イーロン・マスクが米宇宙政策に影響力、NASA改革とSpaceX優遇で安全保障にも波及へ
NASAをはじめ各国の宇宙機関は現在、有人月面探査の再開、そして有人での火星探査を目指すアルテミス計画を推進しているが、アメリカの大統領が民主党のジョー・バイデン氏から共和党のドナルド・トランプ氏に代わることが決まったことでどのような変化が起こるのか。現時点でわかることを調べてみた。
米大統領選挙は、激戦州の票を獲得したトランプ氏が制し、大統領への返り咲きが決定した。トランプ氏は、選挙戦で1億ドルを超える巨額の支援を行ったイーロン・マスク氏を、新たに設立する「政府効率化省」のトップに据えることを明らかにしている。
政府効率化省は正式な政府機関ではなく、諮問委員会的な組織となる。これは事業家であるマスク氏に対する利益相反規制の適用を回避するためだと指摘されている。そしてマスク氏は、この政府効率化省において政府支出を2兆ドルも節約すると豪語している。
マスク氏は選挙におけるトランプ氏への支援に対する見返りとして、新政権で大きく広範な影響力を持つことになると予想されており、すでにマスク氏がトランプ氏に対して国防総省を含む政府機関にSpaceXの主要従業員を採用するよう助言したことがThe New York Times紙によって報じられている。トランプ氏がマスク氏の要求を受け入れれば、SpaceXに多大な利益をもたらす可能性がある。
■政権に食い込むイーロン・マスク氏
トランプ氏、マスク氏ともに、自らの目的・利益のためなら既存の規律や規範を軽視する傾向があることは、これまでの両氏の行動を見れば明白だ。両氏とも、社会的に批判もされれば、訴えられもしている。それでいて、熱狂的な支持者がいるのも二人の共通点だ。
特に、マスク氏は自己資金でSpaceXを設立し、宇宙ロケットを再利用可能なものにするという、それまでどこの宇宙機関も成し得たことのないアイデアを実現させてきた。Starlink計画では、軌道上に無数の小型通信衛星を配置して、通信インフラのない地域にブロードバンドインターネットを届けるという、常識的な発想ではなかなかできないことを他社に先駆けて行っている。
一方、NASAはアメリカの政府機関のなかでも最も肥大化し非効率的な組織と言えるかもしれない。NASAのフィールドセンターはアメリカ国内全10カ所にあり、各センターがそれぞれ、独自の管理層、人事体制を持ち、それぞれに膨大な経費がかかっている。
NASAは近年、機関全体のコストを効率化する努力の一環として、宇宙船やロケットなどのすべてを内部開発するのではなく、積極的に民間企業から商用サービスとして購入する方向性を打ち出している。そのわかりやすい例としては、国際宇宙ステーション(ISS)への宇宙飛行士や物資の輸送が挙げられる。
スペースシャトルが2011年に退役してから、ISSへの飛行士や物資の輸送はロシアのソユーズ宇宙船/プログレス補給船に依存する状況が長年続いていた。だが、2020年のDemo-2試験飛行ミッションで、SpaceXのCrew Dragon宇宙船による初めてのISSへの人員輸送が成功してからは、ロシアのソユーズ宇宙船とその役割を分担することが可能になった。
NASAによる民間企業を積極的に活用するアプローチは、宇宙通信から月着陸船、宇宙ステーション運営にいたるまで手を広げつつある。アメリカの宇宙機関は今後もさらに民間企業を宇宙開発に呼び込みたいと考えているはずだ。
だが、ここでマスク氏による利益相反が顔を出す。NASAによる民間企業からの商業サービス導入の成功の多くは、マスク氏が所有するSpaceXに依るところが大きい。SpaceX以外の民間企業は、NASAが新規調達案件の契約を増やそうとする中で苦戦を強いられており、すでに実績あるSpaceXと実質的な競争ができるほどにはなっていない。
また、米議会はNASAが商業サービス利用を拡大することによって、NASAの各センターへの資金配分に関する議会の影響力が低下したことに不満を持っていると言われている。議会からの風当たりがあまりに強まると、マスク氏がさらにSpaceXにばかり巨額の調達案件を持ちかけるようなNASAの改革は困難になるかもしれない。
■アルテミス計画
今後のNASAにとって最大の問題は、月面有人探査や火星への有人探査を目指すアルテミス計画をどのように進めていくかだ。この計画は近年、停滞気味であることが指摘されるようになりつつある。10月には、ニュースメディア「ブルームバーグ」の創始者マイケル・ブルームバーグ氏が「1000億ドルもの予算を注ぎ込んでいるにもかかわらず、NASAの月面ミッションは行き詰まっている」と、自身のオピニオン記事で主張を展開した。
ただ、動きが鈍っているとしても、NASAがアルテミス計画を完全に中止することは考えにくい。この計画を発足させ、月面有人探査を再開することを決めたのは前トランプ政権だからだ。
■ゲートウェイとスペース・ローンチ・システム
アルテミス計画には、ISSの1/6程度の規模の多目的宇宙ステーション「月周回有人拠点(ゲートウェイ)」を建造し、それを月面及び火星探査に向けた居住拠点および物資補給の中継基地とすることが計画されている。このゲートウェイは、現在はISSが担っている、無重力環境における科学研究の場としての役割も想定されている。
ションで、月面へ宇宙飛行士を到達させる計画だが、このミッションで飛行士を月軌道へ送り届けるロケットには、NASAが2011年から約240億ドルを投じ、ボーイングとノースロップ・グラマンが開発を主導してきたスペース・ローンチ・システム(SLS)の使用が予定されている(月面着陸と帰還はSpaceXのStarship HLSを予定)。
しかしアルテミス計画は、計画スケジュールの遅延、管理上の問題、増大するコストに関する報告が継続的になされており、見直しを求める声も上がりつつある。たとえばアルテミス3号のミッションで飛行士が搭乗する予定のオリオン宇宙船は、耐熱シールドに問題が発見され、その開発スケジュールに遅れが生じている。
停滞が続くようなら、この計画には大きな手入れが加えられる可能性がある。マスク氏は完全な使い捨て型ロケットで、打ち上げにかかるコストも巨額になるSLSを、NASA肥大化の典型例だとして嫌っている。
11月12日にワシントンで行われたBeyond Earth Symposiumのパネル討論会では、トランプ新政権が進歩を加速したりコストを削減したりするために、有人宇宙飛行への取り組みを含むNASAの重要な役割に関して精査を行う可能性があるとパネリストらは述べた。またマスク氏が政権への関与を深めることにより、特にSLSとオリオン宇宙船の計画が継続されない可能性もあるとされた。
今年9月、マスク氏はSpaceXなら2年以内にStarship 5機を火星に送り込み、その4年後には有人火星ミッションを実行に移せると発言した。もし、それが可能ならばゲートウェイやSLSの必要性は薄れてしまう。ただし、マスク氏の発言に対して業界の専門家の多くは、常識的に考えて「そのスケジュールは到底実現不可能だ」との見方を示している。
マスク氏がSLSの計画を完全に中止させるのは難しいとの見方もある。SLSのプログラムは、その開発を担っているマーシャル宇宙飛行センターのあるアラバマ州をはじめ、フロリダ州、テキサス州で6万人以上の雇用を生み出しており、計画を中止するとなると各州選出の共和党議員からの強い反発が考えられるという。
ただ、マスク氏が政権に深く関わることにより、Starshipの開発ペースを高めるような予算の融通や規制の緩和が行われる可能性はある。これまで、Starshipの飛行試験の前後には、マスク氏が「余計な環境分析」と呼ぶ連邦航空局(FAA)の調査が行われることが多く、そのためにSpaceXは何週間も作業を中断させられていた(ただし過去のStarshipの飛行試験では機体の爆発や、周辺一帯への何らかの灰のような粒状の物質の降下など、FAAが調査すべき問題が発生していたことも事実だ)が、それらを簡略化または回避するように働きかけることも考えられなくはない。
前のトランプ政権下でNASAの有人探査部門を率いていたこともある宇宙産業コンサルタントのダグ・ロバーロ氏は、新政権のもとでは「少なくとも、より現実的な火星への計画が立てられ、そこへの到達が目標として設定されることになるだろう」と述べている。
惑星協会(Planetary Society)のエリザベス・ケーンク氏は、今後4年間は、宇宙開発全体にとっては良い年になるかもしれないが、NASAにとっては悪い年になるだろうと述べた。
■宇宙での同盟関係
アメリカおよび協力各国による宇宙政策は、今後さらに中国との競争激化に直面することが予想されている。また、ロシアなどによる予測できない行動への備えが必要になるだろう。
ただ、中国の動きがアメリカの動きを促進する可能性もある。宇宙における優位性維持や安全保障上の理由から、2020年から2023年まで米宇宙軍の副司令官を務めたジョン・ショー氏は、中国の進歩を考えると、アメリカの新しい政権は月探査ミッションを加速させるよう圧力を受ける可能性があると示唆し、中国との競争の激化が新政権の宇宙政策を形作る要因となる可能性が高いと指摘した。
中国は2030年代初頭の有人月探査ミッションを計画しており、それは宇宙における優位性においてアメリカを凌ぐまでになろうという中国の野心を強調している。
安全保障の面に目を向けると、トランプ氏は2019年に米宇宙軍を設立しており、宇宙でも中国にその存在感を示していくと考えられる。だが、もし国際的な同盟関係に対するトランプ大統領の懐疑的な姿勢が、宇宙分野にまで適用されるようなことがあれば、安全保障上の問題に直面することも考えられなくはない。
アメリカは長年、宇宙での同盟ネットワークを構築してきた。アメリカは、アメリカ宇宙コマンド(USSPACECOM)を通じて、世界の営利企業、学術機関、同盟国政府など185を超える組織と宇宙状況把握(SSA)システム協定を結び、衛星、デブリ、その他の宇宙物体の位置を監視している。今年4月にはウルグアイ空軍もこの仲間に加わったばかりだ。もし、新政権がこの同盟関係を解体したり、提携関係を制限したりすれば、宇宙安全保障への全体的な取り組みが弱まり、衛星追跡、宇宙交通管理、防衛態勢における連携が難しくなるかもしれない。
ショー氏はアメリカに挑戦しようとする潜在的敵対国の取り組みは、国家安全保障宇宙政策の重要な原動力であり続けるとしており、中国やロシアの宇宙兵器開発にも言及して、今後も「脅威が減少するとは思わない」と述べている。
東洋経済オンライン
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最終更新:11/30(土) 8:32