高齢者の交通事故、増加の要因は「認知症」ではなかった! 「脳ドックデータ」で判明した大きな事実誤認とは

4/30 15:02 配信

東洋経済オンライン

「もう認知症の人には運転させないで……」
高齢ドライバーによる事故のニュースが報じられた際、このように思う方も多いのではないでしょうか。しかし、その認識は誤りです。事故を起こしている高齢ドライバーのほとんどは、認知症ではありません。では、どんな人が事故を起こしているのか。そして、その原因はいったいなんなのか。
その答えは、最近の脳ドック研究(蓄積されたデータ)によって徐々に明らかになってきました。日本初の「自動車運転外来」を開設した認知症専門医・朴啓彰氏の著書『75歳を越えても安全運転できる運転脳を鍛える本』より、一部引用・再編集して、認知症と高齢ドライバーをとりまく現状を紹介し、事故を起こす原因とその対処法に迫っていきます。

■75歳以上と25歳未満の死亡事故率に大差はなし

 2024年2月25日、奈良市の東大寺の参道を車が暴走して複数人をはね、1人が死亡、1人が腰の骨を折る重傷を負いました。車を運転していたのは79歳の男性で、過失運転傷害容疑により現行犯逮捕。「アクセルとブレーキを踏み間違えた」との趣旨の話をしているそうです。

 3月1日には、群馬県太田市の北関東自動車道を軽自動車が逆走し、乗用車と正面衝突をするなど計4台が絡む事故が発生しました。これにより、軽自動車を運転していた86歳の男性が死亡。事故に巻き込まれたほかの3人が負傷しました。

 このように、最近は高齢ドライバーの事故のニュースが頻繁に報じられています。これを重くみて、「高齢者に車を運転させてはいけない」「免許を与えるべきではない」という論調も散見されます。しかし、それはやや行きすぎといわざるを得ないでしょう。なぜなら、事故を起こす高齢ドライバーがいる一方で、安全運転に徹し、事故とは無縁のカーライフを送っている高齢ドライバーもいるからです。

 社会の高齢化が進み、75歳以上の免許保有者数は右肩上がりに増加しているので、それに比例して死亡事故の件数自体は25歳未満の若年ドライバーよりも多く報告されていますが、じつは免許保有者10万人当たりの死亡事故件数(事故率)は75歳以上が5.62件で25歳未満が4.31件(2022年警察庁調べ)と大きな差はありません。

 死亡事故に限定せず、軽微なものも含めた事故全体で見ると、75歳以上が1294件で25歳未満が1636件(2022年年警察庁調べ)と、25歳未満のほうが圧倒的に多いことも明らかになっています。

 これが現状なのにもかかわらず、マスコミが取り上げるのは高齢ドライバーが起こす事故ばかり。そんな今のマスコミの姿勢には、正直、首を傾げざるを得ません。

■認知症ドライバーの事故が激減した背景にあるもの

 もう一点、世間の多くの人たちが誤解していることがあります。それは「事故を起こしている高齢ドライバーの大半を占めるのは認知症である」という考えです。残念ながら、この認識は間違っています。もちろん、認知症の人が事故を起こす確率はゼロとはいえませんが、大半を占めるのはじつは認知症以外の人たちなのです。

 1998年に、満70歳以上の人に対して自動車運転免許を更新する際に高齢者講習が義務化され、2009年には満75歳以上の人を対象にした認知機能検査が加わりました。そして2017年の法改正により、認知機能検査のチェック内容が記憶再生を中心に強化されました。つまり、国や警察が認知症ドライバーを危険とみなしたということです。

 確かに、今から20年以上前は認知症ドライバーによる事故も目立ちましたが、これらの制度改正により、75歳以上で死亡事故を起こした事案で、その直近で認知症の恐れがあると高齢者講習で判定された割合は2017年の4.8%に比べて2019年では1.3%と認知症の人が事故を起こすケースは各段に減りました(2021年警察庁調べ)。認知症が進んでしまっていたら、免許更新時に待ち構えている認知機能検査をパスできず、事故を起こす以前にそもそも免許を保有できない(=車を運転できない)ことになりますからね。

 さらに、認知症の人や、その予備軍ともいえる軽度認知障害(MCI: Mild Cognitive Impairment)の人に対しては、家族など周囲の人が運転の危険性を感じ、免許の自主返納を促す傾向にあります。75歳以上で免許を自主返納された方は27万3206人(2020年警察庁調べ)にのぼり、その中にはMCIの方が多く含まれていると推察されます。おのずと認知症の人が交通事故を起こす割合は低くなっていると考えています。

 じつは、今あちこちで事故を起こしているのは、認知症の人ではなく、ごく普通の(と認識されている)高齢者なのです。運転技術に自信を持っていて、記憶力もしっかりしており、たいていの人が事故後に「これまではまったく問題はなかった」「自分が事故を起こすなんて思ってもみなかった」と口にします。

 これが、事故を起こす高齢ドライバーをとりまく実態なのです。認知症ではない高齢者が事故を起こしているのです。

■白質病変・脳萎縮と運転脳の機能低下の関係性

 では実際に、どんな人が事故を起こしているのでしょうか。そこに共通点はあるのでしょうか。

 高齢ドライバーが事故を起こす理由は多岐にわたりますが、総じて脳の衰えと、それにともなう身体機能の低下が大きく関係しているといっても過言ではありません。運転をする際に必要となる機能をつかさどる脳―――すなわち“運転脳”が加齢とともに衰えてくると、事故を起こしやすくなります。

 私はこれまで、数万件に及ぶ脳ドック診察を行い、さらには事故を起こした人への聞き取り調査をとおしてMRIデータと照合するなどの研究を重ねた結果、白質病変(MRI 画像の高信号域)と脳萎縮(脳室・脳溝・硬膜下腔の拡大)が進むと、交通事故や危険運転を起こす可能性が高まるということをつきとめました(Scientific Reports, 2022. , Front. in Aging Neurosci, 2022.)。

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 白質病変は加齢のほか、高血圧等の生活習慣病、喫煙、生活習慣の乱れなどによって生じる脳の毛細血管を中心とする脳虚血病変のことで、40代までは喫煙者以外ほとんど発生しませんが、50代くらいから増え始め、60代以降に急増し、80代では半数以上の人に認められます(著者主宰脳ドック施設でのデータ分析より)。

 白質病変では、神経細胞が集まっている大脳皮質(灰白質)にダメージがないため、呂律が回らない、あるいは手足が動かないといった脳卒中でよく見られる明白な症状はありません。ただし、広範囲にわたる白質病変は、脳梗塞の再発や血管性の認知症と高い関連性があります。

 そして何より、安全運転を阻害するやっかいなファクターになることが、長年の研究により明らかになっています。白質病変は、脳神経ネットワークの破綻をもたらし、情報伝達の障害をまねき、それが運転操作に影響して、交通事故や高速道路の逆走を引き起こしやすくするのです(PLOS ONE, 2013; J. Nourol. disoders, 2023)。

 例えば、脳が「ブレーキを踏め」という指令を出したとしても、ネットワークが壊れているためにうまく伝わらず、いつの間にか「アクセルを踏め」に置き換わってしまうケースもあるということです。

 「アクセルとブレーキの踏み間違い」。何度も耳にするフレーズですよね。これが起こる原因は認知症ではなく、白質病変という状態が大きく関係している可能性があるのです。だから、認知症でなくても油断することはできません。

そして、白質病変内の毛細血管や神経線維は可塑性が高い組織なので、後から運動などで脳を刺激した場合には神経ネットワークの破綻が軽減する可能性があり、白質病変と安全運転能力低下の関係性はまだ不確定なことがあります。最近の知見では、白質病変のみならず脳萎縮も考慮すべきだと考えています(Front. in Aging Neurosci, 2022)。

■脳萎縮と白質病変の増加を抑えるためにすべきこと

 脳萎縮や白質病変発生の有無は、脳ドックを受診し、頭部MRIを撮ることによってわかります。年齢が同じでも個人差が大きいのが特徴ゆえに、定期的な受診が推奨されます。しかし、お住まいの地域にある脳ドックを受けるにしても、気軽に「じゃあ明日行ってこよう」というわけにはいかないでしょう。

 そこで私が提案するのが、脳萎縮や白質病変が発生している可能性を示唆する兆候や傾向を探り、その対策を立てるという方法です。できれば脳ドックを受けていただきたいのですが、受けなくても、脳が萎縮していたり、白質病変ができていたりする公算が大きいということは、ある程度予測できます。

 血圧が高い人、大酒飲みの人、タバコを吸う習慣のある人は脳萎縮と白質病変の両方に関係し、過度のストレスを抱えている人は脳萎縮に強く関係すると考えています。

 通常、私が主宰する脳ドック施設のデータでは、男性は1年で2ml、女性は1mlの割合で脳萎縮が進行するのですが、飲酒・喫煙習慣のある人はそれが約5mlに、仕事や人間関係などにストレスを感じている人は約10mlに増加するのです。

■栄養バランスの取れた食事と規則正しい生活が大切

 さらに、運動不足や睡眠不足、不規則かつ栄養バランスの偏った食事、糖尿病をはじめとする生活習慣病が脳萎縮に影響することも、付け加えておかねばならないでしょう。

 また最近では、フレイルと脳萎縮・白質病変が密接に関係しているのではないかということが指摘されています。脳萎縮が進み、白質病変が継続的に増加すると、高次脳機能の衰退・低下、やる気・粘り・意欲の枯渇などをまねき、それがフレイルに結びついていくとする考え方です。

 欧米の追跡調査では、白質病変とフレイルの関係が多く報告されていますので、フレイルと診断されたら、白質病変が増えている可能性を疑ったほうがいいでしょう。

 高齢になっても、長く安全運転を続けたいのであれば、脳萎縮や白質病変の増加を抑えることが求められます。そのためにも、お酒やタバコを極力減らし、栄養バランスの取れた食事をとり、適度に運動して良質な睡眠をとるなど、生活習慣を見直して健康的な日々を送ることを心がけましょう。

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最終更新:4/30(火) 15:02

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