フォートナイトに「和歌山の観光地」実現の舞台裏 観光資源豊富も交通不便、どう魅力伝えるか

3/10 8:32 配信

東洋経済オンライン

 観光資源は豊富だが、アクセスが不便。そんなイメージのある和歌山が、観光振興および地域経済の活性化、さらには若い世代の育成と雇用創出を目的にする観光DX事業「メタバース和歌山」を始動させた。

 その第1弾として、「和歌山城」「和歌山駅前」「市内繁華街・あろち(新内)」をメタバース上に作り、全世界ユーザー数5億人を超える人気オンラインゲーム「フォートナイト」上にアップ。和歌山を舞台にしたeスポーツ大会を実施した。

 仕掛け人は、メタバース和歌山実行委員会の代表・豊田英三氏。一般社団法人・和歌山新城下町DMCや和歌山県観光連盟と連携し、和歌山が抱える課題の解決へ向けた、デジタル上の仮想空間からリアルの地域振興につなげる取り組みを始動させた。

■熊野古道や南紀白浜など豊富な観光資源

 和歌山といえば、金剛峯寺をはじめ117の寺院がある高野山、自然崇拝を起源とする熊野古道といった世界遺産、和歌山城、国指定重要文化財の紀州東照宮のほか、リゾート地の南紀白浜、さらには龍神温泉など豊富な温泉地としても知られる。

 「令和4年観光客動態調査報告書」(和歌山県)によると、過去最高の観光入込客数を記録したのは令和元年の3543.3万人。コロナ禍により大きく減少したあと、令和4年では2913.8万人(対前年比117.1%)と回復はしているものの、令和元年との比較では82.2%と回復への道は半ばといった状況だ。

 コロナ禍では観光以外でも、特徴的な人の動きがあった。

 2017年から、全国の自治体に先駆けてワーケーションに最適なロケーションとして南紀白浜への企業誘致を積極的に行っており、コロナ禍で“ワーケーションの聖地”と称され、IT企業を中心に注目されているのだ。実際にサテライトオフィスや保養所を構える企業が続き、移住者も増えた。

■新幹線が通らず、アクセスが不便

 そんな和歌山だが、地域特有の課題もある。新幹線が通らず、国土軸から離れていることだ。和歌山市から兵庫・淡路島の約40キロを、世界最長のつり橋・紀淡海峡大橋を含めた幹線道路で結ぶ第2国土軸を提唱しているが、実現は見えていない。

 つまり、大阪からも名古屋からもそれほど距離は離れていないものの、アクセスが不便であり、観光振興のひとつのボトルネックになっている。

 加えて、全国の自治体と同様、高齢化と人口減少による労働力不足、とくに若い世代の産業の担い手の減少という地域経済の衰退への道を歩んでいる。

 こうした課題解決への取り組みはいまにはじまったことではない。観光振興に向けては、10年以上前から県が主体となって観光事業者とともに動いている。

 ただ、その中身は、東京や大阪といった大都市のほか、海外主要都市の観光シンポジウムや旅行コンベンションなどに参加し、旅行代理店などエージェントへの売り込みが中心になっていた。

 そうしたなか、和歌山を拠点にバス、タクシーなどの輸送および旅行サービスを展開するユタカ交通の豊田英三社長は「これまではずっとギリギリのところを綱渡りでやってきましたが、従来型のエージェント向きの観光の捉え方を変えないといけない。これからの地域経済や観光振興は国内外の若い世代との接点をどう作っていくかがカギになります。彼らに刺さるものを作らないといけない」と考え、メタバース和歌山を立ち上げた。

 ヒントになったのが、漫画やアニメの舞台のほか、テレビドラマや映画のロケ地が“聖地”となり、ファンが訪れる現象だ。バスケットボール漫画『スラムダンク』に出てくる神奈川の江ノ島電鉄鎌倉高校前駅近くの踏切には世界中からファンが殺到し、話題になった。

 和歌山でも、コロナ禍にアニメが空前のヒットとなった『鬼滅の刃』の主要登場人物のひとりである甘露寺蜜璃(かんろじみつり)と同じ名前の甘露寺(紀の川市)と甘露寺前駅(わかやま電鉄貴志川線)には、大勢のファンが詰めかけていた。

 そうした聖地には、遠くても、交通が不便でも、ファンには訪れるモチベーションがある。それを作り出すことをテーマに、昨年の春から研究と検討を重ねた結果、メタバースの可能性に行き着いた。

 自治体がメタバースに街を作り、その仮想空間上から地域の魅力を発信する試みはすでにいくつも行われている(メタバースメディア「メタバース総研」では、メタバースを地方創生に活用する22の自治体の事例を2024年1月15日に取り上げている)。

■城など海外に刺さりやすいコンテンツを売りにする

 そんななかで、和歌山の取り組みが特徴的なのは、城や忍者など日本固有の海外に刺さりやすいコンテンツを売りにして、まずはゲームという特定のファン層へのアプローチを図っていることだ。そこで認知を得てファン層を作ることを第1ステップとし、その先にメタバースおよびリアルの観光やECへつなげていく。そしてそれは、地域の雇用創出にもつながる。

 豊田氏は、和歌山の社会課題を包括的に解決していくことを提唱する。

 「eスポーツやVRなどを活用しながら、経済活動における顧客層やフィールドを広げていきたいです。そこから、次世代の顧客の発掘に加えて、地域で働く人材の確保と育成により、和歌山の観光およびサービス産業全体を支えるのが大きな目標です。同時に、青少年をメタバースクリエイターとして育成する教育システムも構築し、県外人材のIターンUターンにつながるような活動にしていきたいです」(豊田氏)

 仮想体験型の観光コンテンツの創出を目指す観光DX事業としてスタートしたメタバース和歌山には、経済産業省の事業再構築補助金を一部に充て、総投資額約1億円を投入。第1弾として、全世界ユーザー数5億人を超える人気オンラインゲーム「フォートナイト」上に「和歌山城」マップを2023年12月21日に公開した。

 これまでの成果として、一般プレーヤーのプレー回数は2月末(2月29日付)までのわずか2カ月で2万910回を記録。フォートナイト・プレーヤーでもあるお笑い芸人・小籔千豊のYouTubeチャンネル『フォートナイト下手くそおじさん』とのコラボなどのPR効果もあり、好調なすべり出しとなった。

 ちなみに、12月28日に公開された「和歌山駅前」は1万1324回、2月27日公開の「あろち」は587回(どちらも2月29日付のプレー回数)。フォートナイトプレーヤーに一定の認知を得ていることがわかる。

 「和歌山城」と「和歌山駅前」を舞台にした『和歌山城下町eスポーツ大会』(2月11日)や、3月3日にはその2カ所に「あろち」のゲームマップを加えて、和歌山県、和歌山県観光連盟、和歌山市が後援する本格的なオフライン大会イベント『和歌山新城下町CUP』も開催した。『和歌山新城下町CUP』では、全8チーム16名の選手が、会場となった和歌山市内のコワーキングスペース「Work&Study IDEA」に集結した。

 その模様は配信もされ、「和歌山城」を舞台にするサバイバルゲームの戦闘は大いに白熱した。まさに戦いのために作られた“日本の城”の防衛のための複雑な構造など、城特有の防御力の高さや機能性を、ゲームでの実戦を通して、プレーヤーと観客に体感させた。ゲームの舞台としての城に興味を抱いた人も多いことだろう。

 メタバース和歌山に参画する、南海電鉄グループのeスポーツ事業会社であるeスタジアムの向井康倫氏は、「地域の学生や子どもたちがここでeスポーツを練習したり、マップ制作を学んだりすることで、将来の職業になっていくこともあると思います。そういった面からも和歌山を盛り上げていきたい」と話す。IDEAをクリエイターやゲーマー育成の拠点とする構想もあるようだ。

 熊本県もフォートナイト上に「くまモン島」を2024年1月31日にアップするなど、メタバースで同様の動きをする自治体は今後も続くだろう。

■どう継続していくかが課題に

 まずは「eスポーツ」をスタートさせたメタバース和歌山だが、第一歩のあとは、それをいかに継続、拡大していくかが大きな壁になる。

 豊田氏の言う「刺さるもの」をいかに継続的に提供していけるかがカギになるが、『和歌山新城下町CUP』からは光明も示された。

 それはアクション系ゲームとの親和性が高いこと。これから「城攻め」や「城落とし」といったゲームでの活用や、アクション系以外のゲームジャンルにも活路があるかもしれない。また、侍や忍者、姫といった和歌山城のオリジナルキャラクターを登場させれば、コンテンツとしての拡張の幅は格段に広がる。

 豊田氏は「まずは何かしらの発信源になることが大事。マスではなく、コアへアプローチし、そこから広げていくことを目指します」と第1弾イベントの手応えに笑顔を見せる。

 「eスポーツ」領域でのポテンシャルの高さが示されるのは、これからが本番になりそうだ。地域振興のひとつの金脈になりそうな予感もある。

■ECショップやVR観光も展開予定

 そして、その先は「ECショップ」と「VR観光」を加えた3つを軸とし、和歌山城下町の事業者を巻き込んで、VR・メタバース領域の事業を拡大。30億円の新規経済市場の創出を目指す。

 一方、現在のメタバース和歌山実行委員会は、ユタカ交通が中心になり、自治体や南海電鉄など一部地域の企業の後援や協賛を得て活動するローカルな動きになる。この先に目指すのは、行政やトップ企業を含めた産業界、観光業界などを巻き込むオール和歌山だ。

 ローカルから賛同者の輪は少しずつ広がっている。eスポーツの実績が出はじめたことで、さらに加速していくことが期待される。地域振興のメタバース活用の成功事例のひとつになっていきそうだ。

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最終更新:3/10(日) 8:32

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