忘年会で泥酔した夫が同僚に抱きつき…突然「性犯罪者の妻」となり、仕事・金・家を失った40代女性の苦しみ
パートナーや子供が“犯罪者”になった時、その家族はどうなるのか。2008年から加害者家族の支援を行っているNPO法人代表の阿部恭子さんは「加害者家族は、被害弁償の支払いや転居費など500万円以上の費用がかかる。家族に法的な責任はないが、刑罰以上の苦しみを味わうことになる」という。2つの家族の事例を紹介する――。
■「犯罪加害者の家族」が事件後に失うもの
筆者はNPO法人World Open Heartにおいて、全国の加害者家族3000件以上の相談を受けてきた。諸外国の支援団体の報告では、犯罪者の家族は貧困家庭の割合が高いが、当団体の相談者の傾向は、経済的に中流と言われる家庭がほとんどで、生活困窮家庭からの相談は少ない。
身内が犯罪者になったからといって、必ずしも家族が責任を負うものではないが、相談者の多くは加害者家族としての「社会的責任」を感じ、事件の処理を担うことに積極的である。社会的責任は、会社や地域といった何らかのコミュニティに属しているからこそ生まれる発想でもあり、ときには法的な責任を越えて加害者家族に重くのしかかってくる。
相談者の多くが教育水準も経済状況も平均的だが、だからといって突然降りかかってきたトラブルに余裕を持って対応できるわけではなく、事件を機に、生活困窮に陥るケースも稀ではない。日本の加害者家族が抱える困難のひとつは、事件前後の生活格差であり、失うものがある人ほど、過酷な状況に追い込まれるケースも少なくない。
事件後、被害弁償の支払いや転居費用、面会のための旅費交通費など、相談者の多くは、多額の経済的負担に悩まされている。相談者で、加害者家族が事件後に要した費用を調査したところ、平均額は500万以上にも上っていた。
■被害弁償で家計は崩壊する
たとえば、20歳の大学生の息子が、突然、振り込め詐欺で逮捕されたAさんは、被害弁償として約500万円を支払った。逮捕された場所が遠方だったことから、面会や弁護人との打ち合わせの旅費交通費の負担が大きく、息子が収監され出所するまでの面会交通費は総額100万円近くに上った。
「そんな余裕のあるうちじゃありません……。とにかく、弁償しなければと親戚からかき集めました」
大きな出費はなくなったが、前科者の社会復帰は難しく、刑務所を出所した息子の収入は安定せず、実家で面倒を見ている。
「親の責任はいつまで続くのか……、不安で仕方がありません」
未成年者の息子が放火事件を起こしたBさんは、被害弁償として約1500万円を支払い、息子自身も重傷を負っていたことから治療費や弁護士費用に300万円以上を要した。Bさんもまた、息子は就労困難な状況にあり、家族が面倒を見ているため経済的な負担は続いているという。
最近、増えているのは性犯罪加害者家族となった人々の経済破綻である。
本稿では、ある日突然、家族が性犯罪に手を染めたことから生活が一変していった2つの家庭を紹介したい。なお、個人が特定されないよう、登場人物はすべて仮名で若干の修正を加えている。
■忘年会で泥酔した夫が容疑者に、妻が示談金300万円を払う
①強制わいせつ致傷罪で逮捕された30代夫と40代妻のケース
会社員の村上玲子(40代)は、年末の休みに入り、夫(30代)とスキー旅行に出かけようとしていた朝、警察官を名乗る男性が夫に話を聞きたいと自宅を訪ねてきた。
夫は警察官に連行され、数日後に逮捕された。容疑は、強制わいせつ致傷罪だという。
「あまりに突然のことで頭が真っ白になりました。夫とは関係が良好だったので、特別、思い当たる節もなく……」
玲子を打ちのめした事実は夫の逮捕だけではなかった。被害者は、玲子も知る会社の後輩だったのだ。玲子は夫と同じ会社で働いていた。
夫は、会社の忘年会で酔った勢いで女性に抱きつくなどし、暴行を働いたのだという。夫は泥酔していたようで、当時の記憶はなく、事件の事は覚えていないという。
「人生で、こんなに惨めで恥ずかしい思いをするなんて想像もできませんでした……」
玲子はとにかく少しでも夫の刑を軽くするためと、弁護人に言われるまま示談金として300万円を被害女性に支払い、夫婦で退職し、二度と女性に近づかないよう妻として監督することを約束した。
「夫の給料は私よりずっと少ないので、彼に貯金はありません。300万円は私が出しました」
夫が性犯罪に手を染め、そのせいで仕事まで失った玲子は第二の被害者といっても過言ではない。なぜ、支払いを肩代わりしたのか。
「社内では事件が起きた原因は私のせいだと噂されていたようです。夫と同じ会社で奥さんの方が給料が高いっていうのは、彼にとってストレスだっただろうって……。私は被害者の女性とも知り合いなので、とても、何もしないわけにはいきませんでした」
■夫が2度目の事件を起こし、自宅を売却することに
玲子の努力の甲斐あって、夫は執行猶予付き判決を得て戻ってきたが、離婚は考えなかったのだろうか。
「これからの夫の監督も含めて、私の社会的責任だと思っていました。夫は当時のことを覚えていないというので、もしかしたら冤罪(えんざい)かもしれないという思いもありました。ただ、私としては事件を早く終わらせたかったのでこれでよかったと考えていたんです」
玲子は退職してまもなく新しい仕事を見つけたが、給料は以前の職場の半分になり、夫は再就職ができないまま月日が流れていた。
そして、事件から1年が過ぎた頃、夫はまた事件を起こした。飲食店に勤務する女性をトイレで強姦しようとして逮捕されたのだった。執行猶予中の犯行だったことから、夫は収監されることになった。
無収入の夫が犯した犯罪について、玲子は再び被害女性に300万円の支払いを行ったのだ。
「今度は、まったく夫を助けるつもりはありませんでした。離婚を前提に、自宅を売却してなんとか被害者にお支払いしたいと……」
■法的な責任はないが、同調圧力には逆らえなかった
その責任は、夫にあるはずなのに、なぜ再び肩代わりをしたのか。
「夫がこういう事件を起こすのは、妻が満足させていなかったからだと言われています……」
世間にそうした偏見はあるかもしれないが、玲子は十分、夫の面倒を見てきたはずだ。
「私も夫も生まれ故郷で結婚し仕事をしていました。今回は同じ職場で起きた事件ではありませんが、被害者や関係者に知り合いがいます。夫婦だった以上、何もしなければ、これから先、何を言われるのかわかりませんから……」
実際、周囲からの誹謗(ひぼう)中傷はあったのだろうか。
「面と向かって私に批判的なことを言う人はいませんが、そういう空気を感じるんです」
妻に法的責任はないが、家族連帯責任という同調圧力には逆らえないという。
最初の事件の後、玲子と夫は子どもが欲しいと不妊治療を始めていた。玲子は治療費による借金を抱えており、離婚後、副業もしていたが過労で体調と精神のバランスを崩してしまった。現在は、病院に通いながら生活保護で暮らしている。
■事件後にかかった費用は700万円以上
②住居侵入・強制わいせつ容疑で逮捕された大学生家族のケース
神田百合子(40代)の長男(20代)は、都内の私立大学に通う大学生だが、女性宅に侵入し女性にわいせつ行為を働き逮捕された。被害は1件にとどまらず、4件の住居侵入と強制わいせつ罪で逮捕・起訴された。
「息子は一浪していて、志望校に合格したばかりだったんですが、まさかこんな事件を起こすなんて……。本人は、受験のストレスだっていうんです」
百合子は専業主婦で、これまで夫の給料だけで生活してきた。長男の下に高校生の妹がおり、これまでは比較的、ゆとりのある生活を送っていたが、事件によって生活は一変した。
百合子は、被害者4人に対して総額約500万円を支払った。自宅は、被害者宅からそう遠くなく、転居して欲しいという被害者もおり、自宅を売却しなければならなかった。
「古い一軒家でぜんぜん値が付かなくて……、物を処分するのもお金がかかるし、転居先を見つけるのも大変でした」
転居費用や弁護士費用など、事件後に要した費用総額は700万円を超えた。本件でも、親だからといって必ずしも弁償しなければならない義務はない。
「息子は大学も退学となり、刑務所です……。彼にこの先、賠償できる力などありません……。せめて、親の責任としてできることはしてあげたいと思いました」
■被害者だけでなく、妹の将来にも多大な影響を与えてしまう
百合子は過去に性犯罪被害に遭遇した経験があり、被害者となった若い女性たちに同情していた。被害女性は、地方から出て来てひとりで暮らしている女性たちであり、事件の影響で通学や通勤に支障をきたしている女性も存在した。
「息子のせいで夢を諦めなければならなくなってしまうなんてあんまりです。お金で許されることでは到底ありませんが、彼女たちのために、できるだけの事をしてあげたいと思いました」
一方、夢を諦めなければならなくなったのは、加害者の妹だ。事件による出費で、彼女の進学先は大幅に制限されることになる。
「兄は行きたい大学に入って、事件起こしても親が弁償してくれて……。私は兄のせいで大学進学できるかもわからないし、一生、引け目を感じて生きていかなければならなくなりました。それでも親は、私のことなどまったく頭にないようです」
当団体の相談者の38%が「事件の影響で進学や就職を諦めなければならなかった」と訴えており、多額の出費のしわ寄せは子どもたちに及んでいる。
■被害者に対する公的支援も十分ではない
こうした家族の努力を加害者たちはどのように受け止めているのか。ふたつの事件の加害者たちは、「家族に申し訳ない」とは口にするものの、支払ってもらった金銭を働いて返す意志はないようだ。
ふたつのケースとも再犯を繰り返しており、家族の援助は更生の手助けどころかむしろ加害者の責任を曖昧にし、犯罪を助長しているとさえいえる。
一方で、本件のような性犯罪において、住居侵入されているケースでは、被害者は一刻も早い転居先の用意が望まれるが、加害者側からの支払いがない限り、公的な援助は乏しいのが現状である。それゆえ、加害者側からの支払いを受け取りたくなかったとしても頼らざるを得ない状況にある。
被害者側への経済的支援が十分ではない現状は、加害者家族をも追い詰め、加害者の責任を曖昧にするという悪循環を招いている側面がある。
故意の犯罪に適用される保険はなく、突然の事件に加害者家族は経済的な困難を抱えることになる。確かに重大事件の背景に、貧困や虐待が存在するケースもあるが、上記ふたつの事例では職場や受験のストレスが動機であって、誰しも直面しうる問題であり、異常な家庭からばかり犯罪が生まれているわけではない。決して、他人事とは言い切れないのが現実なのだ。
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阿部 恭子(あべ・きょうこ)
NPO法人World Open Heart理事長
東北大学大学院法学研究科博士課程前期修了(法学修士)。2008年大学院在籍中に、社会的差別と自殺の調査・研究を目的とした任意団体World Open Heartを設立。宮城県仙台市を拠点として、全国で初めて犯罪加害者家族を対象とした各種相談業務や同行支援などの直接的支援と啓発活動を開始、全国の加害者家族からの相談に対応している。著書に『息子が人を殺しました』(幻冬舎新書)、『加害者家族を支援する』(岩波書店)、『家族が誰かを殺しても』(イースト・プレス)、『高学歴難民』(講談社現代新書)がある。
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プレジデントオンライン
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最終更新:11/21(木) 17:17