食べログ3.9の「超人気つけ麺店」の店主が日本を離れる“切実な理由” 大人気店を営むも「ずっと不安」だった

4/3 10:02 配信

東洋経済オンライン

 JR武蔵野線・北府中駅、JR中央線・国分寺駅から1.5キロほど行った府中市栄町に一軒の人気ラーメン店がある。「中華蕎麦 ひら井」である。

 2021年5月にオープンし、その年の『TRYラーメン大賞2021-2022』では新人大賞で総合3位、つけ麺部門1位、とんこつ部門1位を獲得した人気店。東京農工大学の近くで決して駅からのアクセスが良いわけではないにもかかわらず、オープンから閉店までその行列は途切れることはない。

 その「ひら井」の店主・上野竜一さんが今年2月、Xにて突然日本を離れることを発表。ラーメン業界が騒然となった。

 突然の海外進出宣言。上野さんは何を考えているのか、早速取材した。

■大学生の頃からラーメン店でアルバイトを始める

 まずは上野さんの経歴を見ていこう。

 上野さんは大学1年生の頃から「ラーメン二郎」の八王子野猿街道店2と新小金井街道店でアルバイトを始める。

 実家が南大沢にあり、中央大学に通っていたので、野猿街道店にはとにかく毎週のように通っていた。週4~5日は「二郎」でアルバイトをし、他の日はラーメンの食べ歩きに費やしていた。

 2浪してようやく大学に入った上野さんは、周りの優秀な同級生たちを見て、このまま就職しても勝てるわけがないと思い、自分の一番好きで得意なラーメンで勝負することにした。

 卒業後、ラーメン店に就職するとその店の味しか学べなくなるので、別の角度からラーメンを学んでみたいと思い、大和製作所に入社する。大和製作所は製麺機をラーメン店に卸す仕事のほか、ラーメン学校を経営している会社だ。

 上野さんは名古屋営業所に配属され、24歳から製麺機の営業の仕事に就いた。

 各地のラーメン店、そば・うどん店を回り、それぞれのお店に合った麺を提案する仕事で、この仕事を通して麺はほとんどの種類を作れるようになった。出張で東海、北陸、関西、北海道など地方のラーメン店主と知り合うことができ、見聞を広めていった。

■「中華蕎麦 ひら井」をオープン

 29歳の頃、東京へ戻り、再びラーメン店に修業に入る。

 「ラーメン二郎 八王子野猿街道店2」をはじめ「AFURI」「はやし田」「神仙」などさまざまなお店でいろんな種類のラーメンを学ぶようになる。

 こうして、2021年5月に「中華蕎麦 ひら井」をオープンする。店名は上野さんが歌手の平井堅さんによく似ていると言われることに由来する。麺を強みにしたお店にしようと考え、つけ蕎麦を主力商品にした。

 「麺のレシピを先に固め、その麺に合うスープを開発していきました。濃厚豚骨魚介だと二番煎じになるので、動物系オンリーでいこうと鶏・豚・牛のスープを合わせた濃厚な一杯を完成させました」(上野さん)

 さらに、このつけ蕎麦のスープを作る工程でとれるあっさりとした一番ダシを応用して中華蕎麦を作り上げ、二枚看板として売り出した。炭火焼きと低温調理の3種類のチャーシューはオープン時から話題になった。

 「二郎」に通っていたお客さんがオープン当初から来てくれて、徐々に口コミで広まっていった。その後、ブロガーが訪れ、年末には『TRYラーメン大賞』に掲載され客が絶えなくなった。

 場所は土地勘のある多摩エリアで考えていた。このエリアは意外にも濃厚つけ麺の名店が存在せず、勝負するにはぴったりの場所だった。

■日常食ではなく、“ごちそう”を作りたい

 とはいえ、どの駅からも離れている決してアクセスが良いとは言えない場所。ここに決めたのはなぜか? 

 「『ひら井』は日常食ではなく、“ごちそう”を作りたかったんです。ですから、特別感を感じられる場所にしたいなと考えていました。うちの麺はゆで時間も長いですし、駅前でないほうがいいだろうと思っていました。

 家賃も安く、行列も並ばせやすい場所で、しっかりお客さんがついていますし、これでよかったと考えています」(上野さん)

 上野さんは、創業当時から差別化やブルーオーシャン戦略をしっかり練っている。味だけでなく見せ方、世界観などすべて抜かりなく考え、それを成功に結び付けてきた。

 ラーメンの知識や技術はもちろんのこと、経営的意識が強く、修業先のラーメンともガラッと変えた味でラーメンファンを唸らせた。

■海外進出の理由は? 

 ここからが本題である海外進出の話だ。順風満帆かと思える上野さんがなぜ海外に拠点を移すのか。

 「日本でずっとやっていて大丈夫かというのはお店を始めてからずっと考えていたことです。海外はラーメンの価格も人件費も上がり続けているのに、日本はこのままで大丈夫かとずっと不安でした」(上野さん)

 上野さんはもともと海外志向で、日本の経済が心配だったため、海外に拠点があるといいなという考えは前からあったという。

 昨年、旅行でオランダとドイツに行った時に、オランダに進出することに決めたという。オランダはまだラーメン屋がそれほど多いエリアではなく、現地の食文化や好みを理解したうえで日本の本格的なラーメンを出せば一番になれると確信した。5月にはオランダに行く予定だ。

 「東南アジアやアメリカなどはすでにラーメン店含め日本の飲食企業が多く、後追いになってしまうので、先進国でありながらそこまでラーメン文化が発達していない地域を考えると、ヨーロッパが良いと思っています。

 オランダのラーメン店は味的にはまだまだのところが多く、英語も通じるし治安も良いので、進出するにはぴったりのエリアかなと考えています。日本人がビザを取りやすいというのも大きな理由です」(上野さん)

 上野さんは現地のラーメン屋でまずは働いてみて、英語を勉強しながら現地の味を学び、感覚をつかみたいという。その後、自分のお店をやるとしたら得意な豚骨ラーメンで勝負することは決めている。

 日本の「ひら井」はそのまま残し、現メンバーに任せて、従業員の修業の場として機能させたいと考えている。

 「ラーメンでなければ海外進出は考えていなかったと思います。日本のラーメンは世界で勝負できるジャンル。歳をとったらなかなか動けないだろうと思うので、動けるうちに自分の力を試したいなと。

 海外で勝負できる武器を持っているのに戦わないのはもったいないという気持ちが一番大きかったです」(上野さん)

■ラーメンの「1000円の壁」問題

 筆者は数年前から、ラーメンの「1000円の壁」問題について取材、執筆してきた。どんなに美味しくても、どんなに高級食材を使っていても、ラーメン1杯の価格が1000円を超えるとお客さんが心理的に「さすがに高い」と感じてしまうという問題だ。

 多くのラーメン店は原価や人件費などと戦いながら1000円以内の価格を長年守ってきたわけだが、ここ1~2年での水道光熱費や原材料の高騰を受けて、ラーメン店は「理想の価格」などとは言っていられなくなった。

 高級食材を使うお店やガスで豚骨を炊きっぱなしのお店など、価格高騰のあおりを受けて、今までの価格では同じクオリティを維持できないレベルにまで来ている。

 さすがに最近では、1000円を超える価格で提供する店も増えてきているが、1杯3000円や5000円ということもある海外と比較すると、日本のラーメン店はまだまだ安価なのは間違いない。

 従業員はなかなか集まらず、最低賃金問題につねに悩まされ、人を育てる大変さも常々感じている中、日本のお店1つだけで続けていく限界を感じたのだという。

 上野さんはまだ34歳。今後は海外に視野を広げて、さらに自分のラーメンで勝負していく。日本のことは見捨てず、お店を残してくれることは幸いだが、今後日本のラーメンがどうなっていくかはどうしても不安が残ってしまうのも事実だった。

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最終更新:4/3(水) 15:04

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