怖い“集団催眠”専業主婦年金3号はお得でズルイ

3/28 5:51 配信

東洋経済オンライン

『週刊年金実務』という、年金界のできごとを毎週まとめて届けてくれる雑誌がある。福祉元年と呼ばれる1973年、公的年金に物価スライド制、賃金再評価という年金の成熟を加速する仕組みが導入された年に、創刊されている。このたび50周年記念として「年金制度のこれまでとこれから、10人に聞く」という企画が立ち上げられた。そこに書いた文章に加筆し、東洋経済編集部の協力を得てQ&A方式で前編、中編、後編に分けて記事を構成した。

中編の今回は、いまだ根強い批判がある専業主婦の年金3号について、歴史的経緯や制度の構造までを解説している。
前編「経済学者が間違い続けた年金理解は矯正可能か」(3月13日公開)

 ──日本が辿ってきた公的年金の歴史についてはどう評価するか。

 ざっと振り返っていくと、1941年成立、翌1942年施行の労働者年金保険法(1944年に厚生年金保険法に改称)が、今の公的年金保険制度の発祥である。この時には比例保険料・比例給付であったが、1954年の改正で給付は定額プラス比例の2階建てとなる。続いて、1985年には単身者の定額部分を半分にし(1人当たり賃金が同じであれば、負担と給付は同じになる原理の徹底、第3号被保険者の誕生)、2004年には厚生年金の保険料に共同負担規定が入り、離婚時には、問答無用で2分割されることになる。

 要するに、1941年時から比例保険料のまま、長く被保険者本人(概して夫)が全部自分のものだと思っていた年金への請求権は半分となり、2004年には3号分割(離婚分割)も導入されて、今では夫と同額の女性(配偶者)の年金権が確立している。

■根強く残る3号制度への誤解

 ──3号制度に対しては依然、不公平との批判が絶えません。

世の男性陣は3号制度をお得だと思っている節があるが、カマキリの雄が頭を雌に捧げて喜んでいるようなものだ(「年金周りでの後悔先に立たずの人生選択」を参照)。

 誤った情報を男女ともども長く信じ込まされて、低賃金・非正規雇用を受け入れる安価なパートタイマー労働者を豊富に供給し続けてきたこの国は、雇う側にはとても都合のよい、一種の集団催眠に陥っていたのであろう。

 男性も女性も、この国の年金制度の下ではともに厚生年金に加入している配偶者を見つけるほうが、日々の生活のみならず、家族の老後はかなり楽になることは知っておくべきである。

 もっともこの間、単身者の年金もらいすぎ批判もあり、1985年に単身者の定額部分が半分になったわけだが、それは、応能負担・必要給付という社会保険の原理に沿った改革であったと評価できる。

 私的年金の給付反対給付均等の原則に則れば、単身者も片働き世帯も、同額の保険料を払えば、定額部分も同額になる。しかし、公的年金は社会保険であり、社会保険は、政策目的に合わせて、給付反対給付均等という私的保険の原則を変容させたものである。公的年金が私的年金と違うと言って批判する人が多かったが、前に述べた代表性ヒューリスティックに陥った典型的なミスだ。

 公的年金が給付反対給付均等の原則に則るとすれば、女性と男性の死亡率の違いも反映させる必要もあり、育児休業中の保険料免除も行うことはできない。私保険とは異なる原則で運営されている公的年金だから、できるのである。

厚生年金は1985年改革時に、「世帯における1人当たり賃金が同じであれば1人当たり保険料も給付額も同じ」になるという社会保険の原則を徹底して設計された。これは、家族形態が、単身、片働き、共働きに関わりなく成り立つ、日本の公的年金の根本原則である(「公的年金保険の根本原則を知っていますか」を参照)。

下図では、月収40万円の片働き世帯と月収20万円の共働き世帯を基に説明している(『ちょっと気になる社会保障 V3』190ページ参照)。

 ここで、公的年金の根本原則を描いた図をじっとみてもらいたい。片働き世帯における妻(配偶者)の保険料は、誰が負担しているだろうか。ここは、自分で考えてもらいたいところである。

なお、厚生年金保険法には、「被扶養配偶者を有する被保険者が負担した保険料について、当該被扶養配偶者が共同して負担したものであるという基本的認識の下に……」とある。被保険者本人が払った保険料は夫婦2人で共同負担したものだという宣言規定が法律に明記されているということは、知っておいても損はしないだろう(「知ったらびっくり!? 公的年金の『3号分割』」を参照)。

 もっとも、給付水準を長期にわたって確認、比較するために(現時点での標準報酬の平均値で40年間勤務するという一定の架空の前提を置いて)法律で規定された片働き世帯の年金が「モデル年金」と呼ばれてきたが、この名前は誤解を招き、無用の混乱を生んできた。法律上の名称ではないので、変える余地がある。

■社会保険とは似て非なる国民年金1号

 ──国民年金1号に対する評価は? 

 1955年体制の下、社会党の勢力の拡張を恐れていた自民党は、国民皆保険・皆年金を掲げるのだが、所得を把握することができない自営業者や農業者、そして無職の人たちにまで、応能負担・必要給付という社会保険の原則を適用できるはずがない。

 そこで、1961年に概念上は社会保険とは似て非なる、定額払い・定額給付、つまり応益負担の国民年金(現在の1号)制度が始動した。

 当時の年金局長は、「国民の強い要望が政治の断固たる決意を促し、われわれ役人のこざかしい思慮や分別を乗り越えて生まれた制度」と言っていたが、そのとおりだろう。普通に考えれば、技術的にできない。

『ちょっと気になる社会保障 V3』(195ページ)に書いているように、「野党や研究者から見れば攻めるにやさしい年金行政のアキレス腱が生まれる」ことになる。

 しかも、産業構造の変化の中で被用者以外の人たちからなる当時の国民年金の被保険者は減少するのだから、持続可能性を持ちようがない。

 そのため1985年に、それまでの国民年金の給付を基礎年金と呼び、同時に厚生年金の定額部分を2人分の基礎年金と読み替えて両者を一元化し、被用者とそれ以外の人たちの間で財政調整をすることとした。その時使われた理由はこうである──被用者年金の被保険者の親は農業者や自営業者の国民年金に入っていることも多いだろう。そうした国民年金を、被用者を含めた国民みんなで支えるのは当然ではないか。

 ポイントは、第1号被保険者は、世界にもめずらしく国民皆年金保険を強引に目指したために生まれた、社会保険制度としては応益負担で運営されている、いびつな存在であるということだ。そして3号に言われる、いわゆる年収の「壁」があるのは、1号が存在するからでもある。しばしば、適用拡大は3号を減らすために行われるかのような論をみるが、1号を縮小するのが主眼である。

 さらに、国民年金にしか加入していない第1号被保険者の運営原則と、厚生年金にも加入している被保険者2号、3号の運営原則はまったく違う。ゆえに、両者を比較することはできず、混乱を招くだけである。

 ──40年ほど前の1985年改正でできた年金制度を、どのように評価するか。

 1985年年金改革の担当者たちは、労働省が男女雇用機会均等法の成立に努力しているのを意識しており、この法律ができれば、3号制度は利用されても一時的なものになるだろうと期待していた。ところが、あの時に生まれたのは「名ばかり均等法」で、多くの女性にとっては、働くよりも家にいるほうがましだと思えるような女性差別が根強く温存された労働市場のままであった。

 しかし、その後均等法も改正され、他のワークライフバランスの諸施策も進められて、ようやく、社会や労働市場が、1985年頃に労働省に期待していた年金改革者たちの想定に近づいてきた。とはいえ、この間、3号が多く利用されたのは、さまざまな面で男女差が極めて大きい労働市場や家族政策の貧困に原因があった。

■日本社会がようやく年金制度の想定に追いついた

 社会が変わってきたのだから、古くからある年金を変えなければならないという話をよく目にする。ほんとうは逆で、ようやく社会が、以前からある日本の公的年金保険が想定していた社会に近づいてきたのである。

 繰り返しになるが、日本の公的年金は、1985年の改革時に、片働き、共働き、単身などの世帯類型とは完全に独立になるように設計され、どの世帯類型であっても、「1人当たり賃金が同じであれば1人当たり保険料も給付額も同じ」という日本の公的年金の根本原則は貫かれている。だから、共働きや単身が増えたという社会変化の中で公的年金が変わらなければならない理由はないのである。

 これまで長く信じられてきたように見受けられる「3号はお得な制度だ」という話は大きな誤解で、昔から、2号になることを家庭の事情が許すのであれば、2号を選択したほうが、年金は充実するようにできている。

「『専業主婦の年金3号はお得だ』って誰が言った?」でも話しているように、新しい世代で共働きが増えていくと、3号は活用されない「盲腸」のような存在になり、利用の仕方にもバリエーションがでてくればいい。仕事と家庭の両立支援や介護保険があまり充実しなかったら、子育てや介護期間中の人が利用することもあろうし、例えば、共働きの夫が新しいキャリアを目指し「僕はちょっとリカレント教育したい」と言ったら、妻は「わかった、じゃあ君の休職中は私の年金を君に半分あげればいいのね(夫が妻の3号になる)」、「ありがとう! 君の時にも僕が協力するよ」という柔軟な活用方法もありうる。3号はそういった今後のライフスタイル多様性に見合ったバッファーのような使い方をすればいい。

私が座長をやっている東京都のくらし方会議で、女性の就業パターン別の生涯収入を試算してくれている。①継続就労型を選択すれば、女性がおよそ平均寿命まで生きた④出産退職型よりも、退職金を除いても生涯の世帯収入で約2億円、うち年金で約3000万円多くなる。終身給付が保障されている公的年金は長生きリスクへの保険であるため、もし長生きすれば、年金での差はさらに大きくなる。

 東京くらし方会議は、妻が継続就業しない場合の配偶者手当、配偶者控除による夫の収入のメリットは、32年間で最大670万円程度との試算も行っている。

 老後生活の安定のために重要な政策は、継続就労を選択することができる環境整備を一層進めることだ。いわゆる「年収の壁」の話は、就業パターン③パート再就職型、④出産退職型に限定し、収入について時間軸を無視して、生涯ではなく短期の「年収」に限るからおかしな話になるのである。

 2023年10月に開かれた第14回全世代型社会保障構築会議でも私は次のように話してきている。

年収の壁の話とかは本当に誤解が多い。誤解ばかりなのですけれども、そもそも3号の制度はお得で不公平だという話がありますが、本当にそうなのかと。

厚生年金には3号分割というのがありまして、離婚する際には、離婚の理由を問うこともなく、問答無用で夫の厚生年金の半分を3号だった奥さんが持っていきます。これは私はよい制度だと思っているのですけれども、離婚しなくても、奥さんは基礎年金しか持っておらず、老後は夫の年金頼みです。 世の男性陣は3号制度をお得だと思っている節があるのですけれども、制度を正確に理解すれば、3号の保険料は夫が払っていると言うこともできます。

こういう話をすると、世の男性たちは自分の人生を後悔し始めるのですが、これは大いに後悔していい話です。大体配偶者を安い労働力のままでいさせたいという層がこの国にものすごく多くいたというのは、誤った情報を信じ込まされた一種の催眠状態に近い状態だったと言えます。
ですから、この構築会議の報告書では、昨年、いわゆる就業調整に関しては「広報、啓発活動」を展開するとしか書かれていませんでしたし、私はこの集団催眠の状態を解くためにはこの活動が最も重要だと思います。

■配偶者が3号を続けるのは大きなリスク

 知り合いのフィナンシャルプランナーからは、「奥さんに3号でいてと言うカマキリ君が、住宅ローンを組んだら、さらに恐ろしいことに。30年近く家のために1人で働き続ける。子供がいて離婚するとローンは払うけど、お家は出ていく羽目になります」との連絡などもある。今の時代、配偶者が3号でいることで家族全体で抱えることになるリスクの大きさは、少し考えればわかる話だ。

 確かに3号がある年金制度は、昔の家族を想定した側面があったということはできる。だがそれは、「片働きだ」「共働きだ」という世帯類型の話ではなく、古い昔の家族として、結婚の安定性を前提としたという意味でだ。

 3号ができた1985年の総離婚件数/総婚姻件数は0.23だったが、2022年は0.35だ。離婚に占める同居期間20年以上の割合も1985年12%から2020年20%に高まっている。さらには、いつなんどき配偶者がうつ病などになって一家の大黒柱の役割を果たせなくなるかもしれない。

 結婚関係が安定していた古い家族の時代には遺族年金という死別リスクに対応する制度を準備しておけばよかった。だが、新しい家族は死別リスク以外のさまざまなリスクを抱えている。そうした時代には、3号の利用は、将来、貧困に陥るリスクが高すぎる。

 配偶者が3号である人は、なるべく離婚を言い出されないように家事の手伝いをし始めたりと優しくなったりするのが老後に貧困に陥るのを防ぐ合理的な策となる。そして、日本の年金制度は、共働きで2人とも2号なら(年金給付水準などの面で)かなりいいところまできており、マクロ経済スライドによる年金給付調整で貧困リスクが深刻になっていくのは、おかしな表現になるが一方が3号にとどまろうとする片働き世帯であることも知っておくことは必要だろう。

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最終更新:4/8(月) 11:14

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