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日本人が続々スペインサッカークラブを訪ねる理由、スペイン1部リーグのクラブ「ビジャレアルCF」で活動する指導者の視座

5/15 12:02 配信

東洋経済オンライン

 今年のゴールデンウィーク(GW)、海外旅行をした人たちは円安にかなり苦しんだらしい。海外では「ラーメン一杯3000円です!」などと報じる番組をテレビでこれでもかと見せられた気がする。

 旅行に行きづらくなるのは悲しいが、それ以上に留学を夢見る若者や海外で学ぼうとする人たちの足かせにならないかと心配になる。

 そうした中、このGW中に日本から総勢25名の人たちが、スペイン一部リーグのサッカークラブ「ビジャレアルCF」(以下ビジャレアル)を訪れた。

 視察に行くのは、スポーツ指導者に加え、横浜DeNAベイスターズ職員や中竹竜二さん(チームボックス代表取締役)など人材開発やキャリア支援など、ビジネス畑の人たちが多く含まれていた。

■目からうろこ「教えない指導スキル」

 スペイン東部にあるバレンシア州カステリョン県ヴィラ=レアルを本拠地とし、欧州サッカー界の中でも優秀な育成組織を構築するビジャレアル。人口5万人という小さな町にありながら、昨季(2022–23)リーグ成績は5位。3季前にはUEFAヨーロッパリーグを初制覇するなど成長著しい。

 このクラブで指導者としてのキャリアを積み、現在もフットボールマネージメント部で組織の中枢を担うのが佐伯夕利子さんだ。女性として初めてスペインで男子ナショナルリーグの監督を務めたパイオニアといえる。2022年まで4年間Jリーグ理事を務め、サッカー界では知る人ぞ知る存在だった佐伯さんはいまや広く知られる存在だ。

 彼女は所属するビジャレアルで2014年から120人のコーチングスタッフやスポーツ心理士とともに、指導改革に着手。手取り足取り教えず、選手自身に考えさせるというスタイルを構築してきた。それは指示命令して教え込むような多くのスポーツの指導とは真逆だ。書籍『教えないスキル ビジャレアルに学ぶ7つの人材育成術』でもそれらについては詳しく描いている。

 それらはサッカー界を長く知る大人たちにも目からうろこだったと聞く。どうやって教えるか?  自分たちに従わせることばかりに気を取られてきたのに、教えない指導スキルこそが目の前の誰かを成長させるというのだから。佐伯さんから学びたいという声が各所で上がり、Jリーグ理事時代後半のおよそ2年間で180件の取材および講演を実施してきた。

 「本を読み、話を聴くと、これはもうこの目で確かめなければと思わせられました」

 そう話すのは、今回の25名のひとりであり、一度視察したこともある住田ワタリさん。横浜DeNAベイスターズチーム統括本部チームディベロップメント部に籍を置くチームディベロップメントコーディネーターの役を担う。

■「100年先に野球をつなぐ」

 ベイスターズは2022年、「クラブはどこに向かえばよいのか?」といった議論を開始した際、テーマをこう掲げた。そのために何をすればいいのか。そのひとつとして、選手やコーチらの成長支援にどう取り組んでいくかという課題が浮かんだ。そこで佐伯さんの本を読んだ住田さんが提案し、チームディベロップメント部部長ら3名で翌年の4月にビジャレアルを訪ねた。

 それにしても、野球なのにサッカーの視察でいいのか。行くならメジャー(MLB=メジャーリーグベースボール)では? といった声が幹部から上がらなかったのだろうか。住田さんは言う。

 「MLBについては、僕らは多くの情報をすでに得ていました。どのような育成、運営なのかという部分で日本とあまり変わらない点が多く、アメリカから学ぶよりは、欧州のサッカークラブのように地域に根差したクラブから学びたかった。ほかの競技でもよかったんです」

 Jリーグでは「親会社の業績や試合の勝敗に左右されないクラブ作り」を目指すところが増えている。プロ野球も同様で、幾人かの球団幹部は「勝ち負けに左右されない球団経営」を口にしている。つまり、勝ち負けに関係なく愛され続けるには地域に根差したクラブでなくてはならない。それは日本のプロ野球も同じだ。住田さんらは、ビジャレアルが地域にどうやって根差しているのか、どんな指導方針なのかを佐伯さんの解説を聞きながら見ていった。

 「例えば未就学児に対する指導は、実際に見るとより実感できます。コーチは子どもと必ず目線を合わせるし、3歳児でも判断しなくてはならないメニューをやっていました」

■ファンにも伝わるスピリット

 練習でも試合でも、クラブで行われていることすべてに理由があった。例えば、合計9面のピッチ、オフィス棟、1育成選手約100名が暮らす寮など立派な施設が並ぶ脇に、古ぼけた黄色い納屋があった。

 かつてはロッカールームやシャワールームなどが収まるクラブハウスとして使われていた。ビジャレアル会長の「我々がどこから来たのかを忘れないために取り壊さない」という意見にスタッフも賛同し保存していると聞いた。どんなに繫栄しても初心を忘れるなという意味だ。このスピリットはファンにも伝わっていた。

 「コロナ禍でクラブが経済危機に陥ったとき、無観客開催が確実となった2年目のシーズンを前に、ソシオ(クラブ会員)に年間シート販売を打診したところ、1万4000人もの会員が年間シートを更新してくれたと聞きました」

 観戦できないかもしれない試合にお金を払う。それは、チームの苦境を考えてのことだ。現地で佐伯さんからこの話を聞いた住田さんは、「僕ら3人は鳥肌が立ちました」と明かす。2週間の欧州視察では4カ国、7クラブとプレミアリーグ本部などを訪ねた。アーセナルなどプレミアリーグの名門にも足を運んだが、丸3日滞在したビジャレアルがやはり最も印象に残ったという。

 「クラブのあり方に共感してくれる人がファンになっていました。ファンはクラブの構成員なんだという感覚が人々に浸透していました。創立100年という歴史も感じますが、ビジャレアルには哲学がある。その哲学が地域に根差すには大切なんだと実感しました。ベイスターズも同じような形になってくると素晴らしいなって思います」

 住田さんは視察の後、社内での感想会で主にビジャレアルの取り組みを他の職員らとともに発表。さらに、プロ野球団職員ながらジュビロ磐田やJリーグのコーチ講習などに招かれ、サッカー関係者へビジャレアルについて伝え続けた。今年2月には読売ジャイアンツ職員や一軍で活躍した片岡治大U15コーチらも訪れたが、こちらも住田さんが「絶対行くべき」と話したのがきっかけだ。

 「指導者には選手の成長支援としての役割があるんですよ、そのために自分の学びの領域を広げていったほうがいいですよねと伝えたいですね。そこに自分の人として、指導者としての自己成長もくっついてくるわけじゃないですか。そうやって学びをどんどん展開させて広めていきたいです。ビジャレアルは世界でも稀なスポーツクラブだと思っています」

 迎え入れる佐伯さんによると、今回の視察は「サッカーをひとつの産業としてとらえている姿を見てほしい」と話す。ビジャレアルはセラミックタイルの会社がスポンサーだ。町は19世紀はオレンジ産業、産業の多角化が進んだ20世紀はセラミックタイルの製造が加わった。そして21世紀は3つめの柱としてスポーツ産業を発展させようとしている。

 その意味から、ビジャレアルの新スタジアムの名前は、世界的タイルメーカー「パメサ・セラミカ」ではなく「セラミカ(セラミックタイルのスタジアム)」。つまり、産業の名前をつけている。フェルナンド・ロッチ会長の口癖は「一企業のひとり勝ちはありえない」。シェアを争っているばかりでは企業の未来はないとの信念からである。この日本では考えられないような崇高な理想が、実現化されているのだ。

■ビジャレアルの強み

 ビジャレアルはなぜこんなにも日本人を惹きつけるのだろうか。

 この質問に佐伯さんが答えてくれた。

 「理論・理屈・綺麗ごとを、日常の現場で応用・実践しているクラブだからなのかもしれません。そして、それらの実践現場をこの目で見てみたいという思いや好奇心が、彼らを突き動かしていることを肌で感じます」

 まさに理想を実現する哲学。経営、運営、指導すべてに哲学があるのが、ビジャレアルの強みに違いない。スペインの他クラブからも「ビジャレアルでプレーしたい」「指導したい」といったラブコールが多く寄せられる。そのことは「クラブが本音をさらけ出して、意見をぶつけ合って、自分たちの価値を高める努力をしてきたからだと思います」(佐伯さん)。

 スポーツビジネスに限らず、すべての企業ビジネスで大切にしたい本質のようなものが、そこに存在するのかもしれない。

東洋経済オンライン

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最終更新:5/15(水) 12:17

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