衝撃の最後になる?「不適切にも」脚本の巧みさ 何も起きなかった9話、市郎と純子の運命は?

3/28 11:02 配信

東洋経済オンライン

 3月29日の最終回を目前に控えた、TBS金曜ドラマ『不適切にもほどがある!』。昭和のダメおやじ小川市郎(阿部サダヲ)が、令和にタイムリープし、息苦しい令和の社会を斬り込んでいく本作。令和と昭和の違いを描く一方で、1995年の阪神・淡路大震災の年に、自身と娘の純子(河合優実)が亡くなることを知った市郎が、悲しい運命と向き合う姿も描き出している。

 3月22日に放送された第9話では、職場における妊活とマタハラのトラブルを社会問題として描きつつ、マッチングアプリを題材に、令和と昭和それぞれの男性の恋愛行動の違いをコミカルに描いた。

 一方、阪神・淡路大震災の年に亡くなる市郎と純子の運命が変わるのかどうかは、最終回前にして何も動かず、これまで通りの流れで終わった。

 次回予告ではいよいよ市郎と犬島渚(仲里依紗)が昭和に向かう前フリもあり、どんな落としどころへ向かうのか、まったく読めないまま最終話を迎える。

 ※以下、1~9話のネタバレがあります。ご注意ください。

■第5話で物語の流れが急展開

ドラマ全話のなかで、第4話までは昭和と令和それぞれの一般社会を相対的に風刺しつつ、クドカン節全開のコミカルな昭和小ネタで勢いよく突っ走ってきた(過去記事:「不適切にもほどがある!」世代で生じる“温度差”)。

しかし、第5話では一転。そのタイトルにつながらないシリアスなストーリー展開となり、市郎と純子が阪神・淡路大震災の年に亡くなることが明らかになった(過去記事:「不適切にも」とブラッシュアップライフの共通点)。

 そこからの後半だが、2人の運命を変えるために市郎が奮闘するシリアスなサスペンス要素がメインになるかと思いきや、第6話からのトーンも前半と変わらなかった。

 第6話は、令和の若者と昭和のおじさんがクイズ対決するEBSテレビのバラエティ番組収録現場が舞台になる。市郎に連れられて令和に来た純子が、おじさんをバカにする令和のバラエティを「おもしろくない。ただの“さらしもの”」と一刀両断。これまで昭和の視点から令和の息苦しさに物を申してきた、市郎に通じるものがあり、気持ちのいいキレっぷりを見せた。

 第7話では、EBSテレビのドラマ制作が舞台となり、エゴサーチしてSNSの目が気になってしまい、筆が進まなくなる脚本家、同じくSNSの反応に右往左往するプロデューサーの滑稽な姿を映し出した。また、SNSでつぶやきながらドラマを見る考察視聴や、伏線と回収にやたらこだわる視聴スタイルに対して「ドラマの見方は人それぞれで自由なもの」とし、本作の脚本家である宮藤官九郎から、視聴者に対するメッセージ性も込められていた。

 第8話は、一度の不倫から禊ぎを経ても、復帰が許されない男性アナウンサーの悲哀を描く、テレビ業界の不寛容さがテーマになった。SNSの投稿やコタツ記事を“世間”として捉え、スポンサーに忖度するテレビ社会の裏側を自虐的に描くとともに、不倫の当事者ではない他人たちが、正義を振りかざして怒る滑稽さも映し出した。

■昭和世代以外にも幅広く共感させた仕組み

 前半では一般社会における働き方や企業のコンプライアンスを取り上げてきたのに対して、後半は主にテレビ局を舞台にその内側と外側の両方のおかしな部分を、昭和から来た市郎や純子だけでなく、令和人の登場人物(主に回ごとのゲスト出演者)らが鋭く指摘していた。

 昭和世代の視聴者からの共感が多かった前半と比べて、後半からは令和世代も含めた幅広い視聴者層が共感を得られる仕組みになっていたと思う。

 なかには、市郎が令和に対するメッセージを乗せて歌うミュージカルに、周囲の人物が誰も乗ってこなくて失速した回もあった。そこからは、昭和の常識がすべて令和に共感されるわけではないことも示されている。

 令和と昭和の対比の一方、市郎や周囲の人たちが、純子には未来がないことを本人に悟られないように振る舞う様子が、コミカルな要素も織り交ぜながら描かれた。不幸な未来を変えようとしない異色のタイムリープ・ドラマとなり、自身と娘の生の期限を受け入れて生きる、切ない人間ドラマの一面もはらんでいる。

 第9話では、いよいよ最終話の結末へ向けたストーリー展開になるかと思われたが、なんとこれまで通りの流れで終わった。

 職場の妊活者から、まったく意図していなかった発言に対してマタハラで告発され、休職を強いられる渚を通して、この問題のデリケートさと、一緒に仕事に向き合う人にとっての難しさを、妊活者当人と周囲の人たち双方の視点から客観的に示した。

 前半の1~4話と同じく、テレビ局だけではなく、一般社会との共通性を持つ社会問題を扱うことで、視聴者の共感性を高くしようとしていることがうかがえる。

 その一方で、マッチングアプリを題材に、恋愛への積極性に欠ける草食系の令和男性と、一歩間違えればストーカー行為という通信ツールのない時代の昭和男性の恋愛行動をコミカルに対比させた。昭和のムッチ先輩と令和の秋津真彦(磯村勇斗が1人2役)がともに失恋する姿から、それによる傷心の深さは時代や社会背景を超えて普遍性があることも示した。

 視聴者がもっとも気になっているであろう純子の運命を変えるための直接的なアクションはなかったものの、市郎は渚を誘い、ゆずる(古田新太)とともに、純子の父、夫、娘という血縁者がそろって、享年28の純子の誕生日に墓参りに訪れる。視聴者へ純子に訪れる悲運に思いを馳せさせた。

■計算された嵐の前の静けさか

 そんな第9話は、「社会性」「笑い」「涙」のバランスがほどよく取られていた。なかでも、ラストで令和社会を知って視野が広がった純子が、彼氏の1人であるムッチ先輩のプロポーズを断り、「世界は広くて、いろいろな生き方があることを知ってしまった」と新たな道へ踏み出す姿は、9年後の彼女の死を知る視聴者に、切なく悲しい複雑な感情を抱かせる一方、令和に行ったことで純子が自らの未来を変えようとしていることに、希望を持たせた。

 第9話のラストで市郎は、渚へ「お母さん(純子)に会いに行こう」と昭和へのタイムリープに同行させる。それは、最後の燃料を使った片道切符の時空移動になり、純子の運命を変えようとする市郎の覚悟がにじんでいた。

 特別なことが何も起こらなかった第9話は、これまでの回と比較してインパクトが弱かった。しかし、それは計算された嵐の前の静けさのようにも感じ、最終回へと向かう脚本の巧みさを感じる。

 最終話の予告では「娘を救うのが親の役目だろ」という市郎の言葉がある。どのような急展開が待ち受けているのかまったく予想できないが、笑いと涙は紙一重だ。大笑いして笑顔で泣ける、激情に駆られるような大きな衝撃のあるハッピーエンドが待っている予感がある。

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最終更新:3/28(木) 11:02

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