日仏夫妻始めた写真祭「KYOTOGRAPHIE」国際的人気のワケ、京都に縁がなかった2人が立ち上げた経緯

4/14 9:41 配信

東洋経済オンライン

 京都で毎年開催されている「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭」をご存知ですか?  日本では数少ない国際写真祭で、毎年約1カ月にわたって写真展を含むイベント(今年は4月13日から5月12日まで)は日本人のみならず、海外の人からも高い評価を得ています。京都の美術館や町屋など各所で開催される写真祭(今回は12カ所、13展示)の来場者の年齢層が幅広く、リピーターも多い同写真祭の来場者数は昨年、24万人にのぼりました。

 そんな写真祭を立ち上げたのが、フランス人で写真家のルシール・レイボーズさんと、夫で照明デザイナーの仲西祐介さん。レイボーズさんはフランス、仲西さんは九州出身、とまったく京都と縁がなかった2人はいかにして京都で写真祭を開催するに至ったのでしょうか。

■もともと魚屋だった場所をアート拠点に

 私が取材に訪れた際、2人は出町柳の商店街の一角にあるKYOTOGRAPHIEの拠点(で彼らの家でもあります)で出迎えてくれました。「DELTA/KYOTOGRAPHIE Permanent Space(デルタ/キョウトグラフィーパーマネントスペース)」は1階が常設ギャラリー兼カフェで、2階はアフリカ人アーティストのための「アーティスト・イン・レジデンス」、最上階はオフィス兼会議室となっています。

 もともと魚屋だったこの場所を改装したのは、ちょうど新型コロナウイルスのパンデミックが始まったころ。ここはKYOTOGRAPHIEの拠点である以上に、レイボーズさんと仲西さんの「ライフスタイル」そのものなのです。実際、インタビュー中、彼らの息子が自分の靴のことを尋ねてきたりしました。

 現在、KYOTOGRAPHIEのフルタイムスタッフは5人。年間のうち9カ月はスタッフが35人に増え、会期中はボランティアを含めて300人が関わることに。そのすべての総監督をしているのが、共同ディレクターのレイボーズさんと仲西さんです。

 アフリカ育ちのレイボーズさんが、 初めて日本に来たのは1999年。「坂本龍一さんがサリフ・ケイタを日本に招いた際に、私は彼の世話係として2カ月間滞在しました。当時、私は写真家としてレコードジャケットの仕事をしていました」。

 レイボーズさんは日本の神道とアフリカのアニミズムの間にいくつかのつながりを見出しました。そして、彼女は日本に「憧れ」、何度も足を運ぶようになります。

 2007年に東京を訪れた際、レイボーズさんは妊娠しており、娘のエデンさんを日本で産みます。ところが、アフリカ人パートナーは出産後すぐにレイボーズさんのもとを去り、シングルマザーに。「とてもつらい時期でした」とレイボーズさんは振り返ります。

■東日本大震災を経て京都に「移住」

 そのまま東京に残りましたが、2011年3月11日に東日本大震災が発生。エデンさんはまだ3歳半で、彼女は多くのフランス人同様、原発問題、特に娘への放射能の影響をとても心配したと言います。そこで彼女はエデンさんを連れていったんフランスに戻って彼女を両親に預けて、『エル』誌の取材のために再び日本へ戻ります。取材は震災後の東北における母と子供たちの姿を描くものでした。

 次にレイボーズさんは被爆者への取材のために、広島へ向かい、その帰りに訪れたのが京都でした。「日本には残りたいけれど東京は安全ではない」と感じたレイボーズさんはエデンさんをフランスから迎え入れ、ともに京都へ移住することを決めます。

 その数カ月後、妖怪をテーマにしたプロジェクトで照明デザイナーの仲西さんと出会いました。当時、東京に住んでいた仲西さんも京都に住まいを移します。

 「私はいつもカメラを持って1人で旅をしていました。まさに独り立ちしていたのです」とレイボーズさんは出会った頃のことを振り返ります。「でも、祐介と出会ってすぐに、一緒に仕事をすること、一緒に創作することはシンプルで自然なことになりました」。

 今ではつねに一緒に「喧嘩しながら」創作活動に取り組んでいる、と仲西さんはいいます。「議論をできる相手だからこそきちんとした関係が構築できるし、お互いがやっていることが好きだというベースがあります」。

 震災後しばらくは互いに3.11のトラウマを抱えながらも、せっかく新たな場に来たのだから、「当時タブー視されていたテーマを議論できる場を作りたかった」といいます。「私たちは、原発事故に関するメディアの取り上げ方や、これが非常に微妙で重要なテーマにもかかわらず、一般市民のための情報が不足していることに腹を立てていたのです」(レイボーズさん)。

 写真は世界共通言語であると考えた2人は、KYOTOGRAPHIEを立ち会えることを決めます。さらに、外国人写真家を招聘することで、日本ではタブー視されているテーマについてのメッセージをよりシンプルに伝えることができるようになる、と考えました。今でもこの写真祭の出展者の7割は外国人写真家で、それゆえに海外でも知られる写真祭となったわけです。

 「KYOTOGRAPHIEはクオリティと実現したいプロジェクトに集中しています。私たちは最高のスポンサーを見つける方法を知っていますし、彼らやアーティストと協力して仕事しています」とレイボーズさん。

■あのシャネルもスポンサーになった

 「誰からも指示されたくない」との理由から、KYOTOGRAPHIEは開催当初から、公的資金を使わずに開催しています。写真祭の目的は社会を変えることであり、最も重要なことは利益を得ることではなく、「毎年続けること」だといいます。

 そうした「意思」を持つKYOTOGRAPHIEのスポンサー陣は非常に豪華です。初年度は、シャネル日本法人で会長を務める、リシャール・コラス氏がスポンサーに名乗りを上げました。通常、シャネルでは、シャネル以外のイベントのスポンサーになることはありませんが、コラス氏自身が写真や京都の町屋が好きだったこともあり、KYOTOGRAPHIEではシャネルのロゴを使うことができました。

 このほかにも、アニエス・ベー、クリスチャン・ディオール、ルイナール、ケリング、ハースト婦人画報社などがスポンサーに名を連ねています。「ブランドから内容や見せ方を変えろと言われることはありません」とレイボーズさんはいいますが、それは2人の共同ディレクターが内容やセンスにこだわった企画を提案しているからでしょう。

 とはいえ、始めてからの3年間は、多くの犠牲を払ったといいます。多くの人が「成功するはずがない、京都はとても難しい街だ。君たち2人がここで成功するのは不可能だ」と言いました。一方で、京都市長はこの日仏プロジェクトに非常に驚き、当初から協力的で、多くの場所を提供してくれた、といいます。

 実際、KYOTOGRAPHIEの大きな特徴の1つは、寺社や町屋など歴史的建造物が会場になっていることです。例えば、今年は「誉田屋源兵衛 竹院の間・黒蔵」では、上海で結成されたアートユニット「Birdhead(バードヘッド/鳥頭)」の展示が行われるほか、建仁寺・両足院では、柏田テツヲさんの作品が展示されています。伝統と新しさをミックスさせたり、大胆な展示を行うことで、作品が新たな魅力を帯びるのです。

 KYOTOGRAPHIEには毎年、メインテーマがありますがこれは夫婦で話し合って決めています。その年のニュースや環境を考慮してまず夫婦で決めてから、95%が女性である経営陣とそのアイデアを共有します。テーマに決まりはなく、夫婦の主観で決められることが多いのですが、「意味があり、サプライズがなければいけません」とレイボーズさん(2人の口からは「サプライズ」という言葉がよく出ます)。

 今年のテーマ「Source(ソース)」ですが、ブラジルのヤノマミ族の生活と苦悩をとらえた(クラウディア・アンドゥハルさん)や、イランで起きた1人の女性の死をめぐる蜂起や抗議活動に関するル・モンド紙の展示など、幅広い作品が展示されています。

 出展するアーティストの選択に関しては、キュレーターから多くの提案を受けるようになりましたが、写真祭の前にすべてのアーティストに直接会うようにしています。また、KYOTOGRAPHIE終了後には、今度はフランスでパートナーや協賛企業と面談するなど、対話を重視しています。

■「ブランド化することには興味がない」

 そんなKYOTOGRAPHIEの評判は海外でも高く、「例えば香港でのフランチャイズ販売の提案をたくさん受けました」とレイボーズさん。「ただ私たちはビジネスマンではない。ブランド化することに興味はありません。私たちが求めているのは、最高のクオリティです」。

 今年2月、KYOTOGRAPHIEは芸術各分野において毎年優れた業績をあげた人に贈られる、「芸術選奨文部科学大臣賞」を受賞しました。KYOTOGRAPHIEは単なる美の祭典ではなく、「日本でタブー視されていること」に挑むことで、社会問題や私たちが生きたい未来について深く考えることを促す機会になっています。

 移住した当初は、京都独特のカルチャーやコミュニケーションに戸惑うこともあった、という夫妻ですが、「自分たちの方法で馴染むようにした」ことで今では幅広い交友関係を築いているといいます。「京都はつねにインスピレーションをくれます」というレイボーズさんの言葉通り、今年も多くの人がKYOTOGRAPHIEを通じて京都の熱を感じるのでしょう。

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最終更新:4/14(日) 9:41

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