都の学校カウンセラー「250人雇い止め」の衝撃 学校や保護者から評価高く、経験豊富なSCが

3/14 5:02 配信

東洋経済オンライン

東京都の非正規公務員であるスクールカウンセラー(SC)250人が3月末で“雇い止め”にされる。働き続けることを希望して試験を受けたSCのうち5人に1人が不合格。中には勤続10年、20年で、学校からの評価も高い「ベテラン」も少なくない。SCらが加入する労働組合は「これだけの規模の非正規公務員の雇い止めは全国初ではないか」と懸念する。不登校やいじめ、発達障害、自殺未遂、ヤングケアラー、宗教2世などさまざまな問題に対応するSCの突然の“大量解雇”は学校現場にも大きな混乱を招きかねない。その背景と影響を全3回でリポートする。

■真っ先に口にしたのは子どもや保護者のこと

 「あの子に何て言おうか、あのお母さんにどう説明しようか、年度末で忙しい先生にうまく引き継ぎができるだろうか。正直、頭の中はそのことでいっぱいです」

 3月5日、東京・霞が関の厚生労働省で、都のSCたちによる雇い止め撤回などを求める記者会見が開かれた。会見終了後、大勢の記者が追加取材のため、SCが加入する労働組合の担当者を取り囲む。当事者の1人山口ゆきのさん(仮名、50代)は人いきれから逃れるように壁際に立つと、そっとジャケットを脱いだ。緊張がほどけ、少し疲れた表情。そして真っ先に口にしたのは、3月末で別れなければならない子どもや保護者、教師たちのことだった。

 山口さんは17年間、都のSCとして働いてきた。東京都教育委員会(都教委)から不合格の通知が届いたのは1月下旬。勤務先の学校の校長と副校長に報告をすると、驚きと戸惑いの声が上がったという。「信じられない。山口さんがいなくなったらわれわれが困る」「山口さんに続けてほしいから、すべてAを付けたのに。それはないだろう」。最後は都教委に抗議するとまで言ってくれたと、山口さんは振り返る。

 「Aを付けた」とは校長らによる業績評価のこと。職務遂行力や協調性などの項目ごとにA~Ⅾの4段階で評定される。山口さんはすべての項目でA評価だと伝えられた。しかし、都教委によると、今回のSCの試験ではそれまでの実績や学校評価は選考基準に含まれていないという。

 これに対し、山口さんは「学校からの評価も高く、経験も豊富なSCを切る理由ってなんですか?  子どもたちや保護者にどんなメリットがあるんでしょうか?」と反発する。

 山口さんによると、SCの仕事は相談室で子どもたちが来るのをただ待っているだけではない。保護者との面談や教師への説明に加え、普段の様子を見るために授業や給食中の教室を回ることも重要な業務だ。校内の関連部会やケース会議への参加を求められることや、教師の家庭訪問に同行することもある。対応する問題もいじめや不登校だけでなく、虐待や自傷行為、ヤングケアラー、発達障害、宗教2世など年々複雑、かつ深刻化している。

 山口さんが今の学校に配置されたのは1年前。通常、SCは6年間同じ学校に勤務するという。その間、計画的に時間をかけて人間関係を築いていき、配置換えが近くなったときは子どもや保護者の心理的な負担を抑えるための準備をする。

 山口さんは「SCが1年で突然いなくなっては、子どもたちも戸惑うのではないか」と心配する。実際に中学生の子どもを持つある母親は「以前、子どもがSCが代わったという理由で面接に行くのをやめたことがあります」と語る。SCの能力や経験はもちろんだが、「同じ人が、できるだけ変わらず同じ場所にいてくれる」ことの安心感が大切なのだという。 

 都のSCの勤務日数は1校につき年間38日で、平均週1回のペースで出勤する。1人のSCが1~3校を受け持ち、1校当たりの年収は約170万円。多くが大学院で心理学を専攻し、臨床心理士や公認心理師の資格を持っている。

 山口さんの勤務校は1校。ほかの自治体のSCなどの仕事もあるのでただちに生活が困るというわけではないが、予想外の170万円の年収ダウンの影響は小さくない。

 「まさか自分が雇い止めになるとは思いませんでした。どうして私が不採用なのか、その理由を知りたい」

 都教委によると、都のSCは約1500人。全員が非正規公務員である「会計年度任用職員」で、都内の公立小中学校や高校などに配置されている。来年度以降の契約更新を希望して試験を受けたSCは1096人で、このうち250人が不合格となった。雇い止めの理由について都教委指導企画課は「雇用機会公平性の確保のため。SCをやりたいという市民の方々に広く挑戦する機会をもってもらうためです」と説明する。

 SCは公務員なので、正確には「雇い止め」ではなく「再任用拒否」という。しかし、10年、20年と働き続け、その収入で生計を立ててきたSCにとっては事実上の解雇、雇い止めである。今回の“大量解雇”を受け、SCたちが加入する東京公務公共一般労働組合「心理職ユニオン」には、約70件の相談が寄せられているという。

 取材では、話を聞いたほとんどのSCが山口さんと同じく「自分が雇い止めになるとは思わなかった」と口をそろえた。一方で会計年度任用職員であるSCの任用期間は原則1年。そのうえで都は「公募によらない任用は4回を上限とする」と定めている。会計年度任用職員への移行前から働くSCが書類審査や面接のある公募試験を受けなくても働けるのは最長で4年となっていた。

 会計年度任用職員制度は2020年度に始まったので、2023年度末でちょうど丸4年。都教委は「機会あるごとに(対象となるSCには)公募について周知してきた」と主張する。公募では新規の求職者も対象となるうえ、都の場合、先述したように経験者のそれまでの実績は考慮されない。

■なぜ「会計年度任用職員」が生まれたのか

 認識の乖離はなぜ生じたのか。ここで会計年度任用職員について説明しよう。

 国や地方自治体で働く非正規公務員は、かつては非常勤職員や臨時職員、パート職員などさまざまな呼称で呼ばれ、採用方法や待遇もばらばらだった。このため法改正により、2020年度以降は原則すべての非正規公務員が「会計年度任用職員」に移行、統一された。

 これによりボーナスや通勤手当の支給などが進んだ一方で、任用期間は1年という仕組みがあらためて徹底された。ただ実際には、多くの自治体が回数の上限を設けたうえでほぼ自動的に任用更新を行っている。これを「公募によらない再任用」という。都の場合は上限4回。自治体の中には上限を設けていないところもある。

 一方で今回雇い止めになったSCは会計年度任用職員に移行される前から、特別職非常勤職員として10年、20年と再任用を繰り返してきたベテランも少なくない。このため多くが「公募になることは知っていた。でも、これまでの実績がなかったことにされるという認識はなかった」と話す。

 総務省の通知は再任用について「前の任期における勤務実績を考慮して選考を行うことは可能」としており、SCらが自身の実績も選考基準に含まれると考えたとしても、やむを得ない面がある。これに対する都教委の説明は果たして十分だったといえるのか。

 SCたちが「勤務実績が評価されない選考こそ不公平だ」と訴える一方で、都教委の浜佳葉子教育長は2月下旬の都議会で「選考は公募により公平、公正に実施した」という旨の答弁を繰り返した。

■ベテランのSCほど雇い止めに? 

 果たして選考は本当に公平、公正だったのか。

 労働組合・心理職ユニオンがX(旧Twitter)とはがきの郵送によるアンケート調査(回答数728件)を実施したところ、勤続年数別にみた雇い止めの割合は、「1~5年」が7.2%なのに対し、「6~10年」は30.7%、「11~15年」は32.0%、「16~20年」は35.8%と、年数が長いほど高い傾向があることがわかった。

 また、年代別では、「30代」が21.3%、「40代」が21.5%、「50代」が32.6%、「60代」が31.0%と、ほぼ年代に応じて上昇していることが判明。勤続年数が長く、年齢の高い「ベテラン」が雇い止めの中心となった可能性があると、同ユニオンは指摘する。

 実際、今回はどのようなSCが雇い止めにされたのか。

 菅原昭子さん(仮名、60代)は自身の臨床心理オフィスを構えるほどのキャリアを持つが、今回、勤続26年にして“クビ”を宣告された。「これまで当たり前に更新を繰り返してきたんです。今回は公募になるとは聞いていましたが、それまでの実績がゼロにされるとは想像もしていませんでした」と途方に暮れる。

 子どもはすでに独立し、夫もまだ働いているという。それでも「将来への不安はぬぐえません。先日、生命保険を解約しました」と打ち明ける。

 勤続9年の神谷育江さん(仮名、30代)は昨年子どもが生まれたばかり。オンラインで話を聞いたとき、画面の向こうから「あばばば」という赤ちゃんの喃語(なんご)が聞こえてきた。学校からの評価はオールA。雇い止めを報告した学校関係者からは「理由は、昨年神谷さんが産休(妊娠出産休暇)を取ったからではないか。それしか考えられない」と指摘されたという。

 神谷さんの勤務先は2校なので、雇い止めによる減収は約340万円。共働きで年収は夫とほぼ同水準だったため、家計への打撃は大きい。住宅ローンに教育費、老後に備えた貯蓄――、考え出すと頭が痛くなる。「これが“赤ちゃんファースト”をうたう自治体のやることなんでしょうか。部品を外して新しいものと換えるかのような理不尽なことを行政が率先してやっている」と憤る。

■「圧迫面接があった」

 取材で話を聞いていて、もうひとつ気になったのは、複数のSCが公募の際に「圧迫面接があった」と訴えていたことだ。

 あるSCは「教師との情報共有も仕事のひとつだという回答をしたところ、面接官から『SCって、共有と傾聴以外に何ができるんですか?』と鼻で笑われました。面接中、傾聴という言葉は一度も使っていないのに……」と話す。面接官は2人で、時間は15分ほど。扉を閉めた瞬間、室内から笑い声が聞こえてきたことにも、違和感を覚えたという。

 答えている最中に「もう結構です」「簡潔に!」「巻きで話してください」と手のひらを向けられ、強い口調で遮られた、こちらが答え終わる前に次々と質問を畳みかけられた、という証言も複数あった。また、「子どもが不登校になったらどうしますか?」などあいまいな質問が多く、「完全に不登校なのか?」「不登校になりつつあるのか?」「保健室登校はできているのか?」など、SC側から設定を確認しなければならない場面がたびたびあったという。

 別のSCは「質問に質問で返さなければ答えようがない質問が多く、(面接官は)SCの仕事のことを知らないんだなと思いました。それなのに面接中にメモも取らない。あらかじめ落とす人を決めていたのではないかとも感じました」と振り返る。

 都教委によると、面接を担当したのは学校勤務の経験のある都職員で、統括指導主事もしくは指導主事。基本的にSCの経験者はいないという。

 「あの子のことをどう引き継ごう」「3月いっぱいで終わりですと伝えたお母さんから『あなたにしか話せないのに』と泣かれました」――。取材で出会ったSCたちは全員、何よりも先に子どもたちや保護者のことを気にかけていた。SCの登校は原則春休みに入るまで。やりきれない思いを抱えながら最後の登校を迎えつつある。

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最終更新:3/15(金) 10:11

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