藤井風、稲葉浩志、くるりなどの魅力を再発見…NHKオフィスで演奏する音楽番組を強烈に推す訳
「今注目すべき音楽番組は?」と聞かれれば、一切迷わず、この秋からNHK総合の毎週月曜夜11時に放送されている『tiny desk concerts JAPAN』だと断言したい。
公式サイトにはこう書かれている。
――そこにあるのは、小さな机と楽器だけ。アメリカの公共放送NPRがネット展開し、全世界にブームを巻き起こした音楽コンテンツ「tiny desk concerts」の日本版がスタート。演奏を行うのはNHKの実際のオフィス。そこに響くのはアーティストの「生声」。通常とは異なる環境で音楽に「新しい息吹を吹き込む」ライブパフォーマンスをお楽しみください。
今どきの音楽番組としては、何だか奇妙な触れ込みである。
「NPR」とは、アメリカの非営利公共ラジオ「National Public Radio」(ナショナル・パブリック・ラジオ)の略称。
ローカルネタから国際ニュースまで、政治経済、ライフスタイル、カルチャー系など幅広いジャンルを扱い、情報を提供しているラジオらしい。
■NHKのオフィスの執務室で演奏
『tiny desk concerts』とは、そのNPRの実際のオフィスの一部を使った、小さなステージで行われるライブパフォーマンス企画で、これまで、テイラー・スウィフトからBTSまで、さまざまな音楽家が出演してさまざまなライブパフォーマンスを見せている。
そんな『tiny desk concerts』の日本版が、この秋からレギュラー放送されている『tiny desk concerts JAPAN』なのだ。
東京・渋谷にあるNHKのオフィスの執務室の中(ご丁寧にも、他の番組のポスターやノベルティもそのままになっている)の中で、ゲストと小規模なバックバンドが、こぢんまりと高品質な演奏を響かせる。
いや――響かせない。そもそもオフィスだから、大きな音など響かせられない。だから、爆音でクラクラさせるような「こけおどし」が利かない。
また、それぞれの声や楽器の音が粒立って聴こえてくるので「ごまかし」も難しい。さらには照明がビカビカっと光ったり、花火がドーンと弾けたりなどの「めくらまし」も使えない。
要するに「tiny desk=小さな机」とは、そんな「こけおどし・ごまかし・めくらまし」が一切、利かない空間なのだ。
とどのつまり、試されるのは、メンバー1人ひとりの腕っぷし、声っぷしなのである。
■先行版で藤井風が見せ付けたもの
今年の3月16日、先立って藤井風の出演する『tiny desk concerts JAPAN』の先行版が放送された。予想されたことではあったが圧巻だった。
歌にキーボードに、藤井風のフィジカルエリートぶりを見せ付けられ、「Yahoo! ニュース エキスパート」というメディアに私はこう書いた。
――変幻自在のボーカルやバックの優秀な演奏にも目を見張りましたが、個人的には、藤井風がキーボードを操る姿が目にこびり付いて離れません。何というか、鍵盤が両手にまとわり付いている感じがするのです。幼い頃から鍵盤が好きで好きで、弾いて弾いて弾きまくった人だけが出せる味だと思いました。
見せ付けられたのは藤井風の腕っぷし、声っぷし、つまり風っぷし――。
そして『tiny desk concerts JAPAN』は、この秋、レギュラー化され、初回(9月30日)はB'zの稲葉浩志、10月7日はKIRINJI、10月14日が君島大空合奏形態、そして10月28日にくるりと、何とも個性的なラインナップが出演し続けている。
個人的には、稲葉浩志の回が特に強く印象に残った。白状すれば、私はB'zの熱心なリスナーではなかったため、『ultra soul』(2001年)のような、ハードでギンギンなサウンドの中でシャウトする人というイメージが強かった。
しかし、というか、だからこそ、NHKの窮屈なオフィス、こぢんまりとした編成の中で歌われる稲葉浩志のボーカルにシビれたのだ。
我々の多くが聴き馴染んだ「ハードギンギン稲葉浩志」よりも、多くが初めて聴くこととなる「オフィスこぢんまり稲葉浩志」のほうに、彼の底力がくっきり表れた気がしたのである。
そして、10月28日オンエアのくるり回。弦楽四重奏の加わった『ブレーメン』『奇跡』『ばらの花』に、不覚にも涙しそうになった。
そもそも私は、仕事柄、テレビの音楽番組は、今でもよく見ているつもりだ。しかしそんな中、『tiny desk concerts JAPAN』だけに強く惹かれるのはなぜだろう。
■拡大する音楽市場を牽引する「ライブ」
博報堂DYグループコンテンツビジネスラボによる新刊『令和ヒットの方程式』(祥伝社新書)によれば、日本の音楽市場は拡大しており、2025年には9000億円規模に届きそうな勢いである。
問題はその内訳である。その中で半分以上の比率を占め、かつ21世紀に入って急拡大しているのが「コンサート」なのである。つまり音楽市場の大票田は、パッケージでもサブスクリプションでもなく、ライブなのだ。
それにしても、なぜ人々は最近、そんなにライブに行きたがるのだろう。いや、人々をライブに向わせる「生」への渇望が生まれる理由はよくわかる。
サブスクリプションや動画サイトなど、ネットワーク経由をした「出来合い」のデジタル音源を、ずっとイヤフォンで聴き続けていると、「出来合い」ではなく「出来立て」の生演奏・生歌を、空気をブルブル震わせる生音で聴きたいというニーズが高まるのは、ある意味で自然なことだ。
■「生」感が重視される時代
ただ特に、最近のスタジアム級の大規模コンサートなどでは、サウンドは過剰に加工され、また照明などの演出も華美かつ過多で、大人数の観客一体感の中、それはそれで盛り上がりはするけれど、「これ、あんがい『生』じゃねーな」という感覚に陥ることがある。「これ、『出来立て』じゃなく『出来合い』じゃね?」とか。
そんな流れの中で、比較的「生」感の担保されるライブ形態である「フェス」の隆盛があるのだろうけれど。
そんな中、ネットワークの中でも、「生」感を持って音楽を届けようとしたのが、2019年に生まれたサイト「THE FIRST TAKE」である。
「FIRST TAKE」=「一発撮り」をコンセプトとして、音楽ファンの幅広い支持を得た。ただ、今となっては憶えている人も少ないかもしれないが、昨年、このTHE FIRST TAKEで、ボーカルの音程を修正する「ピッチ補正」が行われているのではないかという指摘が取り沙汰されたのだ。
真偽はともかく、重要なのは、そういう話題が盛り上がるほどに、今の音楽ファンは「生」の判定にシビアだということだ。
逆に言えば「これ、本当に生?」という疑いの目を持ち続けながら、日々、音楽コンテンツに接している。事実私も、紅白歌合戦のときなどは「生(歌・演奏)チェック」に忙しい。
■正真正銘の一発撮り
話が長くなったが、こういう背景の中で、『tiny desk concerts JAPAN』の存在価値がある。
ライブやフェス、さらには白バックの非日常空間で撮影されているTHE FIRST TAKEではない、オフィスの執務室という日常の延長のような空間だからこそ成立する、こけおどし、ごまかし、めくらましの一切利かない音楽番組。
さらにメンバー1人ひとりの腕っぷし、声っぷしが問われる音楽番組、「出来合い」ではなく「出来立て」の音楽に触れられる音楽番組(実際、収録を観覧したNHKの知り合いに聞いたが、正真正銘の一発撮りだったという)。
そんな番組だからこそ思うのは、かなり作り込まれた音楽世界で表現してきている(というイメージの強い)音楽家に出演してほしいということだ。
私にとって、それは稲葉浩志だったが、他にも候補はたくさんいるだろう。個人的には「オフィスこぢんまりOfficial髭男dism」を見てみたい。
■最近の音楽番組は「懇切丁寧」
最近の音楽番組は、本当に「懇切丁寧」だと思う。「出来合い」の音楽を流しながら、「ドラマ●●の主題歌で話題沸騰中の新曲!」「●●ダンスがSNSで大流行中の最新ナンバー!」「サビの歌詞が泣けるとZ世代の推し増殖中!」などと、MCからテロップから何から何まで総動員して、「どう聴くか」「どう楽しむべきか」を指示してくる。
うるさいことこのうえない。ほっといてくれと言いたくなる。
対して、私が求めるのは、『tiny desk concerts JAPAN』である。聴き方の押し付けなんて必要ない。音楽、そのありのままを、しっかり聴かせて・見せてほしいのだ。あとは音楽ファンの私たちが勝手に判断して、勝手に感動するのだから。
以上、今回はtinyな番組のbigな可能性について述べてみた。
東洋経済オンライン
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最終更新:11/1(金) 10:02