障害者を雇用すると企業の業績が伸びる理由「慈善事業ではなく、経営戦略の一環と考える」

4/7 6:32 配信

東洋経済オンライン

一定数以上の従業員を抱える事業主には、障害者の雇用が義務づけられている。全体の雇用者に占める身体や知的、精神障害者の割合を定めたものが「法定雇用率」だ。この4月、その法定雇用率が2.3%から2.5%に変更された。従業員40人に1人は障害者を雇わねばならない。さらに2026年度には2.7%に引き上げられる予定だ。
満たせない場合、罰金の支払いや行政指導、企業名の公表などのペナルティーがあるものの、従来の2.3%でさえ達成率は約50%にとどまる。こうした状況の中、企業は障害のある労働者とどう向き合うべきなのか。『なぜ障がい者を雇用する中小企業は業績を上げ続けるのか?』(中央法規出版)などの著書がある経済学者、影山摩子弥・横浜市立大学教授に聞いた。

■健常者の業務パフォーマンス良化

 ――障害者を雇用すると、企業にはどのようなメリットがありますか。

 統計学の手法で分析したところ、業績に好影響をもたらすとわかった。どれぐらい良くなるかは業界ごとに違うので一概には言えないが、数字が伸びるのは間違いない。

 ただ、単に雇用しているだけでは駄目。健常者の社員が障害を持つ社員と深く接していることが条件となる。難しい話ではなく、日常的な作業や打ち合わせを一緒になって取り組んでいけば十分だ。

 中小企業のほうが目に見えて成果を上げやすい。人数が少ない分、1人あたりの障害者との接触が密になるからだ。経営の体力が少ないため、賃金を払うからには障害者も戦力にならないと困ってしまう。会社全体で支えようという機運が高まりやすい。

 ――なぜ健常者の社員が障害者と接触すると、全体の業績が上がるのですか。

 健常者の生産性が上がるからだ。例えば、知的障害の人に指示書を渡しても、複雑な内容は理解できない。簡潔に教えたり、書き直したりする必要が生じる。作業工程もわかりやすいように組み直す。すると、誰に対しても優しく、働きやすい環境が完成する。健常者のミスも減り、業務が効率化していく。

 さらに人間関係も良くなる。職場に障害者が入ると、元からいた社員は「自分は健常者だ」と意識するようになる。つまり、共通性が生まれる。

 次に倫理観が高まる。何かサポートできないか、と各々が考えるからだ。障害者の中には、複数の指示を受けるとパニックに陥る人もいる。健常者同士で相談し、誰が何を伝えるべきか、内容を整理するようになる。

 協力体制が構築され、自然とコミュニケーションが活性化する。結果的に相互理解が深まり、健常者の間でも配慮し合うようになる。1人1人の心理的安全性が高まり、業務パフォーマンスの改善につながるのだ。こうした効果は統計的な裏付けも取れている。

■障害者がイノベーションを生み出す

 ――障害者雇用を「社会貢献、慈善事業」と割り切る企業も少なくありません。

 特に大企業でその傾向が顕著だ。社員数が多く、障害者との関係性に濃淡が生じるため、利点を感じにくいからだろう。

 そもそも大企業は、健常者の中でも優秀な人を採用しており、障害者を「足手まとい」と考えがちだ。組織に溶け込ませるノウハウもない。たいていの場合、特例子会社(親会社の雇用率に加算する目的で障害者雇用に特化した子会社)を活用し、義務さえ果たせばいいや、となってしまう。

 こうした現状は、すごくもったいないと感じる。大きなコストを掛けているにもかかわらず、経営戦略を立てられていない。

 注意すべきは、「優秀な健常者は多様性を潰す」という事実だ。周囲に違和感を覚えてもうまく自分を合わせる。苦手なことでも「やれ」と上司に命じられれば、何とかこなす。あるいは、期待を察して嫌な仕事にも自分から取り組む。

 いつの間にか、似たような思考や能力の人ばかりの集団ができる。昔はそれでもよかったが、今の時代は通用しない。海外の企業に勝てず、日本経済の成長は止まっている。

 障害者はできること、できないことが明確で、周りに合わせられない。職場にダイバーシティー(多様性)を持ち込み、他者を尊重しようという雰囲気を醸成してくれる。

 すると、異なる考えを持つ人間が組織内に増え、自由にアイデアを発言できるようになる。議論を深めていくと、イノベーションが生まれる。

 最近は子育て中の女性が働けるとか、男性の育休取得率が高いとかで、ダイバーシティーを語る企業が多い。だが、そんなことは当たり前の話で、誇るものではない。障害者雇用こそが、成長の土壌を作り出すカギだ。

 ――障害者に職場で活躍してもらうためには、具体的にどうしたらいいのでしょうか。

 まず必要なのは、経営的な戦略だ。現場任せでは失敗する。多くの健常者は障害者と密に接した経験がない。共に働けと言われても、最初は不安や不満も生じる。それでも、上層部が決めた方針ならやってみようと思える。

■障害特性と業務のマッチングが重要

 成功した企業を見ると、社長が率先して障害者を気に掛けるケースが多い。部下たちはその姿を見て安心するのだろう。ただ、規模が大きい会社では難しいので、障害者と健常者を仲立ちする、クッションのような役割の社員を現場に置くとうまくいきやすい。

 そして、最も重要なのは障害特性の把握だ。身体障害者は外見で状態をつかみやすい。一方、知的や精神の障害は症状がさまざま。先入観を持たず、その人に向いている業務とマッチングさせれば、やりがいを持って働ける。健常者以上の能力を発揮する人もいて、お互いに仲間だと認め合えるようになる。

 ――福祉に詳しくない一般社員は、知的や精神の障害特性をどう把握するのですか。

 そうした障害者にはたいていの場合、地域の支援者が付いている。特別支援学校の教員や就労支援施設の職員らだ。彼らに相談すれば、有益なアドバイスを得られるだろう。

 当事者とのコミュニケーションは大切だが、必ずしも本人が自分自身を理解しているとは限らない。業務を切り出す際は支援者に自社の職場を見せ、やれる仕事を一緒に考えるべきだ。支援学校の先生に作業を体験してもらったり、障害者をインターンで受け入れたりするのも効果的だ。

 ――障害者を雇いたくても、採用に苦労する企業が多いと聞きます。

 軽度の障害者は法定雇用率を満たしたい企業間で取り合いになる。大企業が人材紹介業者に多額の報酬を支払い、大量に集めるケースもある。そうなると、中小企業はやや難しい障害を抱える求職者から選ばざるをえない。

 ただ、勘違いしてはいけない。障害の軽重は、労働者としての優秀さとはまったく関係ない。大切なのは特性と業務のマッチング。たとえ重度障害があっても、仕事の内容によってはうまくハマる可能性も十分にある。障害の区分は、あくまでも生活上の不便さを示すものでしかない。

 中小であれば、地域の中小企業家同友会に入るのが近道だ。すでに障害者雇用に取り組む先輩企業からノウハウを教えてもらったり、就労支援組織や特別支援学校を紹介してもらえたりする。

 ハローワークに求人を出すのも有効だが、文面での募集になる。「こういう障害なら自社で働ける」と明確になっていないと、ミスマッチが起きやすい。障害者を初めて迎えるような会社は、より密な相談に乗ってもらえるよう、支援組織とのつながりを作るべきだ。

 障害者雇用には、さまざまな補助制度や助成金もある。採用や就職後の定着に役立つので、公的な支援もぜひ活用してほしい。

■人手不足の解消や会社のイメージアップに有効

 ――「そこまで障害者にリソースを割けない」と考える企業には何を伝えたいですか。

 確かに障害者を採用し、戦力化するまでは時間も労力も要する。だが、それを補って余りあるほどのメリットがある。手をかけただけのフィードバックは必ず返ってくる。

 実際、中小企業の中には、義務づけられた人数以上に障害者を雇う会社も少なくない。法定雇用率は関係なく、純粋に経営的な効果があるから採用するのだ。一度ノウハウさえ確立できれば、人手不足の解消や会社のイメージアップにもなる。

 健常者だけの職場は楽だろう。しかし、繰り返しになるが、イノベーションを生み出すには多様性ある組織でなくてはならない。それを実現するための人材を、国の助成を受けながら雇えるのだから、活用しない手はない。日本経済の成長に障害者の活躍は不可欠だ。

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最終更新:4/7(日) 6:32

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