「食費1日700円」まで切り詰めても国保料6万8000円が払えない…6人家族を苦しめる「国民健康保険」の重い負担

11/21 16:17 配信

プレジデントオンライン

税金の滞納が続いた場合、役所が徴収のために財産を差し押さえる場合がある。だが近年、悪質な差し押さえ行為が相次いでいるという。ジャーナリスト・笹井恵里子さんの新著『国民健康保険料が高すぎる! 保険料を下げる10のこと』(中公新書ラクレ)より、その実態の一部を紹介する――。(第2回/全3回)

■給与だけでなく不動産の差し押さえ、タイヤロックも

 近年、給与収入や年金、不動産や自動車を差し押さえられる例が多発している。

 大阪社会保障推進協議会が厚生労働省提供のデータをもとに分析を進めると、差し押さえ率が高い自治体が明らかになった(図表1参照)。ワースト3は、佐賀県、群馬県、長崎県だ(2016年度の分析)。例えば佐賀県は県全体で9億2641万円の滞納額に対し、9億192万円の金額を差し押さえている。群馬県にいたっては滞納額が県全体で約38億8700万円に対し、60億1700万円も差し押さえている。なぜ滞納額を差し押さえ額が上回るのかといえば、不動産を差し押さえるからだ。

 その差し押さえ率が高い群馬県前橋市で、過酷な差し押さえから市民を守ろうと奮闘していたのが、故・仲道宗弘氏である。仲道氏は「例えば5、6万円の滞納額に対して、100万円の評価額がある不動産を差し押さえるケースなどがある」と話していた。

 「国税徴収法48条により滞納額を大きく上回る財産を差し押さえてはならないのに、実際にはあれこれと理由をつけて不動産の差し押さえが横行しています。ほかにも仕事で使う車をタイヤロックするという『自動車の差し押さえ』もよくあります。タイヤロックをすると車に乗れません。ついこの間もタイヤロックされた人が、仕事で車を使えないと困るので親戚中に頭を下げて、お金をかき集めて納付していました。違法ではないのですが、行政の進め方が強引だと感じます」

■行政による「違法行為」が頻発している

 20万円の国保料滞納があったとする。しかし1万円ずつ20回払いが許されず、5万円ずつを4回で、あるいは10万円ずつを2回でなどと言われ、それができないとなると一方的に差し押さえられる例を見てきた、と仲道氏は憤っていた。

 「国保料は支払い終わり、延滞金の9万円のみが残って、2か月間連続で払わなかったらタイヤロックされたという人もいました。18年までは銀行口座に給与が振り込まれたその日に即座に全額差し押さえるというケースも。ただしこれは前橋地裁で『脱法的な差押処分として違法』という判決がなされました」(なお東京高裁18年12月19日)

 本来、国保料滞納による差し押さえは「生活保護相当の生活費」は残しておかなければならない。にもかかわらず、違法行為の差し押さえが近年も頻発しているのだという。

■生命保険の強制解約の後、40代女性死亡

 前橋市で働く、ある40代のシングルマザーは生活が苦しく、国保料を納めていない時期があり、延滞金を含めて50万円程度の滞納があった。昼も夜も働き詰めの中、約12万円の給料が振り込まれた時、市から銀行預金を差し押さえられ、強制的に10万円を徴収された。女性は友人に借金をして日々をしのいだそうだが、その後、生命保険を強制解約させられて解約返戻金を市に徴収されたという。

 「この女性は6年前にがんのため、亡くなりました」と、仲道氏。彼は怒りに燃える目をしてこう話した。

 「彼女は毎月2万円ずつ滞納分を支払っていたのです。しかしそれを4万円にしなければ生命保険を解約する、と市に脅されました。これは違法ではありません。市税を滞納している市民が生命保険に加入しており、解約返戻金がある場合には、契約者の意思によらずに生命保険契約を一方的に解約することができます(最高裁1999年9日9日判決)。しかし、生命保険の契約内容が資金運用や蓄財の場合と、生活保障を主目的にする場合とで区別せず、解約返戻金があるという理由だけで強制解約に及ぶことはあまりに乱暴ではないでしょうか」

■全国規模でみても件数が多い前橋市の事例

 前橋市は国保料を含め市税滞納による財産差し押さえ件数は2004年に896件だったものの、5年後の09年には8992件。当時前橋市は人口約34万人だが、隣の高崎市では人口37万人以上であるにもかかわらず差し押さえ件数はその半数もない。全国規模でみても前橋市の差し押さえ件数は多かった。

 「県内の他の市では、私が滞納者との間に入って自治体と話し合うと『それなら1万円ずつでも入れてください』ですとか、多重債務によって自己破産の手続きを進める人なら『手続きが終わったら教えてください』と言われる。しかし前橋市の場合は何を言っても『私どもは毎月○万円ずつ必ず納めてもらいます。そうでなければ給与を全額差し押さえます』という姿勢です。私は依頼があれば滞納者の財産調査をして、消費者金融に借金をしている人なら払いすぎたお金がないかなどの確認をします。ですから『調査をする数か月間待てませんか』とお願いするのですが、『待てない』の一点張りなのです」(仲道氏)

 強硬に納税を迫られるだけでなく、給与や売掛金、さらには銀行預金といった財産を突然差し押さえられて生活困窮に陥る人々がいるという。

■生存権を脅かす違法な差し押さえの数々

 仲道氏がこれまで関わった中から、給与が銀行口座に振り込まれたその日に全額市に差し押さえられた例や、振り込まれた児童扶養手当を差し押さえられたシングルマザーの事例も聞いた。

 それらは違法行為ではないのだろうか。

 「税の納期限経過後、50日以内に督促状を発送し、原則として督促状発送日から10日以内に完納されない場合には、滞納処分として差し押さえが可能になります。しかも差し押さえの前提として、滞納者の財産に対する調査権が認められており、任意調査のみならず、一定の場合には強制調査(捜索)も許されるのです」(仲道氏)

 自治体は滞納する住民に対し、その所有する不動産や自動車の資産価値、銀行預金口座の有無や残高、いつが給料日なのか、生命保険に加入しているのか、勤務先および給与の手取りの金額、年金や児童扶養手当などの給付金の受給有無および金額など、財産に関する事項を調査することが法で許されている。簡単にこれらの情報を取得することができるのだ。

 「けれども日本国憲法で生存権(憲法25条)が認められている趣旨から、税金を滞納していたとしても、滞納者の最低限度の生活が脅かされかねない各種の財産については、差し押さえが禁止されます(国税徴収法75条~78条)。前述したように給与については全額これを差し押さえることは許されませんし、年金も同様です。児童手当や児童扶養手当、生活保護費などの公的な給付についても、特別法(児童手当法第15条、児童扶養手当法第24条、生活保護法第58条など)においてその受給権の差し押さえが禁じられています」(同)

■「ある種、公務員は“公平”という言葉の病だと思います」

 つまり先の事例はともに「違法な差し押さえ」である。

 また差し押さえを増やしたところで本当に税収が上がるのだろうか? 一時的には効果があるだろうが、払いたくても払えない人がほとんどである以上、限界があるだろう。仲道氏もうなずき、こう述べていた。

 「どんな差し押さえもエスカレートさせればいずれは違法行為になります。また市民が自分から払う気持ちがなくなるでしょう。行政の中には徴収する場面で、“税負担の公平性を保つため”という名目で、ほんの数円、数十円しかない口座であっても差し押さえる。そんなことをしても手間がかかるだけです。だけどそれをすることが公平だという発想があるのですね。ある種、公務員は“公平”という言葉の病だと思います。金があろうとなかろうと期限までに必ず納めろという。生活に困っている人にそれを貫けば、人を追い詰めますよ。死んでもおかしくありません。行政は、なぜ滞納が生じているのかを調べるべきでしょう。そのために調査権があるのです。滞納者の相談にのり、使える制度を案内し、そこで浮いたお金を国保料にまわすような努力が、多くの自治体には足りません」

 一定の要件があるが、家賃に困った時は住居確保給付金がある。会社が倒産してしまったら、ハローワークで手続きをすれば給与の5~8割が給付されるし、職探しもできる。ひとり親家庭であれば、看護師などの資格取得の際に、給付金や貸付金を国や都道府県が行っている。サラ金や銀行に借金があるのなら、弁護士を紹介して債務整理を行わせればいい。実際にそういった取り組みを行っている自治体もある。

■イザという時の助け「滞納相談センター」の活動停止

 国保料を滞納してしまった際「行政の窓口に相談」して解決できれば一番いいのだが、これまで述べたように分納額を一方的に決められたり、分納していても差し押さえられたりなど、強硬姿勢の自治体もある。そこでこれまでは地方自治体の税金や国保料の滞納に対して、数十人の税理士が無償で相談に応じる有志の団体「滞納相談センター」が活躍してきた。しかし、滞納相談センターは、24年6月、9年間続けてきた活動を停止してしまった。私はたびたび取材にうかがっていたが、日本全国の追い詰められた納税者たちからの電話が鳴り止まず、事例は複雑で、無償で対応するには労力がかかりすぎたのだと思う。

 代表を務めていた税理士の角谷啓一氏は「今すぐ助けてほしいという緊急性の高い相談が多かった」と振り返る。いくつかの事例を語ってもらった。

 「コロナ禍では建設業を営む50代後半の男性の相談がありました。元請け先の企業の経営状態が厳しくなり、仕事が減って月の所得が10万円にも満たない。奥さんがパートで月7、8万円の収入を得ていますが、食べていくのが厳しい状態。男性は建設業に加えてアルバイトをしているのですが、そのアルバイトの給料である5万円をすべて市に差し押さえられてしまった。これは違法性が高い差し押さえですが、国保料の支払いにあてられたから、とのご本人の意向で苦情申し立てのみにとどめました」

■一番生活費がかかる時に、最も国保料が高くなる

 この50代男性は、10年前から国保料を含めた税金を滞納しており、その額、200万円にのぼる。延滞金も200万円近くに達し、総額約400万円。延滞金の利率は年々下がっているものの、今は年8.7%(納期限の翌日から2か月を経過した日の翌日以降・事例によって一部免除あり)。しかし約10年前は14.6%だったため、男性は当時の延滞金もかさんでいるのだろう。

 「男性一家の滞納は、一番上のお子さんが大学生になる頃から始まっています。子どもが4人もいるため、それぞれの均等割が加算され、当時の国保料が月額6万8000円。一番生活費がかかる時に最も国保料が高くなるんです。納められるわけがありません。現在も、事業の収支、一家の生活費を計算して、食費を1日700円まで切り詰めても、納付可能額はゼロなんです。役所は『納めろ』しか言いませんが、それぞれの実情をまずは把握してほしいと思います」(角谷氏)

■役所から突然の「勤務先への通告」

 コロナ禍では仕事が減って収入が少なくなり、支払いが厳しくなった人も多いが、徴収に容赦がなかった。

 関東で運転業務に従事する40代夫とその妻、子ども3人の5人暮らしの世帯では、国保料と県民税を合わせた滞納額が80万円に及んで行き詰まっていた。夫が友人と事業を始めたもののうまくいかず、現在の会社に勤めるまでの間に膨らんだ滞納だという。しかし妻が専門職であることもあり、2人で働いて毎月2万円ずつの分納を約束し、実際に欠かさず支払っていた。が、行政は「もっと月々の分納額を増やせ」と迫った。

 「男性はコロナで残業ができなくなり、収入が減少した上に、子育てにお金がかかって、厳しい家計でした。それでも自治体の求めに応じて月々の分納額を1万円増やして3万円にしたのです」と角谷氏が説明する。

 「それなのに、役所は男性の勤め先に『給与等の調査』の照会文書を出しました。これにより勤め先に滞納の事実があり、差し押さえの準備をされていることが知られてしまった。もちろん滞納をしている人が財産調査されるのは法的に認められていることですが、男性は約束を守って月々分納し、かつその額も増やしているのにひどい対応ではないでしょうか」

 この男性の場合は、勤務先が理解のある会社だったため勤務に支障はなかったが、差し押さえが解雇要件のひとつである会社も少なくないのだ。また角谷氏の交渉により、引き続き3万円の分納が認められた。しかし男性は、「税理士が同席する場合と、自分1人の場合とでは役所側の態度や対応が違う」と嘆いたという。

■留守宅に踏み込み、仕事で使うカメラまで…

 22年には神奈川県在住の角谷氏のもとに、はるか遠い九州に住む40代男性から「国保料の滞納によって行政から差し押さえ処分を受け、困っている」という連絡があった。

 その40代男性はカメラマンだった。妻と離婚し、社会人の20代長男と、高校生の次男と3人暮らし。滞納額は22万円。

 「普通に勤めていれば払えない額ではありませんが、彼は病気がちでほとんど働けず、一家の主な収入は長男の年間200万円未満の給料のみ。男性の銀行口座の残高は11円だったそうで徴収ができない。そのような状況下で、行政は男性の家を捜索し、差し押さえ処分を実行したのです。しかもそれは男性が留守の時に行われました」(角谷氏)

 子どもたちのフィギュア、ゲーム機、釣竿のほか、男性が仕事で使っていたカメラまで“財産”として差し押さえられた。

 「留守宅に踏み込むことにも驚きますが、カメラの差し押さえは、法律上問題があります」と角谷氏は憤る。

 「滞納者の業務において欠かせない道具、器具は『差押禁止財産』とされています。例えば大工さんなどの職人にとってのカンナ、のこぎりなどがこれに当てはまりますね。そもそも男性には“滞納処分を執行することができる”財産がないわけですから、国税徴収法153条に基づく『滞納処分の停止』が相当と考えます」

 そう言って角谷氏はため息をつく。自らが税務署の職員として徴収を行っていた際は、「これ以上は行きすぎではないか」という一線があった。しかし、今はそうした歯止めがないのではないか。税務署に40年勤め、税の仕組みに精通している角谷氏が「国保制度そのものに無理を感じる」とも言うのだった。



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笹井 恵里子(ささい・えりこ)
ジャーナリスト
1978年生まれ。本名・梨本恵里子「サンデー毎日」記者を経て、2018年よりフリーランスに。著書に『救急車が来なくなる日 医療崩壊と再生への道』(NHK出版新書)、プレジデントオンラインでの人気連載「こんな家に住んでいると人は死にます」に加筆した『潜入・ゴミ屋敷 孤立社会が生む新しい病』(中公新書ラクレ)、『老けない最強食』(文春新書)など。新著に『国民健康保険料が高すぎる! 保険料を下げる10のこと』(中公新書ラクレ)がある。
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最終更新:11/22(金) 11:37

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