悲願のW杯優勝へ、「サッカー王国」清水復活の先に見据える“知将”反町康治の挑戦
かつてアルビレックス新潟、湘南ベルマーレ、松本山雅の3チームをJ1へと導き、2020年から4年にわたって日本サッカー協会(JFA)で技術委員長の要職に就いていた、清水の反町康治ゼネラルマネージャー(GM)兼サッカー事業本部長。日本サッカー界が誇る知将に地元・静岡、そして日本サッカーの現状と今後を聞いた。
前編:知将・反町康治が斬る! 2025年の「J1」が“予想外の団子状態”になっている2つの必然
2025年のJ1再挑戦を機に、サッカー王国復活への動きを加速させようとしている清水エスパルス。そのために、反町GMが重要視しているのがアカデミー(育成部門)の強化だ。
ただ、若手選手の育成はアカデミーだけの問題ではない。高校を卒業してプロ入りした18歳の選手が公式戦から遠ざかって伸び悩む「18歳問題」の打開も重要なテーマ。反町GMもそこは大いに重視している点だ。
■有望な若手が伸び悩む、深刻な「18歳問題」
「『18歳問題』というのは、私が2008年北京五輪代表の監督を務めていた頃からの課題でした。高校やユースでプレーしているときは相当な試合数をこなしていた選手たちが、プロになった途端、試合に出なくなり、成長度が低下するというのは日本サッカー界全体の問題なんです。
今季の清水もユース昇格組の西原源樹と小竹知恩、大津高校から来た嶋本悠大、昌平高校から加入した佐々木智太郎といった高卒選手がいますが、彼らが公式戦で90分フル出場するチャンスを得られていません。となると、どうしてもパフォーマンスが上がらなくなりがちです。
それをテコ入れするために、2022年カタールワールドカップ(W杯)で日本代表コーチを務めた上野優作コーチに今季から来てもらい、ピッチ内外でアプローチをしてもらっています。とくにピッチ外では、読書感想文を出させたり、サッカーノートを書かせて意思疎通を図るといった地道な作業を行っています。
高校を卒業したばかりの選手は急に時間ができて、サッカーに集中できなくなるケースもあるので、自分を見つめ直すことを習慣化させているんです」
こういった人間教育はこれまでのJリーグに少し欠けていた部分だ。J2・水戸ホーリーホックでは2018年から選手教育プログラム「Make Value Project」をスタートさせ、1回90〜120分間の研修を年間20〜30回は実施しているというが、そういうクラブはまだまだ少ない。
清水も人間的成長を促しつつ、選手として成功できるように仕向けていくことが重要だと判断。18歳前後の若手を心身両面から成熟させていく構えだ。
それと同時に、クラブとしては、スカウト体制の充実も図っていくつもりだ。というのも、近年は清水が高卒・大卒新人の獲得競争に参戦した際、J1タイトル獲得回数の多い川崎フロンターレなどに優秀な人材が流れてしまい、トップ選手を取れなくなっている現実があるからだという。
■静岡出身者を中心としたチームでJ1タイトルを
「トップチームが強いとアカデミーも潤うというのは現実にあると思います。顕著な例が川崎で、2017年以降、トップが4度のJ1制覇を果たすと、U-18も2021年のJFAプリンスリーグ関東で優勝。2022年から最高峰のJFAプレミアリーグ・イースト昇格を果たしています。
そういった流れの中から、アカデミー出身の板倉滉(ドイツ1部・ボルシアMG)、三笘薫(イングランド1部・ブライトン)、田中碧(イングランド2部・リーズ)が欧州に行き、日本代表の主軸になった。高井幸大や大関友翔のような次世代を担うタレントも出てきています。この成功例を見て、多くの少年たちや高卒・大卒の選手が『川崎に行きたい』と考えるのもうなずけます」
反町GMはこの10年間で生じた格差をしっかりと認識したうえで、清水の地位向上を促していく考えだ。
清水のスカウトは目下、トップチーム担当が2人、ユース担当が1人という陣容だが、ジュニアユースの選手の外部からの獲得も視野に入れてスカウトの人員増強を講じていく必要があるだろう。
とくにジュニアユースのスカウトに関しては、地元・静岡の選手を中心に獲得できるように手厚くアプローチしていくことが肝心。トップに関しては、ビッグクラブである川崎や浦和レッズ、鹿島アントラーズらが乗り出す前に有望選手にアプローチをかけ、1本釣りする努力を払わなければならないだろう。今年の嶋本の獲得はまさにそれが奏功した例といえるだろう。
これまでも清水は2020年入団の鈴木唯人(デンマーク1部・ブレンビーIF)のように光る人材を獲って大きく成長させた事例はあるが、その数をどんどん増やしていかなければ、川崎のような軌跡を歩むことはできない。後発のチームに追い越された分、ここからは斬新な取り組みを見せながら、巻き返しを図っていくしかない。それは反町GMら強化に関わる人材の手腕によるところが大なのだ。
そうやって地道な歩みを進めながら、いずれは静岡出身者を中心としたチームでJ1タイトルを取れるような強豪クラブを作れれば理想的だ。それは清水出身の反町GMらの大きな夢でもある。
■“サッカー王国”静岡の栄枯盛衰
「1993年のJリーグのスタート時に『オリジナル10』の一員になった清水エスパルスは、何もないところから生まれたクラブ。全国屈指の少年団だった清水FCで育って、外に出て活躍していた長谷川健太(名古屋グランパス監督)、大榎克己(静岡県サッカー協会会長)や堀池巧(順天堂大学准教授)、澤登正朗(清水ユース監督)といった地元出身選手を呼び戻して、ゼロからスタートさせたのが始まりでした。
そこにシジマールやトニーニョ、オリバ、マッサーロといった外国人助っ人を加えて強化したというのが1990年代だった。これからの清水をそれに近い形にしようと思えばできないことはない。私はそう考えています。
実際、長谷川健太監督が率いた2005〜2010年のチームはアカデミー出身の杉山浩太、枝村匠馬、山本真希らに大卒の兵働昭弘(清水スカウト)、本田拓也(鹿島ユースコーチ)、高卒の岡崎慎司、青山直晃、岩下敬輔といった選手がうまく融合し、上位争いをしていた時期もあった。
アカデミー出身や高卒・大卒の生え抜き選手が中心の陣容で強いチームを作れるのなら、古参のサポーターを含めて、みんなに喜んでもらえる状況になる。極端な言い方をすれば、『オール清水』に近い形にできるように頑張っていきます」
反町GMが思い描くような状況がいつ現実になるのかはわからないが、本当にそういった状況を作れれば、静岡県出身の日本代表選手も増えていくだろう。
思い返してみれば、日本が初めてW杯に出場した1998年フランス大会の日本代表は22人中9人が静岡県出身者だった。東海大学第一高校(現・東海大学付属静岡翔洋高校)出身の森島寛晃(セレッソ大阪会長)を含めれば、2桁に上るほどの勢いがあった。
それが2022年カタールW杯では、伊藤洋輝(ドイツ1部・バイエルン)1人だけ。しかも彼は清水の永遠のライバル・ジュビロ磐田のアカデミー出身である。
清水関連の代表選手は、2014年の内田篤人(清水東高校出身、解説者)以降は出ていない。その現実はサッカー王国の人々にとってやはり寂しいはず。だからこそ、清水エスパルスの強化を図り、オリジナル10の名門から数多くの日の丸を背負うプレーヤーが出てくるようにしたいところなのだ。
■悲願のW杯優勝のために必要な要素
「今の日本代表は2026年北中米W杯優勝を目標に掲げています。そのためにはダブルチーム・トリプルチームの戦力が必要。それは森保一監督ともよく話をしていました。
2022年のときは2戦目のコスタリカ戦で何人かメンバーを入れ替えて戦いましたけど、初戦のドイツ戦や3戦目のスペイン戦のようなパフォーマンスが出せなかった。そういうことがないように、誰が出ても遜色ないチームを作ることが肝心です。
そういう舞台に、いずれ清水出身の選手を送り出せれば一番いい。もちろん1年後には間に合わないかもしれませんけど、いずれはそうなるように仕向けていかなければいけないんです。
私は4月に欧州を訪れ、スペインで久保建英(スペイン1部レアル・ソシエダ)の試合を生で見ましたが、スピードや強度、デュエル(1対1)の迫力といった部分ではJリーグとは差があるなと感じました。その差は徐々に縮まってはいますが、まだ完全に埋まったわけじゃない。その基準をしっかりクラブ全体にフィードバックしながら、高いレベルを目指していきます」
反町GMという世界基準をつねに追い求めている強化責任者がいることは、清水にとっての大きな強みになるはずだ。彼を筆頭にチーム全体の力を結集させ、強い清水を築き上げていければ、日本サッカー界全体が盛り上がる。まずは今季のJ1で上位をキープし、その布石を打ってほしいところだ。
東洋経済オンライン
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最終更新:4/25(金) 18:02