牛たん「ねぎし」の幻メニュー「しろかつ」の正体、「罪悪感のないトンカツ」が生まれた背景とは?

5/13 10:32 配信

東洋経済オンライン

「このメニュー、そこまで有名ではないけど自分は好きだなあ」「定番や看板ではないかもしれないけど、好きな人は結構多いと思うんだよな……」――外食チェーンに足を運ぶと、そう思ってしまうメニューが少なからずあります。店側はどんな思いで開発し、提供しているのでしょうか。
人気外食チェーン店の凄さを「いぶし銀メニュー」から見る連載。今回は牛たん・とろろ・麦めし ねぎしの「しろかつ」を取り上げます。
 飲食チェーンには「代名詞」「定番」というべきメニュー以外にも、知られざる企業努力・工夫を凝らされたものが数多く存在します。本連載では、そうした各チェーンで定番に隠れがちながら、根強い人気のある“いぶし銀”のようなメニューを紹介していきます。

■東京のローカルチェーン「ねぎし」、相次ぐ値上げラッシュでもはや格安感も

 今回のテーマは、牛たん・とろろ・麦めし ねぎしが一部店舗で販売している「しろかつ」です。

【画像】隠れ絶品メニュー! ねぎしの「しろかつ」を見る(画像10枚)
 ねぎしは東京圏に住んでいる人にとってはよく見かけるチェーンですが、実は出店エリアはごく一部で、ほとんどが都内に固まっています。そのため、東京のローカルチェーンといって差し支えないかもしれません。

 そんなねぎしの代名詞は「牛たん」であり、やや高級なイメージを持つ人も多いでしょう。ただ、ランチメニューに1000円ポッキリのものがあるなど、値上げラッシュの昨今、ご飯のおかわり無料やとろろにテールスープも付いていることを考慮すれば「割安」の部類に入るのではないでしょうか。

 ねぎしの牛たんは、柔らかいたんの根元を薄切りにした「ねぎし」、厚切りにした「しろたん」。さらに歯ごたえとあっさりした味わいが人気のたん先である「がんこちゃん」の3種類をそろえています。

 一方で、たん以外にも牛肉や豚肉、鶏肉メニューなど多角的な肉メニューをそろえていることを知っている人は、意外に少ないのではないでしょうか。例えば、牛肉であればたん以外には「牛ロース」にカルビの「ブラッキー」、豚肉は「網焼きみそポーク」に「豚旨辛焼」を1枚単位で注文できます。

 加えて、今回のメインテーマであるしろかつは、一部店舗でしか提供していないことから「レアメニュー」として、知る人ぞ知る商品です。ねぎしの公式Webサイトによると、4月25日時点で提供しているのは「お茶の水店」「高田馬場駅前店」「五反田西口店」「新宿エルタワー店」「上野駅前店」「有楽町店」「赤羽駅前店」「渋谷センター街店」のみ。

 果たしてどんなメニューなのか。実際に販売している店へ行き、食べてみましょう。

■あっという間の提供で驚かされる

 訪問したのは、赤羽駅前店。駅を出ると目の前にあるビルの4階で営業しています。中へ踏み入れると、奥のテーブル席へ案内されました。

 この日は雨ながら、駅前の店舗かつ平日のランチタイムということもあり、座席は7~8割ほどの状況。サラリーマンらしき男性客の他、2人連れでアルコールを楽しんでいる女性客もいるなど、客層はバラエティーに富んでいます。

 しろかつがメインテーマといえど、やはりねぎしに来たら牛たんも欠かせません。「しろかつ+網焼きみそポークセット」とともに、3種類の牛たんを味わえる「牛たん3種盛りセット」を注文。揚げ物に厚切りの牛たん、そこそこの客入りということもあってさぞかし提供まで時間がかかるだろうと思っていたところ、あっという間に運ばれてきて驚きました。

 まずは牛たんから。店名を冠したまさに代表メニューである、薄切りのねぎしは柔らかくジューシー。提供があまりにも早く驚いたものの、作り置きを出してきたという感じでは一切なく、焼き感も存分に楽しめます。

 一方、厚切りのしろたんは厚みの分だけ歯ごたえがありつつも、決して「硬い」わけではなく、適度な弾力。牛たん1本からわずか9枚しか取れない部分を使っているだけあって、より牛たんの滋味を感じます。

 打って変わって赤たんのがんこちゃんは、柔らかめなたんの根元であるねぎし・しろたんと違い、よく動く舌先の部位。その分、しろたんよりもさらに歯ごたえがあり、お酒のつまみとしては最も適している部位だと個人的に思いました。

■白い衣、ロゼの肉 トンカツらしからぬ柔らかさ、軽やかさ

 さて、最高級のオードブルを味わったところで、いよいよメインのしろかつです。皿の上で衣の白、野菜の緑、網焼きみそポークの茶色が素晴らしいコントラストで食欲を誘います。そして何より、ご飯にとろろ、テールスープにお新香がそろっているのもうれしいところ。

 まずはからしやレモン、卓上に提供された専用のソースなどを何もつけずに一口食べようとしたところで、びっくり。断面からは衣と好対照に美しいロゼの肉が顔をのぞかせています。牛カツやマグロのレアカツであれば、こうした断面の色は驚きません。しかし、トンカツでこうした色はかなり珍しいのではないでしょうか。

 気を取り直し、一口食べてまたびっくり。およそトンカツとは思えないほどの柔らかさです。噛むというより歯を当てただけでそのままスッと入りほどけていく、そんな口当たりでした。衣も非常にあっさりしており、揚げ物らしからぬ軽やかさです。

 2ピース目は、レモンを絞り、しろかつ用に提供されたソースをそっとかけていただきます。ソースの粘度が低くあっさりした味わいで、味変しつつも軽やかさはしっかり残って楽しめます。これでご飯が進まないわけがありません。

 一緒に盛られている網焼きみそポークも、香ばしさとしっかりした味付けで無限にご飯が進みます。その上、とろろとお新香もあればなおさら止まりません。おかわり無料に甘えて、大盛りご飯を追加でいただき、最後はテールスープでさっぱりと締めました。

■「牛たん×とろろ」はねぎしが元祖? 

 さて、ここであらためてねぎしの紹介です。ねぎしは1981年に東京は新宿・歌舞伎町で産声を上げました。創業当時は牛たんをつまみとして楽しんでもらうような向きがあったものの、15年ほどで食事メインの店へとシフトチェンジしたそうです。

 ねぎしフードサービスの中山剛さん(常務執行役員事業部長兼購買担当)によると、今ではお酒を飲む人はおおむね3%程度。多くの人が、牛たんを食事として楽しむ店としてねぎしを利用していることが分かるデータです。

 食事の点で、もともと牛たんが名物として知られる仙台では、牛たんとテールスープ、さらに麦ご飯といった組み合わせはポピュラーだったものの、そこにとろろを加えた点にねぎしの斬新さがある、と中山さん。肉だけでは罪悪感を覚えがちな人に対する、ヘルシー感の訴求が狙いにあったそうです。

 また、中山さんは「ご飯をよりおいしく食べていただくという意味でもとろろは重要です」と話します。このようにねぎしでは、メニューを考える際に「いかにご飯をたくさん食べてもらえるか」を重視しており、その思いは食材選びにも表れています。

 例えば、多くの牛たん店では比較的脂の乗りが良く、柔らかいアメリカやオーストラリア産を使っているところが多いのだとか。一方、ねぎしではご飯と合わせやすい、あっさりめの味わいが特徴のウルグアイ・アイルランド産の牛たんを多く使用しているそうです。

 店を訪れて驚かされた提供までのスピードについて中山さんに聞いたところ、一つの基準としてオーダーから8分以内に提供するようにしていて、全体のうち9割超のケースで守れているといいます。平均値を取ると4分30秒ほどだといい、また驚かされました。

 以前は牛たんを焼くのに炭火を使っていたそうですが、10年ほど前にガスで焼く形に変更したことも、高速化に影響しています。炭の良いところである高い温度や強い火力をガス調理でも維持できるよう、特注で調理器具を開発したそうです。

 長い歴史がある中で、今回のしろかつが登場したのは7年ほど前。新業態を検討する中で生まれました。

 「ねぎしの出店エリアは関東圏に集中しており、商圏を広げるか、あるいは同じエリアで新たな業態を始めるか実験していました。その中で、強みである定食を軸にして、今度は豚肉をメインにした店ができないか、と考えたのです」

 新たな店舗の看板メニューが、トンカツ。さらに、主に女性客をターゲットにして「罪悪感のないカツを作ろう」というコンセプトで開発を進めていきました。そこでのポイントが「軽い」「柔らかい」「茶色ではない」こと。都内にいくつかあった、白いトンカツを提供している店を研究しながら、しろかつの原型ができていきました。

 とはいえ、見た目が白いトンカツは、長い時間をかけてゆっくり揚げていく必要があり、効率の良いオペレーションを実現する上ではネックでした。そこで、作業工程を分析して分解していく中で、揚げる前に肉を低温調理しておき、注文が入ったら衣をつけてさっと揚げる方式にたどり着いたと中山さんは振り返ります。そのため、豚肉の揚げ物でありながら、断面の美しい色合いを実現できています。

 素材の面では、トウモロコシの飼料で育ち、脂身もしっかりしている豚ではなく、小麦で育ち、あっさりとした肉質が特徴の豚肉を北米から輸入。パン粉も、都内の有名店が仕入れている、パン粉専門の老舗業者から仕入れており「可能な限り衣を白くしたいので、揚げたときに色が最も付きにくいものをお願いして仕入れています」と中山さんは話します。

■新業態は閉店しても、しろかつは生き残った

 こうした工夫もあって、新業態「ねぎポ」では狙い通り女性のファン層を獲得。2号店も出して順調に思えたものの、コロナ禍が襲いました。

 「コロナ禍となり、新たなことを進める前に、まずねぎしに注力しようということになり、ねぎポはいったん終了しました。ただ、お茶の水にあったねぎポは目と鼻の先にねぎしがあり、後者が古くなっていたんです。そこで、古いねぎしを閉店して、店舗としては新しいねぎポをねぎしに鞍替えし、しろかつもお茶の水店限定で残すことにしました」

 すると、ねぎし唯一の揚げ物メニューであり、見た目も珍しいことから徐々にファン層を拡大。お茶の水店以外のねぎしでも、扱う店舗を増やしていきました。今では一番人気で3割ほどの人が注文するという「まるねセット」に次ぐメニュー群の一つとして、しろかつは確固たる地位を築いています。

 ここまでの話を聞くと、これからしろかつを扱う店舗が徐々に増えていくのでは、とも感じます。しかし、中山さんは「揚げ物ができるほどスペースのある店舗は限られており、今後も販売する店舗を全店に広げることはないと考えています」とピシャリ。まだまだしろかつはレアメニューとして、ひそかに人気を集め続けることになりそうです。

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最終更新:5/13(月) 10:32

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