高円寺の人気銭湯が「東急プラザハラカド」に進出までの紆余曲折 若手経営者が新たな取り組みに挑戦

4/10 11:02 配信

東洋経済オンライン

■普通の町の銭湯で、今流行りのサウナもない

 1933年から続く高円寺「小杉湯」が、4月17日に開業予定の東急プラザ原宿「ハラカド」内に2店目をオープンするという。

 いわゆる「町の銭湯」は今、死に瀕していると言っていい。全国の一般公衆浴場数は3000件(厚生労働省・令和4年度衛生行政報告例)で、20年間で半数以下に減少した。利用者数の減少、施設の老朽化、後継者不足などによる転廃業が原因だ。

 その銭湯が、若者とファッションの街として名高い原宿にオープンするとはどういうことなのだろうか。

 まず、高円寺の小杉湯について説明していこう。

 90年以上の歴史を有し、風格のある建物が国の有形文化財に指定されている小杉湯。平日は400~600名、土日は900~1100名の客が訪れるという。ちなみに東京都内の1浴場1日あたりの利用者数の平均は144名だ(東京都調べ)。

 とは言え、小杉湯は本当に普通の町の銭湯で、今流行りのサウナもない。しかしその普通がとても心地よい。

 番台の接客も行きつけの店のような親しみがあり、ちょうどよい距離感だ。地下からくみ上げている水の質も魅力の一つらしい。肌あたりがやわらかく、冷水に入ったときに冷たさがやわらぐ。熱湯(あつゆ)と冷水に交互に入る入浴法が奨励されている。

 壁には、お決まりの富士山の銭湯絵だ。

 銭湯好きとして注目したのが、脱衣場にあるコート掛け。冬場はロッカーを2つぐらい使わないと、着ているものや荷物が入りきらないのだが、コート掛けのある銭湯はあまりないように思う。

 もっとも、繁盛している小杉湯ではロッカーを2つ使うという贅沢はできない。必需品として備えてあるのだろう。

 しかしこのように、普通の銭湯の魅力で多くの客を呼び込めるようになるまで、小杉湯はさまざまな工夫を重ねてきたようだ。小杉湯の副社長、関根江里子氏によると、3代目の平松佑介氏が家業を継いだ8年前は「斜陽産業」と呼ばれていた。客入りは地元の人を中心に、土日でも600~700名程度だったそうだ。

 もっとも、それでも東京都の平均数からすると多い。高円寺、そして隣駅の阿佐ヶ谷の周辺には銭湯やサウナ施設が数カ所ある。銭湯の風俗がまだなんとか残っている土地柄なのだろう。

 一般公衆浴場、いわゆる銭湯はかつて衛生的な生活の維持に欠かせない施設だった。そのため、料金は戦後以来「物価統制」を受けており、都道府県により上限が決められている。東京都は520円だ。毎日水、燃料を大量に要する銭湯において、平均的な144名の売り上げでは経営が厳しいだろうことが想像できる。

 自宅の風呂が普及した現代において、生活に必須とは言えなくなった銭湯は、存続をかけて需要の喚起を模索しなければならなくなった。小杉湯では先代から、地元のヨガサークルなど、地域の集まりに営業時間外の場所を提供し始めている。

■イベント要素を盛り込んだ

 3代目から始めたのが、日替わり湯、物販など。「生活の一部」であった銭湯に、イベントの要素を盛り込んだのだ。

 例えばユニークなのが、形が悪い等で商品にならない生産物を湯に入れる「もったいない風呂」。「みかん風呂」「酒かす風呂」などバラエティに富み、好評だったが、一方でコロナ禍、衛生面を心配する声が上がり、残念ながら現在は中断している。

 物販に関しては、湯上がりの飲み物としてクラフトコーラやクラフトビール、クラフトジンなど、ちょっとこだわった商品も品揃えした。1本500円近くと、銭湯の料金とほぼ同じ価格の飲み物も売れる。

 また、より「おもてなしの心」を感じさせるのが、アメニティの充実だ。シャンプー類だけでなく洗顔、クレンジング、化粧水、乳液を揃えた。これら、風呂エンタメ施設とも言えるスーパー銭湯なら完備されているが、銭湯では普通、リンスインシャンプーとボディソープがあるぐらい。

 フェイスタオル、バスタオルもそれぞれ50円、150円で貸し出している。現在は、今治と並ぶタオル産地、泉州のタオルを使用しているそう。小杉湯のスタッフが現地に足を運び、作り手と直に話してコラボ契約を結んできた。

 こうした地道な取り組みにより、客が徐々に増えてきた。

■常連たちと一緒に取り組む町づくり

 「ここ数年で、月に1回来てくれた人が週1という具合に頻度が上がり、さらに地元以外からもお客様が来てくれるようになった」(小杉湯副社長の関根江里子氏)

 なお、ここまで至るには、小杉湯だけではなく、小杉湯の常連、ファンがいっしょになって取り組んできたそうだ。小杉湯は代表取締役の平松氏、副社長の関根氏、正社員3名の体制。多くの人や企業との連携が欠かせない。

 例えば小杉湯に隣接するカフェ・コワーキング施設「小杉湯となり」の企画・運営を行っている「銭湯ぐらし」は、小杉湯の常連など40名で構成される企業。

 同社は「銭湯から始まる町づくり」を掲げ、近隣の空き家を「銭湯つきアパート」として再生させたり、マルシェや商店街の店とコラボイベントを開催するなどの事業を行っている。結果として、地元が活性化され、小杉湯のお客も増えるというわけだ。

 「私たちが仕掛けるというよりは、不思議なことにお客様がこちらに近づいてくる。いっしょにやりたいと言ってくれ、イベントなど新しい取り組みを始めることが多い。常連やファンの皆様がやりたいことを実現してきた結果、小杉湯の今がある」(関根氏)

 そういう関根氏自身、銭湯ファンの一人。しかし2年前まではまったく畑の異なる金融関係のスタートアップを運営していた立場だった。会社や株主の事情から、自分が提供するサービスや商品に真正面から向き合うことが難しく、事業や会社、社会について考えるようになった。「価値のあるものを経営したい」と思ったのが、銭湯の運営に関わるようになった動機だそうだ。

■新しい銭湯文化への挑戦

 「直感で『銭湯だ』と思った。小さな頃、清掃の仕事をしていた父が、帰宅すると銭湯に連れて行ってくれた。自分にとってもいい思い出のある場。そんな町の銭湯という日本の伝統的な文化に企業の経済的価値がつく、そんな世の中にしたい」(関根氏)

 今回、高円寺を離れての、原宿の商業施設におけるプロジェクトも関根氏が中心になって動いている。

 きっかけとなったのは東急不動産側からのアプローチだったそうだ。

 「東急不動産でも、コロナ禍で価値観が変わり、これまでのやり方ではうまくいかなくなっているという課題を抱えていた。存続の危機に直面している銭湯といっしょに、この先も長く続いていく街づくりに取り組みたいというお話をいただき、挑戦することになった」(関根氏)

 こだわったのは、継続性・持続性だった。地下1階の約半分にあたる、151坪のスペースを小杉湯がプロデュース。単なるモノの売り場、宣伝のスペースではなく、客といっしょに新たな銭湯文化をつくりあげられる場所でなければならない。

 小杉湯原宿とともにフロアを構成する企業として、長期的に手を結べる企業に声をかけ、賃貸契約も年間単位で結んでもらう。花王、ランニングシューズのアンダーアーマー、サッポロビールなどが入居する予定だ。

 花王は日本の公衆衛生を担ってきた企業として銭湯と方針を同じくする。アンダーアーマーは、ランニングステーションを展開するとのことで、これも汗を流す場所である銭湯とは相性がよい。ビールとの相性は言うまでもないだろう。

 銭湯スペースは高円寺の小杉湯より小さくなり、男風呂、女風呂にそれぞれ浴槽3つ、シャワー・洗い場がそれぞれ9つずつ。高円寺で人気のミルク風呂、熱湯と水風呂に交互に入れる温冷浴も楽しめる。「サ活」でブームのサウナは、あえて入れなかった。

 「サウナの『整う』でなく、温冷浴で『ゆるむ』体験が、小杉湯の名物。原宿でも小杉湯らしい、やわらかい体験を伝えたいと思い、お風呂で勝負しようと決めた」(関根氏)

■開かれた銭湯として、100年続く場所に

 4月17日の開業から5月12日までは「プレオープン期間」として、入浴できるのは地元の住民や付近で働く人限定となる。5月13日からのグランドオープン以降の方針は、プレオープン期間の状況を踏まえて決定する予定だ。

 銭湯として都で制限された上限の520円の入浴料で運営する。しかし、構造上、都が定める「一般公衆浴場」の枠には当てはまらず、スーパー銭湯などと同じ「その他の公衆浴場」の区分として運営する。

 ちなみに一般公衆浴場に対して都から行われている事業としては、バリアフリーや省エネ、耐震施設への改築費、燃料高騰対策補助などがある。小杉湯原宿ではこうした公共施設として受けられる補助なしでも、銭湯と同じ料金で持続的な経営が可能と見ている。

 「事前に地元の町会ともお話しさせていただいており、みなさん楽しみにしてくださっている。ただ、最初からうまくいくとは考えていない。まず10年かけて、町の銭湯としてのスタートラインに立つ。世の中の誰に対しても開かれた銭湯として、100年続く場所にしていきたい」(関根氏)

 小杉湯原宿が、銭湯の未来に向けた新たな出発となるか。長い目で見守っていきたい。

東洋経済オンライン

関連ニュース

最終更新:4/10(水) 14:21

東洋経済オンライン

最近見た銘柄

ヘッドラインニュース

マーケット指標

株式ランキング