JR東日本グループが、カスタマーハラスメントに対して毅然とした対応を行うとする方針を発表した。「サステナビリティー経営」が重視される昨今、企業としてこの姿勢を示したことは称賛に値する。企業の業績には関係ないことに見えるかもしれないが、この判断は経営学上も正しいといえるのだ。(やさしいビジネススクール学長 中川功一)
● JR東日本「カスハラ」方針表明にあっぱれ
JR東日本、大英断である。
JR東日本グループは、カスタマーハラスメントに対する方針を発表。今後、従業員の人権を侵害したり、暴力被害を受けたりするような事案に対しては、客としての対応を止め、警察・弁護士への連絡も辞さないという毅然たる対応をすることとした。
これこそが、「人的資本経営」であり、社会との調和のもとに企業の永続的繁栄をもたらす「サステナビリティー経営」である。
JR東日本グループは、4月26日に発表した方針の中でこう述べた。
「カスタマーハラスメントに該当する行為に対しては、毅然とした対応を行い、グループで働く社員一人ひとりを守ることも、継続的に安全で質の高いサービスを提供していくためには不可欠と考えた」
悪質な客には、毅然と対応する――。これは、身内に甘いとか、客を客と思っていないという話ではない。むしろ、顧客に質の高いサービスを提供し続けるためにこそ、従業員を守る必要がある、という意味だ。
永続的に質の高いサービスを提供するためには、まず内部の人を大切にすべきだ。
● 経営者は3つのことに責任を持つ
その理論の原点は、経営学の父、ピーター・ドラッカーによる「経営者の仕事」(『マネジメント[エッセンシャル版]』ダイヤモンド社に収録)にまで遡ることができる。
経営者の仕事は、「売り上げや利益などの成果(アウトプット)に責任を持つもの」と、しばしば規定される。
だが、ドラッカーはこれを否定する。
ドラッカーは、経営者は、(1)経営業績というアウトプットのみならず、 (2)質・量ともに充実した人・モノ・金・情報のインプットを揃えること、(3)効率性や、安定性、継続性を備えた生産体を組織すること、という3つの側面の全てに責任を持つべきだとしたのである。
ドラッカーは、持続的に成長できる企業とは、単に業績が良いだけでなく、優れた製品・サービスを、社会的な責任ある姿勢で、安定的に提供し続けられる企業であると考えた。
結果にだけ責任を持つような経営では、一時の業績に秀でたとしても、どこかでつまずく。
だが、経営陣がインプットと過程にまで責任を持つならば、事業のリスクははるかに低減され、社会に望まれる形で、企業活動を継続していけるようになるだろう。
かくして、ドラッカーは、経営者はインプット、プロセス、アウトプットの全側面を管理すべきだと結論付けたのである。
● サステナビリティー経営の第一歩とは
「社会に望まれる形で、組織を永続させる」という観点からは、悪質な客と、善良な従業員の、どちらを守るべきだろうか。
悪質な客に頭を下げ、当社が悪うございましたと対応したならば、何が起こるか。
悪質な客は自分たちが正しいのだと図に乗り、自社サービスにはそうした客があふれかえってしまうようになるだろう。
そうなれば、それ以外の多数を占める善良な顧客が、不快な思いをするようになる。自社の従業員も疲弊していく。何より、悪質な客がそこかしこに跋扈(ばっこ)する社会が生み出されてしまう。
一方、善良な従業員を守り、悪質な客に毅然とした対応を取った場合はどうだろう。
悪質な客は自社サービスから排除されていき、多数を占める善良な顧客にとって、より満足度の高い、望ましいサービスになる。従業員は健全に職務に尽くすことができる。
そして、より善良な意識にあふれる、従業員と顧客との間で歓びの交換が行われる社会が実現されていく。
サステナビリティー経営を願うなら、本来、「善良な従業員を守ること」一択だったはず。人を中心とした経営が大切だと思うならば、自社のために働いてくれる善き心を持った従業員を守ることが、その第一歩となるのだ。
ダイヤモンド・オンライン
最終更新:5/16(木) 8:32
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