ついにウクライナと交戦、北朝鮮軍に"頼る”ロシアが過去からの姿勢を激変させた事情、北朝鮮の利点は?

11/6 8:02 配信

東洋経済オンライン

 ロシア西部のクルスク州のどこかで、約8000人、おそらく1万2000人もの北朝鮮軍がウクライナとの戦いに参加している。その隊列の中には、エリート特殊作戦部隊(SOF)も含まれており、アメリカの軍事専門家は、北朝鮮の地上部隊の中で唯一、訓練や戦闘態勢がプロの軍隊に似ていると評している。

 ウクライナ当局は11月4日、自軍がクルスク地方で北朝鮮軍と衝突したと発表した。「朝鮮民主主義人民共和国の最初の軍隊は、すでにクルスクで砲火を浴びている」。ウクライナ国家安全保障防衛評議会のアンドレイ・コヴァレンコ氏は対話アプリ「テレグラム」にこう書いた。

■SNS上には「北朝鮮軍に多数の死傷者」情報

 SNS上では、北朝鮮軍がウクライナ軍との戦闘で多数の死傷者を出したとの情報が流れていたが、ウクライナのヴォロディミル・ゼレンスキー大統領は先週、韓国のKBSネットワークとのインタビューでこれを否定し、「北朝鮮軍はまだ戦闘に参加していない。彼らはクルスクでの戦闘に備えている」と述べた。

 ゼレンスキー大統領の反応は、捕虜となった北朝鮮軍兵士が衝突の唯一の生存者だと主張し、ロシア軍を糾弾しているように見える動画に対するものだ。専門家たちは、これは捏造であり、おそらく北朝鮮の参戦に対する西側の反応を促したい者たちによるものだと考えている。

 とはいえ、先週ワシントンで会談したアメリカと韓国の高官は、北朝鮮の参戦は数日後に迫っていると記者団に語った。

 クルスクへの派兵は慎重に行われている。ウクライナ軍は昨年夏、ウクライナ東部の戦場からロシア軍を引き離すことを狙い、同州の地盤を掌握した。

 「北朝鮮軍の一部をクルスクに派遣することで、ロシア軍司令部はウクライナ東部で進行中の攻撃作戦を支援するためと、北部と南部での防衛活動を維持するために、ロシア軍の人員をウクライナに再配分することができる」と、アメリカを拠点とする戦争研究所は北朝鮮の作戦について分析している。

 北朝鮮軍には正規の歩兵も含まれている可能性があり、その一部はロシア軍の制服を着ているとされ、犠牲者の多い正面攻撃で手薄になったロシア軍を補うために使われている。

■「勝利の日までロシアの同志と…」

 ロシア領土の防衛に重点を置くことで、北朝鮮とロシアは、外国の侵略から条約上の同盟国を守るために来ただけだと主張することができる。これまでのところ、北朝鮮政府は軍の派遣を公式には発表していない。

 しかし、先週モスクワを訪問した北朝鮮の崔善姫(チェ・ソンヒ)外相は、「無敵の軍事的同志関係という新たなレベルにまで関係性が高まっている」と語った。 彼女は「神聖な闘いにおける偉大な勝利」を予言し、「勝利の日まで、われわれはロシアの同志とともに断固として立ち上がる」と誓った。

 北朝鮮とロシアの軍事的軸が深まっていることを示す証拠は、ここ数カ月で増え続けており、ウクライナのみならず、韓国そして日本政府までが警戒を強めている。

 大量の武器と弾薬の輸送に続いて、ロシアの戦争活動に参加するために軍隊を派遣するという北朝鮮政府の決定は、昨年6月にロシアのウラジーミル・プーチン大統領が北朝鮮を訪問した際に結ばれた安全保障同盟からの流れだ。

 さらに興味をそそるのは、プーチン政権が見返りとして金正恩政権に何を提供したか、という話である。

 決定的な証拠は少ないが、ロシアが核不拡散と核使用の回避という長年の公約を放棄したと結論づける理由はある。韓国とアメリカの国防情報専門家は現在、北朝鮮が「火星19号」として設計した、より射程が長く大型の大陸間弾道ミサイル(ICBM)の新型発射実験について、ロシアの技術支援の証拠がないか調べている。これまでのところ、ロシアの関与を示すものはない。

 この枢軸に対する金正恩総書記の個人的なコミットメントは明白である。韓国の諜報機関は、ロシアにSOF要員を指揮する3つ星のキム・ヨンボク副総参謀長がいることを確認している。同氏は3回のSOF演習を含め、今年に入って少なくとも7回は金正恩に同行している。

 北朝鮮が紛争に軍事顧問、あるいは戦闘員を派遣することは前例がないわけではない。北朝鮮はベトナム戦争中、カンボジアのポル・ポト政権を支援し、ヨム・キプール戦争ではイスラエルに対するエジプトの戦闘に参加した過去がある。

 ロシアのタス通信が当時報じたところによると、2016年には、内戦中にアサド政権のために戦うため、北朝鮮の長年の同盟国であるシリアにSOFが派遣されている。

■ロシアの戦争に不可欠な北朝鮮からの物資

 北朝鮮による軍需物資の支援は、すでにロシアが戦争を続けるうえで不可欠なものとなっている。砲弾と短距離弾道ミサイルの供給量の見積もりはさまざまだが、低く見積もっても100万発前後で、使用される全弾薬のかなりの割合を占めることになる。北朝鮮の補給は、昨年ロシアがウクライナの攻勢を鈍らせ、戦場で明確な利益を上げる上で極めて重要だと考えられていた。

 アメリカと韓国の当局者は、ここ数カ月で大量の供給があったと指摘している。アメリカのロバート・ケプケ国務副次官補代理(日本・韓国・モンゴル担当)は先月、首都ワシントンで開かれた会議で、昨年9月以来、北朝鮮からコンテナ1万6500個以上の弾薬が送られ、ロシアはウクライナに北朝鮮の弾道ミサイル65発以上を発射したと語っている。

 一部のアナリストは、北朝鮮の備蓄は間もなく枯渇する可能性があり、この軍事軸の範囲には限界があると指摘している。ランド研究所アナリストのブルース・ベネット氏は、これは同盟というよりむしろ”便宜的な結婚”であり、軍需品の供給が長引かないかもしれないと主張する。

 同氏は中国がこの関係に不安を抱いている証拠と、金正恩が祖父である金日成(キム・イルソン)がロシア政府を中国政府に対抗させるために行った冷戦時代の駆け引きを再現しようとしている、と指摘している。

 どのような展開になるにせよ、ロシア側も朝鮮戦争以来見られなかったこの枢軸へのコミットメントを示している。6月の訪日中、プーチンは両国間の包括的戦略的パートナーシップ条約に調印した。

 同条約には相互防衛条項が盛り込まれ、両国は相手国の外部侵略を撃退することに同意している。10月14日、プーチンはこの条約をロシア下院に提出し、正式な批准を求めた。

■ロシア側のコミットメントはどの程度か

 ロシアが朝鮮半島での紛争に巻き込まれるかどうかという質問に対し、ドミトリー・ペスコフ報道官は記者団に対し、両国は「安全保障の確保を含むあらゆる分野で戦略的深化協力を行う」と述べた。条約の意味合いについては、「協定の文言を明確にする必要にない」としている。

 プーチンの訪朝と条約の調印は、ロシアが北朝鮮に何を提供する可能性があるか、特に北朝鮮の核・長距離弾道ミサイル計画を強化するためにロシアが提供する可能性のある技術的・軍事的支援について、広範な議論を巻き起こした。

 北朝鮮が核兵器運搬手段を完成させるのを事実上手助けするようなロシアの援助は、原則的に核拡散に反対するだけでなく、技術の流出を積極的に防ごうとした過去のロシアの政策から大きく逸脱することになる。

 「ロシアは長年、核不拡散を支持してきた」と、現在スウェーデン国際問題研究所に籍を置くロシアの軍事アナリスト、アレクサンドル・ゴルツは筆者に語った。「しかし、今や状況は劇的に変わった。西側諸国への威嚇が主目的となってしまった」。

 ゴルツは、プーチンが訪朝の際に、西側諸国がウクライナに長距離兵器を供給したことに対抗して、ロシアがアメリカの敵に「敏感な」軍事援助を提供するかもしれないと警告的な発言をしたことを例に挙げる。

 プーチンはこの時、「何者かがわれわれの領土を攻撃し、問題を引き起こすために、紛争地域にそのような兵器を供給することが可能だと考えるのであれば、ロシアに対してそのようなことをしている国々の機密施設を攻撃することになる世界の地域に同等の兵器を供給する権利がないのだろうか、とわれわれは考えている」と語っている。

 金正恩と条約に署名した後、プーチンは北朝鮮にそうした兵器を持たせることを「排除しない」と繰り返した。「この観点からすれば、金正恩は最良の”受け手”だ」とゴルツは主張する。

 ロシアがインドに原子力潜水艦を貸与した前例があることをゴルツは指摘するが、北朝鮮の衛星打ち上げ能力を支援するという名目で、長距離ミサイル開発への援助も含まれる可能性がある。

■朝鮮半島の安全保障と安定にも影響が

 今回のICBM発射実験に対するロシアの援助の可能性について直接質問されたアメリカと韓国の高官は、そのような援助の証拠はまだないと記者団に答えた。

 北朝鮮の核・ミサイル計画を注視してきた元アメリカ政府高官は、最近の新型ICBMの発射から得られた証拠によれば、「実証された性能レベルを維持するために、ロシアからの追加技術は必要ないだろう」と筆者に語った。

 それでも、「北朝鮮が軍隊の配備と引き換えに、最先端の技術移転を求める可能性は高い」と韓国のキム・ヨンヒョン国防相は語った。同氏はロシア側が北朝鮮を援助するかもしれない分野として、ICBM、戦術核兵器、偵察衛星、弾道ミサイル発射潜水艦を挙げた。

 北朝鮮とロシアの間に深まりつつある軍事軸の本質については、多くの未解決の疑問が残っている。しかし明らかなのは、こうした動きがエスカレートしていることであり、ウクライナに対する戦争遂行だけでなく、朝鮮半島の将来の安全保障と安定にとっても危険性を増していることである。

東洋経済オンライン

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最終更新:11/6(水) 17:18

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