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水原一平氏の「学歴詐称疑惑」に見る“盛る人”の危うさ 理想の自分を目指し、努力して近づいても、かつてのウソで台無しになる

3/27 15:32 配信

東洋経済オンライン

 ドジャース・大谷翔平選手の専属通訳だった水原一平氏の違法賭博問題をめぐり、その「学歴」についても、あわせて注目が集まっている。現地メディアの取材に対し、在籍していたとされる大学側が、水原氏の在籍経験がないと明かしたのだ。

 疑惑の行き着く先は、今後少しずつ明らかになっていくだろうが、SNS上では過去の「学歴詐称騒動」と絡めての反応が相次いでいる。

 そこで今回は、筆者が身を置くネットメディア編集業界の視点もまじえて、「理想の自分」を目指すうえでの注意点や、受け止める周囲側が抱える課題について考えてみたい。

■SNS上ではショックの声が続出

 水原氏が大リーグ・ドジャースを解雇されたのは2024年3月20日、開幕戦の直後だった。違法賭博への関与が報じられ、最低でも450万ドル(約6億8000億円)がブックメーカーに送金されたと伝えられた。

 それから約1週間を経た26日、大谷選手は会見を開き、自身が賭けたり、ブックメーカーへの送金を依頼したりしたことはないと断言。数日前に事態を知ったとして、「僕の口座からお金を盗み、ウソをついていた」と明言した。

 大谷選手とともに登場する機会が多かった水原氏は「一平さん」の愛称で、日本国内のファンからも親しまれていた。解雇を受けて、SNS上ではショックを示す声が続出している。

 そこに加えて、話題になっているのが「学歴」についてだ。水原氏はカリフォルニア大学リバーサイド校を卒業したとされるが、大学広報担当者が「在籍記録がない」と明かしたと報じられたのだ。

 この件は現時点(3月27日)で「疑惑」でしかない。しかしSNS上では、かつて経歴詐称を認めたショーンK(ショーン・マクアードル川上)氏を「思い出した」との反応が相次ぎ、両者を比較する投稿が拡散されつつある。

■思い出される、過去の経歴詐称スキャンダル

 ショーンK氏の騒動をおさらいしよう。

 同氏は「幼少期に来日した日米ハーフの経営コンサルタント」として知られ、在京ラジオ局「J-WAVE」で十数年にわたり番組を持ち、「報道ステーション」や「とくダネ!」といった番組のコメンテーターを務めるなどメディア露出も多く、数週間後からはフジテレビ夜の報道番組で司会も務める――などと順風満帆に思われていた2016年3月、「文春砲」を受けた。

 『週刊文春』の報道は、「ショーンKという虚像」を浮き彫りにした。熊本出身でハーフではなく、経歴として挙げていたテンプル大学卒業も、ハーバード・ビジネス・スクールでのMBA取得も事実ではなかった。すぐさまレギュラー番組は出演自粛となり、そのまま降板。ほぼ表舞台から姿を消している。

 経歴をめぐるスキャンダルといえば、「サッチー騒動」も思い出す。プロ野球・野村克也監督の妻として知られた野村沙知代氏が、1990年代後半に衆院選に出馬。選挙公報にコロンビア大学への留学経験を書いたことが虚偽として、東京地検に告発された(のちに嫌疑不十分で不起訴処分)。

 同じく永田町がらみでは2003年、当時の自民党副総裁を下して、初当選した民主党(当時)衆院議員の「ペパーダイン大学卒業」という経歴に疑義が示され、大きな話題を呼んだこともあった。

 これらの「経歴詐称疑惑」に共通するのは、その舞台が海外である点だ。もし自分がウソをつくなら……という立場で考えてみると、まず「関係者に接触しづらくバレにくい」ことが挙げられるだろう。言語の壁はもちろん、そもそも物理的距離も離れている。

 たとえ疑われても、「日米で『在学』や『卒業』の解釈が違う」などと言ってしまえば、「ふむ、そういうものか」と納得してしまう気持ちもわかる。情報源へのアクセスの難しさは、追求・追及を諦める要因にもなる。自分で確かめにくい情報であれば、ひとまず、より詳しいであろう相手の発言を信頼するのが手っ取り早い。

■「盛る」行為を気づかぬうちに手助けしている一般市民

 いくつか例を出してきたように、とくに海外経験を絡めた詐称は、日本でもたびたび話題になる。

 もし経歴を詐称したとすれば、当然もっとも非があるのは、ウソをついた側だ。しかし、社会全体を眺めると、そうした「盛る」行為を気づかぬうちに手助けしている一般市民は、それなりに多いように思える。「海外留学」や「外資系勤務」といった肩書をありがたがって、実力以上に評価してはいないだろうか。

 もちろん、海外経験を実際に積んで、バリバリ活躍している人材は数多い。しかし、その人自身を評価する以前の段階で、「舶来の雰囲気」を感じ取るだけで思考停止して、評価を見誤ってしまう。

 これは、中高年を中心に「国際ロマンス詐欺」の被害が相次いでいることとも通底する。海外在住や外国籍の軍人、医師、パイロットなどを名乗る人物と親密になり、金銭を求められる。「2人の未来のために」などと言いくるめられ、入金すると……。金の切れ目は縁の切れ目。途端に「恋人」は姿を消してしまう。警察庁の調べによると、2023年に1575件が確認され、被害総額は約177.3億円にのぼるという。

 ネットメディア編集者らしい話も挟んでみよう。SNS上では、たまに「元GAFA勤務」を名乗るユーザーを見かける。この肩書を見たとき、「ああ、グーグルとかで働いていたのね……」と判断したあなたは、ちょっとお人よしが過ぎる。ためらいなく信じて、情報商材を買わされてからじゃ、後の祭りだ。

 そもそも「有限会社GAFA」という企業で働いていたかもしれない(実在していたら申し訳ありません)。たとえIT大手を指していたとしても、その職種や雇用形態はさまざまだ。Amazonの配送センターや、Apple Storeの店員も、間違いなくGAFA勤務と言える。中には「業務委託で数カ月だけ働いていた」という人もいるかもしれない。

 もちろん、これらの人々がGAFAの正社員より格下というわけではない。筆者が言いたいのは、あくまで、その人の本質を見抜くことが重要なのではないかということだ。

 あらゆる可能性を考えず、「なんかすごそう」と過大評価してしまえば、いつしか「国家間のサイバーテロと戦うホワイトハッカー」だとか「数兆ドル規模の事業を差配するプロジェクトリーダー」といったイメージを膨らませてしまいかねない。

 多くの場合では、彼ら、彼女らのメッキははがれ、「怪しいやつだった」となるのだが、それでおしまいではない。先入観にとらわれない訓練をしない限り、今度は正しい経歴を伝えているのに「あいつも怪しい」と疑い出す、風評被害の世界がやってくる。そんなディストピアを避けるためには、一人ひとりが、第一印象を割り引いた「正味の実力」で評価するしかない。

■かつての「盛り」や「ウソ」が自分の身を滅ぼす

 擁護するわけではないが、水原氏のような通訳業は本来、翻訳能力が求められる仕事であり、経歴ではなく実力勝負の世界だ。また、ショーンK氏も土台は虚構だったとしても、視点や「コメント力」、そしてその「見せ方」「話し方」が唯一無二だったからこそ、メディアに引っ張りだこになったのではないか。

 それだけに、かつての「盛り」や「ウソ」によって、実力が十分に評価されなくなってしまうのは、極めてもったいない。偽りの自分を用いて、ある程度まで上り詰める人間は、その「理想像」に向けての努力も惜しまなかったはずだ。そのパワーを他に振り向けても、なんらかの実績を残せたに違いない。

 もっとも今後は、経歴を正確になぞりやすくなっていくだろう。たとえばブロックチェーン技術を用いて、改ざんの難しい電子証明書が普及すれば、大手企業や公職に務める人物は、選考時にその提出を求められるようになる。社会監視が進む懸念もあり、個人的には全面支持できないが、正当な人物評価を行ううえでは、一定の役割を果たすと考えられるし、周囲に目を向けても、昨今の転職ではバックグラウンドチェックが行われることはごく普通になってきているように感じる。

 それでも筆者は、技術ベースで環境を整備するよりも、コミュニケーションを中心とした「虚構と真実のギャップ解消」を夢見たい。憧れは肥大化すると、偽りを呼び寄せ、甘い言葉がこだまする。そんなとき、どうにか「偽るのをやめましょう」と忠告しあえる社会を目指せないものだろうか。

東洋経済オンライン

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最終更新:3/27(水) 15:32

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