アメリカにいきなり「NO」を突き付けられた、USスチール《2兆円の買収妨害》問題の焦点…今後の日米関係のゆくえ

9/27 7:05 配信

マネー現代

「USスチール買収」にストップがかかった理由

米大統領選挙を前にして、日本製鉄のUSスチール買収問題の行方が注目されている。日本の産業界を代表する鉄鋼メーカーである日本製鉄が、アメリカのペンシルベニア州に本社を置く大手鉄鋼メーカーUSスチールとの両社買収合意を発表したのは去年12月。

買収総額は日本円で約2兆円にのぼる見通しだ。しかし、USW(全米鉄鋼労働組合)が反対し、大統領選挙を控えてトランプ前大統領、バイデン大統領、ハリス副大統領が相次いで買収に否定的な考えを明らかにした。

欧米メディアは買収計画について、日本製鉄が求めていた安全保障審査の再申請を米政府が承認したと伝えている。審査期間が90日間延長となり、買収の判断は11月の大統領選挙後になる可能性が高まった。

この問題について、米政府の通商代表部(USTR)で日本・中国担当を務めた後、在日米国商工会議所会頭などを歴任し、現在は米シンクタンク『米国先端政策研究所』の上級研究員を務めるなど日米関係に精通しているグレン・S・フクシマ氏(75)に、ワシントンの自宅とWeb会議システムで繋いで聞いた。

「この案件は極めて複雑で、日本製鉄としてはビジネス上、いいオファーで、USスチールから見ても、会社にとっても株主にとってもあるいはアメリカの自動車業界から見てもいいディール(取引)と考えられています。

去年12月に発表された時に、アメリカのウォール街のアナリストや経営コンサルタントは、皆好意的で、“ビジネス・ディールとしては良い”という評価でした。

ただ、複雑になったのは、今年は大統領選挙でUSスチールの労働組合の反対によって、共和党も民主党も上院議員、あるいは州知事が反対を表明し、加えてライトハイザー前通商代表、トランプ前大統領、バイデン大統領も相次いで反対表明をしました。

大統領選挙が進行する中で、7つの接戦州の中でもペンシルベニアが19人の選挙人を持つ最も重要な州で、ここを勝たなければ大統領にはなれないと言われています。

加えて、以前買収を仕掛け、拒否されたアメリカの鉄鋼会社クリーブランド・クリフスが、いまだに関心があり、政治家や労働組合に働きかけ、日本製鉄の買収妨害をしています」

USスチールは、アメリカの基幹産業である鉄鋼業界を代表する象徴的な重要性がある会社なので、政治の中で反対意見が出て来たという。

「現在のUSスチールは、国防や国家安全保障にはほとんど関わっていない会社です。ですから、アメリカ政府のCFIUS(シフィウス、対米外国投資委員会)という外国からの投資案件を審査する組織から見ても、さほどリスクではないという審査結果になる可能性が高いと思います。

もう既にペンシルベニア州内で、買収を認めるべきだという声もあるので、日本製鉄がUSスチールの労働組合を説得することができれば、私は選挙が終わってから民主党政権だったらこれを許可する可能性があると思います。選挙が終わってからでなければ結論は出ないと思います」

日本側からアメリカに発信できること

もう一つ気になるのは米中関係だ。安全保障や経済、貿易政策などでアメリカと中国が激しく対立するなかで、日本が果たすべき役割について考えを聞いた。

「今の日米関係は、安全保障面でも経済面でも良好な関係で、日本から見ると、アメリカが安全保障上でも政治的にも最重要国ですが、経済面では中国のほうがアメリカよりも貿易量が多い状況です。一方、アメリカから見てもアジアにおいての一番重要な同盟国は日本です。

ご存知のように1970年代からの米中関係というのは、かなり激しい揺れがありました。1949年共産党結成以来、中国共産党とは付き合いもしないというのがアメリカの政策でしたが、ニクソン大統領が訪中(1972年)し、カーター政権が国交回復(1979年)しました。

問題の一つは、アメリカの政府内で中国のことを本当に良く理解している人が少ないことです。中国そのものが不透明だという問題もありますが、アメリカで中国語ができ、中国のことをよく知っている学者やビジネス界の人はいますが、そういう人たちで、政府に起用されている人は少ないのです。

日本の役割としては、第一に中国に関する実態や現実を日本側からアメリカに発信し、中国政策に関して、アメリカに対して積極的に働きかけるべきだと思います。

第二に、東南アジアの重要性を考えると、東南アジアと相対的に良い関係を持つ日本がアメリカと協力することで、双方が利するのではないかと思います。

第三に、いわゆるグローバル・サウスとの付き合い方です。日本が、アメリカの“民主主義”対“権威主義”の対立スタンスの緩衝材となることも可能です」

グレンさんから見ると、今年11月に82歳になるバイデン大統領は冷戦構造で育った非常に古い感覚の人で、世界を民主主義と権威主義に分ける見方をするという。

ジョージ・W・ブッシュ元大統領やトランプ前大統領のように、我々の見方か敵か、白か黒かの世界の見方をバイデン氏も持っていると指摘する。

「今の冷戦構造が崩壊してからの世界というのは複雑で、単純に敵か味方を区別できないし、民主主義、権威主義という分け方には限界があり、グローバル・サウスとの付き合い方においては、日本の方がアメリカより現実的だと思います。

ですから、そういうグローバル・サウスとの付き合い方に関しても、アメリカが日本から学ぶ点も少なくないと思います。

中国、東南アジア、グローバル・サウスというこの3つの分野では、日本はアメリカと協力可能ですし、経済・技術面では、半導体やスーパー・コンピューター、通信、AIなどの分野における協力も可能だと思います。日米でお互いの利益の実現のために協力できる接点が多々あると思います。

ただ将来のことを考えると、日本の人口減少もあり、経済力が相対的に低下しており、中国、ドイツに追い越され、次はインドに経済規模で抜かれるので、量より質的な面で日本がアメリカと協力する分野を追求する必要があります」

日本はもっと積極的になるべき

米大統領選挙は大接戦になっており、どちらが勝つかによって日本への影響は変わって来るのだろうか。ハリス氏が勝った場合、トランプ氏が勝った場合、それぞれ日本へはどんな影響が考えられるか聞いてみた。

「ハリス氏の場合は、外交に関してはほとんど経験は副大統領になるまでなかったので、基本的には彼女は外交ではバイデン政権の政策を継承するのではないかと思います。

特に中国や北朝鮮の問題もあり、日本と韓国との同盟関係を安全保障上も経済面でも重視しているので、それに関しては特に大きい変化はないと思います。

トランプ氏の場合、彼の行動を予測するのが難しい。彼は著書の中で、交渉する時に一番重要なのは、『相手が、自分が何を考えているか、あるいは何をするかということを予測できないようにすることだ』と言っているので、彼は相手方が予測できないように行動すると思います。

大統領になった場合、最初の1年、2年は移民問題も含めて国内政策を重視して、アメリカの環境政策とかバイデン政権がやろうとした政策を覆すことなどに注力するので、1年以内に日本に直接影響はないと思います。

ただ、その間でも、アメリカと中国や北朝鮮、ロシアの関係が変化することによって、間接的に日本も影響を受けるということになる可能性はあります」

日系3世のグレンさんは、日本の大学にも留学し、日本でも企業のトップなどを歴任し日本にも20年以上滞在した。今もワシントン50%、サンフランシスコ10%、日本40%の割合で移動し、年に6~7回は来日している。そんな日本も良く知るグレンさんに、今後の日米関係のあるべき姿を聞いた。

「アメリカは世界中の国と関係がある中で、日本が受け身でなく、もっと積極的にアメリカに政治面でも、安全保障面でも、経済面でも働きかけをする必要があります。

例えば教育面一つ見ても、1997年に日本からアメリカに1年間大学レベルで留学する学生が年間4万7千人いましたが、今は1万1千人ぐらいしか日本からアメリカに留学していません。

留学生の数から見ても、今は1番目から確か12番目まで下がってしまいました。中国は35万人、インドもそうだし、あと韓国は日本の人口の半分以下で留学生の数が3倍以上です。将来、日米が共に繁栄するためには、日本側からそういうアメリカに対する働きかけをもう少し、能動的、戦略的に考える必要があります」

マネー現代

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最終更新:9/27(金) 7:05

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