経団連も動いた、夫婦別姓「第3次訴訟」で新展開、国を12人が提訴「日本以外の国は両立している」のになぜ?

3/16 5:51 配信

東洋経済オンライン

 「30年以上、法改正を待ち続けている」「娘の代に問題を残したくない」

 3月8日、夫婦別姓を認めない民法や戸籍法の規定は憲法違反だとして、法律婚や事実婚をしている12人の原告が、東京・札幌の地方裁判所で提訴した。

 原告らは、夫婦同姓規定はキャリアの分断やアイデンティティの喪失感、男女不平等な価値観の再生産をもたらしていると問題視。氏名に関する人格的利益を保障する憲法13条や、婚姻についての自律的な意思決定を保障する憲法24条1項、法律は両性の本質的平等に立脚して制定されなければならないとする憲法24条2項などに違反していると主張した。

 弁護団長の寺原真希子弁護士は「氏と婚姻は本来トレードオフの関係にはなく、日本以外のすべての国では両立できている。片方を取ると片方は諦めなければならないという、二者択一を迫る法制度には合理性がない」と批判する。

■30年間でペーパー離婚を5度経験

 原告の新田久美さん(仮名)はJAXAで働いており、NASAを含む海外の宇宙機関や防衛関係の会社に行くことも多い。論文で結婚前の姓を使用していても、訪問先の通行証にはパスポートに記載された戸籍上の姓を使う必要がある。両者が違えば、同一人物であることを説明するのに大変な労力をかけなければならない。

 「国内で旧姓を通称使用できていても、海外に行った途端にいったい何だとなる。余計な仕事を増やさないでほしい」と新田さんは声を上げる。

 ただ、出産やペアローンの申請など、法律婚をしていなければ不利益を受ける場面もあることから、夫との結婚とペーパー離婚を30年間で5度経験している。こうした経緯から、特許の名前は結婚前の姓と夫の姓が混在し、仕事上の不便があるほか、「特許の数が少ない」と勘違いされることもあったという。

 原告で事実婚11年目の上田めぐみさんは「氏名は自分そのものだ」と話す。一方、夫が子どもの親権を持てないことで、金融機関での手続きで不便な目に遭ったことがあり、自分にもしものことがあったときへの不安もある。「法律婚をするか姓を変えないかの選択はものすごく過酷だということを、裁判官には理解してほしい」と訴える。

 過去にも夫婦同姓規定は違憲だとする訴訟が起こされたが、最高裁判所は2015年と2021年に、家族の呼称を一つに定めることには合理性がある、改姓による不利益は通称使用の拡大で一定程度緩和されるなどとして、夫婦同姓規定を「合憲」と判断している。

 今回は、別姓で結婚ができることの確認や、必要な法改正をしない国の行為は違法であることの確認などを求めており、別姓で提出した婚姻届の不受理処分の取り消しなどを求めた過去の訴訟と形式は異なる。ただ「(夫婦同姓規定が)憲法違反だという判断を求めていることは変わらない」(寺原弁護士)。

 最高裁が判断を変えた事例は少ない。その中で「違憲」判決が下されるかどうかにおいては、学説や社会の変化が判決に反映されるかどうかが重要になる。弁護団によると、2015年以前は夫婦同姓規定が違憲だとの見解は多数説だと明確には言えなかったが、「現在は違憲説が多数説だと憲法の権威ある本でも紹介されるようになった」(寺原弁護士)。

■地方議会からの意見書が次々と可決

 社会的には、晩婚化や共働き世帯の増加により、結婚前の姓を使用し続ける必要性が高まっている。これを受け、地方議会では、国会や政府に対し選択的夫婦別姓の導入を求める意見書が、次々と可決されている。選択的夫婦別姓・全国陳情アクションによると、地方議会で可決された意見書は、2015年の合憲判決以前は50件だったが、2024年3月時点で380件以上にもなった。

 経済界からも要望が強まっている。経団連の十倉雅和会長は2月の定例記者会見で「政府には、女性活躍や多様な働き方を推進する方策の一丁目一番地として、(選択的夫婦別姓制度の)導入を検討してほしい」と述べた。経団連会長が同制度について賛意を示したのは初めてだ。

 経団連では、2017年頃からこの問題について内部での検討やヒアリングを実施していたが、政府が旧姓の通称利用を促していたことや、各企業の人事部門には当事者の声が届きにくい状況にあったことなどから、提言に向けた動きにはつながらなかった。

 だが「コロナ禍を経て日本企業においても、多様な価値観や考え方を尊重し、全員が能力を発揮できる公正な環境を整えようとする意識が高まった」(経団連ソーシャル・コミュニケーション本部統括主幹の大山みこ氏)ことが後押しとなり、昨年末に正式に検討を開始した。

 「(夫婦同姓のみを認める制度は)明らかに課題だというコンセンサスがある。選択肢のある社会にすることは、女性活躍の点だけでなく、イノベーションや新しい価値の創造のために不可欠」(大山氏)。経団連は2024年度上期にも詳細な論点を含めた提言を作成し、政府に提出する予定だ。

■なぜ変わらないのか不思議

 提訴当日の8日には、経団連や新経済連盟、経済同友会といった経済団体や、選択的夫婦別姓の早期実現を求めるビジネスリーダー有志の会が、法務省や外務省などを訪れ、要望書や経営者・役員による1000筆超の署名などを手渡した。

 参議院議員会館で開かれた集会には与野党の議員も参加し、各団体から「経済界ではこんなのはすぐに変えようという声が多数だ。なぜ変わらないのか不思議でならない」(新経済連盟理事、LIFULL会長の井上高志氏)などの声が相次いだ。

 とくに女性経営者や起業家にとって、姓を変えることはビジネスに直接的に影響する。集会でも「姓を変えるということは、人生をかけて信頼と関係をつくってきたブランド名を変えるということだ。経営者としては死活問題」(有志の会呼びかけ人の1人、SD&I研究所代表理事、femUnitiCEOの鈴木世津氏)など切実な訴えがあった。

 しかし、政府や国会の危機感は薄い。

 今回、経団連の代表が外務省に対し、パスポートの姓がビジネスネームと異なる場合や旧姓併記をしている場合に、入国審査や訪問先のセキュリティチェックなどでトラブルが多発していると説明したところ、外務省側が「パスポートの問題に関して、具体的な事例はあまり把握していなかった」と発言し、参加者は驚いたという。

■岸田首相は消極姿勢

 そもそもボールは本来、国会にあった。2015年、2021年の判決では、最高裁は合憲としつつも「国会で論ぜられ、判断されるべき」として議論を委ねていた。

 1996年に法務省法制審議会で選択的夫婦別姓を導入する改正法案が準備されたものの、自民党を中心とした保守派議員が「家族の絆が危うくなる」として反対し、国会への提出には至らなかったという経緯もある。

 岸田文雄首相は1月31日の衆議院本会議で「現在でも国民の間にさまざまな意見があることから、しっかりと議論し、より幅広い国民の理解を得る必要がある」と答弁するなど消極的な姿勢を見せている。

 最高裁の判決が出るまで3~5年かかるとされるが、同姓しか認められていないことで不利益を被っている人々や、これから結婚を考える若者にとっても、法改正は待ったなしの状況だ。早急に選択的夫婦別姓の実現に向けた、具体的な議論を進めることが求められている。

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最終更新:3/16(土) 5:51

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