受刑者が「娑婆でも食べたい」と絶賛!大人気の“いかフライレモン風味”とは?

5/11 16:02 配信

ダイヤモンド・オンライン

 全国に約20名の法務省専門職「法務技官」(国家公務員)の管理栄養士である筆者。受刑者らとは同じ釜の飯を「作る」仲間、料理を教える先生と生徒、調子に乗った言動に説教する母親と息子として過ごしてきたという。本稿は、黒栁桂子『めざせ!ムショラン三ツ星』(朝日新聞出版)の一部を抜粋・編集したものです。

● 受刑者に大人気の 「いかフライレモン風味」とは

 刑務所で働き始め、私が初めて新しく取り入れたのがこのメニューだった。実は前職の学校栄養士時代の給食からのパクリである。

 学校では材料にみりんも入れていたが、隠れて飲もうとする輩がいるため刑務所では使えない。そんな事情から、刑務所用にレシピをアレンジしなければならなかった。

 ちなみに学校給食でのメニュー名は、「イカフライのレモン煮」だった。少しだけ表現を変えたのは、パクリという後ろめたさと、「煮」と言いながら実際には揚げてからタレをかけているので、「煮てないだろっ!」というつまらない反抗心から「煮」を「風味」に置き換えたのだ。

 ちなみにレモンだって業務用のレモン果汁を使っているため、果汁はわずか10パーセントのなんちゃってレモンである。だから、レモンといいながら実はあまりレモンではない「レモン風味」という表現がちょうどよいのだ。

 さて、この「イカフライのレモン煮」は西尾市の学校給食が始まりで、愛知県内では何度もテレビで取材されているほど有名。同市内の学校給食でダントツ1位の人気を誇る。これが出る日は出席率がよい、と噂されるほど生徒を引き寄せるのだ。

 なんでも過去には、給食時間の前に不良グループが配膳室に忍び込み、盗み食いしたという事件が発生したらしい。それ以来、配膳室は施錠されるようになったと聞いている(刑務所と同じやんか……)。

 まぁ、それほどまでに人気ということなのだ。地元にはお惣菜として売る店があったり、居酒屋メニューにもなったりしている。

 当時、中学2年生の学年主任だったT先生は、スリムなのに給食はいつも男子顔負けに大盛ご飯を食べるのが印象的だった。

 問題生徒が教室外でたむろしていると連絡を受けると、「行くよ!」と、複数の男性教師を引き連れて職員室を颯爽と出ていく姿は、頼れる姉御という感じだった。

 給食にイカフライのレモン煮が出た日は、不登校だったAちゃんに電話をかけ、「今日はあんたの好きなイカフライのレモン煮だよ。給食食べにおいでよ」と声をかけていた。

 T先生曰く、「あの子たち、家にいても食べるものもないのよ。給食だけでも食べに来てくれたらいいのに」なんて言っていた。

 その頃の私は、「家に食べるものがない」ということが理解できなかった。虐待とかネグレクトといった家庭の存在など、自分の身近にあるとは思っていなかったからだ。

 私にしてみたら、不登校で給食費も払っていない生徒らがきまぐれで教室に来て給食を食べるたびに、欠席者のいるクラスを探して1食分を用意したり、給食費をカウントして請求したりといった余計な仕事が増えるだけで、ウンザリだった。

 結局、私はAちゃんとは一度も会う機会がないまま小学校に異動となり、さらに刑務所に転職してしまった。

 刑務所に勤務して数年経ったある日、たまたま自宅でテレビを見ていたら、交通事故死のニュースが流れた。

 亡くなったのは、あのAちゃんだった。20歳くらいだっただろうか。それ以来、炊場でいかフライレモン風味を見るたびに、T先生と会ったこともないAちゃんを思い出す。

● レシピを暗記して娑婆で再現 数少ない刑務所での良い思い出か

 U君は、いかフライレモン風味が一番好きだと言っていた。

 「僕だけじゃないですよ。娑婆に出たら自分で作れるようにって、レシピを覚えて書き留める人もいるくらいですから」

 彼らは炊場のレシピを持ち帰ったり書き留めたりすることができない。それはルール違反になる。だから、分量や手順を暗記し、部屋に帰ってからの自由時間にノートに書き留めるのだろう。

 そこまでして作りたいと思ってくれるなんて栄養士冥利に尽きるじゃないか!と、パクリメニューでもうれしかった。

 彼の仮釈放が近いことは髪の伸び具合でわかった。卒業が近くなると、髪を伸ばすことができるからだ。それに、炊場から外され、卒業に向けてのカリキュラムが始まるため、彼と会える機会はもう少ないことを示していた。

 「もうすぐ『いかフライレモン風味』が出るかなあ……」とつぶやくと、彼はこう言ってほほ笑んだ。

 「マジっすか?ちょっとしたクリスマスプレゼントですね」

 季節は12月に入った頃だったと思う。その程度で喜んでくれるなんて、私もうれしくなってつられて笑ってしまった。

 娑婆にはもっとおいしいものがある。ここを出たらいくらでも自由に食べられる。刑務所での生活なんて彼らにとっては黒歴史だろうし、ましてやムショメシなんて思い出したくもないだろう。

 そう思っていたけど、違うのかも……。刑務所生活の中でも数少ないよい思い出として、彼らの印象に残るような給食を出したいと思った。

● 激務の炊場担当だけの特典 腹もち抜群の低予算ドーナツ

 刑務所の中で、一番の重労働かつ頭脳も必要なのが炊場勤務だ。確かに夏は40度近くの熱帯雨林、冬は冷蔵庫並みの室温になる中での立ち仕事である。

 20キロや30キロある食材や食器を運んだり、冷たい水で洗い物をしたりしなければならない。唯一365日稼働している工場のため、交替勤務だし、朝食を作る早出の場合は早朝5時台の起床だ。

 そんな炊場で働く受刑者の特典であり、楽しみが「延長作業食」である。労働時間10時間以上になる場合に給与されるのが延長作業食、つまり残業のおやつなのだ。

 炊場を担当しているO刑務官はちょっとやんちゃなタイプで、威勢のいい彼の怒号は事務所にも聞こえてくることがあった。

 「最近ミスが多すぎるんで、炊場で発破かけてやりましたわ」などと報告してくる。

 刑務官は大勢の前では威勢よく振る舞うが、対個人の場合は異なる顔を見せる場合もある。彼もそうで、多くの刑務官は、いや刑務官に限らず刑務所職員はツンデレなのだ。

 彼もちょっとしたミスでも、というかちょっとしたミスだからこそ厳しい口調で指導し、その分、別のところでフォローしてバランスを取っているのだろう。

 そんな彼が私を呼び止めて、こう懇願してきた。

 「栄養士さん、相談があるんです。俺、もっといい延長作業食を食わしてやりたいんですよ。みんな結構がんばってるんで、協力してもらえませんか」

 ですって。そりゃあ、協力しますとも!

 延長作業食は炊場勤務者の唯一の特権であり、モチベーションにつながるため、なるべく本人たちが満足するものを出してやりたいと言うのだ。

 かくして、延長作業食を見直すことになった。しかし、予算は1人あたり40円と厳しい。それまでは、市販のホットケーキミックスを使ってドーナツやホットケーキを作っていた。

 ミックス粉を自家製ブレンドにしたらどうかと試算してみたところ、どうやら安くできそうなことがわかった。

 いろんなミックス粉のレシピを検索し、試行錯誤の末にでき上がったミックス粉のおかげでドーナツは飛躍的に大きくなり、炊場受刑者たちから絶賛されるようになった。

● “味変”で飽きさせない工夫 労働意欲と心の健康の維持に効果大

 そうはいっても、毎日ドーナツでは飽きてしまう。そこで曜日によって、トッピングの内容で変化をもたせて日替わりドーナツにした。

 あるときはジャムを塗り、あるときは生地にきな粉を混ぜてはちみつをかけ、またあるときは粒あんをのせる……。ホントに彼らはあんこ好きだ。

 あんこも既製品を購入するのではなく、小豆から煮ることにした。鍋で煮ると、1人がつきっきりになり時間がかかる。そのため、放っておいてもできるように炊飯器を活用することにした。

 当所のような規模の小さい施設なら、家庭の主婦の知恵が役立つ。水に浸けて一晩置いた小豆を炊飯器に入れて、通常の炊飯モードでスイッチオン!煮上がったら軽くつぶし、砂糖を混ぜるだけ。安心安全に粒あんができ上がる。

 「炊飯器であんこができるんですか?」と彼らは驚いていた。

 このあたりから、彼らの私に対する評価がグンと上がった気がする。炊飯器レシピなんて検索すればいくらでも出てくるが、彼らはもちろん知らない。

 延長作業食は各施設によってさまざまだ。40円という予算から市販品では駄菓子程度のものしか購入できない。スナック菓子ならレギュラーサイズではなく、小袋になってしまう。

 それに比べて、うちのドーナツは40円でミスタードーナツなら2個分の大きさがあり、さらにトッピングがついてくるとなれば、腹もちもよく大満足のおやつになる。

 刑務所の夕食は午後5時には食べ終わってしまう。それから翌朝までの時間が長く、刑務所生活が浅いうちは空腹で寝られない者もいると聞く。しかし、このドーナツがあれば、腹もちもよく翌朝までぐっすり眠れるようだ。

 一般的に高カロリーな菓子に分類されるドーナツは、どちらかというと健康的とはいえない。だが、ここ刑務所では労働へのモチベーションと心の健康の維持にひと役買ってくれている。

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最終更新:5/11(土) 16:02

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