台湾有事は避けられるか「百害あって一利なし」 「現状維持」を望む台湾の人々が大多数の現実

3/18 17:01 配信

東洋経済オンライン

懸念される「台湾有事」だが、「大陸中国と台湾は分業などで極めて親密な相互依存関係があり、手を取り合って発展してきた。台湾の人々は中国との関係は保ちたいが、統一して言論の自由が損なわれるのもうれしくないから、台湾当局の世論調査では“現状維持”を望む人が86.3%もいる」、そう解説するのは軍事評論家の田岡俊次氏だ。
田岡氏が「百害あって一利もない戦争」だという台湾有事について、田岡氏の著書『台湾有事 日本の選択』から一部を抜粋し、前後編にわたって考えていく。

■台湾と中国は親密な相互依存関係

 アメリカと日本の反中国派の中には、中国と台湾は韓国と北朝鮮や、かつての東西ドイツのような分裂国家で敵対関係にあるように思っている人も少なくないようだ。

 だが、大局から見れば中華人民共和国と中華民国(台湾)は極めて親密な相互依存関係にあり、手を取り合うことにより、この20年以上、目覚ましい発展を遂げた。

 中国は2002年から22年の間に名目GDPが1兆4658億2900万ドルから18兆1000億4400万ドルと、12.3倍になった。

 もとから1人当たりのGDPが中国の12倍あった台湾も、同じ20年間に名目GDPが3074億3900万ドルから7616億9100万ドルと、2.5倍になった。

 経済的にはすでに一体化に近い状態だ。

 2021年の台湾の輸出の28.2%(1259億300万ドル)は中国向け、香港向けが14.1%(629億7400万ドル)だから合計42.3%になる。

 アメリカ向けは14.7%(656億8600万ドル)だった。

 台湾の輸入は2021年で中国からが21.6%(824億7200万ドル)、日本からが14.7%(561億300万ドル)、アメリカからは10.3%(391億4000万ドル)だ。

 台湾の輸出品目の35.4%(1230億6000万ドル)は集積回路、通信機器が4.8%(165億6300万ドル)で(いずれも2020年)、中国にとり台湾からの部品輸入は不可欠だ。

 大陸に進出している台湾企業は約2万8000社と言われ、2010年代(10年間)の海外投資の50.9%、香港の2.4%を加えると53.3%になる。

 かつては70%だったが中国の人件費や地価が高くなり、東南アジアへの投資が増えたとはいえ、アメリカへの投資は4.7%、日本へは4.4%であるのと比べれば、なお台湾の大陸への投資は圧倒的に大きい。

 また、台湾人約100万人が大陸で経営者・技師、熟練工などとして勤務し、台湾の就業者は1114万人だからその1割程に当たる人々は大陸で働いていることになる。台湾の失業率は3%台だから多分職がないわけではなく、大陸に進出した企業は魅力的な職場なのだろう。

 中国大陸と台湾の親密さを示す指標の一つは航空便だ。2008年に海峡両岸間の通信、通商、通航の自由を認める「3通」が完成、中台間に直通定期航空便の運航が始まった。

 これは年々拡大し、2019年12月にコロナ禍が発生する前には月に1345便もの定期便が飛び交っていた。台湾には主要国際空港が4カ所開設され、大陸側50都市の空港に飛んでいたから便数が多いのだ。

 仕事のために往復する乗客だけでなく、互いに観光や親族訪問も多く2019年には大陸から観光客271万人が台湾を訪れた。

 観光旅行者の数が示すように、大陸に住む中国人と台湾に住む中国人の間には敵対感情はないようだが、台湾の中では第2次世界大戦前から台湾にいた「本省人」と、戦後中国大陸で中国共産党軍に敗れ台湾に逃げ込んだ将兵と家族など「外省人」の間には、蔣介石時代の「白色テロ」など激しい対立が起きた。

■台湾の「本省人」と「外省人」の関係

 台湾は日清戦争の結果1895年に日本に割譲されたが、清朝の巡撫(じゅんぶ、知事に当たる)唐景崧(とうけいすう)が「台湾共和国」の独立を宣言し、約5万人の兵と民兵を率い、進駐した日本軍に対抗した。

 4ヵ月の戦闘で平定されたが、日本軍にはチフス、マラリアなどにより7000人以上の病死者が出た。

 その後50年間の日本の統治は比較的温和で近代化が進み生活水準が高くなったから、約2世代日本国民だった住民の多くは親日的だった。

 しかし日本人による支配、特に進学、昇任の差に反発する感情も当然あったから、第2次世界大戦後、台湾が中国に返還されたことを台湾人は喜び、大陸での内戦に敗れた蔣介石の国民党軍が大挙台湾に流入するのを当初は歓迎した。

 だが、国民党軍の腐敗、規律の悪さは本土での内戦中にも甚だしく、民衆の反感を招いたことが敗北の主因となり、支援していたアメリカ軍幹部たちも国民党軍を見限るほどだった。

 台湾に逃げ込んだ国民党軍兵士の横暴、略奪に怒った「本省人」は「犬去豚来(うるさいが正直な日本人が去り、貪欲な豚が来た)」と嘲笑した。

 「外省人」の横暴に対し溜まっていた「本省人」の怒りは1947年2月27日台北で専売局員が煙草売りの女性を銃床で殴って負傷させ、それを取り囲んで抗議した民衆に発砲、1人を死亡させたことで爆発、大暴動になった。

 翌28日、日本軍歌「天に代りて不義を討つ」を合唱する大デモ隊が専売局に乱入すると憲兵が発砲し6人が死亡、少数が負傷した。デモ隊は放送局を占拠し日本語で全島に蜂起を呼びかけた。3月3日以降は武装反乱になり、一部では国民党軍を降伏させた。

 だが、まだ大陸に残っていた国民党軍部隊が台湾に上陸、機関銃を撃ちまくって14日までに鎮圧した。

 その後、「危険人物」と見られた親日的な台湾人指導者、知識人、学生などの大量検挙が行われ、裁判なしに処刑されたのは2万8000人とされる。人口調査では行方不明者が11万人もいるため、亡命者を除いた約10万人が死亡したとの説もある。

 蔣介石政権は暴動後全島に戒厳令を敷いて反政府派と見られた者約14万人を投獄して拷問、3000人ないし4000人を処刑した。それらは共産党のスパイとして検挙したが台湾独立派も多かったようだ。

■38年にも及んだ戒厳令

 「本省人」は1949年に敷かれた戒厳令が1987年に解除されるまで、官憲による「白色テロ」に怯えて生きてきた。アメリカ軍は1979年まで台湾に駐留していたが、この人権問題を制止しなかったようだ。 

 当時台湾の人口は600万人だったが、最終的には120万人の「外省人」が流入した。蔣介石が台湾に連れてきた将兵、役人、家族、従者などの「外省人」とその子孫は、今日台湾の人口の約13%と言語学者は判断している。

 台湾に流入した「外省人」は並みの難民ではなく、占領軍のような権力を振るい、軍人だけでなく、官吏、公的企業職員、教師などの席には「外省人」が就いた。

 特に新聞、ラジオは閩南(ビンナン)語と日本語しか使えない「本省人」は勤務できない。「今もメディアは『外省人』の砦(とりで)」と言う「本省人」もいる。官職に就けなかった有能な「本省人」は民間企業を興し、苦労の末に成功した経営者は主に「本省人」を雇ったから、「経済界では『本省人』が優勢」とも聞く。

 台湾に籠もった蔣介石「中華民国」の国民党軍は大陸沿岸の金門(きんもん)島、馬祖(ばそ)島を守り抜き、総員45万人の軍を作って「大陸反攻」を目指したが、1972年にリチャード・ニクソン・アメリカ大統領の訪中で米中が和解してその夢は消え、3年後、蔣介石は死去した。

 台湾での徴兵で「本省人」の兵が多くなり、国民党軍は反乱を恐れた。「本省人」の中には士官学校を卒業して将校になる者もいたが、中佐以上には昇格せず、軍以外の職に就けた。大佐で連隊長になると駐屯地司令になるから「本省人」の兵を率いて反乱を起こすことを防ぐためだったようだ。

 「外省人」の軍人は台湾が独立し「台湾人の台湾」になればまた外国に移住せざるを得ないと考え「台独(台湾独立派)」を「共産主義者」と同然に憎んで摘発に努めた。

 蔣介石の長男で1978年に中華民国総統になった蔣経国(けいこく)は日本軍のシベリア出兵直後、ソ連が蔣介石を支援していた時期の1925年にソ連に留学、不安定なソ連の情勢の中で12年間苦労しただけに視野が広く、父の独裁政権を継承せず、台湾本島の戒厳令は1987年7月、38年ぶりに解除された。

 蔣経国総統は1988年1月に死去、本省人の李登輝(り・とうき)副総統が総統となって民主化と「台湾化」を進め、1996年初の民選総統となった。

 李登輝総統が中国と台湾は「特殊な国と国との関係」と「2国論」を唱えたが、中国は「1つの中国」を国是とし、アメリカ、日本を含む列国の同意を得て国連安保理事会の常任理事国にもなっていたから「2国論」に怒り、台湾近海に向けて弾道ミサイルを発射して威嚇した。アメリカは台湾東方沖に空母2隻を派遣して対抗する構えを示した。

■李登輝総統が話した言葉

 私はその時に台北にいたが、ミサイル発射はかえって台湾人の団結を強めたことを実感、他国の非難も招いて逆効果になったと報じた。

 李登輝が総統となった当時、軍では数少ない「本省人」の将校を要職に就けて均衡を取ろうとしたが、周囲の将校たちは蔣介石についてきた元臣下やその子孫だから「本省人」抜擢の効果は疑わしい。

 李登輝総統は「国と国との関係」とは言ったが独立は宣言せず「既に実態がそうなっているのだから独立を言う必要はない」と言っていた。また独立か統一かで「本省人」と「外省人」の対立が起きることは好ましくないとも私に話していた。

 後編(後日公開)に続きます。

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最終更新:3/18(月) 17:01

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