「え、それ聞く?」外国人が戸惑う日本メディアの特殊な取材、日本とアメリカのメディアは意外と違う

3/29 9:32 配信

東洋経済オンライン

 3月20日、韓国で開催されたメジャーリーグベースボール、期待のドジャース大谷選手を中心におおいに盛り上がりました。サッカー派の私ですが今年も大谷選手はじめ、多くの日本人メジャーリーガーが活躍する姿をこちら、アメリカで見られることを楽しみにしています。

 ――と、この記事を書き出した矢先、とんでもないニュースが飛び込んできました。大谷選手の通訳をしていた男性が違法賭博に手を出し、ドジャースを解雇されてしまったというのです。人気者の近辺でおこった事件ということで、日米で報道が過熱し連日取材合戦の様相を呈しているようです。

■たびたび感じる「日米のマスコミの違い」

 そのことは後半に触れたいと思いますが、その前に、一応私の会社も多少はマスコミの取材を受けることがあり、そのたびに感じている日米のマスコミの違いがありますので、今回はそのことについて書いてみたいと思います。

 私の会社のCEOはジム・ケラーといいまして、手前味噌になりますが、半導体の世界ではコンピュータの性能を決定するプロセッサーで数々のヒット作を生み出した設計者として知られる、ちょっとした有名人です。

 そのジムがAI用の半導体を作る、という発表をしたところ、たくさん日本のマスコミの取材を受けました。例えるなら、村上春樹さんがネットフリックスの次回作の脚本を書いているので、それを聞きつけたマスコミが質問してきた、という感じでしょうか。が、この取材で考えさせられることがありました。

 「ジムさんは今何歳ですか」

 実はこれ、こうした一連の取材で日本の記者から一番多く聞かれたことです。(え、年齢ですか? それを聞いて何がしたいんですか? )と心の中で何回口走ったことでしょう。もしかすると何回か心の声が外に出てしまっていたかもしれません。

 実はあとからわかったのですが、この年齢の情報というのは単なる「ファクトの確認」でしかありません。他にも出身地、国籍、会社の本社はどこにありますか? CEOに就任したのは何年からですか、ということも必ず聞かれます。こうした基本プロフィールを確認することはどうやら取材の「テンプレ」らしく、当然そこが取材の本命の質問ではありません。

■アメリカの記者の質問はストレート

 一方、普段接しているアメリカの記者の質問というのは、大抵なんらかの記事を書く狙いがすでにあり、そのための質問をストレートに聞いてきます。

 例えば、「NVIDIA社をどう思うか」と聞かれた場合、ああ、この人はジムがNVIDIAに喧嘩を売っている、といううがった見方の記事にしようとしているんだな、という想像が働き、それに対して自社に損がないような表現を考えます。

 ところが、今目の前にいる日本の記者から聞かれているのはCEOの年齢です。え? それを聞いて何を書くんだろう。もしかして「CEO、年齢に不安」とか? それとも友達になりたいの? いや、今日初対面だよね? などなど、軽いパニックになってしまいます。

 日本のメディアは、客観性を重んじ、事実をそのまま読者に提供し「さて、みなさんはこの事実の積み上げから、このニュースの意味をどう解釈しますか」という問いを読者にぶつけています。ある意味、読み手に高い情報読解能力を求めていることになります。そのためには、事実を正確かつ客観的に描き出す必要があり、ファクト確認を丁寧にするのだと思います。

 もう1つ、アメリカメディアは相手から期待するコメントを引き出すためにわざと不愉快な質問をぶつけてくることもあります。「ここで反論しないとあなたに取って不利な取材になっちゃいますよ」のような態度で、取材が軽いバトルの場となることが当たり前です。逆に納得のいく反論ができれば、いいものはいいとその場で記者も率直に反応してくれます。

 したがって取材される側の企業のほうは、「メディアトレーニング」といっていかにこうした挑戦的な質問をかわし、自社のアピールしたい内容に引き込むかの訓練を日頃から積んでいます。

■日本のプレスは「紳士的かつ無表情」

 ところが、ここでも日本のメディアはまったく違った挙動をします。それは日本のプレスが「とても紳士的で、かつ無表情である」ということです。

 例えば、「どうです! この新製品は!」と取材の場で見せた場合、アメリカであれば散々こき下ろされるか、逆にメチャクチャほめられるかのどちらかです。しかし、日本の記者の場合、まず絶対にけなさないのですが、同じようにほめもしません。

 終始淡々とした態度のまま取材が終わってしまいます。するとその直後にCEOから「さっきの記者はものすごい無表情だったけど、なにか気に入らなかったのか?」と不安そうに聞かれることがあります。

 これについても、日本で広報をしている友人に聞いたところ、日本のプレスは取材先に対し自分の個人的な態度を見せないのだそうです。つまりいいか悪いかは読み手である読者がファクトを理解したうえで決めることなので、取材の段階で記者自身がキャッキャ言って喜んだりしていては、バイアスがかかってしまう、という考えなんだそうです。

 思い入れたっぷりで書かれるアメリカの記事、客観的に淡々と書かれる日本の記事。一見アメリカの記事のほうが言いたいことをクリアに打ち出しているのでよいように思うかもしれません。しかし一方的な情報に偏らないよう、読者が複数のニュースから情報を取捨選択する必要があるともいえます。

 さて、ここで冒頭の大谷選手の通訳報道についてみてみましょう。

 メディアは国民の「知りたい」という欲求によって動かされているところがあります。人気者の大谷選手のことならなんでも知りたい、というところから、今回の件も余計に大きな話題になっているのは間違いありません。

■いきなり「バイアス」がかかってるような報道

 日本のメディアのニュースを見ると、元通訳氏がバイトしていた寿司屋さんのコメント、たばこの匂いがしていた、サインボールを私物化していたなど、おそらく事件の本質とは関わりのないところにまで取材がおよんでいるのはちょっと驚きです。

 一方、アメリカのメディアも「学歴詐称ではないか」など、今このタイミングで掘り返さなくてもいいような話題もとりあげています。

 こうしたある意味どうでもいい情報が出てくるのは、報道側が当事者について一定の印象を与えるような意図をもって報道しているからでしょう。これらが事実かどうかはさておき、本来徹底して客観的であるはずの日本のメディアとしてちょっとニュースの出し方にあやうさを覚えてしまいます。

 このような時、ニュースの受け手であるわたしたちは、「それはそれとしてこの問題の本質はなんなんだろう」と考えることで冷静でいられるのではないでしょうか。

東洋経済オンライン

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最終更新:3/29(金) 9:32

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