代のような繁栄を実現するのはそう容易ではない。

 一方で、すでに良い方向に変わっている点も見られる。退所したタレントとSTARTO社所属タレントの共演を許容したり、旧ジャニーズ事務所にはなかったエージェント契約を新たに導入したりしている。

 今後、芸能活動を続ける意向のある被害者とエージェント契約を結んで、彼らに仕事を斡旋したりできれば、革新的な企業であることを、さらにアピールすることができるのではないだろうか。

■2社の関係についての説明責任を果たし信頼獲得を

 STARTO社には、上記で述べたSMILE-UP.社との関係について説明責任が求められると同時に、将来のビジョンや、それを実現するための収益モデルを提示していくことが求められている。

 これまで福田CEOは意図的に表舞台には出てこなかったと思われるが、できる限り早いタイミングで記者会見を行い、説明責任を十分に果たすことが、信頼獲得に寄与するように思う。

 現時点では、BBCの第2弾のドキュメンタリーはBBCの有料プランに加入しないと視聴できないが、前作のように、いずれ無料で公開される可能性もある。第3弾も準備されているという。

 昨年の第1弾ほどの影響力はないと思われるが、昨年のような連鎖反応が起きて、再び大きな潮流となる可能性も否定はできない。その影響力を懸念したからこそ、SMILE-UP.社の東山社長は(日本のメディアではなく)あえてBBCの単独取材を受けたのだろう。

 今回に関しては、外圧によってではなく、旧ジャニーズ関係者による自発的な力によって良い方向に変わっていってほしいと願っている。

東洋経済オンライン

関連ニュース

最終更新:4/16(火) 14:32

東洋経済オンライン

最近見た銘柄

ヘッドラインニュース

マーケット指標

株式ランキング