「株高でも景気は最悪」「GDPは2位→38位に急落」残酷な事実を直視できない衰退国家ニッポンの末路
■格差社会において「景気」は共有できない
「気分の風景」と書いて、景気。この言葉が示すとおり、景気の良し悪しに定義や基準はありません。それにもかかわらず、経済評論家やメディアは、株価のほか、経済成長率、物価上昇率、企業の設備投資、家計調査などのさまざまなデータを駆使して、景気がいかによくなっているか解説しようとします。
でも、改めて考えてみてください。
株価が上がったとしても、金融投資をしていない人には関係ありません。逆に株を持っている人は、好景気を実感しているはずです。
つまり同じ時代に、同じ社会で生きていたとしても、立場や年収、職業、置かれた状況などによって景気に対する受け止め方は大きく異なるのです。
かつてほとんどの日本人は、景気の良し悪しを共有できました。一億総中流と呼ばれ、経済が成長し続ける社会では、みなが同じ「気分の風景」を見ることができたからです。
翻(ひるがえ)って現在の日本は、格差社会です。貧富の差が広がった結果、中間層が消失し、圧倒的多数は貧しい層に転落してしまいました。日本で年収1000万円を超えるのは、人口のわずか5%にすぎません。
富裕層の暮らしを見れば、半年先まで予約で一杯の高級レストランで飲み食いして海外にも頻繁に遊びに行く。金融投資で一山当てて、キャバクラで一晩1000万円を使う若者もいる。彼らの世界だけに限れば、景気がいいように見えます。
半面、今日食べるものに頭を悩ませる層もいる。ワーキングホリデーで海外に働きに出る若い人が増えていますが、これは端的に言えば高収入を得るための出稼ぎが増えたということです。地方では年収300万円で生活する人は珍しくありません。物価高で、みな生活が逼迫(ひっぱく)している。そんな現実を肌で感じれば、景気が回復しているなんてとても思えない。
格差が広がると何が起きるのか。自分が属する層の人とばかり付き合うようになり、ほかの階層や異なる世界が見えにくくなります。格差の上の人は金融投資に熱心な富裕層とつながり、格差が下の貧困層は経済的に厳しい人とばかり接するようになる。
そんな傾向に拍車をかけるのが、SNSです。自分の興味関心に合わせた情報が優先して表示される「フィルターバブル現象」や、価値観の似た者同士ばかりで交流することで異なる意見を見聞きしづらくなる「エコーチェンバー現象」によって、経済状況を……いえ、すべての物事を主観的にしか判断できなくなり、貧富の階層が固定化してしまいます。
では、現在の景気を客観的に捉えると、どのような評価になるか。
非常に悪い――私は、そう断言せざるをえません。
ごく一部の富裕層が、株価が上がって好景気の恩恵に浴していたとしても、圧倒的多数の生活が逼迫しているからです。そんな状況で、景気がいいと果たして言えるのでしょうか。
■一人当たりのGDPは2位→38位に落ちた
株価が上がり、設備投資が増加した。さらには春闘で賃上げ率5.1%を獲得した……。メディアが報じる情報に日々接する人は、景気が上向いていると感じるかもしれません。
しかしメディアは、政府や経団連に忖度(そんたく)して、明るい話題を強調して報じます。その象徴が賃上げです。日本のメディアはたった5.1%の賃上げを大喜びで報じました。しかしアメリカの自動車産業が勝ち取ったのは、4年半で約25%の賃上げです。
日本のメディアは、短期的な数字の推移や、その瞬間のデータだけを切り取って、景気が上がった、下がったと一喜一憂しがちです。そんななか、客観的に景気を判断するにはどうすればいいのでしょうか。大切な視点は2つ。それが、長期的な視点とグローバルな視点です。
国全体の経済活動状況をあらわすGDP(国内総生産)をその国の人口で割った「1人当たりGDP」は、国民の豊かさや生活水準の目安になります。2000年の時点で、日本は1人当たりGDPで世界第2位の地位にいました。しかし24年後の今年、韓国と台湾にも抜かされて、世界38位に落ちました。
平均年収という観点で世界と比べると、約590万円の日本に対し、アメリカは約7万7000ドル――日本円で約1080万円。平均年収はアメリカ人の半分程度まで下がってしまった。
そんな現状で、株価が多少上がったり、5.1%賃上げしたりしたとしても、先進国の最底辺という現実が変わるわけではありません。
今年の2月に日経平均株価が1989年の史上最高値を更新したとメディアが大騒ぎしましたが、34年かかって一時的にバブル期を超えただけにすぎません。私には、世界38位に転落したのに、いまだに経済大国だった過去の栄光にしがみつき、貧困や格差という現実から目をそらしているだけに見えました。
それは、日本人が主観的な気分で風景を見てばかりで、客観的に物事を考えようとしていない証左です。
経済や景気の良し悪しについて考えるのならば、まずはバブル崩壊以降の失われた30年で日本の競争力は著しく低下したという前提に立ち、一つ一つの事象やデータを判断していく必要があるのです。
■呑気に働き方改革をしている場合ではない
現実を直視し、客観的に問題を把握できたら、日本全体がもっと危機感を共有し、貧困や格差を打破するために必死に働こうという空気が生まれるはずです。しかし必死になって働くどころか、真逆の方向に向かっているのが、私には不思議で仕方がありません。政府や企業は「働き方改革」「ワークライフバランス」を推進していますが、貧困に苦しむ人が増えているさなかにそんな余裕があるのだろうか、と。
現状を打破するうえで、参考になる国がギリシャの取り組みです。ギリシャは2009年に財政危機で破綻(はたん)しました。経済立て直しのまっただなかのギリシャで、今年の7月1日に新たな法律が施行されました。これまでの週休2日制から、業種によっては週6日の労働が許可されたのです。どん底を経験したギリシャは、経済を立て直すには必死に働くしかないという当然の結論にいたりました。
まだ日本には経済復活のチャンスはあります。日本人は、創意工夫で新たなビジネスを生み出す能力を持っています。日本人のクリエイティブな能力を証明するのが、飲食業界です。
東京は、ミシュランの星を獲得したレストランの数が世界一の街です。とくに個人経営の飲食店が、創意工夫を重ね、切磋琢磨(せっさたくま)した賜(たまもの)です。景気のよさを実感できる社会を取り戻すための解決策はシンプルで、ミシュランの星を獲得した飲食店のように、工夫し、努力を重ねて、必死で働くしかないのです。メディアが報じる情報を鵜呑(うの)みにして「今は景気がいい」と楽観視するようでは、日本経済はいつまでも再生できません。
※本稿は、雑誌『プレジデント』(2024年10月18日号)の一部を再編集したものです。
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岸 博幸(きし・ひろゆき)
経済評論家・慶応大学大学院教授
1962年、東京都生まれ。一橋大学経済学部卒業後、通商産業省(現・経済産業省)入省。同省在籍時にコロンビア大学経営大学院に留学し、MBA取得。資源エネルギー庁長官官房国際資源課等を経て、2001年、小泉純一郎内閣の経済財政政策担当大臣だった竹中平蔵氏の大臣補佐官を務める。経産省退官後、テレビや講演など多方面で活躍。2023年1月に多発性骨髄腫の告知を受ける。著書に『余命10年多発性骨髄腫になって、やめたこと・始めたこと。』(幻冬舎)などがある。
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プレジデントオンライン
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最終更新:11/12(火) 6:17