上野千鶴子×海老原嗣生「30代前半の未婚率4割時代…40代出産は共働き世代の有望な選択肢か」

4/17 8:17 配信

プレジデントオンライン

晩婚化が進んでいる。40代での出産はキャリア女性にとって有望な選択肢となるのか。『こんな世の中に誰がした?』が話題の社会学者・上野千鶴子さんと『少子化 女“性”たちの言葉なき主張』を上梓した雇用ジャーナリストの海老原嗣生さんの対談をお届けしよう――。

■40代での出産は1つの選択肢に

 【上野】海老原さんは新著の4章で妊活について、頁数を数えましたけど、50ページも割いていらっしゃる。これは全体のほぼ5分の1にあたります。どういう意図なんでしょうか。

 【海老原】働く女性、特に30代の女性が抱えやすい悩みのひとつに妊娠・出産があると思います。その背景には、2000年を過ぎたあたりから沸き起こってきた、女性識者や行政による「早く産むべき」論があるのではないでしょうか。20代で産むべきという風潮の下で、その年齢を過ぎた30代・40代女性は焦燥やあきらめを感じさせられています。そんな女性たちに、私は「今は40代でも出産可能なのだからあきらめなくていいんだよ」と伝えたいと思っています。

 【上野】40代での初産はリスクが高いといわれています。すでに出産経験のある女性は40代でも産みやすいかもしれませんが、初産の場合は違うでしょう。

 【海老原】私は、40代だとどのくらいの希望者が出産までたどりつけるか調べてみました。女性の妊孕率(子どもを産む力)は年齢とともに低下しますが、30歳を100とした場合、40代前半では70~75程度への低下でしかありません。実際、大正~昭和戦前期の女性では、40代を通した出生率が0.4程度ありました。それも、初産だと思われる35歳以上の晩婚者層で出生率が高くなっています。

■高齢出産のリスクをどう考えるか

 【上野】戦前の40代出産者には、出産経験のある経産婦のほうが多かったのではないでしょうか。それに、もし40代の初産者が多かったとしても、今の産科学でもやはり40代での初産のリスクは高いとされています。もうひとつ、高齢出産では障害児出産リスクが高くなります。リスクというと確率ですが、当事者にとってはゼロかイチかですから大問題です。

 【海老原】しかし、そこは皆さんに正しい知識を持ってもらうべきだと思います。リスクが高いと聞くと、ダウン症児の出産可能性が2分の1ほどもあるように思いがちですが、データを見るとその可能性は40歳で90分の1です。この確率を知ったうえで判断してもらうことが大事ではないでしょうか。現在では、生まれてくる子どもの障害の有無を事前に調べる方法もあります。さらに進んで、人工授精の段階で、子宮に戻す卵子を選ぶ着床前診断も可能になりました。

■30代前半の未婚率はすでに約4割

 【上野】そうなると、出生前診断を進める、ひいては生殖コントロールを進めるということになっていきますね。

 【海老原】そこは規制などしっかり作るべきですよね。でも、前述の着床前診断であれば堕胎が不要となり、精神的にも相当負担が減るでしょう。そもそも、大学を出て、男性と同等の働きを求められている女性全員に「遅くても30代前半までに産みましょう」というのはもう無理でしょう。では、その年齢を過ぎたら子どもがほしくてもあきらめなくてはいけないのかというと、今はそうではない。昔と違って今は不妊治療や着床前診断、卵子凍結、国内では未承認ですが代理母など、多くの選択肢があるという事実を広く知ってもらいたいんです。

 【上野】私は賛成できません。不妊治療はともかく、着床前診断は胎児の選別やデザイナーベイビーなどにつながっていきますし、代理母という手段は女性の搾取そのものです。それに、40代で子どもを産んだらその子が成人したとき、つまり高等教育費の負担がいちばん重いときに60代になっています。その費用をどう稼ぐのかという問題が出てきます。

 体力の問題もあります。私の周りにも40代で母になった女性がいますが、20代で母になるのとはわけが違って、やはり体力が全然違います。加えて、女性がその年代だと父親も40代で管理職になっているでしょうから、彼らが育児参加できるのかどうか。さまざまなことを考えあわせたら、40代での出産を勧めるのはいかがなものかと思います。

■育児はアウトソーシングでは解決しない

 【海老原】もちろん20代で結婚し、妊娠した場合はそれが一番でしょう。でも現在、30代前半女性の未婚率はすでに約4割まで上昇しています。私は彼女らに「死刑宣告」することができないのです。30~40代の未婚女性たちに、いたずらに「可能性が低い」と煽るのではなく、リアルなデータと、色々な選択肢があることを伝えて、「あきらめなくてもいいんだ」と前向きな気持ちになってもらいたいだけなんです。

 【海老原】教育費については、出産が40代になった人たちはそのぶん裕福になっている可能性も高いですし、今は65歳まで働けます。1980年代の55歳定年制と比べれば10年長くはたらけるし、寿命もこの間10歳延びている。稼得的にも余命的にも、今の40歳は昔の30歳と同等ともいえるでしょう。逆に今は、早く産んだ場合だと、将来、老々介護になる可能性だってあります。40代出産だと、子育てと更年期が重なるというなら、アウトソーシングを活用することで解決できるでしょう。

 【上野】父親の育児参加が難しいからアウトソーシングを、という考え方には賛成できません。最近は育児バウチャーなども提供されていますが、そんなスポット的な支援だけでは、女性は仕事と育児を両立できません。そうなると保育所やファミリーサポートを利用することになりますが、どちらも利用時間が決まっていますから、どうしても父親、つまり管理職男性の仕事にも影響が出てきます。その点はどうお考えでしょうか。

■育児をしながら事業部長に

 【海老原】僕は、イクメンをしながら編集長や事業部長をやっていた身として、そんなに難しいとは感じませんでした。当時でさえ保育所は19時半まで預かってくれたので残業も可能でしたし、平日は共働きの妻と半々で送迎を分担して、週のうち1日だけはベビーシッターを入れていました。お迎え当番ではない週3日は残業もできますし飲み会に参加することも可能です。結果、2人とも育児中も仕事や余暇の時間を持つことができて、それほど無理せずに過ごせたんですよね。育児すると何もできなくなる、というような風説が良くない気がしています。

 【上野】海老原さんのケースはレアケースじゃないでしょうか。今でも毎日のように22時、23時まで残業という男性はたくさんいますし、高スペックの女性はそうした高スペックのエリート男性を選ぶことが多い。結果、そうした男性を選んだ女性は、夫に育児戦力としての期待をしないという構造ができあがってしまっています。

 最近は男性の育休取得率が17.3%まで上昇していると聞きますが、あれは数字のトリックですね。3日から45日間取得した人もすべて含めた数字です。それだけでなく、育休取得した男性は、査定や評価が下がっているんじゃないでしょうか。もちろん企業はオモテ向きは認めないでしょうが。

■エリート男性ほど育休を取らない大問題

 【海老原】確かに、育休取得率には1日の人も1週間の人も全部入っています。査定に関しては実態を把握するのが難しいですね。なぜなら、育休をしっかりとる男性には、もともと低査定の人が多かったりするんですよ。上野さんがおっしゃる通り、エリート男性は育休をとっていないか、とっても短期間の可能性が高い。そこは非常に問題だと思います。

 【上野】エリート男性は育休をとらない、もしくは会社がとらせない構造があると。そうすると、子どもが生まれたことによって働き方が変わるほどの変化を経験した、海老原さんのような男性はまだ非常に少ないわけですね。

 【海老原】ただ、夫婦どちらも正社員の共働き家庭では、ここ最近、男性の家事育児時間が1日114分にまで伸びてきています。この時間はまだまだ女性の3割に過ぎませんが、それでも経験した男性は妻に向かって「家事育児なんて簡単だろ」なんていわなくなったと思うんですよ。

 【上野】そりゃそうです。自分でやってみればわかります。ですから、岸田首相が育休中のリスキリングを提案したときはものすごく批判されましたよね。ただ、男性の家事育児時間がわずかでも伸びたのには、コロナ禍による在宅勤務の影響もあったと思います。それだけでなく、育休取得中の男性が、その時間を育児にではなく、趣味に使っているというデータもあります。

■ベビーシッターに反対する男がいるなんて!

 【海老原】確かに在宅勤務経験者の家事育児参加時間は伸びていて、今もあまり減退していません。これはいいことですよね。さらに、ベビーシッターを使うことに対する男性の意識も、ここ数年で劇的に変わりました。以前は賛成派が3割だったのが、今では7割になっています。これまでは妻がベビーシッターを使いたいといっても反対していた男性たちが、自分で育児を経験したらあまりにも大変だったから賛成に回ったのだろうと、私は見ています。

 【上野】反対する人がいるんですか。いったい何を考えて反対してるんだろうと思います。現実にはベビーシッターはいくらニーズが高まっても、供給がありません。供給があってもコストが高くつきすぎます。男性がベビーシッターに賛成するようになったからといって、働く女性が抱える問題が解消に向かうとは思えません。

■女子高生が見る真っ暗闇な社会

 【上野】最後に、エピソードをひとつ紹介させてください。最近、女子高生相手に今の日本女性の現状を話す機会が増えました。あるとき私の講義を聞いた女子生徒の一人からこんな感想が返ってきました。「今日の上野さんの講義を聞いて、私がこれから出ていく社会はまっくらだとわかりました」と。もし海老原さんが私の立場にいたら、彼女に何とおっしゃいますか?

 【海老原】難しいですね。「今の40代女性が社会に出たときは漆黒の海だったけれど、あなたが社会に出るころには夜明けが見えるぐらいには変わっていますよ」と言うかなと思います。

 【上野】確かに、日本もいくらかは変わりました。今の女子高生の母親はちょうど40代ぐらいです。その母親の生活を見ていて、彼女たちは「こんなのやってられない」と思っています。母親が大変な思いをしているのに、父親はずっと変わらないことに不当感を持っていて、その思いを私にぶつけてくるんです。

 【海老原】今の40代女性たちは男性社会で道を切り拓いてきたフロントランナーであり、本当に大変な思いをしていると思います。まだまだ女性に不利な社会であることは確かですが、彼女たちの頑張りのおかげで社会や男性は少しずつ変わってきました。さらなる変化に向けて、私も提言や発信を続けていきます。



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上野 千鶴子(うえの・ちづこ)
社会学者
1948年富山県生まれ。京都大学大学院修了、社会学博士。東京大学名誉教授。認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長。専門学校、短大、大学、大学院、社会人教育などの高等教育機関で40年間、教育と研究に従事。女性学・ジェンダー研究のパイオニア。
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海老原 嗣生(えびはら・つぐお)
雇用ジャーナリスト
1964年生まれ。大手メーカーを経て、リクルート人材センター(現リクルートエージェント)入社。広告制作、新規事業企画、人事制度設計などに携わった後、リクルートワークス研究所へ出向、「Works」編集長に。専門は、人材マネジメント、経営マネジメント論など。2008年に、HRコンサルティング会社、ニッチモを立ち上げ、 代表取締役に就任。リクルートエージェント社フェローとして、同社発行の人事・経営誌「HRmics」の編集長を務める。週刊「モーニング」(講談社)に連載され、ドラマ化もされた(テレビ朝日系)漫画、『エンゼルバンク』の“カリスマ転職代理人、海老沢康生”のモデル。著書に『雇用の常識「本当に見えるウソ」』、『面接の10分前、1日前、1週間前にやるべきこと』(ともにプレジデント社)、『学歴の耐えられない軽さ』『課長になったらクビにはならない』(ともに朝日新聞出版)、『「若者はかわいそう」論のウソ』(扶桑社新書)などがある。
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最終更新:4/17(水) 8:17

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